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    ナンナル

    @nannru122

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    POIPOI 76

    ナンナル

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    俳優さんは、お弁当屋のバイトの子に避けられている。

    朝からぽちぽちしてた。どこをどの順で書けばいいのかなぁ、って迷走しながら書いてます。
    雰囲気で読み流して下さい|・ω・)

    メインディッシュは俳優さん以外テイクアウト不可能です!× 24(類side)

    『すみません、日曜日は先約があるので、お会いできません』

    その後に続く、『本当にすみません』の言葉に、気にしないで、と返す。これで三回目ともなると、さすがに避けられているのだと分かる。ぱたん、とスマホを机に置いて、ソファーに寝転んだ。月曜日の朝は、寧々が彼の家に行くので会えない。水曜日にお店へ漸く行けるようになったけれど、どこかぎこちない様子が続いていた。休みの日を見つけては、勉強を教えようかと提案してみているけれど、この回答だ。
    どうしたものか、と片腕で目を覆う。

    「少し強引に誘い過ぎただろうか…」

    まだまだ彼については分からないことが多い。
    真面目な性格をしているから、他人との同棲には抵抗があるのだろうか。嫌われてはいないと確信は持っているけれど、ここまで避けられてしまうとさすがの僕でも落ち込むかな。どうしたものか、と今後について考えるも、上手く思いつかない。

    「……バイト先で会っても顔は逸らされてしまうし、声も小さくて中々話も出来なかったな」

    いつも以上に目が合わない天馬くんの様子を思い出して、小さく息を吐く。いつも元気な挨拶も、小さな声になってしまっていた。顔を逸らして、ぎこちなく笑う彼は、どこか困っている様子にも見えた。原因は僕なのだろう。もしかしたら、卒業後に一緒に住もうと誘ったからかな。あの話をしたのが、ひと月ほど前だ。その辺りから彼の反応が少し変わった気がする。
    やっぱり、彼が僕に少なからず好意を持ってくれているからと、少し強引に誘い過ぎたのかもしれない。寧々にも気を付けるよう言われていたけれど、素直に聞いておくべきだったかもしれないね。
    かち、かち、と時計の秒針の音をぼんやりと聞きながら目を瞑った。

    「…ん……」

    突然鳴り出した軽快な音で、目を開ける。ディスプレイ画面には、『寧々』の文字が表示されていた。スマホをとって応答すると、機械越しに寧々の声が聞こえてきた。「やぁ、寧々」と声をかけると、寧々はいつもの調子で話し出す。

    『類、明日の午後なんだけど、急遽打ち合わせが一つ追加になったから』
    「おや、明日の午後は寧々も会議があると言っていなかったかい?」
    『そう。だから、行きは打ち合わせ場所の喫茶店まで送るけど、帰りは一人で帰ってくれる?場所はそこまで遠くないから』

    仕事の連絡だ。明日、寧々は事務所の会議でいない。その為午後は僕もオフの予定だったのだけど、急遽仕事が入ってしまったらしい。今度行われるドラマの打ち合わせとかで、同じ出演者のキャストも交えて話し合うようだ。いつもは、僕の仕事は全て寧々が同伴している。というのも、僕一人では頼りないという事と、何かトラブルが起こると困るから、だそうだ。我が幼馴染ながら、過保護だとは常々思う。お陰で、面倒事はいつも寧々が解決してくれているけれどね。

    「分かったよ。それが終われば、他に仕事はないんだよね?」
    『うん。でも、天馬くんに会いに行く、とかならそろそろ控えなよ。またあのお店が騒がれたりしたら、向こうに迷惑かかるんだし』
    「ふふ、耳が痛いなぁ。これでも日々我慢しているのだけどね」
    『はいはい。いい大人が、あんまり子どもをからかって泣かせないでよ』

