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    itimurag

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    itimurag

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    陰陽師パロのジョーチェリです!
    なんでも許せる人向けです!
    マンうさも出てきます。

    #ジョーチェリ
    giocelli
    #ジョチェ
    joche

    『ほしがきえたあと』 まだ暑さの残る夏の終わりの夜。
     辺りには虫の声が微かに聞こえ始め、緑の香りが漂う。コロコロと鳴く虫の声が、心地よい。じめっとした空気と生ぬるい風。空には雲が多く、明かりの少ない。そんな場所のここは、手元が僅かに見える程度。
     風もないのに、雑木林と化した廃寺の草木が大きく揺れる。その間を韋駄天の如く駆け抜けていた茶色い獣が、飛び跳ねて回転しつつ足を伸ばして振り下ろした。その足は柔らかそうな布にすっぽりと覆われているものの、その衝撃は凄まじいようだ。彼の落とした踵落としと共に周囲の草は飛び散る。
     その様子を少し離れた場所から眺めていた人物がいる。その人物は、何も言わずに口元を覆っていた扇子を閉じた。閉じたところで、その口は首のところから伸びた黒い布に覆われており、髪も長くてパッと見た感じは女性にも見えなく無い。しかし、その風貌によく似合う直衣を着ている。薄桃の髪が風に遊ばれ、さらに表情を隠した。
     その人物が持つ黒い扇子がすっと向けられ、踵落としを決めた獣が視線を向けると、先ほど衝撃を受けた物がゆらりと左右に揺れながら四つ足で立ち上がる。
    「ムンッ!」
     一鳴きした茶色い獣が尻尾を揺らし、再び駆け出した。それに合わせて、髪の長い人物も何処からともなく筆を取り出し、墨もないのに空中へ文字を認めて筆先を飛ばす。筆の動きに操られたように風が彼を後押し、一斉に渦を巻いて四つ足で震えている物を空へ舞いあげた。
     そして、それに追いついた獣がしがみつき、相手の四足が動かないように掴んで封じる。彼らが一緒に落下したところへ、ゆっくりと足を向けた。髪の長い人物はその場へ、腰をかがめて手を差し出した。掴む茶色の手は、人物の手のひらに収まりそうなほど小さい。立ち上がった獣の背丈は人の子どもほどで、さほど大きいわけでもない。先ほどの戦闘を目撃していなければ、どちらかと言えば可愛い部類に入るのだろう。
    「無事か?」
    「むんっ」
     元気よく返事をした彼が立ち上がると、その獣のような着ぐるみ姿。着ぐるみの上から狩衣も着用してるらしく、その腹などに付着した葉っぱを払い落とした。その指も細く長く。肌も白くて美しい人物はその獣を抱えて空を見上げた。
    「もう時間か」
    『はい、約束のお時間をちょうど過ぎたところです。マスター』
    「カーラ、ありがとう」
     獣を抱えて今にも崩れそうな門を潜った視線の先には、雲がちょうど切れ間でまん丸の月が顔を出す。月光を浴びる人物の横顔は絶世の美女と言っても、過言ではない。口に付けていた布を下ろして、胸に溜まっていた空気を全て吐き出した。
     寺の前に停まってい牛車には、牛が繋がれておらず、全体も真っ黒に染められている。所々、紫色のラインが走っており、時々呼吸のようにその紫の線が優しく光るのであった。そんな車に向かって着ぐるみを着た獣が
    「むむんっ」
    『そうですね、マスターの桜屋敷書庵からの予測可能なルートと虎次郎の歩行ルートを計算します』
    「カーラ」
     車の方から聞こえる声に呼応するようにラインが光る。そんな車にマスターと呼ばれた桜屋敷 薫は自分の式神のジョーを抱えたまま乗り込んだ。この桜屋敷 薫は稀代の天才陰陽師であるものの、お上に仕える陰陽寮には属さず、独自に術を駆使して働く者であった。その実力は座敷にちょこんと座って「ムンッ」と鳴く式神で分かるように、すごいらしくお上から直接依頼されることもしばしばあるほど。『カーラ』と呼んでる牛もなく走り出す自動式牛車まで所持していた摩訶不思議な人物であった。実際に見目が大層美しいが性別すら誰にも分からないのである。
     これからストーキング、ならぬ偶然出くわす“予定”の南城 虎次郎以外は。
     動く車は突然スピードを落とし、“予定”と鉢合わせた。車が完全に止まるど同時に自動で手も触れずに御簾が上がり、予想外な登場に驚く“予定”と顔を合わせる。
    「遅くなったな、虎次郎」
    「薫……」
     驚く彼は狩衣に刀1つ腰に下げた比較的ラフな格好だ。それでも最低限の身だしなみとばかりに髪を油で固め、前髪を少しだけ下ろしている。烏帽子を被る時には中に入れているのだろうが、女性を口説きやすいように前髪を残しているらしい。
     しかし、思いもしなかったのはその腕がなやら震える小動物を抱えていること。
    「それは? 」
    「あぁ、こいつが文で伝えた相談事だ。だが、今日はもう帰るよ」
    「何? 」
     せっかく来てやったのにと、約束に間に合わず在宅していなかったことを棚に上げて怪訝な顔をした。虎次郎も残念そうに肩を竦める。抱えている動物を落とすことなく。彼は武士なので鍛えている筋肉が、肩をすくめたぐらいでは意地でも落とさないだろう。昔からそういう奴なのだ。
    「明日も早いからな」
    「宮仕えは辛いな」
     彼は武士であり役職は公卿。護衛任務が主だが、お家柄もあって雅楽家という一面も持つ。だが、その実、1番得意なことは意外にも料理と言う武士らしくない一面を持つ文化人である。
    「お前も似たようなもんじゃねぇか」
    「俺は違う。強いて言うならフリーランスだ」
    「ふいあんす? 何だかわかんねぇけどお上の仕事は受けるだろう」
    「お上は金払いが良いからな」
    「金かよ、この守銭奴狐」
    「乗れ」と薫が言うのなら、彼は従うしかない。靴を脱ぎ、牛車のカーラに乗り込んだ。薫が命の恩人だったということを除いても、お上の命がある。
     彼が武家として参内した時にとある事件があって、陰陽師の桜屋敷を補佐や連絡役を仕ることになったのだ。
     御簾が降りて、ようやく2人きりとなれば、幼少のみぎりからの付き合い。薫は誰の目も気にすることなく、その背にふわふわとふっくらとした尻尾をいくつもたゆたわせる。言うまでもなく、人の顔をしたまま頭の上にも3角の肉厚な獣の耳。
    「狐だな」
    「ふふふ、そうだ。俺は元より人ではないな」
     どこが嬉しそうに薫が応えると、その膝で寝ていた茶色い獣が目を覚ました。膝に乗せるとちょうどぐらいの子どものような獣だが、彼は辺りを見渡すと匂いで手繰るように虎次郎の方へ向かっていく。
    「あ、お前もいたのか。なぁ、式神も弱肉強食なのか」
    「ん? なら、お前の抱えてるその大きな子うさぎも、まさか式神だと」
    「たぶんな」
     丸っこいクリーム色の兎のしっぽに興味を示す茶色の式神から遠ざけるように持ち上げた。虎次郎が言わんとしている意味は分からなくはない。こいつが肉食なのは、この式神がなんの生き物か知らなくても形状から分かるのだろう。
    「マングース…と言うイタチの一種みたいなもんだが、ジョーも式神だ。式神同士は食い争ったりしない。それよりも、何故お前が式神を? 」
    「あぁ、それが昨晩、怪しい文を拾ってな。出してみたら今朝こいつが門の前で倒れていたんだ」
     扇子を口に当てていた薫が首を傾げる。
    「こいつと文がどう関係しているんだ。そもそと術者でもないお前が使役しているというのか」
    「そうだよ。おかしなのはこいつが来た事じゃなくて、その文だな」
     大人しくジョーに合わせるように兎の向きを変えて、対面させる。兎の方も興味を示したようにお互いに見つめあっていた。
     手が空いたので虎次郎も狩衣の懐から話に出ていた文を取り出す。文を拾ったと言っていたが、その文には包む紙もなくむき出しで、畳む程もないほど小さな1枚であった。それが何よりおかしいのは、和紙でもなく僅かな光でも当てれば反射をするほど硬いツルツルとした紙をしている。そして、明らかに墨で何かを丸したあともあり、裏面を見ても印刷がされているのだ。
    「ユー〇ャン通信講座……なんだと?! 」
    「意味はわからなかったが、面白そうかと思ってな。陰陽コースで出してみたんだ。そしたら、文は戻ってくるわ、こいつもいるわでな」
     恐らく、彼がコースを選択した往復はがきだけ戻ってきたのだろう。まさかこのようなもので、式神が得られるわけが無い。だが、目の前でじゃれ合う姿を見てる限り、薫の式神と同じなのだろう。
    「……そうか」
     薫は1人で納得したように頷くと、カーラにしまっていた酒を取りだしそれを彼にも進めながら飲み始めた。

