I WANT YOU BACK「天と地の戦い」から4年。地鳴らしの厄災を運良く免れた「救世主」という名をもつ水上都市が恒例だったCarnaval(カルナバル)を再開するという。
🌙第一幕
-Salvadore(サルバトーレ)奇跡と魔法を呼び醒す街-
「すごいすごいよ!世界を救った救世主として、私達みんなにカルナバルに来てくださいって!」
サルバトーレ自治区から届いたという招待状を片手に、ガビが部屋に飛び込んで来た。
「——アルミン達はまだパラディ島だろ。みんなって言ったってお前とファルコ、オニャンコポンしかいねえ」
「リヴァイも行くんだよ!サルバトーレのカルナバルって言ったら、そりゃあ有名なんだから。その日はみんながとびっきりのオシャレして仮面を着けて夜通しお祭りを楽しむんだよ」
「——お前らだけで行って来い。俺の足じゃあ遠距離の移動は無理だろう」
車椅子から杖で自力で歩けるようにはなったものの、ひきずった左足では、本人曰くクソみたいな距離しか移動できなかった。
「いや・・・サルバトーレの街中なら基本船(ヴァポレット)での移動だから、現地まで車椅子で行けば大丈夫ですよ。兵長」
「・・・なんだオニャンコポン、お前も行ってみたいのか・・・?」
「いやあ、マーレ人で行きたくない人はいませんよ。サルバトーレのカルナバルですから。面白い成り立ちの街なんですよ。街っていっても土地じゃあないんです。海にたくさんの木の杭を打って、水上に浮いている街なんです」
「・・・・ほう、」
まるで紛いものみてえな街じゃないか。俺達が巨人と戦っていた壁の内のような。
「・・・・悪くねえ」
思わず口を吐いた一言をガビは見逃さなかった。
「あ!リヴァイがいいって言った!やったあ!!オニャンコポン、おっさんの気が変わらない内にお返事しちゃって!」
🌓第二幕
-Carnaval 華麗な謝肉祭の夜に、春を呼ぶ子どもらの歌声が街中に木霊し響く-
なるほど、サルバトーレは街の道にあたるものが運河になっていて、移動手段は船らしい。
地鳴らしの救世主なんて、大層な紹介をされるのは居心地が悪かったが、開催のイベントが終われば、後は各々街に繰り出していいらしい。
リヴァイは渡された目の周りを隠すための、装飾されたヴェネチアン・マスクを着けてみる。
ファルコとガビは、すっかり豪華なご馳走たちに夢中のようだ。
「おい、オニャンコポン、ちょっと外すぞ」
「兵長?散策します?一緒に回りますよ」
「いや、周りを少し歩くだけだ。一人で大丈夫だ」
人混みがひどいですから気をつけてくださいよ。やっぱり一緒に行きますよ、とかコイツはいつから俺の介助者になったんだ。まったく鬱陶しい。
「——あ、そうそう兵長。一つ言い忘れてました」
オニャンコポンがニヤリとして囁いた。
「カルナバルには死者も遊びに来ています。みんな仮面を着けているから、誰がそれかは分かりません」
「でもね、もし会いたい死者に会っても、一緒に船に乗っては行けないですよ。黄泉の国に連れて行かれてしまいますからね」
「——はっ くだらねえな」
俺達がどれだけ仲間を見送ったと思っているんだ。死者が遊びに来たら、それこそ人が多すぎて街が海に沈むだろうが。
——でも本当は会いたい人がいるのでは?——
自分の考えに乾いた笑いが漏れた。
🌔第三幕
-太陽の恵みよりParadeのIllumination 人と光の波にもまれてゆく-
確かにオニャンコポンが言う通り、メインストリートは酷い人混みだった。
杖を突きながら歩くのは骨が折れ、人熱に疲れ、リヴァイは路地に入り、壁にもたれかかった。
「・・・ざまあねぇな・・・」
「———Nao esqueco esse amor
Nao esqueco esse amor
Cantando amando vivendo___」
路地では浅黒い肌の奇妙な服装の女がギターをつま弾きながら歌っていた。
言葉の意味はわからねぇが、かつて地下街にいた頃の吟遊詩人のようなものだろうか。
置いてあるギターケースにいくばくかのコインを入れてやる。
「——おや、ダンナ。人を探しているね」
「ここで休んでいるだけだが?」
「そう?まあせっかくだから少しここに座ったら?」
小さな椅子を差し出される。
「今日はカルナバルだから、せっかくだからお礼に占ってあげるよ」
女はそういってギターを置くと、古いカードを取り出した。
「——ふぅん。ダンナは、その人を探していることを恥じている。気後れしているんだね。だから探していることを隠しているし自分でも気づかないんだ」
「でもその人を追い求めることを止められない。心のどこかでずっと反芻しているんだ。どうしてすれ違うんだろう。行き先は同じはずだったのにってね」
女の黒い瞳にカルナバルの灯が妖しく点る。
「———会えるのか?」
馬鹿馬鹿しい思いが思わず口を吐く。
直後に自分の未練がましさに舌打ちした。
「会えるよ」
ただし、女は付け加える
「ダンナはずっとすれ違ったままさ。ダンナとその人の行き先は一緒のようでそうじゃないんだ」
ハッと顔を上げた途端、女もカードもギターも消え失せ、リヴァイは路地裏の壁に並べていた椅子に座り込んでいた。
