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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    にょつ 8 🎈☆

    次には終わりたい。
    長くなるので微妙なところで切りました。

    にょつ 8(類side)

    「最近、真面目に勉学に励んでいるそうだな」
    「どうでしょう?」
    「皇太子殿下が評価して下さっているそうだ。私も漸く安心するよ」
    「……天馬くんが、ね…」

    安心したように笑う父さんの言葉を聞いて、脳裏に天馬くんの顔が浮かぶ。
    僕の家で夜会を開いてから一週間程が経った。あの日から、天馬くんの様子が少しおかしい。なんだか忙しそうにしていたり、時折そわそわとしている姿が見えた。僕が話しかけると、笑顔で返してくれることも増えた。以前まであんなにも警戒されていたのに、どういう事なのだろうか。悪い変化ではないのだけれど、少し落ち着かない。

    「そこで、以前から話のあった縁談を進めようと思ってな」
    「…え……?」
    「類が漸くやる気になった事を先方も喜んでいた。元々御令嬢の方から断られて白紙となった縁談だが、最近になって受けてもいいと連絡があったんだ」
    「待ってよ…! 成人の儀までは待つという約束で…!」
    「お前にとってもこれ以上ない程有り難い申し出だ。それに、約束の期日までもう日は殆どないだろう」

    我儘を言っているのは理解している。これ以上縁談を断り続けるわけにはいかないと分かってはいるけれど、やっと見つけたばかりなんだ。ずっと探していた初恋の子。まさかその子が、避け続けてきた天馬くんだなんて思わなかった。彼女に告白をするのは、まだ無理だ。時間が足りない。最近急に笑いかけてくれるようになったけれど、プロポーズをするとなれば話は変わってくる。
    確実に頷いてくれるよう、僕の想いを知ってもらうのにもう少し時間をかけなければならない。

    「それでも、もう少しだけ待って欲しいんだ…!」
    「……」
    「それに、僕はきっと彼女以外を愛するなんて出来そうにないよ。そんな僕が相手では、その御令嬢が可哀想じゃないか」
    「………まぁ、相手の御令嬢はお前の気持ちを優先してほしいと言ってくださったから、無理に進めることは出来ないが…」

    顔を顰める父さんに、ホッと胸を撫で下ろす。
    相手の御令嬢に理解があって助かった。向こうも、縁談を受けてもいい、と思っただけで僕を好いているわけではないのかもしれない。父さんがこの国の宰相を務める公爵家の当主だから、縁を繋いでおきたいということなのだろう。家柄だけを見れば、僕の相手をするのは魅力的だろうからね。まぁ、僕はそんな気持ちで誰かと結婚する気なんてないけれど。

    「本当に良いのか? 聞いた話では、お前が最近仲良くしている相手だというが」
    「他の御令嬢に興味はないからね」

    片手で額を押える父さんが、再度僕に確認してくる。それに頷いて、僕は父さんに背を向けた。
    最近仲良くしている相手、というと、寧々だろうか? 天馬くんと仲良くなるために、寧々に相談をしたり練習に付き合ってもらったりしていたから、そんな噂がたったのだろうね。確かに寧々なら、僕の気持ちを組んでくれそうだ。家格も悪くないし、人見知りだから話しやすい僕が相手なら楽、という気持ちで申し入れを受けたのかもしれないね。
    一人納得する僕の後ろで、まだ諦めきれていない様子の父さんが、ぶつぶつと何かを言っている。扉の取っ手に手をかけた時、聞き慣れた言葉が聞こえて足が止まった。

    「はぁ、皇太子殿下も漸く縁談がまとまると、王城では大騒ぎだったのだがな」
    「………天馬くんに、…?」

    はぁ、と溜息を吐いた父さんに、思わず問い返す。
    聞き間違いでなければ、“縁談”と聞こえた。天馬くんにも、縁談の申し入れがあったのだろうか。それも、まとまりそうな縁談が。ずっと天馬くんの婚約者の席は空席で、何人もの御令嬢がその席を狙っていた。実際には、女性であることを隠しているから縁談を受けられなかったのだろうけれど、それがまとまったというのは、どういう事なのか。
    まさか、次期国王に相応しい令息を婚約者として決めたというのだろうか。

