しょうらいのゆめ。小さい頃は明確になりたいものがたくさんあった気がする。
お花屋さんにケーキ屋さん…アイドルなんかも…憧れだけはあったりしたし…
あとはありきたりだけど、誰かのお嫁さんとか…
でもその後の中学の進路相談でなんて言ったか…今となっては覚えていない。
そして、今も…それは曖昧なまま。
「味覚障害があるんじゃパティシエなんて到底無理な話さ。それにそのボロボロの身体でアイドルとか本当笑える。
古傷見せるのがファンサ?へー…それは斬新だ」
「ちょっと!いきなり何!」
水を差す様なオベロンの言葉に声を上げ、辺りを見渡せば周りの景色がマイルームとは違う…恐らくここは夢の中。
辺りは色付いた木々が生え秋の森を連想させる事から…ウェールズの…オベロンの森なのだろう。
「いきなり何、はこっちのセリフさ。人の森に土足で上がり込んで後味の悪い昔話を見せられる、とか…」
「…それは、その……勝手に頭の中見せちゃったのはごめん」
昨日は疲れて帰還し、ベッドを我が物顔で占領するオベロンを退かしもせずにそのまま寝てしまった…。夢で繋がってしまったのは、きっとそのせいだろう
「でも後味悪いって…。まぁ…小さい頃の夢だし…そんな目くじら立てなくったって…。
無理なのはわかってるよ、今は「それよりも優先すべき事があるから」
言おうとしていた言葉に被せてオベロンの言葉が降り注ぐ。リツカの瞳がオベロンをゆっくり見据え
何?
と問うようにじっと見つめた。
「馬鹿馬鹿しい話だな、と思って。」
「そんな事はないよ…それが…私のやるべき事だから」
そう答えた所で疑問が浮かんだ。
アルトリアやオベロンの二人は、生まれた時からそうであれ、と生き方を決められてしまった。
自分の様に…幼い頃はなりたい物が他に選べたわけでもない。
しかし、それを頭に描いてしまったその瞬間オベロンがリツカの方へ一歩近づくと、彼女の顔を上から覗き込んだ。
はらりと垂れ落ちるダークグレーの髪…。それはリツカの頬にかかり、彼女の視界を遮断して己への注意を無理やりに向かせる。
「何それ?同情してるつもり?本当、気持ち悪…マジでやめてくれない?」
「あ…そんなつもりは、あの……」
「俺に同情するならさっさと喰われて奈落に落ちなよ」
「…違くて!!オベロンなら…どんな職業…選んだのかなって」
ぱちぱち、と長い睫毛が瞬きを繰り返し「は?」と気の抜けた声をあげる。
「小さい頃ってさ…まだ周りを…その…現実を。
【なれない】だとか【似合わない】【無理な事がある】って知らないから…何にでもなれる気がしない?
選択肢が広いっていうか…だからね、オベロンは何になりたいって…思ったんだろって…」
「……そんな、くだらない…話?!」
「くだらなくないって!
ほら…顔が良いからさ…モデルとか…似合いそうだし…あ、あと詐欺師とか?あれ?でも詐欺師って職業?」
オベロンの苛立ちの斜め上へ、リツカの思考は飛んでいく。
何を、言っているんだ?
リツカはただ単純に、あり得ない小さい頃の夢の話をオベロンに重ねて、嬉しそうに話している。
「は〜〜〜?!楽観主義でアホらし。
そもそも詐欺師って…子供の描く夢かよ?」
「あ、やっぱそうだよね…
じゃあ何だろ…スポーツ選手…?ああ、アイススケートとか似合いそうだよね…ダンス好きって言ってたし…プロのダンサーとか!
道具作成出来るし…職人さんとか?あああと、薬も調合出来るんだっけ?
凄いな…何にでもなれるじゃん!」
「きみな、凄く不毛な時間使ってるの分かってる?」
くだらない、と。オベロンはため息を吐いて軽く頭を描いた。
そんな有り得ない話をした所で…なれないものはなれないのだ。
無駄な時間、なのだ。
自分には役割が決まっている、その道から離れられない…。かつてのアルトリアが、そちらへ進んだ様に…
「そうかな?ごめん…
でもね、私は楽しいよ。ほら、もしもそうだったら…って空想するの楽しいし」
「手に掴めない幻想を思い描く時間は虚しいだけだろ。
余計に自分の手には届かぬ現実に直面して、自分の傷を…仕舞い込んだ上に無理やり貼ったカサブタ剥ぎ取る行為が好きとか…
きみは本当に自虐的だね」
今度はリツカの方の目蓋がぱちぱちと瞬きをする。
彼の言葉口は冷たい。だが…その言葉の真意は文字通りではない…
「心配してくれてありがとう…優しいね、オベロン」
オベロンの返事はなく、不機嫌そうに木に背を預けると腕組みをしてそっぽを向いてしまった。
「でも…本当…今はなりたい物なんてわかんないんだ。小さい時はさ、あれだけたくさんあったのに…
おかしいよね…成長した今の方が出来る事も多いはずなのに。何も…浮かばなくて…」
「許容量がないんだから当たり前だろ。きみの頭の中は今違う事でいっぱいなんだから」
「…そう、だね。」
さしづめ、正義の味方にでも…人類最後の英雄にでも自分はなるつもりなのだろうか。と自嘲したくもなったが
自分の行いが本当に正しいのかその境界が今は曖昧になってきている。でも…残された想いや、託された…背負った物もあるし途中で投げ出す事はしたくない…。
体が動くなら、まだ走っていたい。
「…リツカ」
気付けば木々の方にいたオベロンはリツカの目の前に立っていて、酷く機嫌の悪い顔をしていた。
「きみ…あれだけ言ってまだわかんない?
