Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    ogetaro3

    @ogetaro3

    @ogetaro3

    オゲです。ぴくしぶの供養作品置き場。オゲが恥ずかしくなって消してしまった作品の墓場である。たまにここにも載らず、人知れず焼却処分されたやつもある。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 23

    ogetaro3

    ☆quiet follow

    煉炭アイドルパロ。を書いてみたものの、長ーくなった割にそんなにウケはよくなかったやつ。確かに、話を広げた割にだったわ、とは思うね。本当だとこの話、倍の長さになる予定だったけど、書かなくてよかった~って思うわ(笑)。

    こんなエロくもない、唐突に話が進むやつでも、読んでくれてありがとう。
    ホント当時いいねくれた方には感謝しかないです。

    星を求めて竈門炭治郎は、First quarter moonというグループで、アイドル活動をしている十八歳である。今日もコンサート終了後、一人楽屋でミネラルウォーター片手にうな垂れていた。今日のコンサートも客は定員の半分程度しか入っておらず、グループの仲も最悪な状態になっていた。
    デビューした最初のうちは爆発的に売れたのだが、あっという間にトップから転落。いわゆる、一発屋というアイドルグループになっていた。今では、あとから出た後輩達の方が売れてしまっている有様だ。ここのところ、ステージ終わりに仲間ともほとんど会話を交わさなくなり、もうそろそろFirst quarter moonも終わったな、と世間から言われ始めてもおかしくない状況だった。
    誰かが楽屋のテレビを消し忘れていたようで、歌番組がながれていた。それをちらりと見ていると、憧れの先輩グループのPillarsがテレビに映っていた。Pillarsといえば、知らない人はいないほどの超人気アイドルグループで、炭治郎達の底辺グループとは天と地ほどの差があった。炭治郎はキラキラと輝くその姿を、羨ましく見ることしかできなかった。

    次の日、炭治郎がいつも通り事務所へ入ると、オーディションのお知らせが貼られている掲示板の前がやけにざわついていた。気になって見に行くと、そこには(Pillars臨時メンバー募集)と書かれた紙が貼られていた。
    一体何事かと思っていたら、炭治郎の担当マネージャーの後藤が声を掛けてきてくれた。

    「炭治郎、やっぱりお前もこれに興味あるのか?」
    「いや…、今、初めて知りました。臨時募集って何かあったんですか?」

    すると、後藤はびっくりした様子で炭治郎に聞き返してきた。

    「え⁉ 昨日あれだけ報道されていたのに、お前知らないのか? Pillarsのメンバーのギルさん、家族が入院してしまって、その看病するから一年間仕事休みにするって報道で持ち切りだぜ」
    「え⁉ そうなんですか⁉ 昨日はすぐに寝てしまっていたので、知らなかったです」

    昨日のステージ終わり、家に帰ったあとは精神的に疲れてしまっていたので、スマホも何も確認せずに寝てしまっていた。大好きなグループの欠員の報道に驚いていると、後藤がニヤニヤしながら話だした。

    「で、どうするんだ? オーディション来週から始まるらしいぜ。確か炭治郎、お前Pillarsのキョウさん大好きだったよな? オーディション受けるなら、手配してやるぜ?」
    「まぁ、確かにこんなチャンスは二度とないですけど…、それでも今のグループでの活動がありますから!」

    そう告げると、後藤は呆れた様子で炭治郎に言った。

    「いや、お前、これだけのチャンス逃すつもりか? というより、もう今のグループは先がないぞ。そんな先のないグループにしがみつかずに、こっち行けって。俺が手配しといてやるから! な! お前だって大好きなキョウさんと一緒にステージ立ちたいだろ?」
    「それは…、まぁ、そうなんですけど…」

    炭治郎は何とも複雑な気分になった。Pillarsのキョウさん、といえば、炭治郎がこの世界を目指すきっかけになった人物である。

    炭治郎がまだ幼い頃、子役として現在とは別の事務所に一時期だけ通っていたことがあった。そこで出番が来るまでの待ち時間、その事務所の練習生だったキョウさん(その当時は本名の煉獄さんと呼んでいたのだが)にずっと遊んでもらっていたのだった。その当時、まだ芸能界なんて興味のなかった炭治郎は、事務所でダンスや歌の練習している煉獄をみて、何故毎日こんなに頑張っているのかずっと不思議に思っていた。ある日、煉獄と遊んでいる最中にどうしていつもそんなに頑張っているのか聞いてみたことがあった。

    「煉獄さんはどうしていつもダンスや歌の練習を頑張ってるの?」
    「それは…、将来トップクラスのアイドルになるためだな!」
    「アイドル?」
    「そう、歌って踊れるアイドルだ!ステージ上で、誰よりも一番輝く星になるんだ。カッコいいだろ?」
    「わー!いいな! じゃあ、炭治郎もアイドルになるー! アイドルになって、煉獄さんの隣で歌って踊るんだ。そしたら、一緒に輝けるでしょ?」
    「それじゃあ、炭治郎、約束だ。俺は先にトップアイドルになっているから、早く君も来るんだぞ。その時は一緒に歌おう!」
    「わかったー!」

    このあと、すぐに炭治郎は子役をやめてしまっていたため、煉獄と会う事もなくなってしまった。

    こんなことも大昔にあったなぁと、炭治郎は過去を振り返り、遠い目になっていた。幼いころの炭治郎は簡単にトップアイドルになると言っていたが、底辺アイドルをやっている今はとてもでないがそんな事を言える状態ではなかった。

    「とりあえず、来週のこの日、お前の予定空けとくな。オーディションの書類もだしといてやるから、絶対行くようになー」
    「え、ちょっと!俺まだオーディションに参加するとは…」
    「まぁまぁ、とりあえず、出るだけ出てみなって」

    そう言いながら、後藤はどこかへ颯爽と消えていった。


    それから数日後、次のコンサートの練習のためにFirst quarter moonのメンバーで集合していたのだが、相変わらず空気は重たかった。そんな中、メンバーの一人が炭治郎に、突っかかってきた。

    「お前、Pillarsのオーディション受けるんだってな? もし受かったらこっちはどうするんだよ?」
    「それは…、まだ受かってもないんだから、今別に決めなくてもいいだろ」

    ついつい、炭治郎もイライラして言葉が荒くなってしまう。

    「いや、それじゃ困る。そもそも、お前最近練習自体全然やる気ないじゃないか。もういっそのことこのグループ辞めたらどうだ?」
    「はぁ?お前何言って…」

    炭治郎は言い返そうとしたが、周りの冷めたメンバーの目を見てやめてしまった。この時、もはやここまで自分はこのグループに必要ない存在となっていたのかと驚きすら覚えた。

    「わかった…、マネージャーにやめるって伝えとくよ…」

    それだけ言って、炭治郎は練習部屋から出て行ってしまった。

    結局、First quarter moonの担当マネージャーと事務所の社長から引き留められて残留することにはなったのだが、First quarter moonでの活動は無期限休止となった。炭治郎は、いよいよアイドルとしての活動場所がなくなり、Pillars臨時メンバーオーディションで合格するしか道がなくなってしまった。


    ついにオーディションの当日になり、炭治郎はマネージャーの後藤から教えられた会場に来ていた。
    緊張しながら中へ入ると、会場内は人で溢れかえっていた。炭治郎が会場に入った途端、オーディションを受けに来ていた新人達が、炭治郎が入ってきたことに気づき、皆コソコソと話をしだした。
    新人だらけの場所で、既にデビューしている自分が浮いている存在だとは思っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。居心地が悪いなぁなどと思いながら会場内で座っていると、隣の人から聞こえる声で、なんで一度デビューした奴がここに来るんだよとまで言われてしまい、たまらずオーディション会場の外にでてしまった。
    このオーディション、十八歳までの新人または十八歳までのデビュー後三年以内の人物が対象であった。炭治郎はデビュー後まだ二年しか経っていなかったため、ギリギリで条件を満たしてはいたのだが、現役のアイドルの登場に皆驚きと呆れが出てしまったのだろう。ほぼ新人しかオーディションを受けに来ていないようだった。現役できているのは恐らく自分だけ。しかも、先ほど少ししか会場にいなかったが、周りは自分より身長も高いしルックスも良いように見えて、勝てる気がしなかった。

    炭治郎は、ビルの室外機置き場の隅ですっかり意気消沈して座り込んでしまった。こんな事では、当然オーディションに合格なんてできるわけがなかった。もうこのままオーディションを受けずに帰ってしまおうか、と思い始めたその時だった。

    「…炭治郎? 炭治郎じゃないか? こんなところでどうしたんだ?」
    「煉獄さん…!」

    声を掛けてくれたのは、Pillarsのキョウこと煉獄だった。急に声をかけられ驚いて固まっていると、煉獄の方から話しかけてくれた。

    「君もこのオーディションに参加するのは知っていたが、どうしたんだこんなところで? もう始まってしまうぞ?」
    「それは…、その…」

    一次審査では、Pillarsのメンバーは誰も参加する予定はなかったはずなのに、まさかここで煉獄に会うとは思ってもみなかった。一緒のステージに立つという煉獄との約束を今の状態では果たせそうもないし、何より、憧れの人にこれ以上情けない姿を見られたくない、そんな気持ちがあふれ出し、炭治郎は何も言わず、煉獄から走って逃げ出そうとした。

    「炭治郎!待ちなさい」

    炭治郎は煉獄に腕を掴まれて、引き戻されてしまった。煉獄は自分の元へ炭治郎をさらにぎゅっと引き寄せて、耳元でそっと囁いた。

    「一次審査はPillarsのデビュー曲をするから、もう少しの間ここで練習していきなさい」

    炭治郎は驚いて煉獄を見つめた。本来ならば、審査の時に初めて課題曲が発表されるはずなのに、煉獄は炭治郎に一次審査の課題曲をばらしてしまったのだ。
    煉獄さんが課題曲をバラした⁉どうして⁉ と混乱してあたふたしている炭治郎を見ながら、煉獄はハハハと声を出して笑った。

