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    ナンナル

    @nannru122

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    POIPOI 146

    ナンナル

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    ファンタジア🎪☆前提🎈🌟
    未タイトルって呼んでたやつ。
    タイトル、これ全部でファンタジアと読む。

    ム幻のセカイでヨ想もできないギ曲をトモに。5(寧々side)

    「どっかーんっ!!」

    掛け声と一緒に振り下ろされたえむのハンマーを、熊が片手で振り払う。そのままカウンターで反対の手がえむのお腹に当たった。勢いよく横へ飛ばされたえむが、ガンッ、と壁へ背中から打ち付けられた。バラバラと壁に装飾されていた輪飾りや紙で作ったお花が、衝撃で床へ落ちていく。慌てて駆け寄れば、えむはお腹を押さえて苦しそうにしていた。ポケットから飴玉を出して包みを開いてから、えむの口に押し込む。苦しそうにしていた表情が少しづつ和らいでいくのにホッとして、胸を撫で下ろした。
    怪我は治ったみたいだけど、こんなの、えむも類も耐え続けるなんて無理だ。

    「えむ、一回引こう…、このままだと怪我だけじゃ済まないよ」
    「大丈夫! 思ってたより痛くないし、それに、類くんも頑張ってるから!」
    「そうだけど…、でも……」
    「見てて! 次はあたしが、ドカーンッ! て吹き飛ばしちゃうから!」

    すくっ、と立ち上がったえむが、両手を上へ振り上げる。落としていたハンマーの持ち手を掴んで、駆け出していった。それを、わたしはただ見てることしかできない。それが悔しい。
    類の方も、苦戦しているみたいだ。熊の爪をなんとか刀で弾いて躱しているけど、全然攻撃に移れてない。このままだと、いつか類にあの爪の攻撃が当たるかもしれない。その前に、攻略法を見つけないといけないのに、全然分かんない。えむのそっくりさんは後ろでまたお絵描きを始めてるし、ここで今追撃なんてされたら…。

    (どうしようっ……、わたしだけ何も出来ないのにっ…!)

    なにか、打開出来る作戦はないの? それか、必勝のアイテムとか、よくある裏コマンド的な技とか…。って、ゲームの世界でもないのにあるわけないよね。ここで負けたら、どうなっちゃうんだろう。コンティニューができるとも思わないし、やっぱり……。
    嫌な方へ向かう思考を振り払うために、ぶんぶんと首を左右に振る。弱気になっている場合じゃない。類とえむがこれ以上怪我をしないために、考えなきゃ。

    (……せめて、えむのそっくりさんだけでもどうにか動きを止められないかな…)

    二人と違って武器のないわたしじゃ攻撃は出来ないけど、えむ一人捕まえるくらいなら出来るかもしれない。と言っても、ロープなんて便利な物はないし、捕まえて大人しくさせられるものとかないのかな。それか、睡眠薬とか、麻痺毒みたいな効果のある飲み物とか…。いや、さっき拾ったアイテムにそんなのなかった。

    『よーっし、かんせー!』

    真剣に絵を描いてたえむのそっくりさんが、パッと顔を上げた。まさか、もう追撃が来るの?! 何も作戦なんて浮かんでないのに。どうしよう。どうしたらいいの…?!
    頭の中に、さっきまで考えていた事がぐちゃぐちゃに混ざり合って、全然まとまらない。早くなにか考えなきゃいけないのに、余計な事ばっかで全部邪魔だ。
    くるん、と床の上で綺麗に一回転したえむのそっくりさんが、ぱんっ、と手を叩く。そしたら、床に描かれた絵からもくもくとカラフルな煙が立ち、何かが飛び出した。人型に変わるそれが徐々に大きくなり、ぽん、とえむのそっくりさんの腕の中に収まる。

    『特大司くん人形ー!』
    「………」

    えむのそっくりさんの声が、会場に響き渡った。
    等身大ほど大きくはないけど、えむのそっくりさんとほとんど同じ大きさの司の人形に、思わず言葉を失う。まさか、えむと類が必死に戦ってる間、真剣に絵を描いていたのはそれの為? その人形を作るために描いてたの?? 追撃とかではなく??
    あっちも“えむ”なんだって、なんか、思い知らされた気分。

    「おぉおおおおお! 良いなぁ! あたしも欲しい!!」
    「そうだね。あの人形があれば演出装置の実験にも使えるし、ショーでも何かで役に立ちそうだ」
    「そんな事言ってる場合じゃないからっ!」

