UNTITLEDープロローグー
_どうしたって、神様は不公平で残酷だ。
火の玉と氷の牙が飛び交い、波打つ濁流が押し寄せてきては反射の魔法で跳ね返す。
「ツカサくん…」
そろそろ魔力が尽きそうだと杖を持つ手が震え始めた。それでも彼は、あるモノを護るように立ちはだかり杖を振る。
「また、同じことの繰り返しだ…」
目から赤い液体が零れ始めると彼はそれを合図だとばかりに魔法陣を展開した。
ありったけの魔力を注ぐと黒い光の筋が立ち上がり、その中から大きな影が現れる。うねうねと生きているように動くそれは彼が想像する"悪魔"の形を作り上げた。
「強欲なアルケミストよ…次は何を願う?」
「僕は…」
…
誰かのすすり泣く声が聞こえる。
目の前の大きなスクリーンに映される物語はよく知っているようで知らないものだった。今の僕は、映し出されている"僕"と違う存在なのに、どうしてこんなにも涙が溢れて止まらないのだろう。
手を伸ばすと薄いスクリーンが小さく揺れる。振動は波紋を広げて、"彼"の表情も揺らした。
「つか、さ…」
こんなにも苦しく痛い気持ちは生まれて初めてだ。何かが思い出せそうで思い出せない感覚が辛い。
「っ、…」
突然差し込んできた光に反射的に目をつぶってしまった。
▹▸
夢オチというものは酷く疲れるようだ。
飛び起きるように意識が浮上すると変な汗が頬をつたい、ソファーに染み込んだ。
とある物語をスクリーン上に映して、ただ一人の観客のために上映する、嫌にリアルで妙な夢だった。
主人公であろう男の感情が直接流れ込み、まるで自分自身が主役の彼のように感じた。だが、現実の世界に魔法というものは存在せず、キメラのような怪物も存在しない。夢なのだから何があってもおかしくはないが、この"何かを忘れている"感覚により大事な部分が抜け落ちているのではと考える。
「前世?いや、そんなわけないか…」
稀に人は前世の姿を夢に見るらしい。確かなことは言えないがなんとなく、分かるそうだ。
「僕の前世なんて今と変わらないか、何か大罪を犯したかのどちらかだろうね。」
未だにつたってくる汗を拭い、立ち上がる。
カーテンを開けば眩しい太陽の光が入り込んできた。
「うん、とてもいい天気だ。今日は満点のショー日和だね。」
渦巻く疑問は後に解明するとして、急いで支度を整える。そういえば今日は新しい脚本を配ると言っていたっけ。
「いってきます」
楽しみのあまり上擦った声が出てしまった。
▹▸
「次の脚本はズバリ!魔法をテーマにしたファンタジーショーだ!」
ステージ上で仁王立ちをする彼_司は声をあげて脚本の説明を始めた。
「大筋を説明すると、魔法学校に通う主人公が魔法を戦争の道具として扱う国に反逆を起こして世界を変える物語だ。話の流れは今までのような勇気ある主人公とさほど変わらないが、魔法という非現実的なものに挑戦してみたい。」
メンバー3人は、配られた脚本をぱらぱらと捲りながら司の話を聞いていた。
ひとりは目を輝かせ、ひとりは眉を寄せ、ひとりはページをめくれずにいた。
「類、これにどんな演出をつける?」
「…」
「類?」
「え、あ、そうだね…」
いつもならすぐにでも実験を行おうと勢いのある人物が今日はやけに大人しい。司だけでなく、メンバー2人_えむと寧々も不思議そうに類の顔を覗き込む。
「類?大丈夫?」
「るいくーん?元気ない?」
黙りこくる類に声をかけるも反応は返ってこない。
昨夜何かあったのだろうかと3人に不安が広がる。
「類、徹夜明けなのか?」
「いや…まぁ、うん、そうかもしれない」
咄嗟についた嘘は誰にも気づかれなかった。
類の曖昧な返事に3人はこのまま練習に移れないと判断し、司の説明を聞きながら脚本を一通り読んで解散となった。
▹▸
「司くんの台本、私の好きな絵本に似てるね!」
類の体調を見かねて早めの解散となった午後の練習。
帰り際にえむがふと呟いた。
「む?そうなのか?今回は何も参考にした文献はないんだが…」
「そうなの?昔、おじいちゃんに読んでもらった絵本にすごく似てると思うんだよね!」
司の言うことにえむはたいそう驚いた。それほどまでに似ているという絵本に、類は夢のこともあって興味を持った。
「えむくん、その絵本はまだ手元にあるかい?」
「ん?あると思うよ!おじいちゃんとの大事な思い出の絵本だから…あ!類くん、もしかして、絵本読みたい?」