    「教えたからには、必ず一次審査は通るはずだな‼ 炭治郎、落ちたらどうなるかわかっているな…?」

    憧れの先輩からの謎の圧力に、緊張して直立不動で炭治郎は返事をした。

    「はい! 大丈夫です! 合格します!」

    その言葉を聞いた煉獄は、満足そうにその場を去って行った。

    炭治郎は、煉獄からの情報に半信半疑だったが、慌てて少しだけ予習をしてから会場に戻った。結果、本当に煉獄が伝えてきた課題曲が一次審査で使用されたので、驚きつつも炭治郎は淡々とこなし、結果、一次審査を合格するのだった。



    俺は後藤という者だ。とある事務所でマネージャーをやっている者だ。先日のPillarsのオーディションの話を竈門炭治郎に「オーディション受けるなら、手配してやるぜ?」と言ったのが俺だ。アイツとはそこそこ縁がある。二年前に事務所の入所日に遅刻してきたアイツを発見して慌てて社長室に連れて行ったら、社長に何故か一緒になって怒られたのも俺だ。俺よりも年下で、売れないながらも頑張ってトップアイドルを目指しているアイツを素直に尊敬する。
    そして俺が手に持っているのは高級カステラだ。オーディションで疲れたアイツのためにと思いデパ地下で購入したのだが、正直自分が今すぐにでも食べたいのを全力で我慢していた。オーディションは無事一次審査を通ったと聞いて、俺も嬉しくなって手土産を持って会場まで炭治郎を迎えにきていたのだが…。
    今、俺は何故かトップアイドルに行く手を阻まれている。

    オーディション会場の入り口で炭治郎が出てくるのを待っていた後藤は、サングラスに帽子を深くかぶった男に手招きされて近寄ると、いきなり腕を掴まれ、そのまま人気のないビルとビルの間に連れ込まれた。何事⁉ とビビっていたら、急に壁際に追い込まれて逃げ出せないようにされてしまった。(これ、いわゆる壁ドンなのでは?え?ナニコレ怖い)などとビビっていたら、聞き覚えのある声に、さらに驚くことになった。

    「君、確か炭治郎のマネージャーだったな?」
    「はいぃぃぃ! 炭治郎のマネージャーしておりますぅぅぅ!」

    サングラスから僅かに覗く綺麗な黄色と赤色の瞳に、帽子から少しだけ出ている金色の髪。間違いなく、Pillarsのキョウこと煉獄だった。あまりの迫力に、トップアイドルマジ怖ぇぇぇぇ! とビビりまくっていると、煉獄から小さな紙を渡された。

    「これを炭治郎に渡してくれ」
    「ひぃぃぃぃ! ごめんなさい、何も持ってないです! ……、え?」
    「これを炭治郎に渡してほしいんだが、頼めるだろうか?」
    「……。はい、受け取りました。必ず炭治郎に渡します」

    渡しますという言葉を聞いた煉獄はようやく後藤を解放して、颯爽とその場から居なくなってしまった。煉獄から解放された後藤は、オーディションが終わった炭治郎とようやく合流できた。後藤は、炭治郎がオーディションの一次審査に合格したのを適当に祝いつつ、煉獄から渡された紙切れを手渡した。

    「いや~、マジでビビった。紙切れぐらいもうちょっと普通に渡してほしいわ、トップアイドルマジ怖い! そういえば、炭治郎なんでキョウさんと知り合いなんだ?」
    「昔少しだけ一緒の事務所にいたことがあったんです。その時すごく良くしてもらいました」
    「へぇ~、そうかい。で、紙切れに何が書いてあるんだ?」

    後藤は前のめりで紙の内容を見ようとした。炭治郎に渡してほしいと言われた手前、先に開ける訳にはいかなかったが、別に中身を見てはいけないとも言われなかった。正直、トップアイドルからの手紙の内容が気になっていたのだ。

    「ちょっと待ってください、今開けますから」

    炭治郎が紙切れを広げると、そこには電話番号と、二十一時以降にここに電話するように、とだけ書かれていた。

    「おま…、これ…、何かやらかしたんじゃねーか…? 電話しろとかマジ怖いんだけど?」

    手紙の内容に恐れおののく後藤に、炭治郎も不安になった。まさか、オーディションの前に曲を教えてもらったあの不正? について、怒られるのだろうか? などと不安になる。でも、煉獄に電話をするように言われるような事は何もしていないハズなのだが…。後藤は黙り込んでしまった炭治郎の背中を励ますようにポンポンと叩いてやった。

    「炭治郎、今日はもう何も予定入ってなかったよな? 家まで送ってやるよ。トップアイドルに睨まれると怖いから、絶対連絡入れるのを忘れないようにしろよ?」
    「大丈夫です! こんな大切なこと、さすがに忘れないですよ」

    住んでいるマンションまで送ってもらった炭治郎は、煉獄から何か怒られるのではないかと内心ドキドキしながら指定時間が来るのを待った。二十一時がきたので、ふーっと息を整えて書いていた電話番号に電話をしてみた。炭治郎が電話をかけると、煉獄はすぐに電話に出てくれた。

    「もしもし? 誰だろうか?」
    「俺です、炭治郎です」
    「あぁ、炭治郎か! 今どこにいるんだ?」
    「え…、家にいますけど…」
    「じゃあ、今からそちらに行くから、住所教えてくれ!」
    「えぇ⁉ 今からですか⁉」
    「何か不都合でもあっただろうか?」
    「いえ、特に何も問題はないですが…」
    「じゃあ問題ないな。マンションの前で待っていてくれ」

    炭治郎は住んでいるマンションの前で待っているように煉獄に言われたので、慌てて準備をして一階まで下りた。一階まで下りて道路を見ると、真っ赤な車がこちらの方向に猛スピードで走っているのが見えた。うっわー派手で珍しい車だな、などと思っていたら、その車がマンションに向かってきた。勢いよくエントランスの前に入ってくると、炭治郎の前でキュっと勢いよく停止した。真っ赤で珍しい車だと思ったそれは、高級車のフェラーリだった。当然、炭治郎にはとても手が届かない代物なので、車種とかはさっぱりわからない。
    炭治郎がビックリした様子で赤い車を見ていたら、中から颯爽と煉獄が降りてきたので、さらにビックリしてしまった。

    「炭治郎! 待たせたな!」
    「煉獄さん!」
    「さぁ、あまりここで話をしていると目立つから、乗って乗って!」

    真っ赤なフェラーリで現れた煉獄は既にすごく目立っていて、マンションの住人がチラチラとこちらを見ていた。
    二人は急いで車に乗り込むと、またまた猛スピードでその場から離れた。炭治郎は行き先もこの後の予定も何も聞かずに煉獄の車に乗り込んでしまったので、ますます不安になってしまった。恐る恐る煉獄に行き先を確認した。

    「…煉獄さん、これからどこに向かうんですか?」
    「俺が練習しているスタジオだ。炭治郎の練習をみてやろうと思ったんだ」
    「え?」
    「さぁ! 着いたぞ」

    しばらく走って着いたところは、煉獄の個人スタジオだった。元は何もなかった部屋だったのだが、煉獄がヒマなときに少しずつ改造して、ボーカルレッスンやダンスのレッスンができるようにした部屋だった。炭治郎は煉獄に促されて部屋の隅にある椅子に座った。

    「さて、炭治郎。一次審査突破おめでとう」
    「ありがとうございます」
    「でも、君の実力では二次審査、とてもじゃないが受からない!」

    炭治郎は、一次審査のあとに自分で思っていた事をビシッと指摘されて、思わずたじろいでしまった。煉獄の言う通り、一次審査は通過したのだが、オーディションを受けに来ていた周りの人達のレベルはかなり高かく、このままでは二次審査は合格しないだろうなと何となくは感じていた。悔しいが、次の審査まで残り二週間しかないので今更練習しても間に合わないと諦めかけていたところだった。

    「そこで炭治郎、俺からの提案なんだが、二週間程ここで一緒に練習しないか?」
    「えぇ⁉ 良いんですか⁉」

    思ってもみなかった煉獄からの提案に、炭治郎は驚きと同時に嬉しくて飛び上がりそうになった。

    「君さえよければ。俺も今、グループ活動ができない状態で、ひまな時間が多いから、君の練習見てあげられるぞ」
    「はい! 是非お願いします!」
    「うむ! いい返事だ!じゃあ、早速今から練習だ!」
    「えぇ‼ もう十時ですけど⁉ 今から練習するんですか⁉」
    「そりゃ二週間しかないからな! 早速始めなければ間に合わないぞ!」

    間に合わないから今から練習だ! と言われて断れないまま、いきなりダンスレッスンが始まった。二次審査の曲は既に決まっていて一次審査終了時に全員に通達があったので、あとはその曲を練習するだけだった。煉獄から「炭治郎、そこの動きが雑すぎる! もっと丁寧に」とダンスの癖を二時間みっちり矯正されてクタクタになった。気づけば、二十四時を回っていた。

    「む、もうこんな時間か…」

    くたくたになって座り込んでいる炭治郎に、煉獄が優しく声を掛け手を差し伸べた。

    「大丈夫か? 今日はこの辺りにしておこう。君の家まで少し距離があるから、今日は俺の家に泊まるといい」
    「煉獄さんのおうちに泊まっていいんですか⁉」
    「あぁ、いいぞ。すぐ近くだから歩いていこう。ついでにコンビニで弁当でも買って帰ろう」
    「はい!」

    煉獄の家はスタジオから本当に近くて、歩いて数分のところだった。マンションの高層階で、まるでモデルルームのようにきれいな部屋に案内された。さすが、トップアイドルの部屋は違うなぁと思ってしまう。ソファーに座って二人で買ってきた弁当を食べながら、昔話に花を咲かせた。