🌕第四幕
-二人の恋は熱く激しかった 愛し合う夜に揺らめく君の声-
——悪い夢でも見ているようだ。式典で飲んだ発泡酒で悪酔いしたのか?——まさか!たった一杯だぞ。
まるで恨まれているような女の宣告に打ちのめされたような気分で路地裏から表通りに出る。
大通りは相変わらず、戦後の喜びに満ち足りた仮面の老若男女で賑わっている。
先に宿に帰って休もう。この街は自分にはあまりにも眩し過ぎて、目がくらむ。
大橋の袂にある宿を目指して引き摺る足を向けるが、人波でなかなか前に進めない。
「ヴァポレットてヤツに乗ってみるか…」
オニャンコポンの話だと、パラディ島の3つの壁をかつて行き来した定期船のようなものが、ひっきりなしに運河を行き来して人を運んでいると言う。
リヴァイは大通りから、運河沿いにある停留所に向かった。
やっと停留所らしきものを見つけたその時、
全てのさざめきと動きが止まり、眩い光を背にした、細身の女のシルエットだけが翻った。
カルナバルの祭りの光を受けて、秋の葉のように鮮やかに色付く髪。
黒い刺繍が施されたヴェネチアンマスクの中で、ゴールデンドロップのように揺らめく琥珀色の瞳。
大通りから河岸に降りるステップに向かい、人波をひらりと躱しながら飛ぶように移動する。
——そう。まるで立体機動装置で飛んでいるように——
まさか、そんな。似たような女は他にもいるだろう。
リヴァイは自分に言い聞かせる。同時にオニャンコポンの言葉が頭をよぎる。
女の後を追うように、大通りから河岸へ続く階段を降りて行く。
運河の河岸の通路は、大通りと比べて人が少なく、リヴァイは杖を突く足を早めた。
早く女に追いついて、確かめたい。
まさか———
お前なのか?ハンジ。
停留所で足を停めた女にやっと追いつく。
思わず腕を掴み、振り向いた女の顔からマスクを奪い取った。
「———っハンっ」
「随分と待たせたな」
「やあ、お待たせ」
女の肩に手を置いた、美丈夫の男のアイスブルーの瞳に息が止まり、身体が雷に打たれたように硬直した。
かつて自分が選んで、死地に送った男。
「———エルヴィっ——」
太陽を乗せたような眩い金色の光に包まれたヴァポレットが音もなく、スルリと夜の停留所に滑り込む。
「さあ、乗らなくては。我々が最終だ。もうすぐ日が昇る」
男はそう言って、先に船に乗ると手を伸ばして女を船内に引き上げた。
滑るようにヴァポレットはまた河岸から離れて行く。
リヴァイはそこから動くことができずに2人を見つめていた。
女の唇が動いて、何かの言葉を形作った。
「————————」
🌘最終幕
-I want you back Every sigh Every move-
杖を投げ捨てて、リヴァイは河岸を駆けヴァポットを追っていた。
身体は以前のように軽く、不思議なことに左足も難なく走ることができた。
行かないでくれ。もう置いて行かないでくれ。
連れて行ってくれ。追い求める心をもう、恥じない。隠さない。
ヴァポットに追いつくと、リヴァイは地面を思いっきり蹴った。
昔のように身体は宙を舞い、2人の乗る、眩い光の中に吸い込まれていった。
「リヴァイ!おはようー!良く眠れた?」
「———ガビ?———か…」
朝の光を浴びて秋の葉のように鮮やかに色付く髪を持った少女は、よく知った顔だった。
「ほら、用意して!朝食を食べに行くよ。ここのホテルの朝のカプチーノが絶品なんだって。あ、リヴァイ、ここでは紅茶でなくて、朝はカプチーノを試してね」
テキパキとファルコに指示を出しながら2人で支度を手伝ってくれる。
「…そうか、まぁ夢でも見ちまったんだな…」
奇妙な女に奇妙なことを言われて、たどり着いた宿でそのまま寝入って夢でも見たらしい。
本当に平和ボケしちまったんだな、とリヴァイは自嘲した。
「あれ?リヴァイさん、ステッキをどこかに忘れてきました?無いんですけど」
ファルコが不思議そうに話しかけてくる。
「自力で帰ってきたんだ。杖が無けりゃここに居ないだろう」
ですよねー。おかしいな、もう一度探してみます、と2人で部屋の中を探し始めた。
「…あれ!リヴァイこれ、どうしたの?女性用のアイマスク!珍しいね。これ、メガネのレンズが入ってる!」
ガビが手に持った華奢な黒いレースのヴェネチアンマスク。
「まさか…そんなことは…」
ちょっとガビっ!ファルコはガビの背中を突いた。
リヴァイさんだって大人の男だ。女性と一晩過ごしたっておかしくないだろ?!
「ちょっと何よファルコ!ど突かないでよ!」
2人のいざこざを見ていると、自然とリヴァイの口角が上がった。
「ガビ、ファルコ、それは船着場にいた女にもらったんだ」
見せてみろと手を伸ばすと、ガビが、えー!それってリヴァイのことが気になっちゃったんじゃないの?ナンパされたんじゃないの?とかしましく騒ぎながらマスクを手渡してきた。
「———ああ、とびっきり上等な女だったな」
ひんやりとしたビロードに繊細な刺繍が施されたマスクを手に取って表面を撫でる。
見ていてくれたのか。エルヴィン、ハンジ
「ずっと、見ているよ。リヴァイ」