    「皇太子殿下自ら相手を指名したから、国王陛下が大変喜んでいるんだ」
    「………天馬くんが、自分で…」

    頭を抱える父さんは、僕の縁談を断る方法を考えているらしい。天馬くんが縁談を決めたということは、どの家も婚約者を急いで決め始めるのだろう。この国の皇子が婚約者を決めたとなれば、その席を狙っていた御令嬢も諦めざるを得ないだろうからね。良い嫁ぎ先がなくなる前に決めてしまいたいはずだ。成程、突然僕に縁談が来たのも頷ける。

    (…………天馬くんの婚約者が、…決まった……)

    指先の力が抜けて、目の前が白く塗り潰されるような錯覚を覚えた。
    最近忙しそうにしていたのは、それが理由だったのだろうか。僕に笑顔を向けてくれるようになったのは、警戒が薄れたのではなく、ただ御機嫌だっただけ? 天馬くんが自分で指名したって、それはつまり、彼女が密かに想っている相手がいたという事になるのだろうか。
    それなら何故、あの日僕が贈ったドレスを着てくれたんだろう。

    (…相手が天馬くんでなければ、誰が相手でも変わらないな……)

    僕を説得したいのだろう、ぶつぶつと何かを言っている父さんに「分かった」と一言返した。
    ずっと、初恋の子が忘れられなくて、縁談を断ってきた。その子が天馬くんだと知って、僕なりにアプローチをかけてきたつもりだ。それでも、天馬くんの態度は変わらなかった。そればかりか、僕ではない他の誰かを婚約者に選んだ。彼女には、最初から選ぶつもりだった相手がいたということなのだろうね。

    「…婚約の申入れを、受けるということか?」
    「受けるよ。これ以上先延ばしにしても、意味はなさそうだからね」
    「……それなら、早速手紙を送るとしよう。顔合わせの日取りはこちらで決めておくから、必ず参加するんだぞ」
    「…分かっているよ」

    ひらひらと手を振って、今度こそ部屋を出る。しっかりと扉を閉めて、僕は重い息を吐いた。

    「…………彼女に選ばれた相手が、羨ましいね」

    そう零した言葉は、誰に聞かれるともなく消えていった。

    ―――

    「神代、今少しいいか?」
    「……天馬くん…」

    不意に後ろから声をかけられ振り返れば、目線の少し下に天馬くんがいた。
    きゅ、と唇を引き結んで真剣な顔を向ける彼女に、胸の奥が痛んだ気がして無理矢理へらりと笑う。

    「その、少し話したい事があるのだが…」
    「すまないけれど、この後 用事があるんだ」
    「なっ…!」

    さっさと会話を終了させたくて、適当な理由をつけて断った。
    父さんに縁談の話をされてから、天馬くんの顔が見れない。御機嫌な様子の彼女を見るのが辛かったんだ。それなのに、僕が彼女の秘密を知ってからは殆ど話しかけて来なかった天馬くんが、急に何度も話しかけてくるようになった。『話がある』と声をかけてくれる彼女の口から、いつ婚約の話が来るのか分からなくて、話自体を避けてしまっている状況だ。彼女も避けられていると察しているのだろう。だからこそ、日に何度も僕に声をかけてくるのかもしれない。
    愛想笑いで逃げようとする僕の手が、天馬くんに掴まれた。

    「またか?! この前もそう言って…!」
    「すまないね。話はまた今度聞くよ」
    「っ…、待たんかっ…! 大事な話だと言っているだろう?!」
    「………悪いけど、今、君の話を聞く気はないんだ…」

    掴まれた手を振り解けば、天馬くんが一瞬泣きそうな顔をするのが見えた。急いで顔を逸らし、彼女に背を向ける。泣かせたいわけではないけれど、僕も今は余裕が無い。
    天馬くんの笑った顔が好きだ。けれど、今はその顔を見ると胸が痛くなる。僕だけに向けてほしいと願ったその顔を、彼女は僕以外の誰かに向けるのだろう。彼女の隣に、僕ではない誰かが並ぶ。そう思うと、以前のような気持ちで彼女と向き合えない。もし彼女と話をする事になれば、『何故』と、問いただしてしまいたくなる。
    そんな事はしたくないから、今は極力天馬くんの傍にいたくないんだ。

