初めてのイギリス旅行。せっかくなら幽霊を撮りまくりたいなと思って適当にシャッターを押していると、首無し幽霊がレンズに写った。
念の為ファインダーから顔を離してカメラを向けていた方を見てみるけど、立派な建物があるだけで、他には何もない。
嘘。同じツアーの参加者はいる。どこかの国の観光客も。
液晶モニターを見ながらカメラを動かしてみても、やっぱり写っているのは人だけだった。
もう一度ファインダーを覗き込むと、昔風の白いシャツ? と黒いタイツの……多分体つきからして、成人男性の首無し幽霊が立っている。肉眼で見ると、何もない。ファインダーを通すと、やっぱり、いる。
やっべ。マジで幽霊撮れちゃった。
テンションが上がり、無心でシャッターを押していると、どこからともなく呆れたような声が聞こえてきた。
「おい、あれに着いて行かなくていいのか。置いていかれているぞ」
「え? だめ、困る」
慌てて連れを探すと、こっちを構うことなくすたすたと歩いていってしまっている。
困るよ、困る。本当に困る。日本から遠く離れた海外、初めて足を踏み入れた土地。引きずり回しの刑と呼べるようなスケジュールの中、団体から離れたら合流できる気がしない。
慌てて走って追いかけ、おかしなことに気付いて、慌てて走って戻る。
「聞き間違いじゃなければ、今、喋ってました? え? 幽霊が? 首が無いのに? え? マジで? 首が無いのに? これが本当のどの口でってやつ?」
カメラで覗きながら幽霊に詰め寄ると、幽霊はどことな〜くイラついたような呆れたような雰囲気を醸し出して胸の前で腕を組み、肩を上げ下げした。これは絶対ため息だ。間違いない。首無し幽霊のため息、激写。
「幽霊さん、幽霊さん、いつからここに居るんです?」
「さぁ、知らん」
「えー、じゃあ名前は? 歳はいくつ? いつの時代の人? てかラインやってる?」
「ライ……何語だ、それは。いや、それよりも、悠長に話していていいのか」
「えーん、だめ。迷子、困る。帰れない、死ぬ」
「なら、さっさと行け」
「でも会話できる幽霊なんて見逃せねえ〜!」
「……」
あぁ、なんだか空気が冷たい。それは土地柄の天気のアレじゃなくて、幽霊が本気出したヤツだ。幽霊に顔があったら、絶対睨まれてるんだろなぁ。そんな痛さを感じるもん。
もしかして呪われちゃうかも、と危機感を覚えてカメラを幽霊から外す。
「じゃあさ、幽霊さん。首は? なんで首が無いの? 教えてくれたらもう行くからさ、みんなとはぐれる前に教えてよ」
もう写真は取らないよ、と態度で示したくて、レンズを地面に向けたまま、十字キーの表面を指の腹でなでる。
我ながら自分勝手なお願いだな、とは思うけど、以外にも優しい幽霊は、ぼそりと「捧げたからだ」と教えてくれた。
「魂とともに、あの人に捧げた」
「……ほぉん?」
何か良さげなこと言ってるっぽいけど、さっぱり分からん。
おーい。と遠くから呼びかける声がして振り向くと、連れが離れた場所から手を振っていた。
「やっべ! えーん! 待って!」
置いていかれる寸前だ。
大声で返事をして、幽霊に別れを告げるべくカメラを向ける。だが、辺りを探しても首の無い幽霊の姿は見つからなかった。
白昼夢でも見ていたのだろうか。
ぽかんと口を開けて硬直していると、連れの怒った声が飛んできた。
「早く! 置いてくって言ってんだろが!」
「待ってよー! 幽霊! 幽霊がいたんだよ! 話してたの! マジで! 本当に!」
置いていかれたくないし、怒られたくないが、今あった出来事は何がなんでも伝えたい。
一刻も早く写真を見せたい思いで駆け寄っていくと、生暖かい風が足元を通り抜けていった。