    しばらく話をしているうちに、炭治郎が今の事務所に入ったきっかけの話になった。本当なら煉獄と同じ事務所に入りたかったのだが、炭治郎が事務所を探していた当時は、たまたま練習生の募集を行っていなかった。そのため、仕方なく炭治郎は現在の事務所に入ったのだった。

    「そうか、じゃあ炭治郎がアイドルを目指した時、俺の事務所は練習生をとってなかったのか」
    「そうなんです。本当は煉獄さんと同じ事務所に入りたかったんですけど…」

    炭治郎と煉獄は違う事務所だった。本来なら、同じ事務所からPillarsのメンバーを補えばいいのだが、今回は他の事務所と共同でオーディション事業を行っている関係で炭治郎も応募できたのだった。今回は期間限定でのメンバー加入となるため、どの事務所の人間でも加入が可能なのだが、期間が終われば契約終了のためそのままグループ脱退になってしまう。

    「Pillarsに入れたとしても期間限定なので、昔の約束のようにずっと横で一緒に歌って踊るというのは無理ですね」
    「うん、そうだな…。まぁ、まずはオーディションに受からないと話にならないけどな」
    「ふふっ、そうでした」

    そんな話をしていたら、お風呂の沸いた音が鳴った。

    「風呂が入ったようだな。炭治郎、先に入るといい」
    「いや、ダメですよ、煉獄さんよりも先に入るなんて。おまけに服なんて持ってきていないですよ」
    「大丈夫! 俺の服を貸してあげよう!」

    炭治郎はグイグイとお風呂場まで押し込まれて、先に風呂に入ることになった。炭治郎が住んでいるマンションの狭い湯船とは違い、久しぶりに足が延ばせるほど広い湯船に浸かったのだが、結局、緊張で全く足を延ばしてくつろぐことができなかった。憧れの煉獄と一緒に練習ができるとも思っていなかったし、家にまでお邪魔して、なおかつ風呂まで入っている。数時間前までは考えてもみなかった状況に、緊張でガチガチになっていた。広い湯船の端に体育座りで座っていたら、外から煉獄の声が聞こえた。

    「炭治郎、ここに服置いておくから」
    「うわぁっ! はい! ありがとうございます!」

    結局ゆっくりくつろげなかったのでさっさと風呂から上がってしまった。身体を慌てて拭いて、煉獄が準備してくれていた服を着てみた。炭治郎は身長がそれほど高くないため、当然、煉獄の服はサイズが大きすぎてダボダボだった。
    煉獄さんやっぱり俺より身長高いから、服を借りるとダボダボだなぁと思いながら、髪をタオルで拭きつつ煉獄の待つリビングへ戻った。

    「煉獄さん、お風呂お先でした」
    「うぅん、炭治郎の彼シャツ姿可愛い…、萌え袖が最高だな…」
    「へ? 何か言いましたか?」
    「いや、何でもない。それより髪を乾かしてあげよう、ここへおいで」

    煉獄は、ソファーをポンポンと叩いて炭治郎に座るように促した。ドライヤーと櫛を準備していて、あとは炭治郎が座るだけの状態で待ち構えていた。

    「え⁉ 大丈夫です! 自分で乾かします!」

    子役時代は練習終わりの煉獄と一緒に風呂に入って、そのあと髪を乾かしてもらったりしていたが、もうそんな年齢ではないので恥ずかしくて慌てて断った。

    「なんで⁉ 久しぶりに炭治郎の髪の毛乾かしたかったのに! ほら、おいで!」

    炭治郎に断られると思っていなかったのか、ちょっと悲しそうな顔をする煉獄に負けて、炭治郎はソファーに座った。煉獄は嬉しそうに炭治郎の髪の毛を乾かし始めた。よほど嬉しかったのか、鼻歌まじりだ。さすがにトップアイドルだけあって、鼻歌でもきれいな歌声だった。煉獄が歌いながら優しく髪を乾かしてくれていた子役時代の思い出が蘇ってきて、炭治郎は懐かしい気分になり、緊張し続けていたのが少しだけ落ち着いてきた。そして、練習で疲れていたのと、あったかいのとでだんだんと意識がぼんやりとしてきてしまった。

    髪を乾かし終わっても炭治郎が動かないので煉獄が覗きこむと、すやすやと寝てしまっていた。

    「よもや…、寝てしまっている…」

    もう少し話をしたかったのだが、練習で疲れていたんだろう。煉獄は炭治郎をお姫様抱っこしてベッドルームまで連れて行ってあげた。



    「ん……、ふにゃ?」

    炭治郎はとてもふかふかの掛け布団と人肌の心地よい温かさで朝までぐっすり寝てしまっていた。半分まだ寝ぼけた状態で薄目を開けると、真横に煉獄が寝ていてビックリして飛び起きてしまった。なんで煉獄さんが同じベッドに? いや、そりゃそうか、ここ煉獄さんの家だった! と一人で慌てていると、布団を急に剥がされて寒くなった煉獄が、再び炭治郎を引っ張り倒してぎゅっと抱きついた。

    「ちょっと⁉ 煉獄さん⁉」
    「う~ん、もうちょっと…」

    もうちょっとといいつつ何故か炭治郎にキスを迫る煉獄を、寝ぼけて彼女か誰かと間違っているのか⁉ と思いながら手で必死に抑えた。

    「ちょっと、煉獄さん! 起きてください!」
    「……うん? うわ! 炭治郎!」

    ようやく気付いた煉獄が、今度は慌てて飛び起きた。

    「わーー! すまない炭治郎! そんなつもりじゃなかったんだ!」
    「大丈夫です! 未遂です!」
    「すまない、炭治郎、嫌だったろう?」

    煉獄から、嫌だったか? と聞かれて、炭治郎は妙な気分になった。嫌ということもないな、と思う自分に少し戸惑ってしまった。いったいこの気持ちは何なのだろうと初めての感情に黙り込んでしまった。無言のまま考え込んでいたら、煉獄に手をそっと握られてハッと前を見ると、今にも泣き出しそうな顔でこちらを見ていた。

    「すまなかった。以後気をつけるから、嫌わないでくれ」
    「あわわ、嫌じゃないです! 嫌じゃないというのもおかしいですけど、煉獄さん、彼女と俺とを間違えていたんですよね⁉ 大丈夫です!」
    「彼女? よくわからないが、よかった…。嫌われたかと思った。炭治郎に嫌われたら、俺死んでしまうかもしれない…」

    彼女さんも毎日こんな感じで抱かれているんだろうかと思うと、何故か胸がモヤっとした。そんな自分の気持ちにますます戸惑いつつも、気を取り直して朝ごはんを作ろうと思い、キッチンに向かおうとベッドから下りた。

    「煉獄さん、俺が朝ごはん作りますよ。キッチン借りてもいいですか?」
    「え、あ、いや、そこはちょっと…」
    「?」

    オロオロする煉獄を不思議に思いつつキッチンに行ってみると、理由が分かった。昨日キッチンに入らなかったからわからなかったが、コンビニ弁当のカラの山となっていた。冷蔵庫の中には食材らしいものは入っておらず、お酒とアイスが少し入っているぐらいだった。綺麗だと思っていた部屋は、そもそも忙しすぎて使っていないから綺麗なだけだったようだ。

    「煉獄さん…、もしかしていつもコンビニ弁当で済ませています?」
    「う…、料理できないからな…、もうそろそろ片付けしようとは思っていたんだ。それに俺朝ごはんは食べないんだ」
    「そうなんですか? 食べなきゃ身体によくないですよ」

    彼女がいるのに、随分とすっからかんな冷蔵庫だなぁと眺めてしまう。

    「それにもう仕事に行かないといけないから、行ってくるよ。炭治郎は今日何か予定入っているのか?」
    「いや、何も入っていないですね。というより、次のオーディションまで何も予定が入っていないです」
    「じゃあ、しばらくスタジオで練習しているといい。ほら、鍵。ついでにここのマンションの鍵も渡しておくから、好きに使ってくれて構わない」
    「えぇ⁉ ダメですよ! そんなに勝手に鍵をホイホイ渡したら!」
    「大丈夫だ! 炭治郎とは知らない仲じゃないし、仕事から帰ってきたら練習に付き合いたいから、いちいち迎えに行くより居てくれた方が助かる!」

    炭治郎は、この後も練習に付き合ってもらえると思っていなかったので、嬉しくて飛び上がりそうになった。

    「また練習見てもらえるんですか!」
    「君さえよければ、次のオーディションまでは練習に付き合おうと思っていたんだが、どうだろうか?」
    「わぁ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」

    こうして、炭治郎と煉獄の二週間の共同生活が始まった。
    自分のアイドル活動が休止状態の炭治郎は、朝、仕事に出て行く煉獄を見送ると、そのあとはずっとスタジオで練習し続けた。夜に仕事が終わった煉獄が合流して、改善点を指摘してもらいながら練習を続けた。ダンスの方は元々得意だったこともあり、あっという間に上達したのだが、歌はまったく上達しなかった。というより、煉獄が頭を抱える程、歌は酷かった。アイドル活動していた際も、実はほとんど歌わせてもらえていなかった。

    「炭治郎、言いづらいのだが、歌が壊滅的だな! とりあえず、もう少し自然体で歌わないと、力が入りすぎだ」
    「はい! すいません!」
    「あと、高音を出す練習もしないと、そこの部分は歌えません、じゃあオーディションに受からないからな。歌の方は問題が山積みだな!」