    キラキラとした目をする二人に思わず大きな声が出た。この二人は、なんでこう危機感というか、緊張感が無いのかな。熊を相手にしてるのに、余所見してる場合じゃないでしょ。怪我だってしてほしくないのに。
    そんな事言うなら、わたしだって欲しいから。

    『次は何を描こうかなぁ〜』

    ふんふんと鼻歌を歌いながら床にまた絵を描き始めたえむのそっくりさんに、ハッ、として、首を左右に振る。人形の事なんてほっといて、早く捕まえる方法を考えないといけないのに。でも、えむと同じならわたしより絶対足も早いし、勘も良いからこっそり近付いてもバレるよね。
    出来れば、離れた位置で警戒される前にどうにかしたいんだけど…。罠になりそうなものもないし、わたしに出来るのも歌う事くらいだし…。えむをわたしの歌でどうにかって言っても……。

    [寧々ちゃんのお歌、すっごく温かくて安心するんだ〜]

    ふと、前にえむに言われた言葉を思い出した。なんとなく休憩中に歌っていたら、隣に来たえむがにこにこと聞いてくれて、そう言っていた。本当に嬉しそうに聞いてくれるから、わたしもなんだか嬉しくて、つい歌い過ぎちゃったっけ。
    ぼんやりとその時の事を思い出していれば、ガシャンッ、と大きな音が辺りに響いた。顔を上げたわたしの目に飛び込んできた光景は、類が長テーブルの上に背中から倒れているところで、一気に頭から血の気が引いていくのがわかった。

    「類っ…!!」
    「…っ、……へ、いき、だから…、っ、寧々は、さがっていてくれるかい…?」
    「平気じゃないじゃんっ…! 早くこれ食べて…!」

    ポケットから飴を取りだして包みを開く。それを類の口に押し込めば、類の口の中で僅かにカラン、と転がす音がした。少しづつ塞がっていく傷跡を見ながら、ホッと息を吐く。類の腕を引っ張って体を起こせば、類がへらりと笑った。

    「心配をかけてすまないね」
    「そんな事はいいから、怪我だけはしないで。駄目なら、逃げたって良いと思う」
    「……そうだね。でも、もう少し頑張ってみるよ」
    「…ぁ、…類…!」

    刀を握り直した類が、早々に駆け出していく。それを見送ることしか出来ない自分が情けない。大きな熊が、思いっきり腕を振り下ろす。それをハンマーの一撃で相殺させる えむは、疲れてきたのか少し顔色が悪い。
    このままだとまた えむが怪我をする。どうにかしないといけないのに、どうすればいい分からない。
    ぐるぐると頭の中を色々な言葉が回る。そのどれもが違う気がして、邪魔で仕方ない。早くしなきゃ。早く、二人の役に立たなきゃいけないのにっ…!

    「っ…あぁ、もうっ! なんでわたしには武器がないのよっ!!」

    ダンッ、とテーブルを叩くけど、誰もこっちを見ない。それくらい、二人とも真剣に戦ってくれてる。集中しないといけないほど危ない状況の二人を、わたしだけ見ているだけなんて嫌。でも、歌う以外に私に出来る事なんて…。

    「…ぁ、れ……」

    そこで、はた、と気付いた。
    さっき天馬さんと戦った時、不思議と声が通っていた気がする。キーボードの音も確かに大きかったし、いくらわたしがショーの練習で前より声が出るようになったからって、明らかにいつもより声が出ていた。あの時は、ただ楽しく歌っていただけだけど、もし、“想いを込めて”歌ったら…。
    僅かに思い至った可能性に、ぐっ、と拳を握る。怖いけど、二人にだけ危ないことはさせたくない。

    「……よし…!」

    うん、と一つ頷いて、わたしは駆け出した。

    ―――
    (類side)

    「っ……キリがないねぇ…」

    ずっと平行線だ。普通の熊では無いからか、刀で斬りつけても爪が硬くて刃が通らない。それならと体の方を狙うけど、反射神経が良いのか、全て防がれてしまう。そうして隙を狙っていれば、向こうが先に攻撃を仕掛けてくる。お陰様で、こちらばかり傷を負って全然倒せる気配がない。
    えむくんと協力出来れば良いけれど、向こうも苦戦しているし、難しいかな。

    (さて、どうしたものか…)

