秋雪舞うは、夢か現か。「今日は一段と冷えますね…」
寮への帰り道、ひとりごちた言葉は誰にも届かずに夜空へと消える。
こんな日につい思い出してしまうのは、雪が舞う中で行われたあの撮影のこと。
温めてもすぐに冷えてしまうこの指先を、あの人が温めてくれた時のこと。
単に温めてもらえたことが嬉しかったのではない。触れたくても触れられないその温かさに包まれたことが、嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
私の反応を見て笑ったその顔に、秘めた想いもが熱くなった。
あれからもう何年経っただろう。
熱は冷めることなく、想いはむしろあの日の雪のようにどんどん降り積もっている。
「聖川さん…」
そう口にするだけで、身体が温かくなるような気がする。
その身体から吐き出した熱を、冷えた指先にはぁとかけた。
「呼んだか?」
「!?」
幻聴だろうかと疑うよりも早く反射的に振り向いたその先に、その人は、いた。
「声を掛けようと思ったところで名を呼ばれたのでな。一ノ瀬は背中にも目が付いているのかと驚いたぞ」
「え、あ……えっ…」
「その様子では違うようだがな」
聖川さんは訝しがる様子もなく、おかしそうに笑った。
「あ、あの…その………」
なんとか誤魔化さなければと思うのに、予想だにしない出来事に頭はパニックから戻らず、口を開けど言い訳は出てこなかった。
それでも聖川さんはただ目を細めて微笑んでいた。
「夕飯はこれからか?良ければ俺の部屋で一緒にどうだろうか。昨日京都の美味しい豆腐が届いてな、今日は冷えるから湯豆腐にしようと考えていたのだ」
どうしよう。
聖川さんは気にしていないのか、話題は既に別のものになってしまった。
これでは今更何か言う方が怪しいのではないだろうか?
「湯豆腐…それは良いですね。温まりそうです」
表面上はいつも通りの冷静さを装って、どうにか返事を返す。
失態の後では気まずさはあるが、折角の聖川さんからのお誘いを断る理由には足らない。
「ああ――
この冷えた指先までも温まると思うぞ」
さらりと攫われた指先が、温かさに包まれた。
「っ…!?」
月明かりが聖川さんの顔を照らす。
そこへきらきらと舞うものは、夢か現か…
おそらくは――。