     屋敷に戻る頃には、少し足元がふらついていた。それでも、さりげなく後ろから虎次郎が支えて一緒に歩くので縁側までたどり着けた。
    「お前もふらついてるな」
    「まぁ、お前と飲む酒は、不思議と酒が冷たくて気持ちがいいからな」
    「そうかよ」
     式神たちはいつの間にか仲良くなったようで、2人で手を繋いで屋敷のどこかへ姿を消してしまっていた。
    「それにしても今日は、まだ蒸すな」
    「日がとっくに落ちてるのにな。京は昔から暑いが、秋もすぐなのに」
     腰掛けた彼は水靴を脱ぎ、胡座をかく。用意されている膳には埃のひとつもなく、綺麗な赤い漆器だ。同時に部屋の奥から薫と同じ姿の者が来て、肴を用意していく。それも次から次に酒や杯、茗荷を添えた魚は焼きたてらしく、香りも良い。
    「いつ見ても、見慣れないな」
    「ん? 」
    「なんで屋敷の式神をお前の姿にしてるんだよ」
    「来客が来ても楽だろ」
    「俺もか」
     杯を傾けていた薫は、笑い出ししっぽを震わせながら首を横に振る。いつもの狐らしいすまし顔が嘘のように頬を緩ませて大きな口で笑い出すのだ。それでも、口元をおさえて視線をくれる薫は美しい。
    「お前のどこが客だ、脳筋ゴリラ」
    「なんだと、この重箱の隅ピンク」
    「考えても見ろ。肴は食う、相談も持ち込み、あいつの仕事まで手伝わす」
     杯を置いた虎次郎は、眉を寄せて言い返した。
    「あいつって、まさかお上のことか?! 口が裂けても本人の前で言うなよ」
    「元々狐ゆえ、裂けてる。いや、まぁ、仕事は俺のものでもあるか」
    「そうだろ」
     薫も杯を置き、扇子を口元に持ち上げた。
    「あげく、そんな俺まで喰うだろ? 」
     にやっと笑った口は黒い扇子の向こうで見えないが、彼には目に浮かぶようだった。薫が言う“喰う”の意味が膳の上の肴とは違うのだと。
    「海ぶどう食ったら帰るから」
    「何故、明日は休みだろ」
    「言ったろ、明日が早いと」
     確かにカーラに乗る前に言っていた。しかし、暦を作るのにも関わっている薫は首を傾げる。虎次郎は明日、休みのはずだ。
    「……頼まれていることがあってな」
    「また、余計なことに口を出したのか」
     薫の護衛も兼ねている彼の仕事柄、彼伝いに私事の相談をする物も後を絶たない。何のための陰陽寮だと言いたいが、向こうも仕事が立て込んでいるようだ。何より帝の命となれば、時には先に進んでいた話も後回しにされる。そうなれば、稀代の陰陽師に頼めるのなら例え武家の一門である脳筋な南城へもいい顔してでも頼むものは多いだろ。
    「ま、いやなら、俺だけでも見てくるさ」
     この通り、南城家の中でもずば抜けてお人好しなのだ。この男は。
    「嫌とは言ってないだろ。ただ、休みは休みだ。休まないと休みの意味が無い」
    「俺は1度ぐらい休まなくたって、この通り平気だし」
    「そういうことではなくてだな……ハブには気をつけろよ」
    「そうか、来てくれるのかって、あれ? 」
    「そう何度も相手してられん。こちらも仕事でやっている金を積まれなければ下見も行かん」
     酒が注がれた杯へを持ち上げ、雑木林のように草が揺れる庭を見ながら飲み始める。我関せずと言った感じに。
    「それは無いだろ、薫」
    「頼まれたのはお前であって俺ではないからな」
    「長い付き合いだろ」
    「知らんな」
     内裏で会うまで知らない仲ではない。それもかなり昔からの付き合いなのだ。
     虎次郎は在りし日の薫に出会った時を思い出しながら飲み直す。いつの間にか継がれた酒は、やはり人間の世のものとは思えぬほど冷たく、山の氷を使ってるかのように喉越しが良かった。

