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    柿村こけら

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    柿村こけら

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    劇場版公開まで勝手にゆたまきカウントダウンするやつ〜0直後のゆたまき編〜

    #ゆたまき
    teakettle
    ##呪術

    明け方、ココア、弱い私。 自分は決して弱くはないと、あの瞬間まではそう思っていた。
     天与呪縛のフィジカルギフテッド。本家にいた頃は「躯倶留隊」程度の男となら一対一どころか多対一でも圧勝していたし、術式を有してさえいれば「灯」に所属する事だって余裕だっただろう。高専に入学してからも同期との組手ではいつだって真希が勝利をおさめていたし、二級相当の呪霊だって呪具さえあれば祓える力は間違いなくあった。
     だからこそ驕っていたのだろうと、今ならひどく解る。
    「クソッ……!」
     月はとっくに傾き始めているが、真希は呪具を握る手を緩めることはしなかった。布団に入っても脳裏に蘇るのはあの日――夏油と対峙したときのこと。四人しかいない特級の一角、五条悟と並んで最強と謳われたその男は、たった一瞬で真希を敗北に追い込んだ。腹部を抉られ、足を砕かれ――痛みを実感するよりも先に意識を失ったことは記憶に新しい。何せたった一か月前の話なのだ。
     幸い怪我自体は憂太の反転術式によって治療されたため大事には至らなかったが、傷は消えても悔しさは消えない。例えば特級呪具を使っていれば勝てたとか、そういう次元ではないことを誰よりも真希が痛感しているからだ。仮にあの場で持ち出した呪具が特級相当のものであったとしても、きっと夏油は五秒とかからずに真希を沈めたに違いなかった。
     自分にできることは強くなることだけだ。もちろん休息は大事だと理解しているが、それでも眠ろうとしてあの敗北を思い出して辛くなるくらいなら夜中に寮を抜け出して呪具を振るう方が何倍もマシである。
     それでも術式を前にすれば、どれだけ力を付けても無駄だということは重々承知だ。どれだけ走り込みをしても、筋トレをしても、呪具を振るう腕前を上げても、それこそ超弩級の術式を前にすれば真希に勝ち目はない。近いところで言えば棘の呪言などは聞いてしまえば勝負がつく代物だ。どれだけ筋肉を鍛え上げようが、棘が真希に向かって「潰れろ」と言おうものなら彼女の身体は憂太でも治せないほどに破壊されてしまうだろう。
     だからと言って何もしないのは嫌だった。実家に喧嘩を売るように東京へとやって来て、呪術師最強と謳われる五条悟に戦い方を教わっておきながら諦めるのは真希のプライドが許さない。何も知らずに、自分のために高専へとやって来た憂太でさえあんなに強くなったのだ。この程度で音を上げていては禪院家をぶっ壊すことなど夢のまた夢である。
    「あああぁああぁっ!!」
     訓練用の呪骸に向かって飛びかかると、真希は手にした呪具を勢いよく振り下ろす。学長から借りているそれは真希の攻撃を受け止めると、地面を蹴って反撃を繰り出してきた。メガネ越しに呪骸を睨みつけ、真希はその拳を受け流す。そのまま呪具の柄を逆手で握り直すと、先端で胴体を突き上げた。
     だらりとぬいぐるみの腕が垂れる。真希は溜息を吐きながら呪具を下ろすと、無惨に腹を貫かれたそれを刃から外した。
    「チッ、時間切れかよ」
     借り物の呪骸は呪力をチャージする事で動く仕組みだ。呪力が宿っているうちは訓練相手として戦ってくれるが、あらかじめチャージしておいた呪力が切れてしまえばただのぬいぐるみに戻る。呪力のない真希にリチャージをすることはできず、仕方なく彼女はごろんと地面に寝転がった。
     ちょうど満月の夜だった。まんまるの月はあと二時間もしないうちに地平線へと沈み、太陽にバトンタッチをすることだろう。明け方近くまで自主練をして翌日に疲れが出るのは目に見えているし、よくないことだと理解もしている。寝不足のまま任務に向かおうものなら判断ミスをしかねないからきちんと休息を取るように、とは家入の言だ。もちろんそうするべきだと解ってはいても、真希は悔しさを振り払うようにここのところ毎日こうして夜中の自主トレーニングを続けていた。呪骸に呪力をチャージしてくれたのは五条だが、彼が真希を止めないのは止めたところで無駄だということが解っているからだろう。自分が断ったところで、棘やパンダ、果ては秤や伊地知に声をかけてでも自主練を続けるに違いない。だからこそ「ま、がむしゃらも悪くはないでしょ。でも怪我したらちゃんと硝子のところ行きなね」と、包帯で瞳を隠した担任は告げてぬいぐるみを真希に投げ渡した。
    「あ〜……」
     ぬいぐるみを小脇に抱えたまま、真希はぼんやりと夜空を見上げる。やや白んできた空に瞬く星はよく見えるのに、呪霊の姿は見えない。せめて少しくらい見えたら楽なのに、とメガネを外しながら考える。相手が夏油のような呪詛師であれば最悪裸眼でも戦えるが、呪術師とは本来呪霊を祓うための存在だ。最低限のスタートラインにも立てていない己が悔しくて仕方ない。
     額から垂れてきた汗が目に入りそうになって、真希は手の甲で雑にそれを拭い去った。こうして体力を消費すれば眠気も訪れるのではないかとも思ったが、一向に眠くならないでいる。それどころか目が冴えてしまって、呪骸が呪力切れにさえならなければ太陽が昇っても自主練を続けていただろう。