    寧々はそう言うと、通話を切ってしまった。音を発しなくなったスマホをテーブルへ置き直して、もう一度ソファーに転がる。寧々は相変わらず痛いところを突いてくるね。今まさに、天馬くんを困らせてしまっている事実に苦笑した。
    十歳程歳下の天馬くんは、まだ高校生だ。寧々の言う通り、子どもである。本来なら、大人である僕は、彼を護る立場にいなければならない。そんな僕が、彼を困らせてしまっている。

    「……寧々の言う通り、少し控えた方がいいのかもしれないね」

    次の日曜日も会えないと言われてしまったのだから仕方ない。来週の水曜日まで、そっとしておこう。もし、次に会う時も彼が困っているようなら、以前言った提案は無しにしよう。彼をこのまま困らせ続けるわけにもいかない。僕は、彼の傍にいたいだけなのだから。
    天馬くんには、天馬くんのペースがある。それを待つ方がいいのかもしれない。

    「もしかしたら、僕から言い出したから、断りづらいということもあるしね」

    保留と言ってくれた彼の優しさで十分だ。彼は自立をしたいと言っていたのだから、僕と一緒に暮らしては自立にならないと思っているのかもしれないしね。優しい彼のことだから、僕を傷付けない断り方を考えているかもしれないし、それも申し訳ない。なら、初めから無かったことにしてしまうのがいいかもしれない。天馬くんには、気にしないで、と次にあった時言おう。

    「………そうしたら、また、いつものように笑ってくれるだろうか…」

    キラキラした表情で笑う姿を、最近見られていない気がする。困った表情も可愛らしいけれど、僕は、あの笑顔が見たい。目を閉じて、脳裏に愛おしい笑顔を思い浮かべた。花が綻ぶ様な、満面の笑顔を。

    ―――

    「じゃぁ、類。終わったら連絡だけ入れといてね」
    「分かっているよ」

    車が停車したのを確認して、シートベルトを外した。鞄やスマホがある事を確認する僕に、寧々がピッ、と人差し指を立てる。

    「くれぐれも、周りには注意しなさいよ」
    「心配しなくても、彼を不安にさせるようなことにならないよう、気をつけるつもりだよ」
    「天馬くんを巻き込むのもやめなさいよ。程々に、迷惑かけないように!」
    「ふふ、そうだね。寧々も、会議を頑張ってきておくれ」

    バタン、と助手席を降りてドアをしっかりと閉める。まだ何か言いたそうにする寧々に手を振ると、彼女は溜息を一つ吐いてから車を発進させた。どんどん小さくなる彼女の車を目で見送って、喫茶店に入る。待ち合わせをしていると伝えると、奥の席へ案内された。そこには既に、何人かの人が集まっている。促されるまま、空いた席に座った。顔合わせの時に会った女性キャストが隣だ。確か、最近売り出し中の若手アイドルだったかな。
    正面に座る男性は、今回のドラマの監督だ。彼は、僕と挨拶を交した後、世間話を始めた。そんな監督の話に愛想笑いで相槌を打ちながら合わせる。そうして数分後、最後にスタッフが一人到着した。人数が揃った所で、打ち合わせが開始される。
    内容は主に、ドラマの撮影についてだ。

    「なので、ここはこう動いてほしいのだが」
    「この撮影は、ここを使おうと思っているので、当日は現地で――」

    スタッフと監督の説明を聞きながら、一つひとつメモを取る。後で寧々にしっかり伝えておかないといけないことも多かった。撮影場所が一部変更した事や、撮影日を増やせないか、という相談もあり、それは後日マネージャーを通すよう伝える。役の演じ方についても一部話があった。どうやら監督のこだわりがあるようだ。それについては、実際にやってみないことには分からない。
    打ち合わせは、思っていたよりも早く切り上げられた。ぞろぞろと監督やキャストが店を出ていく中、スタッフに引き止められスケジュールの確認をされる。寧々がいないけれど、ある程度は日程も覚えていたので、問題なくそれも終わった。会計はスタッフが支払った。そんなスタッフを残して、僕も店を出る。と、外はいつの間にか土砂降りの雨になっていた。