    このままでは、疲弊だけして終わってしまう。寧々の言う通り撤退も視野に入れた方がいいけれど、ここで退いたとして、また戦闘になるのは分かりきっている。それに、あの時寧々のそっくりさんがいたから、このセカイにもいるのだろうね。もしここで退いて、寧々のそっくりさんまで加わったら勝ち目がない。
    えむくんのそっくりさんがどうやってこの熊を操っているのかも分からないし。いや、えむくんのそっくりさんの意思ではないのかな。ただこの熊達が僕らのことを敵と認識して、自分たちの意思で攻撃している可能性だってある。

    (えむくんのそっくりさんはお絵描きに夢中の様だし、叩くなら今なのだけど…)

    隙が無い。僕らは押される一方で、彼女はこの熊達が負けると思っていない。だからこそ、お絵描きを楽しんでいるのだろうね。ぽんぽんと用意されていく司くん人形の為のセットに、苦笑してしまう。この状況で、お人形遊びなんて、可愛らしいことをしているなぁ。実にえむくんらしい。
    そんな風に考えていれば、近くから声が聞こえてきた。聞き覚えのある歌声に振り返れば、寧々が口を大きく開けて歌ってくれている。

    「…これ、前に皆でやったショーの歌だね!」
    「騎士を応援する歌姫の歌…、中々良い選曲だ」
    「なんだか体もぽかぽかふわふわ〜ってしてきたよ〜!」

    にこにこと笑顔のえむくんが、ハンマーをぐるん、と片手で回す。彼女の言う通り、確かに体が軽くなってきた気がする。もしかしたら、寧々の歌にもなにかアイテムの様な効果があるのかもしれないね。
    よし、と意気込んで顔を上げれば、先程まで素早い動きで攻撃してきた熊の手が、固まっていた。否、動きが極端に鈍くなったのだろう。まるで何かに邪魔をされているように、攻撃をする手だけが明らかに遅くなっている。
    刀を両手で握り、動きの鈍くなった腕を避けて熊に斬りかかった。ザンッ、とその首を切り落とせば、大きな体が絵の具の様に解けていく。

    「……はは、さすが、僕らの歌姫さんだね」

    彼女の歌に、また助けられた。
    「とりゃー!」という掛け声で、えむくんも熊を倒せたらしい。頭からハンマーを振り下ろして一撃だ。そんな僕らを見たえむくんのそっくりさんが、お絵描きをやめて立ちあがる。描きかけの絵が沢山床に描かれていて、その中の一つから、ぽん、とカラフルな煙が立つ。
    飛び出してきたのは、鳥だった。

    『どうして、邪魔するの…?』
    「それは、こっちの台詞だから」
    『あたしは、一緒に居たいだけなのに』

    バサ、バサ、バサと羽音が次々に重なっていく。一羽、また一羽と増えていく鳥が、僕らの頭上を旋回する。先程の熊のように攻撃が通らない程固くはなさそうだけど、数が多いと倒すのは骨が折れそうだ。それに、熊相手でもギリギリだったのに、体の小さい鳥の方が素早くて対処が難しそうだ。
    どうしたものか、と思案する僕の後ろから、「類! えむ!」と名前を呼ばれた。

    「援護は任せて…!」
    「寧々ちゃんが歌ってくれるなら、あたしもぐるぐるどどーんっ! って、頑張るよー!」
    「…それなら、えむくんは寧々を護ってくれるかい? 寧々には自分の身を守る手段がないからね」
    「あいあいさー!」

    素直に寧々の方へ向かってくれるえむくんに心の中で感謝して、正面に向き直る。寧々が歌で戦いに参加するのなら、攻撃手段の無い彼女が狙われる確率が高くなる。その時に二人で前線に出るのは悪手だ。
    最後の一羽だったのだろう。カラフルな煙がゆっくりと薄れていく。頭上を旋回する鳥の数は分からないけれど、出来る限り避けて、確実に一羽づつ減らす必要がある。
    集中しろ。空を飛べる相手にこちらから攻撃を仕掛けるのは難しい。それなら、カウンターを狙うしかない。素早い鳥相手にカウンターなんて無謀かもしれないけれど、出来なければ勝てない。