    「聞く気がないとはなんだっ!? この前から何を怒っているんだ?!」
    「怒ってはいないよ」
    「怒っているだろう?! でなければ、何故オレを避けるんだ?!」

    後ろから、大きな声で天馬くんがそう言った。
    やっぱり避けているのは伝わっていたらしい。それでも放っておいてくれないのが彼女らしいけれど、今はそれが一番困る。学院では彼女に追いかけられ、家では父さんから着々と進む婚約の話をされる。正直、大分精神的に疲労が溜まってきた。愛想笑いだって疲れる。乗り気でない婚約の話を聞かされる度、気が滅入る。いつ、好きな子から他の誰かの話を聞かされるのかと、内心怯える僕の身にもなってほしいよ。
    はぁ、と一つ溜息を吐けば、それが聞こえたらしい天馬くんが僕の腕をもう一度掴んだ。

    「散々人の事をからかっておいて、今更怖気付いたか?! あれだけオレを追い回しておいて、自分が先に逃げるというのはどうなんだ?!」
    「なら聞くけど、君が僕に話したいのは、君の婚約の話なんでしょ?!」
    「やはり分かっていて逃げていたのだな…!?」
    「勿論逃げるよっ…!君だって、もう僕の気持ちを知っていたよね?!」
    「知っているから、直接話さねばならんのだろう!!」

    一歩も引かない天馬くんに、僕もつい大きな声が出てしまった。それでも負けじと返してくる司くんが、僕の腕を引く。「とにかく、場所を変えるぞ」と、そう言いながら周りを気にする彼女に、唇をへの字に曲げた。
    知っているんじゃないか。僕が、君を好きだと、知っているじゃないか。僕が贈ったドレスを着てくれて、ダンスの誘いにも乗ってくれたのに、それなのに、君は別の男を選ぶのか。その言い訳を直接聞かされなければならないのか。真面目な君の事だから、偽りなく説明してくれるのだろうね。それを、僕は受け入れなければならないのかい?
    …ズルいなぁ。

    「………だったら、断ってよ…」
    「…は……?」
    「知っているなら、…今すぐ断ってきてよ…」
    「……」

    ぴく、と僕の手を掴む彼女の手が一瞬反応した。じ、と天馬くんを見つめれば、宝石の様な瞳が揺れて、逸らされる。今度は彼女が唇を歪めた。ぐ、と堪えるような表情をする天馬くんが、僕の腕を強く掴んだまま先程より弱々しく引っ張ってくる。数人の生徒が僕らを見ているのを ちら、と確認して、ゆっくりと息を吐いた。
    ここでは話したくない、という事なのだろう。彼女の立場を考えれば仕方のない事だと思う。けれど、このぐちゃぐちゃな気持ちを抱えたまま、彼女と二人きりにもなりたくない。

    「………どうしてもと言うなら、今ここで、…君の方から、キスでもしてくれるかい?」
    「っ、……!」
    「それが出来ないなら、この話はまた今度ね」
    「…そ、れは……」

    かぁ、と顔を赤くさせた天馬くんが、一歩後退る。信じられないものを見るようなその顔に、にこ、と愛想笑いを返す。『出来ないでしょ』、と意味を込めて。
    成人の儀を終えるまで、彼女は“皇太子殿下”だ。本来は女性であっても、今はまだ周りには“男性”だと思われているのだから、男の僕とキスなんてできるはずもない。それも、本命の相手のいる彼女が、婚約も無事に済ませた今、その相手を裏切るような真似も出来ないだろうからね。
    これで、この話も終わりだろう。いまだに掴まれている手を振り解こうと軽く上げれば、その手がパッ、と離された。彼女があっさり引いた事に安堵し小さく息を吐くと同時に、白い両手が僕のブレザーの襟を掴み力一杯引く。