    「………そういえば、今日は降水確率が高いと寧々が言っていたね…」

    すっかり忘れていた。地面にはいくつもの水溜まりが出来ていて、店先のテントの下から出られない。タクシーを止めようにも、ここは少し大通りから外れていて、車通りが少なかった。扉の目の前では申し訳ないので、ほんの少し横へ避ける。

    「神代さん、お疲れ様です」
    「…おや、君は…お疲れ様」

    不意に声をかけられて隣へ顔を向けると、先程一緒に打ち合わせをしていた女性キャストがそこにいた。一緒にいたマネージャーを待っているのだろうか。ちら、と周りを見たけれど、彼女以外はいないようだ。この雨だから、駐車場に行って車で迎えにくるのかもしれないね。ザァザァと大きな雨音では、彼女の声が上手く聞こえない。笑顔で話しかけてくれているけれど、途切れ途切れになってしまっていた。

    「前回のドラマも見ました。私、神代さんのファンで…!」
    「ありがとう」
    「今回の撮影も、神代さんとご一緒出来て、とても嬉しくて」

    一歩づつ、彼女がこちらに近付いてくる。話がしづらいからだろう。けれど、なんとなく後退りながら距離をとった。ちら、と周りを見るけれど、やっぱり車が通る気配は無い。高い建物が並んでいて、人もあまり通っていない。ぱちゃ、と水野は寝る音がして、視線を戻した。すぐ近くまで来ていた女性が、僕の手を取る。

    「あの、雨はまだ止みそうにないので、お店でお話でもどうですか?」
    「すみません、急ぐ予定があるので、お先に失礼します」
    「え、あっ、…神代さんっ…!?」

    掴まれた手を軽く解いて、大雨の中に飛び出した。ゾワゾワとした気持ち悪さに唇を噛む。
    服が濡れて、重たくなっていくけれど、止まるわけにはいかなかった。大通りに出ても、大雨のせいか人は少ない。ここから電車で一駅ほどだ。けれど、このずぶ濡れの状態で電車に乗ると目立ってしまう。タクシーを捕まえるにしたって、座席が濡れてしまうから申し訳ないだろう。

    「…このまま走るしかないかな」

    ここまで濡れてしまっては、もう関係ないだろう。靴の中までぐっしょりと濡れていて気持ち悪い。家まではそれなりに距離があるけれど、走ればそんなに時間もかからないだろう。
    ばちゃ、と水溜まりも避けずに、僕は家まで走った。

    ―――
    (司side)

    「……………はぁ…」

    ぼす、と布団に寝転がり、スマホを胸に抱える。メッセージアプリには、『神代さん』の名前が表示されていた。前に勉強を教わった日から、また一緒に、と声をかけてもらっている。その誘いに対して、オレは適当な理由を付けて断ってしまっていた。神代さんからの誘いを断ったのは、これで三度目だ。天井を見上げたまま、もう一度溜息を吐いた。

    「………失礼な態度をとっているのは、分かっているのだがな…」

    神代さんに会いたくないわけではない。むしろ、誘って貰えたことは嬉しい。神代さんの教え方はとても分かりやすく、苦手な英語も神代さんが教えてくれれば覚えられる気さえしている。他の教科だって、きっと丁寧に教えてくれるだろう。優しい声音も、丁寧な説明の仕方も神代さんらしくて好きだ。
    なら何故断るかと問われれば、それはオレの問題だ。