    それから、毎日深夜になるまで二人で練習を続ける日が続いた。
    煉獄がいつも何の見返りもなく練習に付き合ってくれるのが申し訳なくて、朝と夜のご飯を炭治郎が作るようになった。男の手料理で申し訳ないのだが、煉獄はうまい! と言いながら毎回食べてくれるのでありがたかった。本当は彼女の手料理の方が良いんだろうなと思いながらも、嬉しそうに食べてくれる姿をみるとこちらまで嬉しくなった。食べ終わった後は、風呂に入って煉獄に髪を乾かしてもらって、同じベッドで寝るということ繰り返しになっていた。一緒に寝ると必ずと言っていいほど、朝起きると煉獄が抱きついてきているのもいい加減慣れてきていた。煉獄さん、彼女さんと会えてなくて寂しいのかな? とも思うが、同時にいつも煉獄さんに構ってもらっているその彼女さんが少しだけ羨ましくもなった。
    もう一週間程、煉獄の家で生活しているのに、煉獄の彼女の姿を一度も見たことがなかった。でも、彼女の事は聞くことが何故か怖くてできなかった。別にそういった感情を煉獄に抱いている訳ではないハズなのだけれども、何か胸がチクチクしてモヤモヤするようになった。この二週間だけは、煉獄を彼女に取られたくないと思うようになっていた。

    「炭治郎、何か不満でもあるのか?」

    モヤモヤした状態で練習をしていたら、それが練習の態度に出ていたらしい。煉獄から訝しげに聞かれて慌てて否定はしたものの、そう言われてみると、今日は朝からやけに胸の辺りがモヤモヤする気がしていた。

    「いえ、なんでもないです」
    「そうか? でも、練習に身が入っていないようだぞ? 言いたい事があるなら言ってしまった方がいい」

    言いたい不満があるというより、彼女いるんですか? もうそろそろ彼女さんと一緒に過ごしたいんじゃないですか? と聞きたいが、それを聞いてしまうと、このまま家を追い出されるんじゃないかとビクビクしてしまう。でもここまで心配させてしまっているので、流石に言うしかなかった。

    「……俺、邪魔になっているんじゃないかなと思って…」
    「? 邪魔だなんて思ったことはないぞ?どうしたんだ?」
    「だって、俺が煉獄さんとずっと一緒にいるから、煉獄さんの彼女に申し訳なくて…」
    「?? 俺には彼女なんていないぞ??」

    煉獄が不思議そうに首をひねった。

    「そうですか…、えぇ!?彼女いないんですか!?」
    「なっ⁉ 俺はそんなに女好きな男に見えていたのか!」
    「いや、だって、ほら…」

    一週間の生活を思い出して、炭治郎は恥ずかしさで逃げ出したくなった。彼女いなかったと聞いてホッとすると同時に、じゃあ、彼女と間違って毎朝抱きついていると思っていたのは、まさか単純に俺に抱きつきたいだけだったのか⁉ 一体どういう事なんだ⁉ と少しパニックになった。

    煉獄は、彼女がいないと伝えただけなのに、何故か顔を真っ赤にして棒立ちになってしまった炭治郎を不思議に思ったが、よく見ると、そもそも炭治郎の顔色が良くなかった。炭治郎のおでこに、煉獄が手を当ててみると、とても熱かった。

    「炭治郎、もしかして熱があるんじゃないか?」
    「ふぇ?」
    「ほら、熱があるじゃないか、今日はもう練習をやめて休もう」

    炭治郎は、確かに朝からモヤモヤしているなぁと思っていたが、まさか熱があると思っていなかった。熱があるとわかった瞬間から、どっと疲れが出てきて、フラフラと足元がおぼつかなくなってきた。炭治郎は煉獄に支えられてなんとかマンションまで辿り着きベッドに入った。


    炭治郎がしばらく寝ていると、煉獄が薬とおかゆを持ってきてくれた。
    心配そうな顔で煉獄に覗きこまれた。

    「おかゆを作ったんだが…。食べられそうか?」
    「はい、何とか…。ありがとうございます」

    煉獄は炭治郎の身体を起こしてあげた。煉獄がスプーンでおかゆをすくって、炭治郎の口元に持っていく。まるで子供のような扱いだ。

    「ほら、あーん」

    かなり過保護気味だが、まともに動けない今はそれがとてもありがたかった。
    もしかして今までの煉獄さんの行動は、まだ自分の事を小さい子供かなにかだと思っているのかもしれない。毎日布団に入って抱きつかれてヨシヨシされるのも、おそらくそれだ。今、あーんとされているのも、そういう事だ、よし、そういう事にしよう。
    炭治郎は、煉獄との距離がやけに近い理由をもう考えないことにした。


    次の日、煉獄に揺さぶられて起こされて、炭治郎は重たい瞼を開けた。煉獄はもう仕事に行く寸前だったようで、コートまで着ていた。一向に起きない炭治郎を気にして起こしに来てくれたようだった。一緒に寝ていたはずなのだが、煉獄が起きたことすら気づかず寝てしまっていた。まだ少しだけ熱があるようだったが練習はできそうなので、ベッドから起き上がろうと重たい身体を起こした。

    「昨日は練習の途中ですみませんでした、もう大丈夫です」
    「いや、君まだ全然大丈夫という表情じゃないぞ。今日一日はここで寝ていなさい」
    「でも、練習しないと…」
    「ダメだ。練習も大切だが、まずは体調の管理が一番だぞ。せっかく治りかけているのにオーディション当日にぶり返したら意味がないだろう?」

    そう言われ、炭治郎は暗い表情のまま黙ってしまった。確かに、当日オーディションに行けなければ元も子もないが、練習時間も足りていない。練習していないと不安でいっぱいになって押しつぶされそうになってしまう。
    暗い表情のままうつむいていると、煉獄に頭を優しく撫でられた。見上げると煉獄が困ったように眉を下げながらこちらを見ていた。

    「君に何かあったら、俺が悲しくなってしまう。頼むから今日は寝ていてくれ」
    「……、はい。ありがとうございます」
    「うん、いい返事だ。じゃあ行ってくる」
    「いってらっしゃい」

    部屋を出ようとした煉獄に、炭治郎があたふたしながら呼び止めた。

    「煉獄さん!」
    「ん? どうした?」
    「あの…、その…。今日はいつ頃帰りますか?」
    「夕方頃の予定だが、なるべく早く帰ってくるようにするよ」

    ふっと優しく微笑みながら、煉獄はゆっくりと扉を閉めた。


    煉獄が準備してくれていたおかゆと薬を飲んで、言いつけ通り昼過ぎまでベッドで寝ていたら、夕方頃には平熱まで下がっていた。良かった、これで明日からは練習が出来そうだ、と安堵していたところに、煉獄が帰ってきた。

    「体調はどうだ?」
    「熱下がりましたよ! ほら! 元気いっぱいです!」
    「こらこら、あまりはしゃぐんじゃない。まだ本調子じゃないだろう?」
    「大丈夫ですよ。明日からは練習も再開できます! あと残り少ししかないので、頑張ります!」

    元気いっぱいといった様子の炭治郎とは対照的に、煉獄は浮かない顔をしていた。

    「う~ん、やっぱり明日は練習はなしだ!」
    「えぇ⁉ もう治りましたよ! 大丈夫です!」
    「いや、君、ここのところ全然休息を取ってないじゃないか。オーディションが始まる前ぐらいから、一度も休んでないだろう?」

    休息なんて取っている余裕は、今の炭治郎にはなかった。何が何でもこのオーディションに受からないと、この先のアイドル活動なんて無いことは明白だった。あと少ししか練習期間がないのに、のんびり休息なんて取る気分にはなれなかった。

    「俺も明日休みなんだ。俺の休日に付き合ってくれ」
    「え、いや、でも」
    「ダメなのか? 俺は炭治郎と一緒に休日を過ごしたいぞ」

    煉獄に悲しい顔をされてしまえば、炭治郎に断ることなんて出来なかった。こうして、次の日は一日休日になることが決定されてしまった。

    次の日、朝の早くから煉獄が炭治郎を叩き起こした。炭治郎が目を擦りながら起きて時間を確認すると、まだ日も登っていないような時間帯だった。炭治郎が寝ぼけたまま突っ立っていると、煉獄に、あれよあれよという間に着替えさせられ、真っ赤なフェラーリに押し込まれ、そのままドライブに出発した。
    この時間はまだ道は空いているので、あっという間に都会から脱出できた。海岸線をずっと走っているなぁと思っていたら、とある海岸で煉獄は車を停めた。
    車から降りて、二人でまだ暗い海岸線沿いを歩く。冬の寒い時期だったので、海岸には誰もおらず貸し切り状態だった。この海岸は、朝日がとてもきれいに見える場所で有名だった。

    「君と、どうしても朝日が見たくてな」
    「朝日ですか?」
    「そう、何故かはわからないが、どうしても一緒に見たくなったんだ」

    少し歩いた先にベンチがあったので、二人で座ってまだ薄暗い海を眺めていたのだが、炭治郎は少しだけ寒くなってきた。風邪が治っていない訳ではないのだが、さすがに冬の明け方は冷え込む。炭治郎は、思わず隣の煉獄の横にピッタリとくっついてしまった。煉獄は少しだけビックリした様子だったが、すぐ炭治郎が寒がっていることに気づいて自分のコートを脱いで肩にかけてあげた。

    「すまない、病み上がりで寒かったか?」
    「すみません、けっこう着込んできたはずなんですけど…」
    「大丈夫か? 体調が悪いようだったら、もう車に戻ろうか?」

    心配する煉獄に、炭治郎はまごつきながらも否定した。

    「大丈夫です。ちょっと寒かっただけです。煉獄さんは寒くないですか?」
    「俺はちょっと着込みすぎたぐらいだったら、丁度良いよ。大丈夫」

    しばらく二人で夜明け前の海をずっと眺める時間が続いた。
    炭治郎は、煉獄とくっついて座っていると何故かすごく気分が落ち着くように感じた。そう言えば、こんなにゆったりした気分で過ごすのはいつぶりだろうかと思い返していた。ここしばらくの間、売れないアイドル活動に悩んだり、オーディションに合格しなければと思ってみたりと気が休まる時がなかった。今もまだ焦りはあるが、久しぶりに穏やかな時間が流れていた。