「うん。似ているという部分にも惹かれるけれど、演出を付けるなら絵のあるものを見た方がインスピレーションがさらに湧くと思ってね。」
半分嘘で半分本当の言い分にえむは素直に頷いて、貸してあげる!と駆け足で自宅に戻って行った。
「あいつ…いくら足が早いとはいえ、そんな慌てなくとも…」
呆れる司に珍しく寧々も同情する。
「明日も会えるんだから、その時渡せばいいのに……あ、帰ってきた。」
すたたたたぴゅーんっと擬音語を発しながらえむは司に体当たりして立ち止まった。女の子といえど、えむの身体能力は男の司に匹敵するほどだ。
司は、えむが怪我をしないようにしっかり受け止めるもその際に生じた衝撃に顔を歪ませた。
「い"っ?!」
「わわわ!司くんごめんね!」
「お前…少しは加減というものをだな、」
「はい、類くん!これだよ!」
「人の話を聞けぇ!」
いつもの光景に類は柔らかく笑うとえむから例の絵本を受け取った。
題名は掠れていて読めず、ページを捲るとカサリと音を立てた。
「随分と古い絵本のようだね。」
「おじいちゃんに読み聞かせしてもらってた時からこんな感じだよ!」
「へぇ…大事なものを貸してくれてありがとう。大切に扱わせてもらうよ。」
類は、古めかしい絵本が風に吹かれて破けては大変だとそれを大切に鞄の中へしまう。
その後の帰り道。相変わらず類の表情は固かった。常に何かを考えているようで、司も寧々もえむが楽しそうに話すことを聞きながら時折心配そうに類の方へ視線を移していた。
「嘘だ、こんな…」
類は、絵本の内容に驚愕した。
夢の内容がそのまま描かれており、絵本にしてはかなりの厚さがある。ページの最後は破られていて、著作者の名前や描かれた日付が分からなくなっていた。
「えむくんはどうしてこんなものを…いや、問題は台本を書いた司くんだ。」
こんな偶然起こりうるのか?
いつもなら作業の合間に寝落ちして夢を見る暇もないというのに、久々に早く作業を終え、ガレージのソファで就寝をした日に見た不思議な夢がえむのお気に入りの本そのままのストーリーで。何も参考にしていないと言う司が書いた脚本とも内容がそっくりなこと。
重なり合った偶然と偶然はもはや必然と言えるのではないか。
「ネットでも調べてみよう。何か記事らしきものはあるはずだ。」
思い立てば吉とすぐさまデスクトップPCを立ち上げた。
シャッターもカーテンも閉まっている薄暗い部屋でPCの明かりだけが灯される。
はじめに、大まかな内容を検索にかけてみるが何一つヒットしなかった。
次に、絵本の表紙を撮ったものを画像検索にかけるとある1つのものに引っかかった。
「魔法の、日記…?」
その昔、魔法が存在したという世界に歴史を綴る大事な役割を持った少女がいた___という小見出しの記事が類の目に止まった。
「魔法…」
現実には有り得ないもの。それが存在していた時代、世界がある。
「…っ」
類は一呼吸置くとカーソルをその小見出しの上に持っていき、ダブルクリックした。
途端、目の前のPCが眩しく光だす。
暖かく包み込むような光はあっという間に類を眠りに尽かした。
瞼が落ちる瞬間、今日はやけに光が直射するなぁと類は頭の片隅で思った。
おかしいな。今までも"光に包まれる"感覚をどこかで___
ー1章ー剣と魔法の世界
「今日はここまで。次回までに力の魔法書157ページから210ページまでを暗記しておくように。」
起立、礼、と授業の終わりを告げる声。
体をすっぽりと隠すように着衣しているローブを優雅に翻して、先程まで壇上にいた先生はホールから退出した。
途端にざわつきだす空気に1人の少年は静かに次の授業が行われるホールへ向かう。
淡い紫色に水色のメッシュを入れたアシンメトリーは横顔を隠すように、ぼさついた後ろ髪は適当に結ばれたヘアスタイル。少し着崩した制服は彼のガサツさが伺える。
『天才様は今日もひとりだ』
廊下を歩けば皆一様に少年から距離を開ける。
嫉妬、妬み、それらの言葉を無駄に良い聴覚で拾い上げてはまた捨てる。天才だなんだと言っているのは周りの奴らだけ。少年自身が公言しているものではない。
目的のホールにたどり着くと少年は1番後ろの右端の座席に座った。鞄から取り出すのは魔法書でも魔術書でもない分厚い1冊の本。目次を開けば【Alchemist's history】と書かれた該当ページまでぱらぱらと捲り、左手で頬杖をつきながら、騒がしくなるホールの中で少年はひとりの世界に浸り始めた。
