香りとかそういうSS【いや、でも多分、マジの無臭だって】
ふと疑問に思う。
「どうしました? ご友人」
疑問が浮かぶと、何故かそれだけで反応する隣人は厄介だ。会話をする気はないので無視する。——それはそうと、これで疑問が輪郭を持った。
常々、よく喋るくせに気配が薄いとは感じていたのだ。なるほど、この男にはどうやら「匂い」がない。
鹵獲したACに散布する、すぐ揮発する薬剤の香りでも、塩素系洗剤でも、有機溶剤の匂いでもない。ウォルターの暖かな匂いでも、カーラの遠くからわかる華やかな匂いでも、チャティの油の匂いでもない。
すん、と鼻を鳴らす。隣人はこちらを見ているが引き続き無視。ゼロ距離に座られているのに、鼻は何も感じていない。自分の匂いがどんなものだったか分からなくなって、コートの袖を鼻先に寄せる。柔軟剤の香りに、洗いそびれた布のほこりとダニの死骸の匂いがまじっていた。
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