    「少しは気分転換になっているだろうか?」

    急にそんなことを煉獄から聞かれて、炭治郎はようやく、自分のために煉獄がわざわざここまでドライブしてくれたことに気が付いた。

    「君が思い詰めているようだったからな、少しでも気が晴れるといいかなと思ったんだが」
    「すみません、煉獄さんの貴重な休みを俺のために使ってもらってしまって…」
    「いや、気にしないでくれ。俺がそうしたかったんだ」

    炭治郎は、何故煉獄が自分にここまで良くしてくれるのか不思議に思った。確かに、子役時代にしばらく一緒にいたりしたこともあるが、あのときも遊んでもらっていただけで、煉獄に特別に何かしてあげたという記憶はなかった。トップアイドルにここまで面倒を見てもらった経験は、炭治郎にはなかった。今日だって、煉獄は久しぶりに取れた休みの日のはずだったのに、自分に付き合わせてしまっている。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
    炭治郎は感情が顔に出やすいタイプなのだが、この時もバッチリ感情が外に出ていたようで、その様子を見た煉獄が困った顔をしながら頭を撫でてくれた。

    「君がそんな顔をする必要はないんだ。本当に俺がしたかっただけだから」
    「いや、でも、煉獄さん忙しいのに、ずっと俺に付き合わせてしまって…、申し訳なくて…。俺は煉獄さんに何もしてあげられないのに…」

     何もしてあげられないと言う炭治郎に、煉獄は首をふるふると横に振った。

    「そんなことはないぞ。…、炭治郎、君は覚えていないかもしれないが、昔既に俺を一度救ってくれているんだ。だから君がそんなに気に病むことはない」
    「え? 全然覚えていないんですけど…」
    「ほら、君がまだ子役だった時代に、俺はまだデビュー前で、事務所でずっと練習していただろう? あの時、実はもう事務所を辞めようと思っていた時期だったんだ」
    「え? 本当ですか? でも、そんな様子は一切感じた覚えがないんですけど…」
    「ははは、君の前では恥ずかしくて、落ち込んでいるのをなるべく隠していたんだ」

    煉獄は少し照れくさそうに笑った。煉獄のそんな話なんて一度も聞いたことがなかったから、炭治郎は驚いてしまった。でも、この話に自分がどうかかわっているのかさっぱり思い出せなかった。
    少し昔話になってしまうのだが…、と煉獄は話し始めた。


    練習生だった煉獄が、通算十回目のオーディションに落選して本当に落ち込んでいた日、たまたま炭治郎が事務所に来ていた日だった。子役としての仕事を終えた炭治郎はいつも通り、煉獄の元に遊びにきていた。しかし、この日の煉獄は流石に遊んであげる気分ではなかった。遊びにきたことには気が付いたが、はぁ、とため息をついて相手にしなかった。
    いつもだと笑顔で、おいで、と言って手招きしてくれる煉獄が座ったまま動こうともしない。炭治郎は不思議に思い、煉獄が座っているところに歩いて行って、膝に手をかけて顔を覗き込んだ。すると、煉獄が瞼に涙を滲ませてうつむいていることに気が付いた。こんなことは初めてだったので、炭治郎は慌ててしまった。

    「煉獄さん! どこか痛いの?」
    「いや、痛いんじゃないんだ…」

    その後も無言で泣きつつける煉獄に、炭治郎は自分のポケットからハンカチを取り出して、目の縁の涙をぬぐってあげた。

    「何があったのか俺にはわからないけど、俺だけはずっと煉獄さんの味方です! 悪い奴は俺がやっつけます!」

    炭治郎が得意げにそう言ってきたので、煉獄は思わず吹き出しそうになってしまった。

    「違うんだ、炭治郎。少し落ち込んでいただけだ。俺には才能がないようだから、ファンもいないし、もうアイドルなんて辞めてしまおうかなぁと思っていたんだ」

    半分冗談、半分本気で苦笑いした。実際、自分と同じぐらいの年の人達はオーディションに受かり次々デビューしていっているのに、煉獄はまだデビューできていなかった。ファンもつかないし、これ以上は無駄かもしれないと思い始めていた。

    「なんでそんなこと言うの…? 俺煉獄さんが歌って踊っている姿を見るのが大好きだったのに、もう見られないの…?」

    急に炭治郎が静かになったと思ったら、プルプル震えながら泣きそうになっていたので、煉獄はどうしてよいかわからず、困惑してしまった。

    「嫌ですー! 煉獄さんアイドルになるって言ったのにひどい! 俺との約束どうするんですかー!」

    ついに本格的に泣き始めてしまった炭治郎に、オロオロしながら煉獄は、大丈夫!辞めないから! と思わず言ってしまった。

    「ヒック…、本当?」
    「本当だ、諦めずに練習するから。ありがとう、炭治郎、心配してくれたんだな」

    煉獄は、ギュッと小さな身体を抱きしめてあげた。小さい身体がまだ震えていたので、この子は本当に俺の事を心配してくれていたんだなと思うと、少し泣きそうになった。アイドルを目指すのを辞めることをこんなに嫌だと言ってくれる子が一人いるだけでも、もう少しだけ頑張ってみようと思う気持ちが湧いてきた。
    炭治郎は煉獄の言葉に安心して、パァと笑顔になった。

    「じゃあ、煉獄さんファン第一号は俺です! 大好きな煉獄さんを応援するの!」

    そう言って、煉獄の頬にチュッとキスをした。びっくりしすぎて煉獄は炭治郎を抱いたまま固まってしまった。

    「へへっ、大好きな人へのおまじない! 俺のお母さんも本番前にこのおまじないしてくれるの! 上手くいきますようにって!」
    「ありがとう! 炭治郎! しかし、今のは俺以外の人には禁止だぞ!」
    「え? なんで?」
    「むやみやたらに人にキスをしてはいけない。ほら、びっくりしちゃうだろ?」
    「煉獄さんは大好きな人だからキスしても大丈夫です!」
    「気持ちは嬉しいが、びっくりするから煉獄さんにも禁止だ!」
    「えー、おまじないなのに」

    この炭治郎のおまじないが効いたのかはわからないが、この出来事のすぐあとのオーディションで、煉獄は見事デビューすることが決定したのだった。



    「俺そんなこと言っていたんですか? 恥ずかしい・・・」

    炭治郎は恥ずかしくて、顔を隠すようにかけてもらっていたコートを頭からかぶった。確かに、昔母親が本番前によくほっぺにチューしてくれていたなと思い出した。

    「君があの時引き止めてくれたから、今の俺があるんだ。だから、もし君が将来俺と同じ道を歩むことを選択して、その時もし君が困っているようだったら、どうしても力になりたいと思っていたんだ」
    「…、ありがとうございます。オーディション頑張ります」

    炭治郎は気恥ずかしくて、面と向かってはお礼が言えなかった。昔の自分が何の気無しに言った言葉で、まさか煉獄を助けていたとは思ってもみなかった。しかも、昔の自分は未来のトップアイドルにキスまでしていたとは…。その事実に恥ずかしくて死にそうだったが、どうせだったらそのキスを覚えていたかったな、自分なのに羨ましいなという感情が出てきて、さらに動揺してしまう。もしかして、俺、気づいてなかったけど、煉獄さんのことが好きなんだろうか?
    隠れてしまった炭治郎の頭を煉獄はポンポンと軽く叩いた。もう夜が明ける寸前だった。

    「ほら、夜明けだ。頑張っていればいずれ夜明けはくる」

    太陽が昇ってきて、炭治郎達の周りが少しずつ明るくなっていく。
    炭治郎は、被っていたコートから顔を出して煉獄の方をみた。朝日に照らされる煉獄は、どこか儚いような雰囲気もあり、陽光が反射してキラキラと光る金の髪はとても綺麗だった。

    「綺麗ですね・・・」

    炭治郎は、煉獄に向かって、ついつい思っていた事を呟いてしまった。今までも何回も綺麗な顔だなと思ってはいたが、そんな事を自分から言われても困るだろうから言わないようにしようと思っていたのに、つい、本音をぽろりと呟いてしまった。それだけ朝日に照らされる煉獄は美しかった。

    「君はどこをみて綺麗と言っているんだ。本当に俺が好きだな、炭治郎は」

    煉獄が、朝日も見ずに自分の方を見ている炭治郎に気がついて微笑んだ。

    「ふぇ⁉ すいません、ついつい見惚れてしまいました! その!あの! とても綺麗だったので! やっぱり煉獄さん好きだなぁと思ってしまって!」

    炭治郎は言ったあとに、自分がとんでもなく恥ずかしいセリフを呟いてしまったことに気がついた。慌てて言い直ししようとするが、さらに恥ずかしいことになってしまった。

    「あの、その、好きというのは、恋愛的な感情ではなくてですね! その、昔から煉獄さんの顔がとても美しいなと思っていてですね!あぁ、大好きなのは顔だけじゃないです! もちろん、人間的にも大好きですよ⁉ 優しいところとか大好きです!」

    慌てふためき、大好きを連発する炭治郎から、煉獄はふいっとそっぽを向いてしまった。

    「炭治郎、俺が好きなのはもうわかった。こっちまで恥ずかしくなってくる」

    そっぽを向いた煉獄の耳は真っ赤になっていた。

    「あわわ、すみません!!」
    「大丈夫だ! さぁ、そろそろ切り上げて朝ごはんでも食べに行こうか!」
    「はい、そうですね! 朝ごはんでも食べに行きましょう!」

    このあと朝ごはんを食べに行った先でも、横に並んで食べることに緊張しすぎた炭治郎が水をこぼしたり、煉獄が運転中に道を間違えたりして、二人してギクシャクし通しだった。