    「……自惚れるな、天馬司、…神代さんは、歳下のオレにただ親切なだけだっ…」

    神代さんに優しくされる度に、勘違いしそうになる。自分の気持ちが、抑えきれなくなってしまう。ぐ、と胸元を握り締めて、唇を引き結ぶ。脳裏に浮かぶ神代さんの優しい表情が、ずっと消えてくれない。
    神代さんはオレに優しい。それはオレが歳下で、お気に入りのお店のバイトだったからだ。そう思い込もうと何度も思うのに、上手くいかない。神代さんの、たまにオレに向ける優しい瞳の色も、優しい声も、触れる手の熱も、全部オレを惑わせる。オレが特別なのだと、自惚れてしまいそうになる。いつか諦めると決めたのに、気持ちばかりが大きくなっていくのが怖くて仕方ないんだ。

    「期待した分…、現実に戻るのが、怖くなるだろう…」

    勝手に、オレが特別なのだと勘違いして、いざ神代さんの婚約者さんに会った時、裏切られた様な気持ちになるかもしれん。それが堪らなく恐ろしい。オレの隣にいてほしいと願ってしまいそうで、オレだけを見てほしいと叫んでしまいそうで、そんな自分の感情が恐ろしかった。
    もう、押さえ込もうとしても蓋が閉まらなくなりそうな程、神代さんに惹かれている。声を思い出すだけで、こんなにも胸が苦しい程高鳴ってしまう。あの綺麗な笑顔を思い浮かべるだけで、顔が熱でも出したかのように赤くなってしまう。スマホが鳴る度に、神代さんの名前を期待してしまう。バイト先の戸が開くと、神代さんが来たんじゃないかと、胸が自然と早る。そうして、期待した分気持ちが落ちて、自分が自分ではなくなっていくように感じるんだ。それではダメだ。

    「……もう少し、気持ちが抑えられるようになるまでは、…」

    スマホを強く握り、ごろんと寝返りを打つ。神代さんと少し距離をとればすぐに戻るはずだ。オレは、神代さんのファンの一人であり、ただの行きつけのお店のバイトなのだから。邪な感情は、奥へ押し込むんだ。
    それに少し時間をおけば、神代さんから頂いたルームシェアの話も消えるかもしれん。一時の迷いや社交辞令で、オレみたいな一般人とルームシェアなんて良くないしな。
    オレは、あの人に憧れた、ファンの一人に過ぎないのだから。

    ―――

    「うぅ…」
    「えむ、どうかしたのか?」

    目の前で朝からずっと項垂れているえむに問いかける。今はお昼休みだが、まだ悩みは解決していないようだ。じっとえむの返答を待っていると、困った様に眉を寄せたえむの顔が上げられた。

    「最近、お兄ちゃん達が、むむむー、ってお顔してるの」
    「そういえば、二人とも、店でも悩んでいる様子だったな」
    「どうしたのって聞いても、教えてもらえなくて…」

    肩を落とすえむは、本当に二人を心配しているようだ。確かに、ここ最近厨房で二人が考えている姿をよく見かける。新作のメニューか何かかと思ったのだが、えむの様子を見るにそうでは無いのかもしれんな。かといって、オレが口を挟むわけにもいかない。家族であるえむが教えてもらえないなら、オレは尚更だろうからな。

    「心配なのはわかるが、えむがそんな顔をしていては、二人も余計悩んでしまうのではないか?」
    「………うん…」
    「ならば、えむはいつも通り笑っていれば良いと思うぞ」
    「……うん…ありがとう、司くん」

    へら、とえむにしては力のない笑顔に、オレも笑みを返す。優しいえむの事だから、力になりたいのになれない事がもどかしいのだろうな。ぽんぽん、と軽く頭を撫でてやると、先程よりは嬉しそうな顔が返ってきた。残り少ないお弁当を口に放って、ゆっくり咀嚼する。

    「明日は少しだけシフトが入っているから、二人で何ができるか考えるか」
    「そっか!司くん、明日午前中だけ来てくれるんだよね」
    「平日に休みを多くもらっているからな」
    「えへへ、司くんと一緒にできるの、嬉しいな!」