     山の氷など、余程の金持ちでしか知らぬものだが、山の別宅で育った彼は知っていた。何かと珍しものが好きな父が、胸が弱かった虎次郎を案じて立てた別宅。そこに色んなものを持ち込んでは、寝込んでいる虎次郎を心配してたのだ。
     その日も床に伏せて、薄い布団の下から赤くほてった幼い顔を覗かせていた。くりくりと渦を巻く髪で大きな赤銅の目を潤ませながら。
     ちょっとでも新鮮な空気の方が良いだろうと、障子や襖も御簾も開かれていた寝所に、夜風が吹き込む。
    「けほっ、けほけほっ」
    「苦しそうだな」
     咳き込んでいた虎次郎の布団のそばに人の姿があった。滲む視界でも相手が子どもなのが分かる。目をこすってもっと良く見ようと思ったら、その子は狐の面を付けていた。
    「……きつね? 」
    「病か…こんなに風が吹き込んでは眠れないだろう」
     まるで大人のような口調で言ったお面の子は指を鳴らし、触れずに御簾を下ろす。虫の声も遠くなったので、きっと襖も障子も閉じられたようだ。
    「ありがと…げほっ」
    「無理に話すな、目を閉じてろ」
     華奢な手足を剥き出しに短い着物のその子は、虎次郎の目元に手をかざす。大人しく目を閉じていると、しばらく動きがあった後に唇に何かが触れた。みるみるうちに自身に籠っていた熱が吸い取られていくみたいだ。手足の痛みも咳き込んでいた喉も大人しい。
    「このぐらいで良いだろう」
     かざされていた手が無いことを良いことにうっすらと開いて覗き見た姿は、お面が頭の上にずらされており、美しく整った顔立ちをしている。
     何より染めたような黄色い瞳が印象的だった。手首足首に巻かれている布も白くて綺麗で、格好の割に清潔感はかけていない。そんな相手が、立ち上がりよろめきながら閉めた部屋を出ていこうとする。
     引き止めようと布団に手をつくが、その気配で察したのか、お面をもの位置に戻した相手が言った。
    「もっと鍛えろ。そうすれば、お前の身体も強くなるだろ」
    「えっ……」
    「また来る。励めよ」
     陽炎のように月に照らされた中へ消えゆくので、その腕を掴もうとした。
     しかし、その小さな手は空をかいて終わる。ひらりと掠めたのはお面を固定する紐だけ。まるで水面に映る月の影でも追うような感覚だった。刹那の夢のように記憶の片隅に淡く溶けて消えてしまいそうな気がして、無我夢中で手を伸ばした。
     そのまま、バランスを崩したはずなのに、上手いこと床に手をついて上半身を起き上がらせていた。今までなら信じられないことだったが、不思議なぐらい身体が軽くなっている。その状態で相手が降りていった庭を見たら、ふっくらとした薄桃色の尻尾を左右に振っていた。お面だけではなく本当に狐狸の類であったか。胸の中の空気が抜けていき力尽きるように床へ倒れ込んだ。
     翌日、父に申し出て身体を鍛え始めた。用意してもらった大木へ竹刀を打つまだ先の事だが、直ぐにそのつもりで身体を鍛えた。人は目標があると、ただ枯れゆくのではないかと思った人生にもやりがいを覚える。病は気からとも言うが、無理があると思ってたその言葉ですら信じられるのだった。
     そうして、何年も鍛えているうちに彼は身体も心も大きくなり、これならば南城家の武士として都に出しても恥ずかしくないと判断されることに。
     しかし、虎次郎は『また来る』と言って一向に姿を表さない狐に会うまでは山を下りられないと、頑なに断り続けていました。それでもとうとう都まで力自慢の息子がいる事がバレてしまい、お上の命により降りる事になった前の晩。
     お上や内裏へのお目通りの打ち合わせに来た父は目にしたと言う。
     縁側で力尽きるように眠る虎次郎を優しくて膝に乗せて微笑む人ならざる妖怪の姿を。それは美しくも体温の感じられない陶器のような肌をした狐の妖怪で、幾重にも広がる尻尾を持っていたと。
     その紙は長く綺麗で艶のある桃の色、触れる手は白くも優しい手つきだった。その妖狐は虎次郎の父親に気がつくと紅を引いた口でこう言ったらしい。
    「救った命だ、もらっていくぞ」

     そうして、彼が何も知らずに向かった内裏のお上の前で、再び再会した妖狐は、当たり前のように自分の補佐に。そう進言して、こうやって内裏との連絡や近侍のように虎次郎を傍に置いた。

    「虎次郎」
     柱に背中を預けてくつろいでいた薫が声をかけきていた。途端に鼓膜にコロコロと鳴く虫の声や風に揺れる葉の擦れる秋夜の音が返ってくる。自分も相手を習うように背中を柱に預けてうたた寝をしていたらしい。空を見上げても月も低く、時間がそこまで経っていないのがわかる。
    「なんだ、昨晩も女のところへ通ってたのか? 」
    「ん、まだ今は文の段階でな」
     ニヤニヤと悪い笑みを浮かべながら聞かれ、なんかそれが気に食わなくて図星だったのに虎次郎は首を横に振った。普段だったら、文も送らず視線一つで一晩の約束だって取り付けられるぐらい、へでもない。そんな甘いマスクの絶世のモテ男がそんなことを言うので、薫は声高々に笑い出す。
    「そんなにおかしいかよ」
    「あぁ、だってお前はどんなにモテても、俺のところに必ずくるだろ? 」
    「どんだけ自信があるんだよ」
     何を根拠にしているのか、自信満々にふんっと綺麗な首筋を見せるように首を傾ける。スルッと布ズレの音がして視線を下ろせば、緩く袴を摘んで出した長く細い足が縁側の上に差し出した。
    「目がもう逃れられないと、言ってるようなものではないか」
    「うるせぇな、……あぁ、好きだよ」
    「だろ? 」
     踵を手で掴んで引き寄せれば、それに合わせて薫もしたり顔で足を持ちあげる。虎次郎は頬を少しばかり紅潮させて足に口付けた。舌を出したまま顔を上げ、薫と視線を合わせる。夜空に浮かんだ月のような黄金の瞳が、溶け込んでくるようだ。くいっと足を動かし、言外に続きを促してくる。
     さすがは、千年以上も生きたと言われる狐だ。色気を通り越して、もはや貫禄すらある。
     到底、二十歳過ぎの若造が敵うべくもない。
     きっと捕食されるのは自分の方だ。
    「どうした? 」
    「奥に行こうぜ」
    「そんな誘い文句じゃ、文の返事は期待出来ないだろう」
     虎次郎の手をすり抜けた足先で、彼の顎をなぞる。爪先から食べてしまいたいと、腹のそこから思ってしまったのすら見透かされていそうだ。
     油で固めていた髪を乱して、誘われるままに薫の後を追う。