    家に帰り、煉獄はさすがに連日の疲れがでたのか、さっさと風呂に入って先に寝てしまった。炭治郎もいつも通り寝ようと思ってはみたものの、よく考えたら同じベッドに二人で仲良く入っているのが急に恥ずかしくなってしまった。よく考えたら、煉獄さんと同じベッドで寝ているってヤバくないか? カップルみたいで恥ずかしいな! と思っていたら、先に寝ていた煉獄がいつまでもベッドに入ってこない炭治郎に気づいて、手招きした。呼ばれれば、さすがに炭治郎も入らざるをえない。そっと入ると煉獄がいつも通り抱きついてきたので緊張してしまった結果、一睡も出来なかった。


    「う~ん、よく寝た! …、炭治郎大丈夫か?」

    煉獄が朝起きると、隣で寝ていたハズの炭治郎の顔色が悪いので、また体調が悪くなったのかと驚いて、炭治郎が起きて朝ご飯の準備をし始めた後も、しばらく心配し続けた。
    炭治郎は一睡も出来なくて寝不足だったが、次のオーディションの日まで残りあと少ししかないので、自分を心配してなかなか仕事に行こうとしない煉獄を無理矢理送り出したあと、頑張って練習を始めた。実際、本当にあと数日しかないので、休んでばかりもいられなかった。煉獄が遅くに仕事から帰ってきた後も、寝不足だったが、頑張って二人で練習を続けた。
    この日の練習が終わり二人で家に帰っている時、炭治郎はふと、オーディションの日がきてしまえば、この生活も終わりだなぁと思い、急に寂しくなってきてしまった。少しだけ、もう少しだけ煉獄さんの隣でいたい…、炭治郎は寂しさを紛らわすように、次の日もより練習に力を入れた。

    オーディションの前日、お世話になった煉獄の家から出て行くことにした炭治郎は荷物をまとめていた。意外と長く居座ってしまったので思っていたより荷物が増えてしまったが、鞄にぎゅうぎゅうに押し入れた。寂しいが、ここにいつまでも居座るわけにもいかない。荷物を抱えて、最後の挨拶をしようとリビングにいた煉獄に話しかけた。

    「煉獄さん、もうそろそろお暇しますね」
    「炭治郎、もう出て行くのか?」
    「はい、これ以上煉獄さんに迷惑をかけるわけにもいかないので」
    「迷惑だなんて思ってないぞ。困った事があったら、いつでもおいで」

    煉獄は少し寂しそうな顔をしながら、炭治郎を優しくハグしてあげた。

    「そんなにされると、別れにくくなっちゃいますよ」
    「そう思ってくれているなら嬉しい。俺はいつまでも君といたいが、君にも生活があるからな。この二週間で、歌もダンスもかなり上達したから大丈夫だ。オーディション、応援している」
    「ありがとうございます。頑張ってきます」

    こうして、煉獄との短い共同生活は終わったのだった。もう少し、別れを惜しむようになるかと思っていたが、意外とあっさりと終わってしまった。少し寂しい気持ちになったが、あれ以上何かされてしまうと、本当に離れられなくなってしまうので、これでよかったんだと思うことにした。
    煉獄と別れて自分の家に戻ってみれば、殺風景なせまい部屋にますます寂しい気持ちが押し寄せてくる。本当はずっと煉獄の家に居座りたい気分だったが、彼女でもあるまいし、そういう訳にもいかない。それより、明日は大事なオーディションの日だ!頑張ろう! と無理矢理に気持ちを切り替えるのだった。


    当日、オーディション会場には五十人ほど集まっていた。どの人も自分より優れているように見えたが、今回は練習を十分してきたという自信があるので、負ける気はしなかった。
    炭治郎は練習通りに全て完璧にこなし、オーディションを無事終わることができた。あとは数日後に出る結果を待つだけだった。ほっとして会場の外に出ると、マネージャーの後藤が炭治郎を迎えに来てくれた。

    「無事に終わったようだな、よかったじゃないか」
    「はい、なんとか」
    「あとは結果待ちだな、受かるといいな」
    「そうですね」
    「そういや、炭治郎、キョウさんに連絡入れたのか? とりあえず、終わった報告ぐらいしておけよ。世話になったらしいじゃないか」
    「そうだった!」

    炭治郎は慌てて煉獄に、無事に終わったことをラインで報告した。煉獄は忙しいので返事がくるかわからないが、お世話になった煉獄に報告だけでもしておきたかった。そんなことを思っていたら、煉獄から即返事が届いた。

    (よかった、心配していたが、無事に終えたようで何よりだ)

    オーディションの合否の不安が吹っ飛んでしまうぐらい、その連絡が嬉しくて仕方なかった。別れたあの日から煉獄とは忙しくて会えていなかったが、心配してくれていたんだなぁと思うと嬉しくてたまらない。まるで恋人から連絡が来たかのように喜んでしまった。それが顔に出てしまっていたのか、後藤からも指摘されるほどだった。

    「なんだ、もう連絡がきたのか? よかったじゃないか。ずいぶんと可愛がられているな」
    「ふへへ、ありがとうございます」
    「なんだか、このオーディションも受かりそうな気がするな」
    「そうですね。受からないと困ります!」

    そんな話をしながら、この日は事務所に戻った。

    後日、炭治郎のところにオーディション結果を後藤が持ってきた。

    「結果は合格だ。よかったな炭治郎。無事、最終審査まで残ったな」
    「本当ですか! ありがとうございます」

    自信はあったが、それでも不安だった炭治郎は、ようやく安堵できた。あとは最終審査を残すのみだった。ほっとする炭治郎を見ながら、後藤が言いづらそうに別の話を切り出してきた。

    「あー、それでな、炭治郎。実はもう一つ伝えたい事があって。オーディションとは関係ないんだが…」
    「どうしたんですか?」
    「実は、俺、この事務所、来週で辞めるんだ」
    「えぇ⁉ 本当ですか⁉」
    「うん、本当。他の事務所からお誘いがあってな。そっちに行くことにしたんだ。だから炭治郎のマネージャーとしての仕事もこれで最後だ」
    「……、そうなんですね」

    炭治郎はオーディションに合格したというのに、すっかりしょげてしまった。マネージャーの後藤とは、この事務所に入ってからずっと一緒に過ごしていたし、この事務所内では唯一味方のような存在だったので、これから先どうしようかと正直悩んでしまった。

    「そうしょんぼりするなって。炭治郎なら俺がいなくても大丈夫だ」
    「…、すみません、心配かけてしまって申し訳ないです。ありがとうございます、これからも頑張ります」
    「あぁ、頑張ってくれ、影から応援しているからな!」

    こうして、いよいよ炭治郎はこの事務所で一人きりになってしまった。売れないアイドルに、事務所は個人マネージャーをつけてくれない。炭治郎が入っているグループにもマネージャーはいるが、休業している炭治郎に構っている暇はない。そのため、次のオーディションの申し込み等も炭治郎は全て自分で行うことになった。事務所にはもう、炭治郎の居場所は残っていなかった。
    自分の愚痴や不安を言える相手もいない状況で、段々と炭治郎は追い詰められていた。そんなとき、ふと、煉獄の顔が頭をよぎった。煉獄と少しでも話が出来ればと思いスマホを手に取ったが、早々に辞めてしまった。こんなことを相談しても、煉獄が困るだけだ。ましてや、相手はトップアイドルでとても忙しい日々を送っているのに、こんな自分のくだらない話に付き合わせる訳にいかないと思い、諦めてまた一人で準備を続けた。
    このとき、このオーディションに合格できなければアイドルを辞めて、実家に帰ろうと思い始めていた。

    最終のオーディションは、ただの面接だった。当日、炭治郎が呼び出された場所まで行ってみると、Pillarsの事務所があるビルの会議室が会場だった。
    炭治郎が呼ばれて会議室の中に入ると、事務所の営業部や企画部の人の他に、社長が座っていた。まさに、就職面接といった感じだ。面接が始まり、何故、Pillarsに入りたいかとか、入った後どういったことがしたいかなんて聞かれて、まるで本当に就職活動のようだったが、それに何とか答えていった。面接の終わりごろに、今までまったく喋らなかった事務所の社長が、突然話し始めた。

    「…、君は、ずいぶんと可愛らしい顔をしているから、Pillarsというよりも、別のユニットを組んだ方がよさそうだね」
    「え?」
    「あぁ、でも君既に別の事務所に所属しているのか…、残念だなぁ…」
    「それって…」

    炭治郎の顔が真っ青になってしまったところで、別の面接官が慌てて面接の終了を告げた。

    「竈門君、これにて面接は終了です。後日、面接結果を君の事務所に送ります」
    「あ、はい、ありがとうございました…」

    炭治郎は放心状態で面接会場から出て行った。


    炭治郎が面接会場から出て行ったあと、中で社長が怒られていた

    「ちょっとー、社長、ダメですよ。あんな事言ったら。あの子顔面蒼白になっていたじゃないですか」
    「いや、ごめんごめん。ついつい、ね。あの子うちの事務所に欲しいなぁ。ちょっと、誰か勧誘してきてくれないか」
    「そんな、無理ですよ。あの子のいる事務所、一番仲が悪い事務所ですよ。あの子が事務所辞めない限り引き抜きとかできないですよ~」
    「そうか、残念だなぁ」

    そう言って、社長はそっと炭治郎の応募用紙を机に置いた。

    炭治郎は、家へ帰りながら絶望していた。社長から遠回しにPillarsには向いてないと言われてしまったので、もはや、選考結果が来る前から結果がわかってしまった。売れないアイドルグループに戻ろうかとも考えたが、今更もう一度戻るとも言い出しづらいし、第一、仲間達が快く思わないだろう。
    煉獄にも相談したいが、こんな状況を説明できるわけもなく途方に暮れてしまった。このオーディションに合格するのを誰よりも望んでくれていたのは煉獄だった。その煉獄に、こんな結果を報告するなんてできないし、既に事務所の方から煉獄には連絡がいっているはずだ。自分の夢にも煉獄の期待にも応えることが出来ず、不甲斐ない気持ちでいっぱいになり炭治郎は一人、部屋で泣き崩れた。もう一人では限界だった。

