Cherry Blossoms—撫ぜて 優しく さくらの花びらみたいに
春の季節の変わり目は、体調を崩して通院してくる患者さんが多く、忙しい一日だった。
やっと日勤が終わって病院を出ると、門の見事な桜の樹の下で手を振る父娘に、自然と口もとが綻ぶ。
「リヴァイ、サシャ、ただいま!迎えに来てくれたの?」
「うん。サシャ、パパにアイスを買ってもらってお散歩してここに来たの」
「パパは本当にサシャに甘いなあ」
「…たまにはいいだろう。な、サシャ」
抱かれた娘が、パパ大好きと頭に抱きつく。我が娘ながら3歳なのにもう父親を掌握している。
リヴァイの3本の指がふいに私の頭を撫ぜた。
「花弁が髪についてる」
節くれだった固い指が優しく髪を撫ぜてくれる。
「パパ、ママにいい子いい子するの?サシャもするー」
さくらの花のように可愛い5本の小さな指も、私の髪を優しく撫ぜてくれる。
ーー幸せだな
地ならしという大きすぎる厄災が起きる前のことを私は何も覚えてなかった。
気づいた時はこのアズマビトが経営している病院に居て治療を受けていた。
病院の人達はみんな優しく、身体が良くなった後も、なぜか自分には化学や医療知識があったため看護師として働かせてもらって。
それだけでも私はとんでもなく恵まれていたし、幸せだったのに。
5年前に右目と右指、そして左脚を負傷した男が突然やって来て—
——私はかつてその男にふたりで一緒に暮らそうと言ったのだと。だから迎えに来たのだと——
医者もリヴァイも、過去を覚えていないのは私が思い出したくないのだろう。今、生き延びていることが大切なのだから気にすることはないと言う。
でも時々、記憶を探る。
かつてあなたと居た場所。二人の時間。
娘の天真爛漫な笑顔に、名前をもらったブラウンの瞳の少女の姿が朧げに浮かぶ。
どこかの森の中で、あなたが死んだように横たわっていて。
私はもうここで1メートルも動きたくないくらい、心も身体もくたくたに重くて…
横で微睡みながら、あなたの指が私の髪を撫ぜてくれるのを感じていた。
優しく優しく…
「さぁ帰るぞ」
前を歩く手を繋いだ父と娘が春の陽炎に揺らいだ。
昔見ていた夢は、薄紅の花弁の舞う道を、ふたりがいつだって手を取り合って、並んで歩くんだ。
ふたりに追いついて、空いてる方の手をつないだ。
そして、薄紅の花弁が空に舞うたびに、
つないだ手と手を道で揺らして
このままずっと、続きますようにと願った。
撫ぜて 優しく あの日のようにうまく微笑うから