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    kesyo_0310

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    ハッコル習作 文庫本メーカーにて投稿したもののデータ格納用。差分なし。

    ##ハッコル

    ハッコルSS「ひだまりの香り」 いつものようにハッサクは、南三番エリアの上空をカイリューに乗って飛行していた。緩やかに過ぎる風が金色の髪を撫でていく。眼下には岩肌が露出した道路が広がり、小さなポケモンやトレーナーの姿が見えた。あの中に、アカデミーの生徒もいるのだろう。そう思うと自然と口元が緩んでいく。
     ふわり、と甘い匂いが鼻を掠めた。目的地最寄りのポケモンセンターが見えてくる。
     カイリューがハッサクに合図するようにひと鳴きした瞬間、急降下をはじめた。しがみついていないと吹き飛ばされそうになる勢いだ。それでも当の本竜は無邪気に笑っているように見えた。
    「ご苦労様ですよ」
     センターの停留場に降り立つと、ハッサクはカイリューの頭を撫でて、ボールに戻した。
     目の前に広がるのは、鮮やかな花が咲き乱れるボウルタウンだ。まだ町の入り口だが、芳醇な春の花の香りがする。
     目的地は、この町の中央だ。カイリューに乗って向かっても良かったが、万が一にも美しい花々を散らしてしまうわけにはいかない。そんなことになれば、『彼』の逆鱗に触れてしまう。
     ハッサクは綺麗に並べられた石畳の上を歩きながら、整えられた花壇を眺める。模様を作るように、色とりどりの花が植えられている。この花壇も、『彼』の作品だ。
    『ロトロトロト……』
     ポケットに入れていたスマホロトムが震え、ハッサクの目の前に飛び出してきた。
    『コルさんからメッセージロト!』
    「おや、何かあったのでしょうか?」
     ハッサクはロトム画面を覗き込んだ。コルサから『もうすこしかかりそうだ。まっていてくれ』とメッセージが届いている。ひらがなだらけの文字列は、コルサに頼まれて彼のスマホロトムが代わりに送ってきたものだろう。どうやら今日の彼は調子が良いらしい。せっかく進んでいる制作に水を差すのは気が引ける。
    「では、いつもの場所で待っていると伝えてください」
     微笑みながらハッサクが頼むと、『了解ロト!』と元気な声が返ってきた。ハッサクの言葉を打ち込んで、ロトムがジャケットのポケットに戻った。
     ハッサクは花壇を抜けると、階段を上がって行った。
     アスレチックからは、子どもたちの楽しそうな声が聞こえてくる。ジム脇の、バトルコート近くのベンチに腰掛けた。ここがいつもの場所だ。コルサのアトリエや、キマワリ広場が一望できる。広場のキマワリたちは屈託のない笑顔を浮かべて、一斉に同じ方角を向いている。太陽を見ているのだろう。ハッサクも、空を見上げた。
     ボウルタウンはいつ来ても快晴だ。澄み渡った空には雲ひとつなく、まるで青い絵の具を丁寧に塗り広げたようだ。そのキャンバスで、太陽がテラスタルのような輝きを放っている。宝探しをするには絶好の陽気だろう。
     ふと、良く知った匂いが鼻を掠め、ハッサクは視線を戻した。コツコツと軽やかな足音が近付いてくる。聞き慣れたその足音はコルサだ。振り返ると、予想通りコルサがこちらに近付いてきている。
    「すまない、ハッさん。待たせてしまったな」
     コルサがにこやかに声を掛けてきた。顔色は悪くなく、根を詰めて作業していたわけではないらしい。
    「いえ、小生も今来たばかりですよ」
     ハッサクは胸を撫で下ろしながら、腰を浮かせた。その時だった。
    「ヒマッ!」
     頭上から元気の良い鳴き声が聞こえ、同時に何かが頭上から落ちてきた。ハッサクの膝に飛んできたのは、ヒマナッツだ。ヒマナッツは頭上の双葉を左右に揺らし、すうすう寝息を立て始めた。ハッサクの膝を昼寝場所に定めたらしい。
    「落ち着いてしまいましたね……」
     コルサがくすくす笑いながら隣に腰かけてくる。
    「ハッさんから日向の匂いがするからだな」
     言いながら、コルサがヒマナッツを撫でる。慈しむような手つきを、ハッサクは目を細めながら見つめる。
    「いつの間にか移ってしまったんですね」
    「ふむ……」
     コルサの手が、ハッサクの肩に触れた。驚いているうちに、肩口に顔を埋められる。コルサの体温や息遣いが伝わってくる。オリーヴァの葉に似た深緑色の髪がふわりと風になびいた。灰色の瞳が伏せられ、細い睫毛が揺れている。花の香りに混じって、油絵具の匂いが香る。
    「あの……コルさん……?」
     コルサの小さな耳に、ハッサクが手を伸ばそうとした時だった。
    「アヴァンギャルド! まさにキマワリと同じだな。実に良い香りだ」
     コルサが顔を上げ、満足そうな笑みを浮かべた。その灰色の瞳を、ハッサクはじっと覗き込む。
    「……小生はコルさんの方が良い香りだと思いますよ」
    「なッ!」
     ばっとコルサが立ち上がった。怒らせてしまったかと思ったが、杞憂だったらしい。コルサの色白の肌がみるみる紅潮していく。耳の先まですっかり赤い。
    「コルさん、すっかりカジッチュのようですが……」
     ハッサクもヒマナッツを抱きながら立ち上がり、コルサの顔を覗き込む。
    「違う! これは、そう、日に当たりすぎただけで……」
     コルサの声がどんどん尻すぼみになっていく。彼はすっかり目を伏せて、今にも帰ると言い出しそうだ。
    「それで、小生に何の御用でしょう?」
     苦笑しながらそう声を掛けると、コルサがぱっと顔を綻ばせた。その笑顔はキマワリによく似ている。
    「そうだった! ハッさんに見せたいものがあったのだ! とにかくアトリエへ来てくれ!」
     捲し立てるようにそれだけ告げて、コルサがアトリエへ向かって行く。その後ろ姿を見つめながら、ハッサクは小さな声で呟いた。
    「……意識していただけているみたいですね」
     キマワリ広場の入り口でコルサが振り返り、「何をしているんだハッさん!」と大きな声が飛んでくる。
    「今行きますですよ」
     ハッサクも大きな声で返し、コルサの元へ歩き出す。
     腕の中では、ヒマナッツの寝息がまだ聞こえていた。

     終
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