    土曜日はあまりシフトに入っていない。というのも、えむが土曜日は大体入れるからだ。オレは平日に殆ど入っているため、土曜日休みが多い。けれど、今の期間は受験勉強で平日に休みをもらうようになったので、たまになら、と土曜日のシフトが入っている。半日ではあるが、オレとしてもバイトは楽しくやっているので、息抜きもかねてだ。それに、神代さんからの誘いを断る口実にも使ってしまっている。
    水曜日に会うときも、最近は緊張でぎこちなくなってしまっていた。感情が出ないように押さえ込もうとして、変な態度になってしまっているのも分かっている。顔を合わせづらくて、余計に神代さんからの誘いを断ってしまっている。
    ちら、とスマホに目を向けるも、画面は真っ暗なままだ。昨日の連絡以降、神代さんからまだ連絡はない。殆ど毎日の様になにかしら連絡が来るので、今日はいつ来るのかと期待する自分がいた。こういう所が、駄目なのだがな。普通、そこまで頻繁に連絡を取り合ったりしないというのに、それが当たり前になってしまっている。

    「………司くん…?」
    「あ、…すまん、えむ。少し考え事をしてしまって、聞いてなかった…!」
    「ううん、大丈夫。あのね、お兄ちゃんが、遊園地のチケットをくれてね」
    「……遊園地?」

    はい、と差し出された二枚のチケットを見て、目を瞬く。見覚えのある遊園地の名前に、神代さんの優しい顔を思い出してしまった。前に、神代さんと行った遊園地だ。えむは遊園地のチケットを指さして、にこにこと笑う。

    「司くんと、二人で行っておいでって」
    「そうか、二人にもお礼を伝えておいてくれ」
    「うん」

    空になったお弁当箱を片付けて、えむに向き直る。前に言った時は、人が少なくて乗り物に乗りやすかった。神代さんと見たショーが素晴らしくて、ずっと興奮していた気もする。観覧車に二人で乗って、あの日はクリスマスだったから、神代さんからプレゼントを貰ったのだったな。神代さんみたいな役者になりたいと、あの時、神代さんに言ったんだ。嬉しそうに笑ってくれた神代さんに、抱き締められたのも思い出して、ぶわ、と顔が熱くなる。思えば、神代さんは結構前からあぁいうスキンシップが多かった気もするな。
    ぱたぱたと手で熱くなった顔を扇いでいれば、えむが少しだけ首を横へ傾ける。

    「もうすぐ無くなっちゃうのは寂しいけど、いっぱいいっぱい、楽しもうね」
    「……なくなる?」

    ほんの少し寂しそうに眉を下げたえむの言葉を聞いて、オレは目を瞬いた。そんなオレに、えむは一瞬キョトンとした顔をする。

    「あの遊園地、もうすぐ閉園しちゃうんだよ」
    「え…」
    「今は映画の撮影があるから、残ってるんだって、お兄ちゃんが言ってたの」
    「…そ、ぅなのか…」

    確かに人があまり来なくなったと、神代さんも言っていた。だが、閉園してしまうのか。それは、なんだが寂しいな。もしかして、神代さんは知っていたのだろうか。知っていたから、閉園する前にオレを連れて行ってくれたのか。あの、素晴らしいショーは、もう見られないのだろうか。
    あの日を思い返すと、閉園するという事実に胸の奥がもやもやとしてしまう。あんなにも楽しかったというのに、勿体ないな。遊園地の維持にはお金がかかるのだろう。それも分かっているのだが、神代さんとの思い出の場所が一つ消えるのだと思うと、寂しいと思ってしまう。

    「あたしも、あの遊園地はおじいちゃんと良く行ったから、無くなっちゃうの寂しいんだ」
    「……そうだな」
    「だからね、最後は司くんといーっぱい楽しい思い出作って、笑顔でばいばいしなきゃね!」
    「………あぁ」

    えむの笑顔に、オレは笑って返した。
    えむは強い。誰にでも優しく、いつも笑顔で周りを安心させる雰囲気がある。えむのそういう所が、オレは一等好きだ。そんなえむが笑ってさよならをすると決めたなら、オレも、目一杯楽しまなければならんだろうな。