    『鳥さん部隊、皆やっつけちゃえ!』

    えむくんのそっくりさんが手を前に出すと同時に、頭上を旋回していた鳥が一斉にこちらに向かってくる。刀の柄を強く握り締め、向かってくる鳥との距離を測る。もう少し、もう少し引き付けて、刀の届く距離で…。
    嘴を向ける鳥の首を狙って、思いっきり刀を振り抜く。ザンッ、という音と、手に残る不快な感触、飛び散ったのは絵の具なのに、何故だか罪悪感覚えた。すぐに刀をもう一度振り上げるも、後ろから来た鳥の嘴が腕を掠めた。ビリッとした痛みに顔を顰め、けれど止まるわけにはいかないから刀を振り下ろした。狙いがズレて、鳥の翼を切り落としたようだけど、幸い鳥は絵の具に戻っていった。もう一度、と刀を振るも、周りを飛び回る鳥が邪魔で上手く動けない。舌打ちしたくなる程余裕がない僕の耳に、寧々の歌う声が届いた。先程と同じように、鳥の動きが鈍くなっていく。
    それに安堵して、一度深く息を吐いた。

    『っ、…歌っちゃだめっ! 歌ったら、寧々ちゃんに取られちゃう…!』
    「えむくん、そっちに行ったよ…!」
    「まっかせてー! 寧々ちゃんはあたしが絶対護るからっ!」

    えむくんのそっくりさんの声で、鳥が勢いよく僕の後方へ向かっていく。振り返れば、寧々の前で大きなハンマーを構えるえむくんと目が合った。「せーのっ!」と体をねじって、彼女が思いっきりハンマーを振る。襲いかかっていた鳥が数羽ハンマーに打ち付けられ、絵の具に変わっていく。そのハンマーを間髪入れずに反対へ振り戻す えむくんに、また数羽の鳥が消えた。
    さすがのバトルセンスと言ったところかな。えむくんは運動神経が良いから、僕よりずっと戦えている。

    『邪魔しないでっ…! なんで、なんで邪魔するの?! あたしは、司くんとずっと一緒に居たいだけなのにっ…!』

    ボン、ボンボンボンッ、と破裂音が室内に響き渡る。視界を覆うほどの煙に目を細めれば、えむくんのそっくりさんの周りに大きな鳥が現れた。炎を纏う鳥が、大きな声で咆哮を上げる。実在しない物も出せるというのは、便利な能力だと思う。ショーで活かせれば、どれだけ素晴らしいものが出来るか。
    けれど、これ以上ここで足止めを喰らうわけにもいかない。煙に紛れる様に体を低くして、床を思いっきり蹴った。彼女の後ろへ回り込むように近付き、狙いを定める。一気に距離を詰める為に高く飛躍し、彼女の頭上から刀を振り下ろした。

    「っ……」

    あと少しのところで振り返ったえむくんのそっくりさんが、ギリギリで躱す。肩を掠めただけで、決定的な一撃は与えられなかった。すぐに距離を取ろうと後ろへ飛んだ僕の方へ、炎の鳥がその大きな翼を振る。火の粉が風と共にぶわりと襲ってきて、チリっ、とした痛みに急いで羽織を脱ぐ。身を守る為に布で顔を覆い、後ろへ飛び退ける。辺りが燃え始め、焦げ臭さに顔を顰めた。
    急いで二人の方へ駆け寄れば、先程まで襲ってきていた鳥の大群はもう残っていなかった。

    「類、大丈夫…?!」
    「…なんとかね」
    「ぅー…、あのおっきい鳥さん、どうしたらいいんだろう…」
    「あまり時間をかけていたら、この部屋ごと僕らも丸焼きだね」
    「縁起でもないこと言わないで」

    ばしんっ、と寧々が僕の背中を叩く。傷だらけの体を叩かれるのは痛いのだけど、手加減はしてくれないのだろうか。ポケットから飴を取り出して包みを開き、口に放り込む。少しづつ癒えていく怪我に息を一つ吐くと、僕の隣で寧々が咳き込み始めた。大分煙が充満してきたようだ。
    ちら、と後方を見れば、部屋の扉がある。それなら、と立ち上がって後ろへ駆け出した。

    「良かった、扉は開くみたいだ…。寧々、えむくん、一度外へ出よう!」
    「うんっ!」

    寧々の手を引いて、えむくんが扉の外へ出る。僕もそれに続いて出れば、炎の鳥が僕らを追って部屋の外へ飛び出してきた。長い廊下をとにかく三人で走る。多分この先に、上の階へ続く階段があるはずだ。上の階に逃げても、追いかけられたら意味は無い。けれど、目眩しくらいなら…。