     もうこのまま寮には戻らずに寝落ちるまでだらけてみようかと思った、その瞬間。背後から近付いてくる足音を拾って真希は飛び起きた。
    「誰だ!」
    「うわっ!?」
     転がしておいた呪具を掴んで切っ先を突き付けると、人影はその場で情けない声を上げた。
    「……憂太?」
    「う、うん。こんばんは……あれ、もうおはようって言った方がいい?」
    「どっちでもいいだろ」
    「じゃあ、こんばんは」
     眉尻を下げて笑った男を睨み付け、真希は呪具を下ろす。憂太はそのまま真希の隣に腰を下ろすと、ほうと一息吐いた。昨日から任務に出ていた彼が戻るのは昼ごろだと聞いていたはずだが、予定が変わったらしい。
    「日付越えたくらいで呪霊祓ったから、そのまま帰ってきたんだけど……あはは、変な時間に着いちゃって。そしたら五条先生が、森の方に行ってみろって言うから」
    「あのバカ目隠し、余計なことを……」
    「真希さん、今日も訓練してたんだね」
    「……まーな」
     入学してすぐの頃は組手で毎回真希に投げ飛ばされていたのに、きっと今全力で戦ったら勝つのは彼だろう。それだけの力を手に入れてしまった憂太に視線を投げながら、真希は思い出したようにぬいぐるみを掴む。ブサカワイイと表すべきデザインをしたそれを憂太に押し付けるように渡せば、彼は不思議そうな顔をした。
    「学長の呪骸?」
    「特訓用に借りてるんだよ。憂太、呪力チャージしろ」
    「あ、呪力切れで……って、ダメだよ真希さん。今これ動かしたら、真希さん授業始まるまでここで特訓するつもりでしょ?」
    「悪ィかよ」
    「悪いよ」
     きっぱりと言い切られて、真希は何も言い返せなかった。「悪い」ということは、他でもない真希がよく知っている。もう五時間以上もぶっ続けで体を動かしていたのだから、どう考えたって休むべきだ。眠気が来ないのだとしても、横になるだけで十分体力は回復する。シャワーで汗を流して布団に入る――それが最適解。
     そんなことは、十分に解っている、けれど。
    「いいからやれよ! 私は……私は、まだ……!」
    「真希さん」
    「強くならなくちゃ、いけないんだよ……!」
    「真希さん」
     気付けば瞳から涙が溢れていた。泣くつもりなんてなかったのに、ぼろぼろと大粒の雫が落ちていく。憂太は押し付けられた呪骸を一旦横に置くと、コートのポケットから何かを取り出して真希に手渡した。
    「ココア、買ってきたんだ」
    「なんで……」
    「眠れないときにはココアとかホットミルクとか飲むといいでしょ? ……僕もさ、知ってたんだ。真希さんが一人で頑張ってるって。その……真希さんが頑張りたいって気持ちを否定はしないけど、」
     憂太は手を伸ばして、真希の手の中にある缶のタブを押し開けた。カシュッと小気味いい音がして、ココアの甘い香りが真希の鼻腔をくすぐる。突き返そうにも封を切られてしまったそれを投げるわけにもいかず、仕方なく彼女は缶に口を付けた。熱く甘いココアが舌の上に広がる。
    「無茶するのは違う。休むのも立派な訓練だよ」
    「でも、それじゃ……」
    「誰も真希さんを責めないよ。……ていうか、僕もみんなも心配してる。真希さんが倒れたら嫌だ」
    「……」
     押し黙ってしまった真希を見ながら、憂太は自分の分のココアを取り出した。甘い匂いごと飲み込むように口を付け、そのままごくりと半分ほど喉に流し込む。
    「ね?」
    「……うっせぇ、バーカ」
    「あ痛っ!?」
     ココアを持っていない方の手がずびしと憂太の頭頂部に突き刺さる。不意打ちに沈む憂太をよそに、真希もまた缶の中身をごきゅごきゅと嚥下した。ぷはぁと息を零し、それから缶をぐしゃりと押し潰す。
    「真希さんそれスチールなんだけど」
    「この程度余裕だろ」
    「無理だよ!」
     残りを飲み干した缶を握り締めてみるが、呪力のブーストなしに潰すことは難しかった。せいぜい表面が少し凹んだ程度で、真希のように完全なプレスができるわけもない。天与呪縛のギフテッドを実感しながら、憂太はぬいぐるみを手に立ち上がる。
    「眠れないなら、眠れるまで話に付き合うからさ」
    「……ん」
     外していたメガネを上着のポケットに押し込んで、真希は呪具を拾い上げた。手にできた豆が擦れて痛い。そう言えば呪具を振るっているときは冷えていた指先が、ココアのお陰かすっかり温まっていた。
     朝が近付いているとは言え、一月の風はひどく冷たい。温まった身体が冷えてしまわないよう、二人は森を抜けて寮を目指す。
     きっと五条はこうなることを見越して真希の無茶を許してくれたのだろうと思うと、なんだか全て最初から彼の掌の上で踊らされていたようで癪だ。けれど今は疲労が心地いいから、無理をした甲斐もあったような気がする。
    「憂太」
    「うん?」
    「……サンキュ」
     助けられてばかりだ。けれど一人で真依を守ろうと戦っていた頃より、誰かに頼れる今の方が安心して戦える。弱いのも悪いことではないのかもしれないなんて思いながら、真希は憂太と共に寮のドアを押し開けた。



    2021.12.21 柿村こけら
    劇場版公開まであと三日!
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