     蔀を閉ざしているはずなのに、寝所の御簾が揺れて言葉もなく誘う。
    「っあ、…こじろぅ……はっ、」
     布ズレの音に支配されながらも、身体を動かし薫の中へと押し込んだ。揺さぶっても揺さぶっても実態が掴めぬような、白い肌に目を奪われる。のしかかれば、折れてしまいそうなのに。
     焚かれている香のせいか、頭を朦朧とさせてしまう。むしゃぶりつくように薫の首や肩を食み、合わせた肌から熱を感じ続ける。指をかすめる桃色の尖りに爪をかけ、かりかりと柔らかくかけば面白いほど声を上げた。
    「んあっ、ああっんっ、やっ、そこっばっかり」
     なんて可愛く言うので、腰でも入れたものを意地悪に回して抜き、外れそうなところで奥の方まで押し込む。
    「んひぁっ、~~っ、はぁ、こじろ……」
    「あぁ? 」
    「いじわるをするなっ」
     潤んだ目を向けられながら、その口を塞いだ。答えるように絡みつく舌も熱く。自分の舌まで溶かして呑まれてしまいそうになる。
     赤く染まる薫の頬を指で撫でながらも、虎次郎は口を離した。唾液で糸を引く2人は浅く呼吸しつつも拳で口を拭う。耳を震わせて荒い呼吸を繰り返す姿が可愛くて、汗が浮かぶ額を拭い軽く口付けた。それだけでも薫は声を放つ。もう体全身が性感帯になってしまっているみたいに。少しでもどこかに触れるだけで、小さくも可愛らしい声を漏らす。
    「っっ、ーーっ」
     腰の方も中が吸い付くように、飲み込み離さない。そのくせ、今度は声を抑えようと、犬歯が目立つ口で自分の指を噛んでいる。唸りながらも薫は、虎次郎へ腰を押し付けるように腰を振った。普段ならもっと悠々と余裕を示すようにゆらめく尻尾も今は、しびびびびびっと快感に打ち震えて愛おしい。尻尾に軽く口付けして尻を撫でる。丸みのある湾曲は撫で心地も去ることながら、その形ですら手に吸い付くよう。さながら、中の具合に呼応しているかのようで、俺の手合わせたみたいだ。濡れてないだけで。
    「んぐうう……」
     虎次郎は手を掴んで、そこから指を引き抜き自分の口に含んだ。指を舌で絡めて口吸いしてる最中の口の中を解説するみたいに見せつける。
    「あっらぁっ、やっんっ……」
     ちゅぽっと音立てて離した指から彼の唾液が伝うと、自由になった指で自分の上にそれを塗り広げた。指に赤くツヤツヤと誘う乳首が触れるといじらしくも自分で弄り出して持ち上げられている足を何度も跳ねさせる。紅のように染まった胸の突起がつんっと上を向いていて美しい。見ているだけで喉が鳴ってしまう。
    「1人で楽しむなよ」
     仰け反る白い身体を抱え込み、膨れているのかも分からない胸に何度も接吻を落とす。やらしく音を立て、濡れた声で染まるように。胸骨を辿る唇は熱く、薫を溶かしていく。
    「あッ……んあッ…あッあッ」
     ズンっと押し込まれて瞬時に目を閉じた薫の目の前に虎次郎は顔を近づけた。お気に入り玩具を見つけた子どものように手を伸ばし彼を抱きしめ、頬を赤く染めて何度も求めてくる。
    「んくぅ……くぅっ…こじろ…」
     人形のように整った顔立ちの薫が目を潤ませ、呼吸も荒くして。こんな表情を知るのは虎次郎だけだと思うと、より一層ずくんっと下半身に重いものを感じた。汗で張り付きぐちゃぐちゃに乱れた髪も、熱を持つ手も、掠れていく声も全て。
    「はっ、あぁっ……んっ、はぁんっ」
     しかし、彼は焦らしに焦らして震える3角の獣の耳に中に、それから瞼や頬にと口付けを繰り返した。
     その度に薫は甘い声を上げて尾を震わせて歓喜する。足を彼の体へ絡ませて一晩中逃さないつもりで。

