ダークロが結成されてしばらく経ち、少しずつファンも増えていった。メンバー皆でお泊まりしながら曲を作り、路上ライブはどこがいいかなど話し合う事が日課になっていた。ダークロは少しずつ確実に成長していた。
そんな中、ラキアの演奏が少しずつ元気のないものになっていた。
きっかけはファンが放った一言だった。路上ライブ予定の場所に早めについたラキア。時間を潰そうと辺りを散歩していた時、ダークロのファンである2人組を見かけた。ライブに何回も来てくれる子たちだったので、顔を覚えていたのだ。もうすぐ始まるライブを待っているのだろうと思い、ラキアは2人に気づかれないように来た道を戻ろうとする。2人はダークロについて話しているようで、「ボーカルの声が可愛い」「音楽が好き」と褒め言葉が聞こえてきた。大事なメンバーが褒められていて、とても嬉しくなった。だが、「でもさ、ドラムの音ってちょっと合ってないよね」という発言にラキアの足が止まる。頭が真っ白になってそれ以降2人が何を話していたのか耳に入ってこなかった。しばらく立ち竦んでいると、「ラキアくん!」と自分を呼ぶ声が聞こえた。ハッと顔をあげると、つみきが手を振りながら笑顔でこちらに駆け寄ってきていた。慌てて笑顔をつくり、転びそうになったつみきを抱きとめる。そのままつみきに手を引かれてミツネともちゃろーと合流した。その日の路上ライブは無事終わり、次の練習日などの確認をした後に解散した。その日からラキアはファンが言ってた言葉と自分の楽器の腕についてずっと考えていた。
翌日、ラキアはバンドメンバーに自分のドラムの音は下手なのかと聞いてみた。3人はキョトンとした顔の後に下手じゃないと言った。その言葉に嘘はなく、純粋にラキアの音が好きだと言ってくれた。だが、ラキアはその言葉を聞いて素直に喜べなかった。
以降ラキアはプロのドラマーの音をネットで探し、それを聞き真似て練習することが多くなった。しかし、真似ても真似ても同じ音は出せない。そもそもドラムを始めて日が浅く、基礎も追いついていないラキアがプロと同じように演奏するなんて無理な話だった。どんなに練習しても上手くいかない。それどころか今まで自分がどういう風に演奏していたか、どういう音で演奏したらいいのか、どんどんわからなくなっていった。
ドラムの音を調べようと始めた情報収集。それはラキアにとって不必要な情報も見ることになってしまった。ファン2人が言ったことが気になってしまい、ダークロについて検索をかけてしまったのだ。調べると、少ない数ではあったがライブの感想や応援コメントがヒットした。ファンは徐々に増えていってるものの、知名度はまだまだ人気バンドの足元にも及ばない。その中に「ダークロの演奏好きだけどドラムがちょっと…。別のドラマーに変えたらもっと良くなると思う」と書かれてるものを見つけた。雷が落ちたような衝撃を受け、思わずスマホを落としそうになった。ショックだったが、それと同時にやっぱりそうなんだと納得できた。あの時ファンが思っていたことは、他のダークロのファンも思っていることだったと理解した。
つみきの歌声はプロにも引けを取らない。音楽知識が少ないラキアでもそれはわかる。ミツネも同様。自分は初心者だの弾いたことないだの言っていたが、明らかに初心者の技術ではないことは確かだ。もちゃろーはライブを盛り上げる事に長けているし、こちらのミスをいつもカバーしてくれている。奇行を繰り返す変人だと思われているが実は器用なのだ。ラキアはバンドメンバーが大好きだし、間近で演奏を聞いてその素晴らしさもわかっている。その3人がすごいと褒められると嬉しくなる。だからこそ、大好きな3人の足を引っ張っているという事実が悔しくてたまらない。自分を追い込んで練習を繰り返し、ドラムの書籍などを片っ端から調べ実行した。
ラキアの様子にいち早く気づいたのはミツネだった。なにか察してやんわりと心配している事を伝えるものの、笑ってはぐらかされてしまっていた。ラキアとミツネは2人で話すことが少ない。その上、2人ともどこか一歩引いたように話すのだ。いくら話しかけても「なんにもないっスよ」と言われてしまえばミツネは何も言えなくなる。彼女自身も触れてほしくないことの一つや二つあるため、ラキアの事情も無理に聞くことができない。「何かあったら言えよ?あたしは何でも屋でバイトしてたことがあるんだぜ?ま、嘘だけどな」と軽い嘘とホントを混ぜて話を終える。以前の彼女であれば本人が話すまで何も言わなかった。しかし、もちゃろーやつみきと出会ったことで「話してもいいかもしれない」という気持ちが芽生えた。ラキアに対して「話したいときがきっと来る。その時まで待ちたい」と考えての言動だった。その思いをラキアは知らない。その言葉を聞いてにこやかに「はいッス!」と返事をしたが、ミツネが自分に背を向けるとすぐにその笑顔が消えた。