    「っ、…」
    「…………………、…こ、れで、良いか…?」

    これ以上ない程赤く染まった顔で僕を見上げる天馬くんが、小さくそう問いかけてくる。唇に一瞬触れた柔らかい感触に、瞬きすら忘れて呆然としてしまう。襟から彼女の手が離れ、数歩分距離が開く。けれど、逃げるわけでもなく彼女は僕の反応をじっ、と見つめていた。
    じわぁ、と遅れて顔に熱が集まってくる。指先で唇に触れれば、一層訳が分からなくなった。周りが騒がしくなるのに気付いて、慌てて彼女の腕を掴む。

    「る、類…?!」
    「こんな所でなんて事してくれたんだいっ…?! 自分の立場を考えなよ…!」
    「…考えて、…それでも今、類と話をしなければならんと思ったから、したっ!」
    「馬鹿じゃないのかい?!」

    廊下を早足に進みながら、大きな声でそう返した。
    僕と話をするために、なんでそこまでするのだろうか。怒って帰ると思ったのに。『何を馬鹿なことを言っているんだ!』と怒鳴る姿を予想していたのに。『もういい!』と、そう大きな声で言われるのを覚悟していたんだ。それなのに、馬鹿正直に僕の冗談を真に受けて、人の目のあるところでキスするなんて。
    もう訳が分からない。

    (……っ、…これだけで、先程までの嫉妬が消えるなんて、僕も単純だな…)

    小さく自分に舌打ちをして、使われていない空き教室に彼女を引っ張りこんだ。

    ―――

    (姫さんも大胆な事するなぁ…)

    ずんずんと神代の坊ちゃんに手を引かれて行く姫さんの後ろ姿を目で見送り、溜息を吐く。本来は追いかけるのがオレの仕事だが、そこまで邪魔をするつもりも無い。それよりも、今のが下手に広まらないよう口止めをする方が良いだろう。
    廊下で立ち尽くす生徒の顔を確認し、一人ひとりに声をかけてまわる。他言しないようにと口止めをしながら、今朝意気込んでいた主人の顔を思い返した。

    『今日こそは類にガツンと言ってやるっ…!』

    ぐ、と拳を握りしめて燃えていた主人は、はたから見れば怒鳴り込みにでも行く勢いだった。まぁ、ここ数日避けられていたのだから、それも有りだろ。と言っても、姫さんの目的は違うようだが。
    坊ちゃん家の夜会から帰ってきた時の姫さんの顔が、今でもはっきりと思い出せる。それ程、印象的な表情をしていた。あんなに可愛い姫さんの顔は、初めて見たと思う。

    (…あの坊ちゃんもやるもんだな)

    姫さんが小さい頃から側で見てきた。だからこそ、姫さんに肩入れしてしまうのは仕方ないだろ。まぁ、あの坊ちゃんなら、心配いらないか。
    姫さんの手を掴んだ時の坊ちゃんの顔を思い返しながら、小さく息を吐く。ざわざわと騒がしくなる廊下に、これも仕事だと自分に言い聞かせ、目撃者の口止めをしに回った。

    ―――
    (類side)

    「…っ、……ぉ、わ…?!」

    空き教室に天馬くんを引っ張り込んで、扉をしっかりと閉める。バランスを崩してよろけた彼女を抱き留めて、そっと扉に耳を当てた。廊下の方から追いかけてくるような足音はない。扉のそばに誰かのいる気配もなさそうだ。その事に安堵して肩の力を抜けば、天馬くんが震える声で「…る…、か、みしろ……」と僕の名前を呼ぶ。
    ハッとして視線を下げれば、僕の胸元で顔を赤く染め固くなる天馬くんがいた。

    「………ぁ、すまないね…」
    「…ぃゃ、…こ、れくらい、は……」
    「もう少しこのままでも良いかい?」
    「んぇ…?! こ、このままっ……?!」
    「…冗談だよ」

    あわあわと慌て始める彼女に苦笑して、パッ、と抱き締めていた手を離す。よろけたように後ろへ二歩程下がった天馬くんは、数秒呆気とした後、視線を下へ下げた。どこか寂しそうなその表情に、口をへの字に曲げる。そんな顔をされては、もう一度抱き締めたくなってしまうじゃないか。
    口を出かけた言葉を飲み込み、ゆっくりと息を吐き出す。黙ったままの天馬くんに、「どうぞ」と切り出した。

