抱擁働き方を見直す、そのしわ寄せは必ずやってくる。
労働時間を短縮したところで、業務内容は変わらない、加えて全国的な人員不足。だが、だからといって全社員を残業させるわけにはいかず、役職がこうしてほぼサービス的な超過勤務をせざるを得ない。一昔前では考えられない状態がこの世の中には広がっている。部下たちに不満があるわけではないが。
「リヴァイ課長」
「勝手に降格させるな」
「・・・リヴァイ部長」
「なんだ」
共に残業を始めて4日目、部下のひとり、ミカサ・アッカーマン主任。親族じゃねぇが、たまたま俺と姓が一緒で、そのため、俺とミカサは必ず名の方で呼ばれる。ミカサが俺の部署に配属されたとき課長だったためか、はたまたバカにしているのか、ミカサはうっかりと課長と呼ぶことがある。
そんなミカサの目の下には隈。化粧で隠しきれなくなってきている。女に悪いと思うから「お前はやらなくていい」と何度も帰そうとしたが、責任感が強すぎるこいつは4日も俺と残務処理をしている。
「どうやってもここの数字が合わない。どこで狂っているかも分からない」
ため口きいてくるとは、相当疲れが溜まっているようだ。やはり今日はもう帰した方がいい。幸いあと一日あるし、明日一日なんとか乗り切れば週末、休みだ。
「俺が見る。お前はもう帰れ」
「帰れるわけないでしょ。最低限それが終わらないと月末もっと大変なことになる」
「今にもぶっ倒れそうな顔して言ってんじゃねえよ」
この時間、外部からの電話は繋がらない。邪魔が入らなければ、1時間もあれば原因を探れるだろう。ミカサは優秀だが、分析はアルミンの方が上だ。今日はもう帰って居ねえから、俺で分からなければ明日頼むか。
「なら、そこは貴方に任せて、私は次の書類に手を付ける」
「帰り仕度しろ」
正直間に合っていない。だが体を壊されたら元も子もない。役職なんて本来決裁仕事ばかりだから大事なのは部下たちの働きだ。中でもミカサたち主任クラスが実際は一番業務が多いし、確認作業も一番苦労する。
係長も課長も昨日まで共に残業をしていたが、今日の昼にぶっ倒れて強制的に帰した。半日休んで明日は出社する、させる。その下のミカサが4日も耐えてんだ。
「疲れすぎて帰れない。今日泊まってはダメ?」
「この社のどこに仮眠室なんてあると思う?」
「応接室のソファで十分」
「許可できるわけねえだろ。そんなになる前にさっさと帰れ」
働き方を見直すため、22時で全社員退社しなければならない。そして22時から朝5時まで防犯システムが作動する。なぜ朝5時か、上も分かっている、8時間で業務が終わらないことを。だから超過勤務は夜だけではなく、朝5時から朝礼の8時までも行われている。よって17時間は会社にいられる。麻痺してんな、「いられる」だなんて。
ミカサから書類の束を受け取り、データと付け合せるため席に戻ろうとした。
「リヴァイさん」
「ああ?」
とうとう役職も抜かれたとこめかみを引きつらせ振り向くと、もう意識が遠のくような顔をしたミカサに腕を引かれた。
「!?」
突然視界が暗くなり、全身温かさに包まれる。加えて感じる柔らかさ。動けねえでいると、さらに引き寄せられ、耳元に深呼吸の音が届く。
抱きしめられている、ミカサに。
頭を掠めるのは「セクハラ」の文字。
このご時世、全社員ハラスメントの研修が定期的に行われる。役職は追加でハラスメントをしていないか点検が行われる。
これはセクハラに当たるのか? いや、ミカサからだ。いやいや、セクハラに上下は関係ない。俺が嫌がればセクハラだろう、か。
俺は嫌がっているか?
ただでさえ頭の回転が遅くなっている時に、この分からねえ状況に、茫然としかできなかった。
手を動かせ、ミカサを押し、離させろ。
そう導き出せたのに、あまりにもの状況に腕が上がらない。
どのくらいそうしていたのか分からないが、ミカサが「はあ~」っと今までで一番長い息を吐いた。
「・・・おい」
「本当だ。ハグはストレス解消効果がある、と、アルミンに聞いた」
「あ?」
離れたミカサは先程よりはすっきりした顔をしている。
「帰れそうです。今日はお先に失礼します」
俺は「お疲れ」の一言も言えず、ただミカサがバッグを持ってドアの向こうに消えたのを見送るだけだった。
今夜は眠れそうにない。
LiLiLi......Pu
「・・・エルヴィン」
『どうしたリヴァイ、そっちは終わったのか?こっちはま、』
「部下に抱き着かれた」
『ん?』
「・・・ミカサに抱きしめられた」
『・・・何をやっているんだ、お前は』
End