きみに願いを 硬貨を一枚入れ、代わりに角柱形の容器をカラカラと何度も振る。出てきた竹棒と同じ番号の引き出しを開き、小さな紙片を一枚だけ取り出す。折り畳まれていた紙を一度ずつ解き、中に筆文字のフォントで大きく描かれた文字を目にしたリンドウは思い切り眉を顰めた。
「あー、俺末吉かぁ」
同じく紙面に目を落としていた友人がいかにも残念そうに呟く。顔を上げれば、自分の分のおみくじを眺めながら友人が白い息を吐いていた。「リンドウは?」と面白そうに隣の手元を覗き込んだその顔が凍りついた。
「……今日も大凶だった」
取り繕うようにフレットが後を補う。
「い、いやぁ……所詮占いだし!外れるかも知んないし、うん!」
「……二回連続だから多分ホンモノ」
リンドウがボソリと呟き、今度こそフレットも何も言えなくなってしまった。向き合った二人の間を少しの沈黙が満たす。うっすらとだけ雪を被った白い神社の境内で、無音の時間は胸に滲み入るように冷たく感じられた。
昨日 — 元日はお互い家族と一日を過ごした。奏家は朝からマイカーを出動させ、一家4人揃って臨海地域で初日の出を拝んだのちに地元の神社への初詣を済ませた。連日の寒さに加え朝の早い時間だったこともあり、ほとんど並ぶこともないままに社の鈴を鳴らす。ここまでは良かった。東京湾から登る朝日はキラキラと海面に新鮮な光を反射させ、朝一番の神社の空気は清々しくリンドウの肺を濯いだ。
問題は社務所で揃って購入したおみくじである。
家族3人は大吉・小吉・末吉とそれぞれにそれなりの幸せを寿いでもらっていた。最後に紙片を開いたリンドウだけが、福のおこぼれを貰い損ねたような形になってしまったのである。両手でそっと開いた紙の上には「大凶」の文字が鎮座していた。
面白くない気持ちのままおみくじの紙面を写真に収め、メッセージと共に友人に送りつけると「どんまいリンドウ」と軽々しい慰めが届く。
“ フレットはおみくじとか引いた? “
“ 初詣は行ったけど特に引いてなかった “
少し間を置いて文面が続く。
“ 明日時間ある?良かったらおみくじ引き直しに行かね? “
“ 引き直し? “
“ 大凶のまんまだと後味悪いじゃん ”
そこから先はいつもの流れだった。渋谷駅に集合して、初売りの店を冷やかしがてら初詣のやり直しをしに行く。混み合う明治神宮を避け、恵比寿駅に向かう方面の氷川神社にまで足を伸ばす計画を立てる。
二日の朝、約束通りのコースを辿って渋谷をぶらつき、神社を訪れる頃には時間は昼前になっていた。甘酒で掌と胃を温めつつ参拝の列に並び、手を合わせたのちに再びおみくじを購入したのだが。
リンドウにとっては結局変わらない結果となってしまった。
「待ち人、訪れず。恋愛、じっくり待つべし。学業、弛まず訓練せよ。……ねぇ、結構辛口だわマジで」
フレットが手元の紙面を勝手に覗き込み、渋い顔を浮かべながら読み上げている。
「勝手に読んでんなよ。……フレットはどうだった?」
「俺?こんな感じ」
隠す様子もなく、末吉の文字が大きくプリントされた紙面を二人の間に広げる。フレットの口調を真似るようにリンドウが文面を小声で読み上げた。無くし物。子宝。仕事運。それぞれ当たり障りのない激励や先行きの簡単な案内。それらを読み進めるリンドウの平板な声が、ある項目を前にして急に止まる。
— 怪我。車の事故に注意。
「リンドウ?」
様子が変わったことを察したのか、フレットの気遣うような声が聞こえた。顔を上げて確かめた彼の表情には、自分の胸騒ぎが伝播したかのような不安が浮かんでいた。
「……ちょっと、待ってろ」
疑問符を浮かべたままのフレットを尻目に、リンドウは再び社務所の列に並んだ。そう長くない列は速やかに掃け、2分もしないうちに戻ってきた彼は青い布で出来た小さなお守りを友人の手に押し付けるようにする。紐を摘み直して持ち上げたフレットが訝しげに問いかける。
「交通安全?」
リンドウがこくりと頷いた。お守りの裏表をくるくると回して見ながら、フレットは心外そうに言う。
「えー、俺そんなに心配?」
「いいから」
茶化すような言葉が、強い語調で遮られる。
「……車の事故に注意、らしいし。持っといて欲しい」
真っ直ぐな視線がフレットを貫いた。一瞬怯まされて、しかしその表情から普段にない真摯さを読み取った彼は、大人しくお守りをショルダーバッグのポケットに仕舞い込む。それを見届けたリンドウは安心したように頬を緩めた。
「リンちゃんがそこまで言うなら、持ってるわ」
「うん」
「あ、じゃあさ、俺もリンドウにお返し買ってくる」
そう告げて同じように列に並び、すぐに戻ってきた彼はリンドウの手に赤いお守りを落とした。
「厄除け。今年は大凶決定のリンドウさんが、不運な目に合わないように」
「大凶決定ってなんだよ」
「だって二回も引いてるんだし?」
そのままだと良くないこと起こっちゃうかもよ、と脅すように両腕を掲げてみせる。日の光が彼の手に遮られて小さな陰を作った。何かを思い出させるような陰。あの日アスファルトに映っていた白いトラックの陰、舞い上がる黒い鳥たちが地面に落とす陰。その暗さをリンドウは追想する。追想しながら、不吉な予感を振り払うように言葉を紡いだ。
「不運、か。……俺はさ」
友人は両腕を下ろし、不思議そうに自分の方を見つめている。
「もうああいうことが起こらないで、俺もフレットも怪我とかしないで過ごせたら……それで十分」
告白とも言えそうな直截的な言葉に、フレットはぱちぱちと瞬きをした。それから、取り繕うようにえーと、と口に出し、恥ずかしげに頭を掻く。
「今日のリンドウさん大胆っていうか……言うねー」
「割と本心」
「そっか。……リンちゃん、心配性」
フレットはそう言ってぽんぽんとリンドウの頭を叩いた。手袋をしたままの柔らかな感触が、確かな重みと力を持って頭の上に感じられる。その感覚を5秒ほど大人しく受け入れていたリンドウは唐突に気づいた。
— 屋外。衆目の中、公衆の面前。しかも混み合った正月の神社の境内である。急いで頭を振って友人の接触を躱す。
「……外でそれはやめろ!」
「へいへい」
ヘラヘラと笑いながら手を引く友人の楽しげな姿を目に焼き付ける。口先だけで幾つかの文句を並べながら、心の中でそっと願った。
— 俺もフレットも向こう一年、平穏無事で過ごせますように。