    「……ぇ…」
    「話があるんだよね?」
    「…ぁ、あぁ…」
    「それなら、今ここで聞くよ」

    彼女の横を通り過ぎ、部屋の奥の方へ向かう。少しでも盗み聞きされない為に、だ。僕の意図に気付いたらしい天馬くんも、そっとついてきてくれる。足を止めれば、彼女も足を止めた。振り返った僕に、天馬くんは困ったように眉を下げて顔を俯かせる。
    小さな口が、開いて閉じてと繰り返すのを見ているうちに、僕も落ち着かなくなっていく。

    「……………その、…今更ではあるが、しっかり伝えねばならんと、思っていたんだが…」
    「……」

    歯切れの悪い天馬くんの言葉を、黙ったまま待つ。
    きっと、婚約を結ぶという話を人伝ではなく自分の口から言いたかったという事なのだろうね。彼女は真面目だから、僕の好意に気付いて、けじめをつけようとしているのかもしれない。
    僕も、天馬くんが婚約したと聞いて、彼女への想いを諦めるために父さんの決めた縁談に頷いたんだ。彼女にアプローチをかけるのも、迷惑になるからやめなければならない。

    「……神代が、…どうしてもと言うなら、なかったことにしてもいい…」
    「…………ぇ…」
    「勿論、すでに話が進んでしまっているから、少し時間はかかるが……」

    小さな声で言われた言葉に、目を見開く。
    俯く天馬くんの顔は見えないけれど、微かに震える彼女の体を見れば、心情が何となく伝わってくる。けれど、天馬くんが口にしたのは、僕にとっては願ってもない提案だった。僕に、もう少しだけ時間をくれる、というものだ。
    細い肩を両手で掴み、彼女の方へ一歩前に出る。びくっ、と肩を揺らした司くんは、俯いたまま白い手を自身の胸元に当てた。

    「…本当に……?」
    「………元々、そういう条件だったんだ…、オレも、いい加減諦めがつく…」

    顔を一切上げずに、天馬くんがぽつりぽつりと言葉をこぼす。
    “そういう条件”とは、どういうことだろうか。彼女の婚約に、僕の意思なんて関係ないというのに。それとも、僕の気持ちを試されていたのだろうか。いまいち会話が繋がっていない気がして、そっと首を傾げた。そんな僕に気づかず、天馬くんが握った拳に力を入れる。
    肩に触れた手に、彼女の震えが伝わってきた。

    「……ただ、……納得は出来ない…、っ、……」
    「………天馬くん……?」
    「…何故っ……」

    震える彼女の手が、僕の手を掴む。両手でしっかりと握られた腕に、じわりと彼女の体温が伝わってきた。指先に力が込められて、ぎゅ、と強く握り締められる。
    キッ、と顔を上げた天馬くんは、僕を睨むように見た。ぼろ、ぼろ、と僕を映す宝石の様な瞳から、大粒の涙が溢れ落ちるのを見て、思わず息を飲んだ。

    「っ、何故、オレでは駄目なんだっ…?!」
    「……ぇ、…天馬くん…?」
    「オレを可愛いと言ったくせにっ…! オレの隣にいたいと言ったのにっ…!! “オレだけ”とっ…、言ったではないかっ!!」

    言葉の意味が、よく分からない。ただ、今まで僕が言った言葉を、彼女はちゃんと覚えてくれていたのだということは分かる。
    批難するように大きな声を発する天馬くんを、どう落ち着かせればいいのかわからない。ぐす、と鼻を鳴らして涙で頬を濡らす彼女を抱き締めようとした手が、それを躊躇う。
    それなら、と制服の袖で彼女の頬をそっと拭うと、更に顔をくしゃくしゃにさせて天馬くんが泣き始めてしまった。咄嗟に両手で白い頬を包むように触れて、出来るだけ優しく名前を呼んでみた。

    「な、泣かないでおくれよ…、ね…?」
    「…っ、……き、キス、もっ…はじ、めて、なのにっ…、いきなり、類が言うからっ……!」
    「ぅ、…ごめんよ。まさか本当にしてくれるとは、思っていなかったんだ…」
    「しなかったら話を聞かないって言うからっ…! また類が逃げようとするかっ!!」