     翌日、太陽が真上に来た頃、約束通り虎次郎らは水干をまとって現れた。当然のように式神の兎の子にもあつらえてある。さぞや、屋敷のものも一日でこんなものを用意させられて困ったことだろう。言ってくれたなら、うちの式神の服を分けたのに。
    「言っておくが、これは俺のお古だ」
    「…残してあったのか」
     彼は恥ずかしそうに顔を背けて頬をかく。その耳が真っ赤なのを見れば分かるが、兎の子が着ているのは女性物で、彼が体が弱かったのだと改めて実感する。今ではその面影すらないのだが。
     昔からの風習で身体の弱い男児に女装をさせて、悪しきものから守ろうとした人の知恵がある。そういった類の名残なのだ。それに対して、虎次郎はいつもの水干姿には合わないほどごつく厳つい大きめの刀を下げている。今日のそれも新顔の刀であった。彼いわく、刀は消耗品らしい。きっと鍛冶屋が聞いたら叩き切られることだろう。
    「鎧はどうした?」
    「重いだろ?」
    「お前なぁ……」
    「戦なんて、ノリでするものだろ」
    「ノリで死んでも知らんからな」
     相変わらず涼しい顔をして真っ白な直衣をまとっていた薫は作り笑みを浮かべた。先方が来たらしい。薫が向いた方へを見れば、俺越しに彼へ依頼をした人物が手を上げる。
     彼が言うには新しく別邸を構えようとした空き地に、夜な夜な青い輪っかがふたつ浮かび上がり、不気味な呪文を整えるのだとか。日中は静かだが、人通りが比較的に少ない場所なので、不気味に思い工事の着工すら遅れているらしい。大工が好かない性格では無いので、依頼者も彼らの気持ちを組んで強くは言えないが、寒くなる前には移り住みたいと言っていた。
     これが稀代の陰陽師、桜屋敷 薫への大まかな今回の依頼であった。
    「随分と漠然とした話だな…」
    「ま、妖の類には変わりないだろう」
    「猫か何かじゃないのか? 」
    「だとしても、なんで俺が草刈りを」
    「似合っているぞ、虎次郎」
    「おう、ありがとな。って、そういう問題じゃねぇよ」
     涼しげな木陰に腰掛けた薫は、式神たちを膝に乗せて絶対ここから動かないという強い意志をみせた。草刈り鎌を構えて屈む彼は武士としての姿とはかけ離れていたが、様にはなっている。
    「ま、夜中に怪しげに光り、奇っ怪な雄叫びを上げたというのなら、昼の明るいうちに隠れられる場所を減らせば良い」
     元来働き者の彼は、文句を言いつつも汗水を流しながら夕日が落ちるまでその場の草を刈った。しかし、当然何年も放置されていた土地。そう簡単に1日2日程度では刈り尽くすのは難しく、まだ木々が茂あたりには草がなびいていた。
    「さて、そろそろか」
     式神たちを撫でて愛でていた薫も立ち上がり、裾を払う。その仕草に疲れてしゃがみこんでいた虎次郎も腰を上げた。
    「……あれか」
     そう言って彼らが目を向ける先にぼんやりと光が点る。青いような輪っかが2つ。
    『……いませ、…うふだ…お…って……くさい。ば…うじ……からす……あんない……』
     虎次郎が身構えることなくふらっと、まだ草の残る範囲に足を踏み入れると、シュッと長いものが彼を掠めた。瞬時に身を引くと同時に飛び散る布キレ。素早く駆けつけたマングースの式神は、四足で踏ん張ってシャーと威嚇する。
    「ジョー」
     呼ばれれば彼も渋々と持ち主の方へ戻り、うさぎを守るように背後に隠した。その愛らしい仕草と反対に、迸る気配は殺伐としている。
     彼は破られた上を脱ぎ捨て、自分が着ている着物の合わせを掴むと、大胆にもそれを割開いた。上半身をむき出しにして、甲冑も布もない素肌をさらけ出しているくせに、腰の刀もゆっくり引き抜く。
    「脳筋ゴリラがっ」
     薫が忌々しそうに悪態をついた。けれど、1度刀を構えた彼は振り返りもしない。
     ゆっくりと息を吐き出すと、むき出しになった左肩に触れる。そこには着物の上から見えなかったが、太陽のような模様が黒い墨で刻まれていた。
     そして、触れると同時に真っ黒だった墨はうっすら翠に光り生きているかのように蠢いて左腕を覆うほどに伸びる。墨がまだ乾かずに液体のままでいるみたいな動きで、初めて目撃した兎は恐ろしいものを見たと言わんばかりに強ばった。
     それもそうだろ、いくら式神とは言え、腕を包み込んだ墨が再び黒に色を戻した時には、まるで鐡の如く硬い質感になっているのだから。
    「あまり使いすぎるなよ」
     上手いこと今度は飛んできた蔦状のものを墨で覆われた腕で絡めとって、蔦の先へ足を大きく踏み込む。その目は獲物を狩る獣用に煌めき、恍惚とした表情を浮かべた。
    「虎次郎、そいつは……」
     打ち付けた直後、一閃の光が彼の顔の寸前を掠めて地面に落ちる。手にしていたはずの刀は鍔から指三本ほどのところでバッキリと折れていたのだ。
    「この馬鹿力が! 」
    「うるせぇな、刀の1本や2本で」
    「なんだと?! 」
     薫が虎次郎の胸ぐらを掴み、同じように虎次郎も掴み返して額を突き合わせながら睨み合う。足元ではこんな時にと呆れた表情をするジョーの姿が見えたが、構うものか。
    「刀なんて消耗品! 」
    「抜かせ、この脳筋ゴリラ!! 」
     掴んでいる手をひねれば、彼も負けずと薫の手を掴んで、顔をひくひくと怒りで痙攣させる。毎度のことながら、よくぞやるもんだ。これでもかと眉を寄せて睨み合い、今にもという瞬間に、彼らの頬を掠めるものがあった。
     あれだけ痛かった手は自由になっており、先ほどまでその手を握り潰さん限りだった虎次郎の手が自分達のを守るように突き出されていた。敵の方へ伸ばされていた手には、硬そうな相手の手が絡みつき、所々むき出しの太い蔦のようなところからは、小さく千切れた線が飛び出していて、有刺鉄線のように彼の腕から血を流している。
     地面に落ちた血が音を立てたところで、正気になった2人は顔を上げた。
    「は? 」
    「あ? 」
     互いの胸ぐらを掴み合っていた薫と虎次郎が同時に攻撃してきた方へ怒りに満ちた目を向ける。ギラっと輝く目に、相手は物静かに動きを止めた。人の心の機微まで分かるとは思わないが、生存本能か命の危機ぐらいは把握するらしい。たまにあるのだ、無い命を守ろうとする、そういう誤作動を。何度も見てきた薫は確信する。
     だが、それはそれとて、今は言わねば、気が済むことはない。
    「「人の喧嘩の邪魔すんなって、習わなかったのか?! 」」
     虎次郎は、薫から手を離し、頬に飛び散った血を拭う。そして、緩んでいた相手の腕を振り払った。地面に叩きつけるように外れた腕は、やはり人間のものは違って、明らかに体よりも長くどこにそんな長さをしまっていたのかと、悩むほど伸びている。
     草むらから姿を表したのはぼうっと白くひょろっした体型の何か。人の元とは思えぬ光沢のあるツヤ感の身体で、身長は子どもぐらい。何より人に近いようで足も奇っ怪な形。潰したタコのように3方向に広がっている。頭は身体に対してアンバランスに小さいが、それにしたって薫の腕より細い首はなんだか不安になる形状だ。歪で妙に人に近くて心の奥底から湧き上がる不思議なおぞましさ。
     それゆえ、都のものたちはあれらを妖と呼ぶ。
     しかし、そのおかげで、だいたい把握は出来た。相手が鋼鉄で、目が光った。とすれば自ずと何か分かってくる。問題は、なぜ、それが今更になってこのような場所で動いているのか。
     刀のない彼に任すのは心配であったが、この原因を調べないことには対処の方法がない。ここは一刻も争う事態だ。長引けば長引くほど不利なの確実に我々なのだから。
    「くっ、少しだけ時間稼ぎ頼めるか」
    「あいよ」
     苦渋の決断となったのに、この男はあっさりと承諾してしまう。全く武士というものは厄介だ。どうにも心意気というもので、いつでも死ぬ覚悟を持って生きているのだから。
     薫は1人では探し切れないと、式神たちにも命じて、木立へ足を運ぶ。その中でも黒く焦げているものや、大きく裂けているものがあれば原因が判明する。
     件の妖が動いたその理由が。