    オーディションの翌日、炭治郎は自分の事務所に退職届を出しに向かった。事務所の社長は案外すんなりと了承してくれて、本当に自分がどうでもいい存在だったんだな、とつくづく実感する。事務所に置いていた数少ない私物をまとめていたら、First quarter moonのメンバーの一人が話しかけてきた。なんだかんだで、よくわからないメンバーの中に放り込まれて大変だったが、唯一こいつだけが良く絡んでくれていたなぁと思い返す。オーディションを受けると言ったときに突っかかってきたのもこいつだった。

    「おい、本当に辞めるのか」
    「あぁ、今までありがとう」
    「辞めて次はどうするんだ?」
    「実家に戻ろうと思っている。もうアイドルは諦めるよ」

    そう言うと、怒ったようにまた突っかかってきた。

    「なんでだ⁉ お前が一番このグループで頑張っていたじゃないか!このグループは辞めてもいいが、アイドル活動だけは続けろよ!」
    「ははは、君がまさかそこまで思ってくれているなんてな。ありがとう。でも、もういいんだ。君は頑張れよ、応援しているから」
    「炭治郎…」

    止めてくれた仲間の言葉がとてもありがたかったが、やめると決めた以上、もう戻る気にはなれなかった。この事務所に入ってから色々あったが、悪い事ばかりじゃなかったなぁと思いながら、炭治郎は事務所を後にした。
    事務所から帰り、今度は借りている部屋を引き払う準備をしだした。アイドル時代の思い出の品が次々出てきて、泣きそうになる。でも、一度決めてしまったことなので、もう引き返せないと思い、必要なものだけ段ボール箱にいれて、不用品はゴミ袋に入れた。すっかり綺麗になった部屋を見た瞬間、虚脱感に苛まれた。これまでの苦労はなんだったんだろうかと思ってしまう。
    お世話になった人達にもせめて挨拶をしようかとも考えたが、こんな状態を話せる訳もなく、無気力になってしまったので誰にも連絡はしなかった。あれだけ良くしてもらった煉獄さんにはせめて連絡を、とも思ったが忙しい煉獄の手を煩わせるのが申し訳ないし、何よりこんな連絡を煉獄は望んでいないだろうと思い、また実家に戻って落ち着いたら改めて連絡しようと思ったのだった。

    最終のPillars臨時メンバーオーディションから数週間後、煉獄は事務所の社長から呼び出されてPillarsのメンバーと共に新しくメンバーに加入する子の紹介をされた。その子は炭治郎ではなかったのだが、とても良い子でPillarsのメンバーもすぐに気に入ったようだった。
    社長の目に狂いはないし、実際、新しいメンバーとしてきた子もしっかりしていてとてもいい子だ。しかし、炭治郎と一緒に活動できるチャンスと思っていた煉獄は、内心とてもがっかりしていた。あまり顔に出さないようにしていたが、目ざとい社長には気づかれていたようで、部屋を出ようとしたときに呼び止められてしまった。社長は本当に人の感情に敏感で、普段から感情がわかりにくいと言われる煉獄の変化によく気が付いて、話しかけてくれる数少ない存在だった。

    「杏寿郎、何か不満でもあったのかい?」
    「いえ、社長。不満なんてありません」
    「でも何か思うところがあるんだろう?」
    「いえ、特に何も…」

    特に社長に伝えることは何もないのだ。社長に炭治郎を入れてほしいと言っても、それは無理な話だということもよくわかっている。なにより、Pillarsには炭治郎より、今回選ばれた子の方が雰囲気はあっている。それを自分のわがままだけで、どうこう文句を言おうと煉獄も思っていなかった。ただ、自分自身が寂しいだけだ。炭治郎にもどう声を掛けたらいいのかわからないので、ラインすらできていない有様だ。炭治郎の事が大好きなのに、落ち込んでいるハズの炭治郎を慰めることもできない。こんなに自分が意気地がない男だと思ってもみなかった。
    社長は黙ってしまった煉獄に、優しく話しかけた。

    「炭治郎君のことで悩んでいるのかい?」
    「はい、その通りです…。…って、えぇ⁉ なんで知っているんですか⁉」
    「いや、だって、杏寿郎が色々教えてくれていたじゃないか。可愛い子がいるんだって」

    そう言えば最近、仕事現場からすぐに家に帰っていることを社長から問いただされて、一度炭治郎と生活している事を話したことがあるのを思い出した。

    「はい、まぁ、その炭治郎が気にはなっているのですが…。どう話しかけたらよいものかと悩んでおります。相手先の事務所でもかなり孤立していたようですし…」
    「あの子、事務所退社したようなんだよね。今は実家に戻っているみたいで」
    「そうですか…、炭治郎が…。えぇ⁉ 事務所を退社してしまったんですか⁉」

    初めて聞く事実に、驚くと同時に怒りが込み上げてきた。別れ際に、炭治郎には困ったことがあったら相談してほしいと言ったのに、何の連絡も来ないまま辞めてしまったことがショックだった。俺はそんなに炭治郎から信頼されていなかったんだろうかと怒るような、悲しいような気分になった。今すぐ、炭治郎に会って文句の一言でも言いたい気分になっていた。驚きと怒りとでわなわなと震える煉獄に、社長が話を続けた。

    「うん。だから、彼今フリーのはずなんだよねぇ…。うちで欲しいと思っているんだけど、彼、前のマネージャーからの連絡にも出ないようにしているみたいなんだ。杏寿郎、確か仲良かったよねぇ。ちょっと実家まで行って呼んできてよ」
    「わかりました!社長! 俺がここまで炭治郎を連れてきます!」

    こうして、ちゃっかり炭治郎の実家の情報を手に入れた煉獄は、早速向かおうと部屋を飛び出したが、社長にお願いするのを忘れたことがあったのを思い出して、慌てて部屋に戻った。本当は、炭治郎がPillarsに臨時加入したら社長に無理を言ってお願いしてみようと思っていた事なのだが、この事務所に炭治郎が入るのであれば、Pillarsに入らなくてもできるお願いだった。

    「社長! お願いがあるのですが!」
    「うん、なんだい?」
    「実は…、なので…、というお願いなのですが、いかがでしょうか?」

     誰も聞いている訳ではなかったのだが、恥ずかしいのでこっそりと耳元で社長に相談すると、社長は珍しく声を出して大笑いした。

    「ははは、杏寿郎、君本当に炭治郎の事が好きだねぇ」
    「う…、そう笑われると恥ずかしいです」
    「いいよ、炭治郎をどうやって売り出そうか考えていたところだったから。書類作成するから少しだけ待って」

    社長が作成した書類を持って、煉獄は炭治郎の元へと大急ぎで向かうのだった。


    そのころ、自分の元に煉獄が向かっていると知らない炭治郎は、呑気に実家のパン屋で働いていた。

    「いらっしゃいませー」

    数週間前まで東京でアイドルをしていた炭治郎は、今やすっかり実家のパン屋の看板店員になっていた。あのあと、実家にオーディションの結果が届いたが、案の定落選。職もないため、恥ずかしながらも実家に帰ってきて、パン屋で働かせてもらっている。レジ担当で立っていると、アイドル時代のコアなお客さんがこっそり来てくれるようになった。店の売り上げにはそこそこ貢献できているので、そこだけは良かったと思っている。
    あれから、炭治郎はずっと煉獄に連絡が出来ていなかった。あれだけ気にかけてくれていた煉獄に何の相談もせずに辞めてしまって、正直何を話したらよいのかもわからなかった。前のマネージャーの後藤からも何度か連絡を貰っていたが、電話に出る気力もなく、そのまま放置してしまっていた。とんでもないダメ人間だなぁと心底思いながらも、今日もぼーっと放心状態でレジに立っていた。この時間帯は人もまばらで、お客さんはほとんどいなかった。

    「あ、お兄ちゃん! またぼーっとしてる!」
    「ん? あぁ、ごめんごめん。ついつい」

    妹の禰豆子がレジの交代にやってきた。気を抜いてレジに立っているところを見られて咎められてしまった。

    「もう、お兄ちゃん帰ってきてから、上の空になっている事多いよ!本当はもっとアイドル続けたかったんじゃないの?」
    「う~ん、どうだろうな。もう、充分かなと思っていたんだけど」

    自分なりに、今まで充分頑張ったとは思う。でも、売れなかったのだから仕方ない。そうは思っていたのだが、中々気持ちの整理がつかないのも事実だった。

    「まだ何か心残りがあるの?」
    「心残り? 心残りかぁ…」

    心残りがあるのでは? と問われて、真っ先に煉獄の顔が浮かんだ。煉獄との遠い日の約束を果たせなかったのは、かなり心残りではあった。しかし、それも今は叶わない夢だと、自分の中では諦めているつもりだった。

    「あー、わかった! 煉獄さんのことでしょ?」
    「えぇ⁉ なんでわかったんだ?」

    いきなり妹から考えていることをズバリ当てられてびっくりしてしまう。

    「お兄ちゃん、ちょっと前まで私に連絡してくるたびに、煉獄さんの話しかしてこなかったじゃない。もしかしてと思ったら図星だったのね」
    「うわー、恥ずかしいな。俺、そんなに煉獄さんの話していたか?」
    「うん。恋人ですか? ってくらいしていたよ」

    禰󠄀豆子にクスクス笑われて、恥ずかしくて縮こまってしまう。やっぱり自分は煉獄さんのことが好きだったんだなぁと思う。恋愛対象として煉獄さんのことが好きなのかどうかは自分でもよくわからないけれども、もう煉獄さんと一緒にアイドル活動をすることもないだろうから寂しいとは感じていた。

