TOHパロ それは、本当に突然の事だった。
セカイでいつもの様にショーの練習をしていたワンダーランズ×ショウタイム。何でも、類がセカイで一度試運転を行いたい演出があるそうで。楽しそー!とえむは瞳をキラキラと輝かせていた。
「類くん!今日はどんなことをするの!?」
「今日は、司くんの限界を試させて貰いたくて」
「む、オレの限界?」
司、と呼ばれた青年はパチクリと目を瞬かせた。類の演出は主に司が身体を張って行っているので、勿論今回の試運転も自分が行うんだろうなとは思っていたが。
「今更どうしたんだ?」
そう、今まで類は無理難題の演出を司にやらせてきた。無数のロボットで追いかけ回したり、飛び降りてくる司に対して下から巨大扇風機を吹かせたり、宙に飛ばしたり、様々な困難な演出を行ってきた。なのに、なぜ今頃になって。
その意味を込めて類に問いかけると、彼はニコリと笑う。
「因みに司くんは、何分間呼吸を止められる?」
「は?」
質問を質問で返してきた類に、司は思わず低い声が出る。
「何だ、突然…」
訝しげに類を見る司だったが、ハッと何かに気付いたように目を見開く。
「まさかお前……水中ショーを本当にやるつもりじゃないんだろうな!」
「そのまさか、だよ。大丈夫、司くんが溺死しない程度で収めるから」
「そういう問題じゃないんだが!?」
顔を真っ青にして否定する司に、類はいつもの様にえむに「よよよ…」と泣きつく。
「司くん、また類くんいじめてるの!?ダメだよー!」
「いじめられてるのはオレなんだが!?」
えむが、類を後ろに隠すように前へ出る。まぁ2人の身長差から類は隠れきれていないのだが。
プンプンと頬を膨らまして仁王立ちするえむに、司は反論する。
その時
ピシリ
何かが音を立てた。
「全く…おい、寧々からも何か言ってやってくれ…」
「うわー…司サイッテー…それぐらいやってあげなさいよ…」
「寧々まで!?」
ピシリ。また何かが音を立てる。
「兎に角、水中ショーはやらんぞ!」
「えぇ……それじゃあ、空中飛行とかはどうだろう?パワードスーツとか使って…」
「空を飛ぶのにパワードスーツを使うのか!?ま、まぁ…それぐらいなら…」
「本当かい!?ならアレとコレも組み合わせてもいいかな!?」
「は!?待て待て待て、1つずつだ!」
「司くんなら出来るだろう?」
ピシリ。音が大きくなる。
「……?」
「司くん、どうしたの?」
いきなり自分の胸へ手をやる司に、えむがひょこりと顔を覗き込むようにやって来る。その顔は少し不安そうで。司は何でもない、と首を振る。
「いや、何か違和感があっただけだ。今は特に何も無いから心配するな」
「ええー!?大丈夫!?」
「だから大丈夫だと言っているだろう、ほら類!さっさと始めるぞ!」
えむの心配そうな顔を見て、司は声を張る。年下の女の子を心配させる訳にはいかないのだ。
「……司くん?」
そんな司の様子を、カイトは近くで見つめていた。何かが…おかしい。
「ぎゃあああ!!!!!」
「ああ…!!いいね、司くん!もっとイけるかい!?」
「こ、これ以上は無理だ!待て類!ステイッステイッ!!」
「うわ~!!司くんもうあんな所にいるよ!凄いね、寧々ちゃん!」
「す、すごいけど…普通にキモイ。何であいつ、命綱をしているとはいえあんな高い所にいけるの…」
「聞こえてるぞお前ら~!!!!」
「うわ、うるさ…」
飛行する、という名目でかなりの高さにいる司に、類とえむは楽しそうに、寧々は引き気味の反応をする。
パキリ。何かが割れる音がした。
「!!類くん、司くんを降ろして!」
「え?」
いち早く異変に気付いたカイトが、警報のように大声を出す。
初めて聞いたカイトの声に、類たちはビクリと肩を震わす。
「どうしたの、カイトお兄さん!?」
「このままだと司くんが危ないから!」