    「楽しみだな、えむ」
    「うんっ!」

    笑顔で頷いたえむにオレも笑顔を返す。その後は、遊園地に行く日を二人で話しあった。

    ―――
    (類side)

    「………あたま、いたぃ…」

    ガンガンと頭を何度も殴られるような痛みに、手で額を抑える。雨の中を走って帰ってきたのが数時間前だ。急いで着替えて、疲れたままお風呂が湧くのを待っているうちに寝てしまったようだ。外は真っ暗になっていて、体を起こそうとしたら強い頭痛に襲われた。ソファーで寝てしまったのも悪かったようだ。寒くて仕方ないのに、頭がぐらぐらと揺れて暑い気もする。汗でべっとりと張り付く服が気持ち悪い。喉も乾いていて、声が上手く出ない。ふらふらした足取りで冷蔵庫まで向かおうとするも、途中で膝をついてしまった。

    (……やってしまった…)

    体調管理には気をつけていたけれど、久しぶりに気を抜いたな。明日は土曜日で仕事もある。このまま寝て、明日熱が下がるとは思えない。そもそも、解熱剤がこの家にあっただろうか。ガンガンとした痛みのせいで、ろくに頭が回らない。フローリングの床が冷たくて気持ちいい。そのまま寝てしまいそうになる意識をなんとか保って、近くに視線を向けた。確か、テーブルの上にスマホを置いた気がする。腕に力を入れてなんとか上体を起こし、テーブルへ向かった。ぺた、ぺた、とテーブルの上を探るようにしてスマホを手に取ると、時刻は十時になろうとしていた。

    「……ねね、に、…れんらく…」

    夜遅いから、寝ているだろうか。いや、彼女ならまだ起きているはずだ。明日は午前中に打ち合わせがあった気がする。寧々が朝早くに迎えに来るとは言っていた。朝早いなら、寝ているだろうか。寧々は家でも仕事をしていたから、遅くまで起きていることも多いと思ったけれど…。思考がぐちゃぐちゃと混ざりあって、上手く回らない。見慣れたメッセージアプリをタップして、一番上の名前を押した。すぐに開いたメッセージ画面に、震える指で打ち込む。視界がぐにゃぐにゃと歪んで見えて、文字を打つのも一苦労だった。すまない寧々、薬を持ってきてくれないかい、と予測変換も使って何とか打ち込む。
    ぽこん、と送信された音がして、床に寝転んだ。もう頭を上げるのすら億劫だ。このまま寝てしまいたい。湿った髪の感触が気持ち悪くて、そっと手で前髪を払う。汗がじっとりと滲んでいて、ベタベタした。

    「………はぁ…」

    溜息を一つ吐いた所で、スマホが光った。メッセージ欄を見ると、『どうしたんですか?』と問い返されている。あぁ、薬が何の薬か伝わらなかったのか。目頭がズキズキとして、喉が乾いているせいかヒリヒリする。声を出そうにも、枯れていて声は出せそうにない。電話で伝えるのは難しそうだ。仕方なく、もう一度メッセージ欄に文字を打ち込んだ。頭痛と熱、仕事は休む。そう打ち込んで、スマホを閉じた。瞼が重くなって、意識が遠のいていく。ガンガンと痛む頭を手でおさえると、少しだけマシになった様な気がしてしまう。

