プレゼントは取り決めたわけではないが、月に二度、歳の近い縁者でビデオチャットが開かれる。
各々アルコールや軽食を準備し、近況報告とも言えぬ雑談を交わすのは、それほど悪いものでもなかった。
参加が義務付けられているものではないので、仕事に追われていれば顔を出さない日もある。
咎められることはない。
不都合があるとすれば、後日、参加したランカスターのエドワードから自慢げにリチャードの様子を語られることくらいだ。
公言していないが、バッキンガムとリチャードが深い関係にあることは縁者ならば大体が察している。
何処そこのワインを飲んでいた、俺の言葉に笑っていた、など、心底どうでもいいこと(ワインメーカーは多少気になる)だが、自分の知らないリチャードを知っている男が存在すると思うだけでどうにかなりそうになる。
二人で通話を繋げた夜、つい弾みで愚痴をこぼしてしまったバッキンガムにリチャードは少し困った顔で笑った。
「なら仕事が片付いてから来ればいい。アンとエドワードが落ちても繋いでおく」
「あんたが疲れるだろう。何時になるかわからんぞ」
「構わん。だが、あまり待たせるなよ?」
「……善処する」
根本的な解決には到底至らないが、リチャードからの確かな愛を感じ、バッキンガムは甘く滑らかな白絹の微笑を熱く見つめた。
「もうすぐ九月だな」
夜も更け、昼間とは異なる静寂が満ちる部屋に、低く柔らかい声が響く。
つい先ほどまで酩酊に近いほろ酔いの声を耳にしていたせいが、落ち着いた物言いがひどく心地よく感じる。
空になったグラスにワインを継ぎ足そうと視線を逸らしていたパソコンの画面を見ると、瞼を閉じて頬杖をつくリチャードの姿が目に入った。普段よりも血色がよく、アルコールが回っているのだと一目でわかる。
バッキンガムがビデオチャットを繋いだのは一時間ほど前だが、リチャードはアン・ネヴィル、ランカスターのエドワードらと共に数時間前から酒を交わしていたようだった。
「そうだな。それがどうかしたか」
急な脈略のない話は相手が酔っている証拠でもある。珍しく過ぎたのかとアルコールに溶けた顔を眺めていると、姿をあらわしたふたいろの瞳はバッキンガムを捉えてすっと細く笑った。
「誕生日がくるだろう? 昔は八月になるとすぐに覚えているか確認してきたじゃないか。おかげで、前の月どころか夏になると思い出す。あの時のお前はしつこかった」
「あんたが一度で『覚えている』と言わないからだ」
懐かしむ声を聞きながらバッキンガムはグラスを傾け、のどを潤した。
誕生日のひと月ほど前からリチャードと顔を合わせるたびに確かめたことは鮮明に覚えている。鬱陶しそうな顔をされても、あの涼やかな口から「お前の誕生日だろう」と聞くまで何度も繰り返し訊ねた。
プレゼントが欲しかったのでも、祝ってほしかったのでもない。
ただ、覚えているのか。それだけが知りたかった。
確かめることで誕生日前後にリチャードからプレゼントを贈られたこともあった。こどもからこどもへ渡すささやかなものだったが、強請ったつもりはなかっただけに、子供心に罪悪感が芽生えたものだ。貰えるものは何であれ受け取ったが。
「いつから聞かなくなった」
「さあ、覚えていない」
「もう聞かないのか?」
「しつこいと言われるのはごめんだ」
「言われても止めなかったくせに」
「子供のすることだからな」
都合のいいことを言う、と笑ってリチャードはなにか考えるように目を伏せた。
画面の下部に目を落とすと、表示されている時刻は日付を超えている。
以前はエドワードが船を漕ぎ、アンが妹に飲酒を止められると通話は終わっていた。だが今は遅れて参加するバッキンガムのために二人が退出してもリチャードが繋いでいてくれる。
負担にならぬよう僅かな時間のつもりではいるのだが、気が付けば一二時間奪ってしまうこともある。
前回繋いでいたときも長い間拘束してしまった。今日はもう終えた方がいいだろう。
頬に影を作る長い睫毛を見るともなしに眺め、名を呼ぼうと口を開くと、それより先にリチャードがバッキンガムの名を呼んだ。
「ヘンリー」
通称ではなく本当の名を甘い声で囁かれ、一瞬心臓が大きく脈打つ。
「もうすぐお前の誕生日だぞ」
「ああ、そうだな」
眠たげな口調で念押しのように繰り返される。
覚えていてほしいと期待した子供時分の願いは叶ったが、酔いだけではなく眠気をまとった双眸が気にかかる。
「遅くまで付き合わせて悪かった。もう寝てくれ、切るぞ」
「プレゼントに何か欲しいものはないのか」
「ねだるほどガキじゃない。それより今はあんたが船を漕いだ弾みでデスクに頭を打たないか不安だ」
「そこまで意識朦朧とはしていない。そんなことはいいから、ねだれ」
「あいにく、欲しいものはない。残念だがな」
「なくてもいい。いいからねだってみろ。お前の望むもの、何でもくれてやる」
まるでパトロンか好色爺の物言いだ。バッキンガムは苦笑を押し隠してワインを一口飲んだ。
欲しいものは手に入った。『すべて』ではないが満足はしている。それ以上を望むのは無理だと割り切っていた。
恐ろしい誘惑に戸惑いが生じて、グラスを持つ手が汗ばむ。
バッキンガムの動揺を見抜いてか、リチャードは悪魔の如く妖艶な笑みを浮かべた。
「俺に、上手に、ねだれるだろう?」
「もちろん、あんたがそうしろと言うならな」
返す言葉はイエスしかない。
即答したバッキンガムにリチャードは満足げに頷き、小さなあくびをもらして「ねむい」と言った。