    「えむくん、こっちだ!」
    「はいはーい!」
    「っ、……はぁ、…ふ、ふたりとも、…っ、…はやい……」
    「寧々、もう少し頑張っておくれ…!」

    えむくんの速度に合わせて走るのは寧々にとってはかなりキツイだろう。けれど、あの鳥に今追い付かれては勝ち目がない。なんとか階段まで先につかなければ…。
    バサッ、バサッ、と羽音が近付くのを聞きながら、全力で廊下を駆け抜ける。見えてきた階段に安堵して、二人に「急いで上へ上がって!」と伝えた。ぜぇ、ぜぇ、と息をする寧々の背を押して階段を駆け上がり、踊り場で一度立ち止まる。

    「えむくん、僕が合図したら、思いっきり叩いてくれ!」
    「うんっ!」

    階段に敷かれた長いカーペットの端を掴んで、階段の一番上から飛び降りる。タイミングよく階段の下まで来た鳥の上にカーペットごと落ちれば、鳥がカーペットの下敷きになる。「えむくん、今だっ!!」と大声で合図を送れば、えむくんがハンマーを振り上げて階段の上から飛び降りた。すかさず隣に避ければ、カーペットが徐々に燃えていく。そのままカーペットの上からえむくんが思いっきりハンマーを振り下ろした。
    ドゴンッ、と大きな音が辺りに響き、カーペットがぺしゃんこに潰れる。絵の具の広がった廊下に、はぁ、と深く息を吐いて座り込む。

    「……ありがとう、えむくん」
    「えへへ、上手くいったね!」
    「本当に、君がいてくれて助かるよ」

    ぱちん、とえむくんと手を合わせてへらりと笑う。階段の踊り場でこちらを心配する寧々にも手を振って、その場に寝転んだ。

    「……さすがに、疲れてきたかなぁ…」

    集中しすぎて頭が痛い。気が抜けない状況が長く続くというのも考えものだ。けれど、まだえむくんのそっくりさんが残っているから、そろそろ彼女も追い付くんじゃないかな。
    ゆっくりと息を吐いて、大きく吸う。よし、と意気込んで勢い良く起き上がれば、廊下の方から大きな音がした。

    『あれ〜? まだ動けちゃうの?』
    「……そろそろ幕引きと行こうか」
    「ぱぱぱーんって派手にやっちゃお〜!」
    「わたしも、まだ歌えるよ」

    大きな虎に跨った えむくんのそっくりさんが、顔を顰める。動物を次々に呼び出せる能力というのは本当に羨ましいね。けれど、彼女との戦いはここで幕を下ろして、早く次の演目に向かわないと。

    「行くよ、えむくん!」
    「はーいっ! いっくよー! ウルトラアターック!!」

    高くジャンプしたえむくんが、ハンマーを振り下ろす。それを軽々と避けた虎は、えむくんのそっくりさんを乗せたまま僕の方へ向かってきた。刀を引き抜いて身構えれば、寧々の歌が後方から聴こえてくる。体が自然と温かくなり、不思議と力が湧いてくる。
    突進してくる虎の首を狙って刀を振れば、咄嗟に足を止めた虎が後ろへ飛び退く。そこへすかさず えむくんがハンマーを振り落とした。ドンッ、と大きな鈍い音を立ててハンマーが床に叩きつけられる。素早い身のこなしで僕らの攻撃を避ける虎は、また僕の方へ向かってきた。前足を振り上げた虎の爪を、刀で受け止める。ギッ、ギリッ、…と金属が摩れる音が辺りに響く。

    「っ……、寧々、…もう少し、声は出るかい…?!」

    僕の言葉を聞いて、寧々が歌う声を大きくしてくれた。
    予想通り、均衡していた力の差が少しづつ僕の方へ傾き始める。寧々の歌には、特殊効果のようなものが含まれているのかもしれない。それが想いなのか、歌う歌によって違うのかはまだ分からないけれど、今はそれで十分だ。
    大きく息を吸い込んで、虎の腕を押し返す。後ろへ傾いたその一瞬の隙を狙って、刀を振り切る。ザンッ、と浅く首に刀が入り、絵の具が びしゃっ、と床に血飛沫のように飛び散った。痛みで動けなくなる虎の後ろから、タイミング良くえむくんがハンマーを振り下ろした。

    『っ……』

    間一髪で躱したえむくんのそっくりさんが、床に手をついてくるりと半回転し、着地する。アクロバティックな動きに、えむくんが「おぉおおお!」と楽しそうな声を発した。絵の具に戻った虎は、もう出てこない。あとは、本体を叩くだけだ。
    ぶん、と刀を一度振り、刀身に付いた絵の具を払う。じっと僕らを見るえむくんのそっくりさんは、悔しそうにその顔をくしゃりと歪ませた。