ミツネの計らいでしばらくライブの予定は入れなかった。理由は「新曲を作ってからライブがしたい」とのこと。もちろん嘘では無い。半分は本当だ。もう半分の理由はラキアの事だ。ラキアの様子がおかしい事をバカ正直に言うと、もちゃろーとつみきは絶対に首を突っ込む。特につみきは第三者から見てもラキアにベッタリだった。困った事があるとラキアに頼りがちだし、よく2人で過ごしている。性根の優しいつみきのことだ。ラキアが困っていると聞くと理由を聞き出して解決しようとするはず。それはきっとラキアが望んでない。だからミツネは自分から言い出せるよう時間を与えたのだ。ミツネはあくまで見守りの体制であった。
一方、つみきもラキアの様子がおかしいのは気づいていた。というのも音が違うのだ。つみきは言葉の裏を読んだり、相手の顔色を伺うことが苦手なため、見ただけじゃ分からない。しかし、音楽に対する変化には敏感だった。表情や態度は変わらない。でもずっと音の元気がない。「俺のドラムって、下手っスかね…」と聞いてきた時、「自分の音に自信が無くなってる?だから元気がないのかも!」と解釈したつみきは以前よりラキアを褒めていた。ラキアの音が前と少し毛色が違う事にも気づいていたが、それも意図的に変えているものだと勘違いしてしまっていた。
ラキアはつみきから褒められ内心複雑であった。ラキアが奏でた音は他のドラマーの真似事だ。しかも劣化版である。自分でもダークロに合っていない上に下手くそなのは分かってる。それを褒められても全く嬉しくもなんともなかった。つみきに悪気がないのはわかっているし、気を遣われたとも感じているラキアは、いつもと変わらない笑顔を返すしかなかった。
ラキアの音が元気になるよう褒めて褒めて褒めるつみきと、つみきに褒められる度に自分を追い込み、自分の音じゃない演奏をするよう練習するラキア。2人の気持ちは練習を重ねる度にすれ違い、バンドの演奏も良いものになっているとは言えなかった。
自分のせいでバンド全体の質が下がっていると感じ落ち込むラキア。そんな彼に追い打ちをかけるよう祖父から連絡が入る。要件は田舎に帰ってくる旨を伝えるものだった。元々祖父はラキアが家を出ることに反対していた。何度も何度も説得をしたが、それでも頑として首を縦に振らなかった。祖父から同意を得られず、ラキアは勝手に家を出た。だが、それに対して少なからず罪悪感があったため、度々手紙を送り近況を報告していた。手紙には毎回帰ってくるよう促す文章が入っており、今回の手紙にも同じような事が書かれていた。いつもなら適当に流すことができるのだが、今のラキアは精神的に疲弊していたためそれが出来なかった。最後の一文には「バンドメンバーの方々に迷惑はかけないように」と添えられていた。今の自分がバンドメンバーの足を引っ張り迷惑をかけてしまっていること、自分はいらないと考えていたラキアはその手紙で一度田舎に帰ることを決めた。
翌日の練習にて、いつものようににこやかにしばらく実家に帰省すること、そのため練習を休むことを伝える。それを聞いてもちゃろーは目に見えて落ち込み、やだやだとわがままを言う。何かと察していたミツネはそんなもちゃろーの頭を掴みつつ、「おう、早く帰ってこいよな。そうじゃなきゃもちゃろーたちが寂しくて泣いちまうからな」などと笑いながら冗談交じりに言う。和やかな雰囲気の中、それまで黙ったままだったつみきが「あ、あの!そ、その…私達も行っちゃダメかな…ラキアくんの、実家…」と爆弾を落とす。驚いて3人の動きが止まる。「わ、私…皆と一緒がいいなって…思ってて…練習も…まだたくさんしたくって…」と理由を並べるつみきに「さすがにそれは…」とミツネが止めに入ろうとする。しかし、「いいね!!ラッキーの実家行きたーい!!」ともちゃろーがぴょんぴょん跳ねながら意見に同調する。頭を抱えたミツネはラキアの方を見て、決めるのはお前だと言わんばかりの視線を送った。
当のラキアもまさか一緒に行きたいと言われるなんて思ってもおらず、心底困惑していた。ラキアはこの帰省でバンドから抜けようと考えていたのだ。実家に戻り、音信不通になればダークロは新しいドラムを入れざるを得なくなる。そうしたら何もかも上手くいくと考えたのだ。戸惑うラキアに「…ダメかな…ごめんね…」とつみきが申し訳なさそうに言う。バンドの足を引っ張りたくないから辞めたい…だがそれ以前に先輩を困らせたくない、悲しませたくない、先輩には笑って欲しいと思っているラキア。葛藤の末「もちろん!いいっスよ!」といつもの笑顔で許可してしまった。やったー!!と、声を出して喜ぶつみきともちゃろー。つみきはただただバンドメンバーから離れたくない一心だった。ラキアがなにか思い詰めているなどとは知らない。ただ、音がずっと元気がないのが気がかりだった。そのためラキアを1人にしたくなかったのだ。いつもラキアに甘えて頼ってると自覚している。だからこそ、自分がなにか役に立てる瞬間を見つけたい。そのためには離れたくない。このつみきのワガママがラキアを大きく救うこととなる。