    「お兄ちゃん、こっちに戻ってくるとき、ちゃんと煉獄さんに挨拶したの? まさかしていないんじゃ…」
    「うぅ、れん、らく、し、た、よ」

    あからさまに兄が嘘をついたので、禰󠄀豆子は頭を抱えてため息をついた。そして、カウンターの下に置いていた炭治郎のスマホを取り出した。

    「お兄ちゃん、ちゃんと連絡しなきゃダメだよ。はい、スマホ。今すぐ連絡してね」

    禰󠄀豆子からスマホを押し付けるように渡されて、冷や汗が止まらない炭治郎。今更煉獄さんと何を話したら良いのかもわからないし、かけたら怒られるのがわかっていてかけられない。

    「ほら! 連絡!」

    禰󠄀豆子から急かされて、勢いで連絡してみた。どうせ今の時間帯は電話に煉獄さんは出ないだろうと思っていた。
    それがまさか、ワンコールで電話に出るとは思ってもみなかった。

    「あ、もし・・・」
    「炭治郎か!」

    慌てて話をしようとした炭治郎だったが、やや食い気味で煉獄が返事をして遮られてしまった。これは相当怒っているに違いないと炭治郎はますます慌てた。

    「あっ、あっ、れっ、煉獄さん!」
    「なんだ!」
    「あの、そのっ! あれだけ教えてもらったのに、オーディション受かりませんでした! しかも、勝手にアイドル辞めちゃってごめんなさい!」

    目の前に煉獄がいるかのように、炭治郎は深くお辞儀をした。煉獄はしばらく無言だった。やっぱり怒っているんだと、恐る恐る、炭治郎が話しかけた。

    「あのー…、煉獄さん?」
    「……、今運転中だから、あとにしてくれ! もう少しで着くから!」
    「はいぃ! …? もう少しで着く?」

    炭治郎が不思議に思いながら店の前の道見ると、猛スピードでこちらに向かってくる赤色の車が見えた。その赤い車が店の駐車場に、すごい音を立てながら、ほぼドリフト駐車状態で入ってきた。(注意:運手中に電話をしてはいけないし、店の駐車場でドリフトしてもいけません)
    炭治郎はその赤色のフェラーリに見覚えがあった。というより、こんな目立つド派手な車を乗り回す知り合いを一人しか知らない。

    車の中から、片手に数枚の紙を持った、金髪に毛先だけ朱色の男が降りてきた。煉獄さんだ! 炭治郎は思わず、カウンターの下に隠れようとしたが、禰󠄀豆子にガッツリ捕まってしまった。日頃パンを一緒に焼いているだけあって力強いな!さすが禰󠄀豆子だ! と妹に感心していたら、店の中に入ってきた煉獄がカウンター目掛けて一直線に走ってきた。その勢いのまま煉獄は、カウンターに手に持っていた数枚の紙をバンッと叩きつけるように置いた。
    怒られると思っていた炭治郎は、その音にビビって飛び上がりそうになるが、何故か煉獄に両手をガシッと掴まれた。そして、両手をブンブンと上下に振られた。両手を握っている煉獄は、今までにないくらいすごく嬉しそうだった。

    「炭治郎! 炭治郎!俺のパートナーになってくれ! ほら! ここにサインするんだ!」
    「えぇーーー⁉ ちょっと⁉ 煉獄さん⁉ いきなり何言い出すんですかーーー⁉」

    パートナーとは? どういう意味なんだ⁉ もう炭治郎はパニックである。何? いきなりパートナー宣言? なにこの紙、婚姻届け? 俺達結婚するの⁉ 確かに煉獄さんのことは好きだけど、そういう意味で煉獄さんは俺の事が好きだったのか⁉ などと訳の分からない事を連想して、両手を煉獄に掴まれたまま気絶しそうになった。

    「あれ…、これって…」

    そんな気絶しかけている兄を放置して、妹の禰󠄀豆子は冷静に煉獄が机に叩きつけた書類を手に取って眺めていた。その紙の内容は、煉獄が所属する事務所との契約書と、それに伴い新しいグループに炭治郎が加入する条件等が書かれた契約書だった。グループのメンバーを確認した禰󠄀豆子はとても驚いて、隣で気絶しかかっている兄の背中を思いきり叩いた。炭治郎はそれにビックリして、みっともなく悲鳴を上げた。

    「ちょっと! お兄ちゃん! これ! すごい事書いてるよ! そこで惚けてないで、さっさと読んで!」
    「ふぇ? 何?」

    煉獄に握られていた手を解いてもらって、禰󠄀豆子から渡された書類を確認する。そこには、新しいグループ、というよりアイドルデュオのメンバーが書かれていた。その名前に、炭治郎は眼球が飛び出るくらいの衝撃を受けた。

    「え、ちょっ、これっ……」
    「そうだ! 俺と炭治郎との二人組で新しく活動するぞ!」
    「えっ、これっ、煉獄さんと俺で活動ってことですか?」
    「そうだ! だから、この契約書に早くサインするんだ! ゆっくりはしていられないぞ!」
    「えっ、でもっ、親に相談しないと…」

    一度はアイドル活動を辞めると言って帰ってきてしまった身の炭治郎は、すぐにサインすることをためらってしまった。
    すると、あまりにレジ前で声のよく通る二人(煉獄と炭治郎)が騒ぎすぎたのか、店の奥から炭治郎の両親が何事かと出てきた。煉獄は、大昔に炭治郎の両親とも交流があったので顔は覚えていた。炭治郎の両親を見るなり、慌てて駆け寄って行った。

    「炭治郎君のお父さんとお母さん! お久しぶりです! 早速ですが、炭治郎君を俺にくださーーーーい!」
    「ちょっとーーー! 煉獄さん何言ってるんですかーーー! 誤解を生む発言は辞めてくださいーーーー!」

    このあと、色々と誤解した両親が驚いて炭治郎を問い詰めたり、煉獄が横から邪魔をしてきたり、弟妹が騒ぎを聞いて駆けつけたりと、パン屋の中が騒然となったが、炭治郎が皆に理由を説明しまくって何とかその場を落ち着かせたのだった。

    炭治郎は両親から、本当にアイドル活動をもう一度やりたいのかと聞かれた。そう聞かれれば、炭治郎の答えは一択だった。

    「俺は……、もちろんやりたい! 次は絶対に諦めないから!」

    両親からは、それならもう一度行っておいで、その代わり、次は帰ってきちゃダメだよ、帰ってくるなら必ず成功してから帰ってきなさい、と言われた。

    あっという間に話が進み、その日の内に事務所の社長に挨拶に行くことになった。煉獄が、自分が事務所まで車で乗せていく! と言い張るので、慌てて店の服から着替えて煉獄の車に飛び乗った。車の中で、炭治郎は煉獄に本当にユニットを組むのが自分でよかったのか確認した。つい先日まで底辺アイドルだったし、何なら一度アイドルを辞めてしまったのに、そんなだらしない自分で本当によかったのか、心配になってしまった。

    「煉獄さん、組むのが本当に俺でよかったんですか?」
    「? 何か問題でもあるのか?」
    「いや…、だって、俺ちょっと前まで底辺アイドルでしたし、歌もダンスも煉獄さん程上手くもないし…」
    「君は自分を過小評価する癖があるな! 俺から見たら、君ならトップアイドルとしても十分やっていけるぞ!」
    「そうですか?」
    「俺が言うから間違いない! それに、俺は君の歌って踊っている姿が大好きだ」
    「トップアイドルの煉獄さんから大好きと言われると、ちょっと恥ずかしいですね…」
    「それに、君は皆を元気にする力がある! それはアイドルとしてすごい能力だぞ! 俺も元気にしてもらったし!」

    煉獄にべた褒めされて、炭治郎は助手席ではにかんだような笑顔になった。ちらりと運転席側を見ると、赤信号で丁度止まったタイミングで煉獄がこちらを満面の笑みで見ていた。

    「ふふ、俺は君の笑っている顔を見るのが一等好きなんだ。これからはずっと隣で笑っていてほしい」
    「俺もずっと煉獄さんの隣にいたいです!」
    「そうか! 相思相愛だな! じゃあ、今日からまた俺の家に泊まり込みだ!」
    「え、また煉獄さんの家に泊まりに行ってもいいんですか! でも、俺が部屋にいると邪魔じゃないですか?」

    また煉獄の家に転がり込んでもいいのだろうか。煉獄の家に泊まらせてもらえるのならアパートを借りる心配をしなくて済むし、何より、大好きな煉獄とまた一緒に暮らせることがたまらなく嬉しかった。

    「邪魔なわけがない!というより、これからアイドルデュオ用の練習をしないといけないから、家に居てくれた方が都合がいい! あと、もうそろそろ君の作ったご飯が食べたい!」
    「もちろん! 料理もいっぱい作りますね!」
    「わっしょい!今から楽しみだ! あと、先ほどから告白を軽くスルーされている気分なのだが、炭治郎は俺のことが好きじゃないのか?」
    「へ? 好きですけど?」
    「あ、いや、そういった好きではなくてだな……、あぁ! 信号が変わってしまった!」

    再び車を運転しだした煉獄が、いまいち好きの意味がわかっていない炭治郎に少しムスッとした様子で話を続けた。

    「君は意外と鈍感だな!」
    「え? 鈍感⁉ どういうことですか??」
    「俺の魅力もまだまだだったという事だ!」
    「???」
    「これからは全力で君を落としにいくから、覚悟しておいてくれ! 毎日嫌という程俺を堪能させてあげよう!」
    「えぇーーー⁉ それどういうことですか⁉」

    炭治郎が自分の中にある、煉獄への恋心に気づくのは、これからまだまだ先のことである。



    人気のないステージ裏で、煉獄はいつものように炭治郎に軽くキスをした。いつもステージに上がる前にしている、二人だけの秘密のおまじないだ。初めの内は恥ずかしがっていた炭治郎も、今では煉獄がこれをステージ前にしてくれないと、不貞腐れるようになった。

    「炭治郎、今日もいけそうか?」
    「ん…、はい、いつでも大丈夫です!」

    まばゆい光に照らされて、二人は、満員御礼の武道館のステージへと向かうのだった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💖💕😍
    Let's send reactions!
    Replies from the creator