     薫の姿が雑木林で見えなくなると、彼は再び自身の肩に触れた。静まり返っていたはずの墨は再び動き出し、今度は触れた右手にも付着していく。何度見ても奇妙な光景だが、今度はそれに留まらずに、肩から暴れるように首筋や胸筋、背中の方にまで這うように墨が伸びる。それはまるで皮膚の上を魚が泳いでいるかのように。
    「さぁて、ちょっとお手合わせ願おうか」
     どこまで効くのか分からないが、足を軽く上げた彼は力強く地面に叩き下ろす。その振動で地面に転がっていた先程折れた刀が飛び上がり、それを鐡をまとった右手で掴み取る。
    「どこまで、通じるもんか、な! 」
     にぃっと口角を上げて白い歯でま三日月を見せた。
    「南城 虎次郎宿禰(なんじょう こじろうのすくね)、推して参る!!」

     薫と式神たちは、木立の中で呆然と立ち尽くしていた。見渡す限りの物陰に息を飲んで。
     なんせ、その物陰たちはたった今、虎次郎が戦っているであろうもの達と寸分違わぬ姿の妖たち。それも息を引き取ったかのように微塵も動かず転がっていたからだ。
     これだけの数がいようとは夢にも思っていなかった。幸いにもそれらは、あれのように動く気配が微塵もない。だが、こいつらがあれの二の舞になるのは火を見るより明らか。
    「……ジョー。すまないが、全ての尻尾を引き抜いてくれ」
    「むんっ」
     言われた通りに式神のジョーは、物言わぬそれらに近づき、背後から伸びる紐のように細い尻尾を引き抜く。いくらそれだけの作業とはいえこれだけ居れば、一苦労だろう。もしかしたら夜明けまでかかるかもしれない。本当なら薫も手を貸してやりたいがそうもいかなず、兎の子と共にさらに奥へと足を進めた。

     激しく飛び散る火花は、純粋な力比べ。迫真迫る鍔迫り合いは、鋼同士の調べ。無謀と解りながらも挑むのは、薫へ寄る辺。競うように繰り広げられる互いの攻撃をどこか楽しむように時が過ぎた。
    「なかなかやるじゃねぇか、旧世代の遺物のくせして」
     妖に叩きつけた刀がその表面を滑ると同時に火花を散らし、辺りの草へと落ちていく。1歩間違えば、この場を火の海にしかねない。虎次郎は刃を引いて、肩に乗せるように回す。
     いささか面倒な相手だ。しかし、こういうの嫌いじゃない。戦いが好きというより闘いが好きで競い合える何かがずっと欠けていると思っていたから、喜ばしい。
     本当はもっと純粋な競争に胸の内から焦がれている。今はまだそれに蓋をして。
     その隙を狙うように頭を回転させながらこちらへ向かってくる妖。ところが、草むらから来ていたので気がついてなかったが、頭を回していたのではなく、体ごと回転していたのだ。
     虎次郎もそれに気がついた途端、地面を蹴って飛び跳ねたが、それよりも早く妖の後ろから長い紐のようなものが飛び出る。顔に目掛けて紐の先が飛びつくのを咄嗟に腕を構えて弾いた。その瞬間にも火花が散る。
    「ちっ、やりにくいな」
     しっぽと思われる紐が触れた手を確認する。黒く墨のようで、鉄のように硬い物に覆われているはずなのに、虎次郎の手には皮膚が弾けたような裂け目ができていた。
     刀の刃の部分を素手で持っていても平気なはずなのに。そんな墨を貫く奴の攻撃に舌を巻く。こりゃ面倒だな、と背中を見せずに駆け出した。それを追って来るのを確認しながら、砂利の上で足を滑らしながら、側にあった木の枝を切り落とす。それと同時に木片が飛び散って、切り落とした枝に相手の攻撃が当たったのを見て口笛を吹いた。
    「御命中! 」
     足を踏み上げ砂利を巻き込んだ回し蹴りをし、瞬時に敷地内あった荒屋(あばらや)へ飛び込む。軋む床板に身を強張らせた。これじゃ、すぐに居場所がバレちまうな、月光が差し込む外を見やって舌打ちした。もう草むらに影はない。床板が割れる勢いで踏みつけると、長身を生かして梁を掴む。
     そして、壁を打ち破って入ってきた相手の白い胸部に、身体を大きく揺らし反動を使って蹴りを入れた。そのまま、2人とも外へ飛び出し、受け身を取りながら転がる。雲から完全に出てきた白い月明かりの下で白煙を立てながら、砂利の中から立ち上がった。
    「へぇ、あんよは上手じゃねぇか」
     風が吹いて煙が晴れてから、にぃっと笑った虎次郎の額から一筋の血が流れ落ちる。
     相手も伸びきって戻らなくなった腕を器用に木の枝に絡めて起き上がり、タコのように3方向に小さく伸びた奇怪な足で立ち上がった。その背後で爆風を立てながら、小さな荒屋も倒壊する。
    『ごち…う……どうぞ!』
     挑発するように青い目が赤く変わっていく。
    「あぁ」
     そんな顔もできるんだと、ずっと表情も変えずに淡々と腕を伸ばして襲って来ていたはずの相手に胸が熱くなる。ちも流れて程よく、身体も温まってきた。やっぱ、こういうノリって奴だよな。
    「これなら、どうする? 」
     地面に突き刺す勢いで振り下ろし、直前で刃を翻して逆刃で振り払う。そうして、刀で砂利を弾き上げ、相手が怯んだ隙に攻撃を止めた腕を素手で掴む。
    「うおぉおぉおぉ」
     唸りながら懇親の力で相手の動体に足をかけて、力技で引き抜いた。彼が薫からゴリラと謎の生物に例えられる所以だろう。テコの原理なども物理法則とかも使わない。ただ、ただ、火事場の馬鹿力で力任せに引きちぎっただけ。
     これで厄介な伸びる腕は無効化した。 飛び散るパーツの中で彼はニヤッと口を歪ませて、南天の実のような目で笑う。
     それと同時に夜空へ放り出されていた刀が真っ直ぐ落ちてくる。それは一筋の稲妻のように真っ直ぐ。