俺はそれ…その気持ち悪い選択を心底邪悪だと思ってる。
ただの消費者は美談として大喜びするだろうけど…
それに…きみの描いた夢の中で叶いそうな物…そんなモノの他に1つだけあるじゃないか」
「え?どれ?あ、もしかしてアイドルとか?」
「はははー」
オベロンから返る愛想笑いに違うの?!と頬を膨らませた。
「アイドル特異点ではプロデューサーとして結構頑張ったんだけどな…」
「何その特異点…ハロウィンといいこの前の埴輪討伐といい…汎人類史の概念は俺には理解できない…」
「まあ…オベロンもそのうち慣れるでしょ!
えー…アイドルじゃないのか…じゃあ何だろ…」
なれそうな物…
小さい頃に好きだった物を頭の中に順繰りに思い描いてみる…。遊園地のキャスト…ピアノの先生…ファッションデザイナー…あとは…何だっけ…
「あー…それじゃない」
「ちょっと!さっきから勝手に視ないでよ!えっち!」
「ッ…あのな!!きみがあまりにも察しが悪いから言ってやってるんだろ?」
というか、何故リツカのなりたいモノなのに本人ではなくオベロンの方がそれならなれる。と確証を持って言うのか。
何だか自分の夢を勝手に決められた様で、リツカはオベロンに一歩近づくと「じゃあ何?!」とストレートに尋ねた。
するとオベロンはにんまりと笑い、勿体ぶって「さて、どうしようか」と告げる。
「そんなに知りたいって…今を投げ捨てたいって事?」
「…それは………ない、と思う」
一瞬、迷いが生まれるもリツカはハッキリと意思のこもった瞳でそれを否定した。
時々…疲れる事はあるが…でも…止めたりはしたくない。
「あっっそ……じゃあ教えない」
「え?!何で?!あーちょっと!ヒント頂戴!」
「自分のなりたかったモノだろ?俺に聞くなよ」
まだ考えてない職業?
あったっけ…パティシエもダメって言われたし…花屋さんも…きっと違う気がする…
あれ?あれ?
ぐるぐると頭の中で様々な職種が巡る中、一つのものが浮かび上がる。あれ?もしかして…
「……お嫁さん……?」
ぽつり、とそれが口に出た瞬間。
オベロンの唇がリツカの唇を塞いでいた。
え…?
え…?
柔らかくて、温かな唇。その時間は一瞬だったのにオベロンの触れている時間が永遠に感じた。
「気付くの遅すぎ」
ニヤリと笑ったオベロンの顔を最後に、リツカの意識は真っ白な波に飲み込まれていった。
─────
真っ白な天井が目に入り、リツカは慌てて身を起こして辺りを見渡した。
そこはいつもの自分のマイルームで、隣にはさっきまで森で一緒だったオベロンが横になったまま此方を眺めていた。
「ぁ、あ、あの……え、と…」
何を…言えば、良いのか。
真っ赤になったリツカは目が覚めたばかりのはずなのにやたら思考が冴え、先程のキスの感触が頭から離れない。
柔らかかった…な…
と、そう考えてしまった瞬間。
衣擦れの音とともにオベロンがその身を起こしてリツカの顔を覗き込んできた。
「何?もう一回したい?」
意地の悪い笑みを浮かべた男は、リツカが反応するより先に再びその唇に触れた。
さっきと同じ…温かくて、柔らかな唇の感触…。ただ触れているだけなのに自分の唇がオベロンの感触に喜び蕩けそうになってしまう。
するとオベロンの舌が、リツカの口の中に入ろうとし…
「ひゃっ……だ、だめ!っ…オベロンのばか!えっち!!」
今まで気が動転して固まっていた両腕でその身を引き離し、ベッドの隅へずりずりと逃げる様に後退する。
「何だよ、きみの方が欲しがったんだろ」
「ち、違……柔らかかったなって思っただけ、で…いや、その……」
真っ赤になって狼狽るリツカの様に、オベロンは心底機嫌の良さそうな顔で這い寄る。
狭いベッドの上、逃げようとした所で無駄なのだ、と。リツカはあっという間にオベロンの腕の中に囲われてしまった。
「ね、ねぇ……さっきの…って」
プロポーズみたいな、事なの?
そう尋ねるより先に、彼女の意思を視たオベロンが口を開き。
「勘違いしないでくれる?
結婚するだけなら、誰とでも今すぐ出来るでしょって話をしただけだから。憧れのお嫁さんとやらになれるじゃないか」
「っ…じゃあキスする必要なかったじゃん!!初めてだったのに!!」
「は…?…初めて?!」
オベロンの瞳が丸まり、腕の中の真っ赤になった存在を凝視する。
はは、本当…笑える。
「何…責任取れって?」
「え…?!そんな事、は…」
「仕方ないな…きみのハジメテの責任はとってやるよ…
うん、責任とって奈落の底に連れて行くから」
「だから、今は行けないって言ってるでしょ!!」
慌てた顔が今は頬を膨らませ、ころころとその表情を変える。そうして、怒っていたはずのその顔は今はどこか寂しげな、何かを悟った色を瞳に添え。
「…全部…全部終わったら…そのプロポーズうけてあげる」
そう、口元を少しだけ緩めながらねじ曲がった彼からのプロポーズを受けたのだった。