    ―――

    「………ん…ぅ、るさ…」

    鳴り響くチャイムの音と、ドアをノックする音で目が覚めた。音が響いて、頭がガンガンとする。鍵がかかっていて、入れなかったのだろうか。寧々なら、合鍵を持っていたはずだけど、夜中に呼んだから忘れたのかな。スマホがずっとチカチカしていて、何故か着信も来ているようだった。多分寧々だ。ふらふらとした足で、何とか立ち上がる。通話に出るのは後回しにして、壁をつたうようにして玄関に向かった。尚も鳴り続けるチャイムの音が煩くて、余計に頭が痛い。声が出なくて、「ちょっと待っておくれ」と言う事も出来ない。ぺた、ぺた、と一歩一歩が重たい足を何とか進めて、玄関に辿り着いた。靴を引っ掛けるのも面倒で、そのまま扉まで行く。鍵に指をかけて、解錠した。バンッ、と勢い良く扉が開いて、目の前で金糸が揺れた。

    「神代さん、大丈夫ですかっ…?!」
    「……ん、ぇ…、…てん、ま、くん…?」
    「すごい汗じゃないですか、…と、とにかく一度着替えないとっ…!」
    「…まって、……え、…なんで…?」

    ガチャン、と扉が閉まって鍵が締まる音がする。何故彼がここにいるのか、理解できなくて、目を瞬いた。けれど、そんな僕に構わず彼は靴を脱いで家に上がる。僕の腕を肩に回して支えてくれると、そのまま奥へ向かっていく。

    「一応薬と、スポーツドリンクとか、色々持ってきたんです」
    「………あ、りがとう…?」
    「冷却シートもありますが、まずは着替えて汗を軽く拭きましょうか」

    寝室の場所を聞かれ、部屋を教えると、彼はそちらに向かっていく。ベッドの縁に座るよう言われ、大人しく従った。着替えはタンスの中だと伝えれば、彼は着やすそうなものを見つけて手渡してくれる。持ってきてくれた荷物の中からタオルを出した彼は、それを台所で軽く濡らすと、それを僕に手渡した。

    「ベタベタすると気持ち悪いので」
    「ぁ、…うん…」
    「一人で着替えられますか?背中も軽く拭きますね。それから、水分もしっかりとって、薬も飲みましょう」
    「……………」

    手慣れた様子で動く彼に呆気としてしまう。濡れたタオルで背を拭かれるのは気持ちが良かった。手渡されたタオルで軽く顔を拭って、首や胸元も拭う。汗で濡れたシャツを着替えると、幾分かスッキリした。手渡されたスポーツドリンクで解熱剤を流し込む。喉が渇いていたこともあり、一気にペットボトルの中身を流し込んだ。
    その後、天馬くんに横になるよう促され、ベッドに横になる。額に冷たい冷却シートが貼られると、ひんやりして気持ちがいい。頭痛は全然治まらないけれど、先程よりは全然楽だった。

    「…すまないね、…ありがとう」
    「いえ。お腹は空いてますか?どこか痛いところとかありますか?」
    「……だいじょうぶ、だよ…」

    ぐらぐらとまだ思考が揺れている。気を抜いたら、寝てしまいそうだ。けれど、せっかく天馬くんが来てくれているのに、眠るわけにはいかない。なんとか意識を保とうとすると、手に柔らかいものが触れた。ギュッ、と優しく握られて、揺れる視界が天馬くんを映す。

    「でしたら、今はゆっくり寝てください。起きたら、何か食べましょう」
    「…………ん…」
    「おやすみなさい、神代さん」

    天馬くんの優しい声に自然と気持ちが落ち着いていく。ふわふわと、意識が微睡んでいき、僕はそのまま意識を手放した。
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    Replies from the creator

    ナンナル

    CAN’T MAKE銀楼の聖女

    急に思い付いたから、とりあえず書いてみた。
    ※セーフと言い張る。直接表現ないから、セーフと言い張る。
    ※🎈君ほぼ居ません。
    ※モブと☆くんの描写の方が多い。
    ※突然始まり、突然終わります。

    びっくりするほど変なとこで終わってます。なんか急に書き始めたので、一時休憩も兼ねて投げる。続くか分からないけど、やる気があれば一話分だけは書き切りたい( ˇωˇ )
    銀楼の聖女『類っ、ダメだ、待ってくれっ、嫌だ、やッ…』