     二手に分かれていた兎が脱兎の如くかけて来て、薫の手を引く。呼ばれるままにかけつければそこには立派な大樹が黒く焦げて2つに避けているではないか。きっと先日の嵐の影響なのだろう。カミナリが落ちたと思われる爆音は薫もその時に耳にしていた。
     だが、兎が見つけたのはそれだけでは無い。黒く煤けた何か、紙の束を指先ている。薫がしゃがみこんでそれを壊さぬようにゆっくりとめくれば、先程の妖について詳しく書かれていた。
    「やはり、そうであったか……」
    「それなぁに? 」
    「これなら、なんとかなるぞ」


     いつまでも痛いのは可哀想だと、とどめを刺すため、奴から引き抜いていた刀を構える。逃げるように背を向けて地面に倒れ込んだそれに向け、助走をつけて刀を振り上げた。薫は倒してならないとは言わなかったし。
     しかし、その直前のことであった。
    『助けて…マスター……』
    「くそったれ、んなのありかよ」
     聞き覚えのある感じの声と、呼称に彼の身が一瞬だけ強ばる。刀を振り下ろそうとした影が2本の硬い蔦のような物で貫かれた。

     いつの間にか出来ている暗い池の中央に、人の形が倒れ込んでいた。駆けつけた薫は白目を向いてないだけマシかと、胸をなで下ろす。
     倒れ込んでいる男の頬に飛び散っている物も赤いから、もしかしなくとも彼の血なのだろう。合わなかった視線が彷徨い、薫を捉えると頬を緩ませた。
    「そんな顔で死んでいくつもりか……武士のくせに」
    「まだ死なねぇよ、へっぽこ陰陽師」
    「ほう、今ここで止めを刺されたいようだな、脳筋血だるま」
    「いっでぇ、踏むなって、腹刺されてんだからさぁ! それよりも、あいつ」
    「あぁ、そうだったな」
    「一丁前に死にたくねぇってよ」
    「…………そうか」
     深刻そうな薫の顔にもうほとんど力の入らない手を持ち上げて触れる。まだ秋の初めなのに指先から冷たい。血がつくのにも関わず、薫も虎次郎の手を握りしめて目を閉じる。彼の痛みを感じ取り、噛み締めるような表情で。
     すると、空気が抜けるような笑いが聞こえた。薫は眉根を寄せながら目を開くと、浅い息をしながらも血の気の引いた顔で虎次郎が笑みを浮かべている。
    「ふっ、まぁ、こんな形だが時間は稼いだ」
     そうだった。こんなことをしている場合では無い。彼が作った時間も、活かさねば。
    「……あぁ、あとは任せろ。俺が何とかする」
     兎の方は既に敵討ちとばかりに彼に引き続いてアレの注意を引き付けてくれている。これで、あの子にも何かあれば、虎次郎に顔向けが出来なくなるだろう。少なくともからかって遊びにくい。
     すっと立ち上がって、扇子をそいつの方へ向ける。
    「狙うなら、首の後ろ。付け根の辺りに拳を叩き込め! 」
     それを聞いた兎がそれを狙うが、向こうも必死だ。中々背中を向けまいとくるくると回り出す。そこへジョーが飛び出し、背中へ重たい一撃を食らわせた。
     どこに隠れていたかといえば、日中に虎次郎が刈り取り積み上げていた草の山の中。
    『緊急停止ボタンの作動を確認しま……た…』
     一撃であっけなく、そいつは動きを止めて目からも光を失う。
     一息ついた薫の背後で、再び先程と同じ声を聞く。
    『いらっしゃいませ、ばんごうふだをおとりになっておまちくださいませ、じゅんばんがきましたらすたっふがあんないいたします。いらっしゃ…』
    「pepperくん……」
     呆然と眺めていると先程まで肩で息をしていたはずのジョーが立ち上がり唸り出した。彼も相当手負いだ、無理をさせたくはない。
    「カーラ」
     すかさず、敷地のすぐ外で待機していた車が返事をするようにスピードを上げて走ってきた。カーラが乗り上げることも構わずに彼らを蹴散らした隙に、薫もいくつかの緊急停止ボタンを押していく。
     辺りを見渡してももうほとんどの妖からしっぽは抜けており、動きそうなものはカーラに踏み散らかされていた。やっと全てが終わったのだ。
    「虎次郎…」
     倒れ込んで返事のない彼に駆け寄る。血は先程よりも広がり、辺りを赤く染めていた。しゃがみこみ物言わぬ彼を抱え込む。ぐったりとした彼のうなじに手を添えて、何かを探るように指をはわせた。
     不幸中の幸いで顔には傷がなく、最悪の事態は間逃れたようだ。身体だけなら、いくらでもどうにでもなる。
    「お前は消耗品じゃないんだぞ……このボケナス」
     カチッ
     桜屋敷 薫は彼の首のボタンを強く押して電源を落とした。