    わぁっ、と大きな声で叫ぶようにそう言いながら、天馬くんがさらに大粒の涙を零す。段々とその声が掠れていくものだから、咄嗟に彼女を抱き締めた。ぎゅぅ、と胸元へ涙でぐしゃぐしゃの顔を抱き込んで、震える背をそっと叩く。
    場違いにも、『キスが初めて』だと言う彼女の言葉に、嬉しいと思ってしまった。僕と話をするために、彼女はキスまでしてくれるのか。子どものように泣きながら、必死に言葉を紡ごうとする天馬くんが可愛らしくて、つい口元が緩みそうになる。

    「オレにキスしろって言ったくせにっ、婚約はしたくないなんてズルいじゃないかっ!!」
    「…だからそれは、君が好きだからで……」
    「類が王様になりたくないのは知っているがっ、オレは類でなければ嫌なんだっ!!」
    「………ぇ、…」

    ぎゅぅ、と僕の背に腕を回して強く抱き締め返してくれる天馬くんの言葉に、目を瞬く。
    先程から、話が噛み合わない。何故、僕が“王様になりたくない”なんて話になったのだろうか。それは、皇女である天馬くんと婚約する誰かが得られる地位のはずだ。彼女に選ばれなかった僕には、関係の無い話だ。
    腕の中で鼻を鳴らす天馬くんに、首を傾ぐ。

    「……ねぇ、天馬くん…?」
    「散々人の事をその気にさせておいて、今更逃げるんじゃないっ…、オレが、どれだけっ…」
    「天馬くん、聞いてくれないかい…?」
    「恥ずかしいのを我慢して、類の為にドレスだって着たのに、何故オレでは駄目なんだっ!」

    溜め込んでいた不満が沢山溢れているらしく、僕の声が届いていないようだ。上手く聞き取れない部分が多いけれど、所々を聞き取って、彼女が頑張ってくれていた事だけは分かった。
    普段男の格好をしているからだろう、あのドレスを着るのは恥ずかしかったらしい。それでも、僕の為に着た、なんて言われては、勘違いしてしまいそうになる。それを確認したいけれど、彼女はまだ気持ちが落ち着かないようだ。

    「………天馬くん、落ち着いて…?」
    「嬉しかったのにっ…避けられては、不安になるだろうっ!? もっと一緒に居たいと、言われてっ、オレは嬉しかったのにっ…!」
    「っ、…ごめんよ」
    「んぅっ……!」

    泣きながらも全然言葉が止まらない天馬くんに一言謝って、彼女の頬に両手で包むように触れる。そのまま、ぐっ、と涙でぐしゃぐしゃの頬を上へ向かせ、唇を押し付けるようにキスをした。びく、と肩を跳ねさせた天馬くんが固まるのを確認して、一度唇を離す。
    呆気とする彼女が文句を言う前に、もう一度そっと重ねるようにキスをした。

    「……、…落ち着いたかい…?」
    「………………」
    「ごめんよ。こうでもしないと、止まってくれないかと思って…」
    「………」

    呆然としたままの天馬くんに謝罪して、涙で濡れた頬を掌で拭う。こんなにも泣く彼女を見るのは初めてで、なんだか可愛らしい。
    安心させるために笑って見せると、丸くなった大きな瞳から、またぼろぼろと涙が溢れ出した。

    「えっ、…ぁ、嫌だったかい…!? いきなりしてしまってすまないね…!」
    「……う、うぅ……っ、…類の馬鹿ぁあ…!」
    「…待って、泣かないでおくれよっ…! 僕が悪かったから……!」
    「せっ、責任、…とれぇ…、…っ、…」

    ぎゅぅ、と僕の服の裾を掴む天馬くんがまた泣き始めてしまって、どうしていいか分からなくなってしまう。あわあわ、と彼女の頭を撫でたり背を叩いてあげるも全然収まらなくて、空き教室に授業開始を知らせるチャイムが鳴るのをただ聞くことしか出来なかった。
    結局、僕と天馬くんは次の授業をサボることになってしまった。
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