    赤い瞳も、その首元に付いた赤い痕も、全て夢なら良いと思った。
    掴まれた腕の痛みに顔を顰めて、縋る様に声を上げる。甘い匂いで体の力が全く入らず、抵抗もままならない状態でベンチに押し倒された。オレの知っている類とは違う、優しさの欠片もない怖い顔が近付き、乱暴に唇が塞がれる。髪を隠す頭巾が床に落ちて、髪を結わえていたリボンが解かれた。

    『っ、ん…ふ、……んんっ…』

    キスのせいで、声が出せない。震える手で類の胸元を必死に叩くも、止まる気配がなくて戸惑った。するりと服の裾から手が差し入れられ、長い爪が布を裂く。視界の隅に、避けた布が床へ落ちていく様が映る。漸くキスから解放され、慌てて息を吸い込んだ。苦しかった肺に酸素を一気に流し込んだせいで咳き込むオレを横目に、類がオレの体へ視線を向ける。裂いた服の隙間から晒された肌に、類の表情が更に険しくなるのが見えた。
    6221

    ナンナル

    DOODLE魔王様夫婦の周りを巻き込む大喧嘩、というのを書きたくて書いてたけど、ここで終わってもいいのでは無いか、と思い始めた。残りはご想像にお任せします、か…。
    喧嘩の理由がどーでもいい内容なのに、周りが最大限振り回されるの理不尽よな。
    魔王様夫婦の家出騒動「はぁあ、可愛い…」
    「ふふん、当然です! 母様の子どもですから!」
    「性格までつかさくんそっくりで、本当に姫は可愛いね」

    どこかで見たことのあるふわふわのドレスを着た娘の姿に、つい、顔を顰めてしまう。数日前に、オレも類から似たような服を贈られた気がするが、気の所為だろうか。さすがに似合わないので、着ずにクローゼットへしまったが、まさか同じ服を姫にも贈ったのか? オレが着ないから? オレに良く似た姫に着せて楽しんでいるのか?

    (……デレデレしおって…)

    むっすぅ、と顔を顰めて、仕事もせずに娘に構い倒しの夫を睨む。
    産まれたばかりの双子は、先程漸く眠った所だ。こちらは夜中に起きなければならなくて寝不足だというのに、呑気に娘を可愛がる夫が腹立たしい。というより、寝不足の原因は類にもあるのだ。双子を寝かし付けた後に『次は僕の番だよ』と毎度襲ってくるのだから。どれだけ疲れたからと拒んでも、最終的に流されてしまう。お陰で、腰が痛くて部屋から出るのも億劫だというに。
    6142

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    MOURNING※死ネタるつ※
    従者or錬金術師×王様みたいなかんじ
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    俺の語彙力で伝わるとは思えないので補足をさせていただくと、
    「王様つかは不治の病に侵され危篤状態。呼吸マスクを付けなんとかつないでいる状態での、恋人の類と最後の逢瀬であった。
    もう満足に呼吸器が働かない体で呼吸マスクを外すということは死を意味する。そんな中でつかはるいに終わらせてもらうことを選ぶ」
    みたいな話
    「本当に、よろしいのですか?」
     いつになく深刻な声色で重々しくオレに尋ねる類。類の両手に収められたオレの手が強く包み込まれる。
    「もちろん、だ……。おまえ、に、なら」
    「ふふっ、恋人冥利に尽きます……」
     耳元で響く声は笑っている。霞み揺れる視界では、類の顔を詳細に捉えることができないが、長い間聞き続けてきた声だ。類の心の機微に気づけないオレではない。
    「僕がこんなことしたとばれたら、冬弥くんたちに怒られてしまうかもしれませんね」
     口調はいつも通りなのに、心なしか指が震えているような感触がする。酷なお願いであることは重々承知していた。でもやはり、このままいつ目覚めるかわからない状態で眠り続けるより、ほかの誰でもない、類の手で眠りたかった。
    975