     これがあの俺が最後に記録した映像だ。ここからは新しい俺が記録するものとなる。
     水面のように青い水槽の中、まだ見た目が決められていない南城 虎次郎が漂っている。雲の中を泳げたらこんな感じかと聞いたことがあるが、薫は雲に乗ろうとしてもすり抜けて落ちるだけだと言っていた。
     まだ小さかった頃は、うぃるすって言うものに弱くて、伏せてることが多かったらしい。今は人間で言うワクチン。もしくはプロテクターってのがあるから大丈夫なのだとか。奴はこの通り、時代に合わないオーパーツのような単語を駆使する。
     どうにもこうにも、この世界で人類は、いや、人類だけではなく、生命と称されるものが1度潰えた世界だ。かく言う、薫はその生命の括りの中に入れて貰えず、生き残ったんだとか。だから、あいつが言う不死鳥とやらも、不死の象徴であった蛇ですら亡くなったんだそうだ。
     じゃあ、なぜ俺がここに居るのかって? 答えは明白、要るからだと。
    「起きたか、虎次郎」
     縦長い円柱状の水槽から声は出せない。まだ、液体の中だから。代わりに、同じ人間の年齢を輪切りにして並べたような頭の1つを指さす。中には、幼少期の俺の顔まで並んでいる。
    「そうか、今度は10代後半のものにするか。ボディはゴリラより華奢にしておくか? 」
     首を横に振って断り、ない顔で笑ってみせた。見えないだろうが、感覚としては俺にとって顔はあるようなものだ。いや、反射で映る水槽には確かに首も顔もなくむき出しの金属の塊があるだけなんだけどな。
     狐のしっぽを揺らす薫が、粒の並んだ台を細い指で操作すると、吸い上げられて上の広い水槽に移動する。そこからは、横になった身体に身体の形に沿っている薄い板が貼られ、なにか不思議な液体だか泡なのだか分からない物を吹き付けられた。
     そして、水面から出た時に、背中に沢山付いてた管が外れる。この瞬間だけ強烈に痛い。
     失敗をするとこのまま気絶して何週間も起きられず、目を覚ますと傍で薫が泣き崩れている時もあったぐらいだ。
    バツンっ
     そんな大きな音と共に、俺の中に見た事のない景色と薫の記憶が現れる。
     厚手の着流しのような姿で帯を締めた薫が、顔に薄い色のない板を針金で止めている。柔らかな表情をして、耳としっぽを隠して小さな子どもを連れて青い空の下を歩いていた。影が地面に伸びているから俺もいるのだろう。子ども達はどこか薫に似ていて、俺にも似ていた。緑の髪をしてる子もいるが、何故かみな同じ歳の子のようにも見える。年子にしても連続しすぎじゃないか?
     そんな幸せそうな家族の一場面を見た後に、ゆっくり目を覚ますと夢の姿より頬が細く、華奢な姿の薫がいた。胸の辺りにもっと膨らみがあったようにも思うが、きっと夢でしかないのだろう。
    「セットアップに時間をかけ過ぎだ」
    「……かっ、確実に俺のせいじゃないだろ」
     横になっていた台座から身体を起こそうとして、驚くほど身体が重たいと思った次の瞬間には、全く体重が消えたように軽くなった。薫が言うにはギヤが噛み合うまでの齟齬だとか。
    「薫……」
    「式神たちが心配していた、早く行ってやれ」
     実は、時々、薫に内緒で熱だけを見るモードを使う時がある。これなら着物の上からでも薫の姿が包み隠さず見えるから。と言っても、これはすぐに目に熱がこもるから、そんなに使えない。
     何度見ても薫の体には胸の膨らみも股間の象徴もない。前に尋ねた時には性別など残していても辛いだけだから無くしたと言っていた。陰陽師だからと言ってそんなことが出来るのかは知らないが、薫はそうしたらしい。
     死にかけても死に切らなければ、こうやって治して貰えるのも陰陽師の技だという。しかし、これは先程まで退治していた妖怪と大して変わらないことぐらい知っている。俺はたぶん何処かの段階で薫に……、いや、妖怪になって退治されるはずだった。それを薫が手心を加えたらしい。言ってくれないが。
    あるとしたら薫と初めてあった時だろう。熱暴走かと口にしていたが、そういうことらしい。人の姿をした妖怪だっている。
     地下から上がって、薫の屋敷に着くとやはりどことなく涼しく、心地が良かった。
     庭先では式神のマングースが“自転車”と呼ばれる装置を漕いでいる。発電ということをしないとこの屋敷の術が解けてしまうとか。よく仕組みはわかっていないが。
     そして、その傍で可愛くもソワソワと応援しているうさぎの式神の姿も。
    「おーい、うさぎ」
     そう呼びかけると不思議そうな顔をしながらもてちてちと寄ってきた。うさぎの耳を揺らす、その子にしゃがみこんで視線を合わせると、目を丸くして後ずさる。
    「どうした、俺だが」
    「たわけ。お前、顔を変えたを忘れたか」
    「あ、そうだったな」
     同じく後から上がって来た薫が背後に立っており、それでようやく思い出し、自分の顔へ触れた。やはりこの顔だと髭が生えるが触り心地が良い。少なくとも薫の言葉がいつもより柔らかく思う。髪をかきあげ、油でまとめるからそこまで変わらない顔なら周りも気が付かない。
     肉体は年齢に合わせて使えるものが限られるので、薫がゴリラと呼ぶものにしている。若い頃に選んでもまだ早いと言われ続けた弊害だ。
    「チェリー、こいつも虎次郎だ」
    「こじろ、違う」
    「同じだって、ほら」
     怯える頭を撫でてやると、次第にとろんと力を抜いて手にもたれる。可愛らしくも、式神。
    「……こじろ? 」
    「あぁ、暑いから、屋敷に入ろうな」
     その言葉に、汗を拭ったマングースの式神も装置から降りてこちらへ歩いてくる。
    「もうすぐ秋なのにな」
    「やはり、ここ“沖縄”を“京”と呼ぶのは無理があったか」
    「おきなわ? 」
    「お前は知らなくていい事だ」
     ニヤリと怪しげな笑みを浮かべると、薫はチェリーと呼んだうさぎの式神を抱えて先に奥へと行ってしまった。残されたマングースの式神に手を伸ばすが、彼はこちらを軽く見ただけで立ち止まらず、そのまま主の後を追う。
     その後ろ姿に飛びつき抱えて、俺も奥へ進んだ。

     陰陽師桜屋敷の屋敷は、何故かいつも季節に適して心地よい風が吹くから。




    余談ですが、『宿禰』という称号を使いましたが、要するに武人とかそんなニュアンスで捉えていただければ幸いです。陰陽師に出てくる源博雅は朝臣(あそん)。
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