「クァ"ア"ッ!」
1羽の鴉が鳴いた。それを合図に少年は読んでいた本を閉じて立ち上がる。
「起立、礼」
今日も退屈な一日が過ぎていく。
少年の通う学校は日の国唯一の魔学校である。階級ごとにクラス分けされ、実力を重視した格差ある環境だ。階級には「魔力数値」と呼ばれるものを測って、その数値と本人が扱う「属性」の数で分けられる。魔力数値は、体内に納まる魔力量とそれをコントロールする力を乗算したものだ。いくら魔力量を有していてもそれをコントロールできなければ意味が無い。コントロールする力が大きいほどに比例して扱える属性も増えていく。そうして、階級は大きく以下の4つに分けられていく。
1番高い階級はG等で、全ての属性魔法を扱うことができ、かつ2つ以上の属性を掛け合わせた複合魔法を扱える者がこの階級に選ばれる。次に、A等は全ての属性魔法を扱える者かつ魔力数値が100以上の者が該当する。その下のB等は2つ以上の属性魔法を扱え、魔力数値が50以上の者。一番下のC等は魔力数値が50未満または魔法を一切扱うことができない者たちのクラスだ。
何故魔法を扱えない者も入学してくるのか、理由は至ってシンプルだ。国から多額の支援を受けることができるためだ。と言っても選抜試験でIQ150以上と認められた者のみ入学の権利を持つ。並の高校入試や大学入試とはまったくの別物。それでも必死にこの学校を選ぶのは個々それぞれいろいろな事情がある。公にはされていないが、国の方でも理由があって入学許可を出しているらしい。
生まれた時からまたはある時期に魔法を扱えるようになった者たちは有無を言わさずこの学校に入学させられる。どんな事情があろうと断ることは許されない。法律によって決められているからだ。過去に1度この法律を破り逃亡した者がいるが、その者に何が起きたか誰も知らない。ただ行方不明とだけ伝えられている。秘密主義な国家に怯える民は少なくない。
説明が長くなってしまったが、そんな中、例の少年はG等の中でも最高位の立場にあった。史上最年少で複合魔法を扱えるようになったと記事に載るほど才能ある者である。しかし、本人は冷静沈着、常に目を細め、周囲に興味がないような日々を過ごしていた。その態度がまるで女王様のようだ、気に食わないと周りの人々は少年を遠巻きにしていた。先生から贔屓されているという噂も広がり、さらに少年に対して人としての評価が下がっていった。それが現在の結果だ。幸い、実力社会のこの学校ではそれだけで立場を揺るがすことはできない。
負け犬の遠吠えが毎日、毎日、少年の耳につくだけ。
そんな少年は、その他大勢の人と同じく楽しいことが好きだ。未知なるものへの好奇心、驚きを日々追求している。
_人々が感嘆するようなものを己の手で生み出したい。あわよくば、魔法が使えない者たちにも"魔法のようなモノ"が使えるようにしたい。魔法を使える使えないで起きる差別が無くなればいいとも考えていた。
少年は無愛想だと言われているが、実の所そうではない。感受性豊かなひとりの男の子だ。ただ、周りの環境が窮屈で息苦しいために遊び心を表に出せないだけで。
「魔法は国家のためにあり___」
目の前で行われる宗教じみた座学は、少年にとっていらぬものだった。前倣えと言われた通り生きてもつまらない。
そう。つまらないのだ。魔法を"戦争の道具"にするこの国が。少年は、この国が嫌いだ。
「国家は常に民のことを考え、より良い生活を送るべく___」
壇上からの声がだんだんと遠くなっていく。
少年は迫り来る睡魔に抗うことをせず、静かに瞼を閉じた。
眠る少年の傍で2羽の鴉が羽を休める。少年の姿を隠すように。
少年が目を覚ました時には、すでに昼休憩となっていた。
ひとり、ホールに残された少年は大きく欠伸をすると持ち物全て適当に鞄の中にしまって立ち上がった。
少年はかなりの偏食家であるためにお昼はいつも飲料ゼリーと糖分豊富なラムネ菓子で済ましている。なんだか今日は気分がいいようで、屋上にある温室部屋の花壇を眺めながらでも食事をしようと少年は歩き出した。
すれ違う人皆、少し口角の上がっている彼を2度見しては嫌悪した。まぁ、どうでもいい。少年は我が道を行くように、廊下に敷かれたレッドカーペットの上を歩く。