「あ、危ないって……司があんな事するのはいつもの事だし、別にいいんじゃないの…?」
「一応空の上ということもあるから、いつも以上に安全性には気を配っているはずだけど…」
カイトが何故ここまで焦っているのか皆目見当もつかない3人は、それぞれ疑念を抱く。
「そうじゃないけど、兎に角司くんが━━━━っ!?」
カイトの言葉を遮るように、突如として空上から光が溢れた。
「何っ!?」
バッと空を見上げる。そこには司がいた。しかし、何処か様子が可笑しかった。
司が行う空中飛行は、類の持っているスイッチと連動しており、スイッチを押さなければ背中に装着している翼は広がらないので、空で浮遊することが出来ない。類はまだボタンを押していない、それなのに司は空に浮いていたのだ。
それだけでは留まらず、彼の胸元が光り輝いていた。きっと先程、煌めいた光の正体だろう。
まるでスポットライトのように輝いている光の塊は、スゥーと司の胸元から浮かび上がり、パリィンと鋭い音をセカイに響かせ、そのまま砕け散り四方八方へと分散してしまった。
支えが無くなった司の身体はそのまま重力に従うように、急降下する。
「うわわっ!司くんが落っこちて来るよ~!?」
「え、嘘…!類、どうにかしてよ…!」
「一応、下には安全マットがあるから大丈夫だと思いけど…!」
「あっ、カイトお兄さん!」
万が一誤作動で、羽が上手く広がらず落下する場合があることを考えて、飛行範囲に特注で作った安全マットを敷いてある。しかし、それでも不安だったのかカイトが一目散に3人の横を駆け抜け、司が落ちてくるであろう場所で待機する。
トスリ、と男子高校生が落ちてきたとは思えない軽やかな音を立てて、カイトは司を横抱きに受け止めた。
「司/司くん!!!!!」
司が無事なことを確認するため、類たちはカイトのそばへ駆け寄る。
名前を呼ばれた司は、無反応でカイトの腕の中で目を覚める。
その眼は、虚空を見つめていて。淹れたてのアプリコットのように暖かい瞳は冷え切っていた。
「司くん、大丈夫かい!?」
「…だい、じょうぶ?」
緊迫した表情をして問いかける類に、司はカイトの身体から離れながら、無表情で見つめる。
「怖くなかった!?司くん!」
えむがうるうると大きな瞳を揺らめかせて、両手を胸の前で結ぶ。そんな彼女に、司はこてんと小さく首を傾げた。
「こわい…?………なにが?」
「え……?な、何言ってるの…司。ていうか、怪我はないわけ?変な心配させないでよね…」
眉間に皺を寄せ、うんざりそうに話す寧々に、また司は首を傾げる。
「しんぱい…?どうして…?」
「はぁっ…!?」
まるで初めて聞いた日本語のように単語のオウム返しをする司に、寧々は更に眉間の皺を濃くさせる。
「あんた、ふざけるのもいい加減にしてよね」
何故寧々が怒っているのか、それが分からない司は、首を傾げるばかりだ。
「司くん、本当にどうしたんだい…?」
「…?」
不安そうに訪ねる類に、それでも司は首を横に捻るだけだ。まるで、相手がどうしてそんなことを言っているのか理解出来ていない赤子のようだ。
それに加え、いつもお天道様のように温かいを超えて暑いとも呼べる笑顔を浮かべている司。そんな彼は今、何も映さない見るもの全てを遮断しているかのように感情が削ぎ落とされている。
「っ、司くん……ごめんねっ…」
「……かいと?」
司より少し後ろでみんなを見守っていたカイトが、小さく呟く。カイトの方へ振り返ると、彼は悲しそうに目を伏せる。
「君を…守れなかったっ…」
「………」
グッと自責するかのように苦い顔をするカイトを、司は暫く見つめたあと、その深く濃い紺碧の髪の毛を優しく撫でる。
「つ、司くん…?」
「………」
ポカン、と訳が分からず司を見る。司はひたすら無言でカイトの頭を撫で、ポツリと呟く。
「かいと……へいき…だから」
「…!!」