    『もうー! 邪魔ばっかりするなら、司くんに言いつけちゃうんだからっ!!』
    「言いつけるって…、子どもじゃないんだから……」
    『司くーんっ! 皆が意地悪するよ〜!!』

    えむくんのそっくりさんが、突然両手を上げて大きな声で司くんを呼び始めた。僕の隣で、寧々が呆れたような顔をする。えむくんも、僕らの方に戻ってきた。「どうしようか?」と首を傾げるえむくんに、僕も苦笑してしまう。ここで倒さなければ先に進めないだろうし、意識が逸れている今がチャンスなのだと思う。けれど、仮にもえむくんのそっくりさんを不意打ちで倒すのも申し訳なさがある。倒さなければならないのだから、その方が良いのかもしれないけれど。

    (まぁ、また攻撃を仕掛けられる前に倒す方が良いかな…)

    二人にこれ以上怪我をさせたくは無い。まだ戦闘は残っていそうだから、無駄に疲れたくもないしね。
    刀の柄を強く握って、えむくんに「ここで待っていて」と一言残して前に出る。静かに、慎重に。
    ぐっ、と刀を握って振り上げたところで、聞き慣れた声が聞こえた。

    「…えむ、大丈夫か……?」

    パッ、と頭上から突然現われた司くんが、静かにそう口にする。子どもの姿の彼は、糸もロープも無いのにゆっくりと空中から降りてくる。とん、とまるで綿の上へ降りるかのように音もなく着地した司くんに、寧々が震える指を差した。

    「なんで、浮いて……」
    「………多分、あの司くんは僕らの探している司くんでは無いのだろうね…」
    「どういうこと…?」

    首を傾げる えむくんが、僕の方を見る。それに一つ笑って返して、えむくんのそっくりさんと共にいる司くんへ視線を戻した。

    「多分だけど、ここは、司くんが幼い頃に抱いた想いから出来た、彼のセカイの一部なんじゃないかな? だから、このセカイを創った頃の司くんが、その時の願いを叶えるために動いているんだと思う」
    「……つまり…?」
    「あの司くんは言わば精神体で、本物の彼は別にいるんじゃないかな」
    『せいかーい!』

    僕の仮説を聞いていたえむくんのそっくりさんが、パッと両手をあげる。と、どこからともなくクラッカーを鳴らすような音が聞こえた気がした。
    ぱちぱちと手を叩くえむくんのそっくりさんの隣で、幼い司くんもぱちぱちと拍手している。どうりで、“帰らない”と頑なに僕らを拒んでいたわけだ。

    (…それなら、このセカイを創った司くんの願いというのは……?)

    お客のいない遊園地。夢を体現するようなえむくんのそっくりさんが使う能力。それから、彼が持っていた人形…。青柳くんも、咲希くんも、きっと彼の想いに関わりがあると思うのだけど…。
    思い当たる節がない。咲希くんが元気でいるなら、彼の望みは何となくわかる。けれど、僕らが戦ったあの二人は、彼が二人に望むような笑顔ではなかった。
    それなら、他に何かあるのだろうか…。

    「…えむ、…怪我、したのか…?」
    『司くん、ぎゅーってして! そしたら、あたしもっともーっと、司くんの為に頑張れるよ!!』
    「………ん。えむ、頑張れ」

    ぎゅー、と僕らの目の前で、司くんが小さい体でえむくんのそっくりさんを抱き締める。それを呆気と見ていれば、横から寧々が僕の肩を掴んできた。
    「ちょっと、類!! 良いの?! 放っておいていいの?!」と慌てる寧々に、僕の方が驚いてしまう。良いも何も、話の流れからして、幼い司くんなりの激励なのだろう。僕らは二人にとって敵となるわけだから、劣勢である向こうを応援する気持ちも分かる。
    僕らの隣で、キラキラとした目を司くん達に向ける えむくんが、「良いなぁ…」と零した。その言葉に、寧々がムッ、と顔をしかめる。何故、寧々がここまでムキになっているのだろうか。
    首を傾げた僕の耳に、ボソッ、と呟く寧々の声が、たまたま聞こえてしまった。

    「……わたしの方が…」

    どこか、諦めが混じったような、悔しそうな声音だった。
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