もうすぐ目的の場所へ着くというところで何やら騒がしいことに気がついた。温室部屋横のベンチ前を覗くと小さな人集りができている。
原因を探ろうと空いた隙間から顔を出した瞬間、思わず目をつぶってしまった。
__眩しい一等星が、小さなショーを始めようとしていた。
「はっはっは!どうだ?!この魔法!小さな子供が手を叩いて喜ぶ姿を想像できるなあ!!」
「わ、」
無駄に張り上げた大きな声に少年は耳を塞ぎたくなった。しかし、日に当たって輝く夕暮れのグラデーションがかった金髪とキラリと光る蜂蜜色の瞳に目を奪われ、耳を塞ぐよりも先に立ち尽くした。
「む?これはこれは…今日は"珍しい観客"もいるな!そこの少年少女たち!オレのショーを観ていくがいい!」
一等星は、右手で軽く杖を振ると先の方から可愛らしいシャボン玉をいくつか生成した。それはふわふわと風になびかれながら少年の前で制止すると、ぷちんと小さな音を立てながら割れて中から雪結晶が現れた。
「…綺麗だね」
「そうだろう、そうだろう!」
思わず溢れた感想に一等星は律儀に頷く。
眩しい彼の小さな発表を見た野次馬たちは「おままごとだ」「役に立たない魔法」と口々に誹謗中傷の言葉を投げて笑いながらその場を去る。その様子を気にすることなく天才と唱われる彼は一等星に話しかけた。
「これはただのおままごとではないね。シャボン玉に含まれる少ない水分を一瞬にして個体に変える
、並の魔法士ではできない芸当だ。」
「あぁ。だが、これは魔法の範囲が狭いからできるものであって、先生方が望むような大きい魔法ではない。」
眉を下げてそう呟く黄金の少年。その様子は、何故か寂しさや悲しさを感じるものだった。
「君は……」
その原因が何なのか知りたくなった天才は、次の言葉が決まっていないまま声をかける。しかし、黄金の少年は次の言葉を待たずに独りでに語り出した
「だが!妹に見せた時は大いに喜んでくれた!妹の隣に居た年配の方も拍手をする程にな!」
「オレは誇らしいぞ!"笑顔にする"魔法だと!」
ピクリと天才の肩が揺れた。瞳孔が無意識に開いていき、頬も僅かに上がる。それに気づいた目の前の少年は瞳を輝かせて大きく一歩近づいた。
「その反応、お前もそう思うのか?」
恐れることなくさらに近づいてくる少年に天才はゾクリと背中に何かが伝うものを感じた。寒気や悪感ではないもの。これは_歓喜だ。
「うん。僕も、人を笑顔にできる魔法ほど素晴らしいものはないと思っているよ。」
その答えに黄金の君は手を差し出して名乗る。
「オレの名前はツカサと言う!お前となら気が合いそうだ!」
「ふふ。僕も君にとても興味がある。僕は、ルイ。好きに呼んでくれたまえ。ツカサくん。」
天才の少年_ルイにとっては、まさに青天の霹靂。今までどうしてこんなにも眩しい彼と会うことがなかったのか。閉鎖的に過ごしていたルイの心を一瞬にして掴んでいったツカサの胸元を見ると黒のブローチに赤色の宝石が飾ってある。ルイはそれだけで今まで会えなかった理由を理解した。
「君は、A等なんだね。今まで会えなかったのが惜しいと思っていればクラスが違ったみたいだ。」
「ああ!そう言うお前は……」
ツカサの視線がゆっくりと下へ降りていく。そして、徐々にかっぴらいていく口、もともと大きな瞳をさらに大きくさせ、わなわなと震え始めた。その変化にルイはくすくすと笑う。笑いながらも内心は別れを覚悟していた。校内で有名な爪弾き者と知った時、彼もまた他の人と同じように異常だと指を指してくるのではと。人は自分と大きく違う者を近づけさせない生き物だから。しかし、ルイの考えはすぐさま鼓膜が揺れるほどの声に掻き消された。
「お前、G等だと?!凄いじゃないか!しかも、その宝石はこの学校でひとつしかないレイボームーンストーン?!角度によってさまざまな色に変わるという…!」
ちょこまかと動き回りブローチを見続けるツカサにルイは思わず吹き出した。先程まで考えていたことが馬鹿らしく思えたからだ。その様子にツカサはハッとし、ピタリと動きを止め、「すまん!はしゃぎすぎてしまった!」と真面目に謝る。その姿がまたルイにはおかしく思えてさらに抑えていた声を出して笑った。
「そ、そんな笑うことないだろう?!」
「ごめんごめん。僕の予想を飛び越えた反応だったからね。」