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    rikaryouka

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    POIPOI 13

    rikaryouka

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    1年で12本書く!の1作目

    少女A教室の中は板書する音だけが響いている。とにかく分量を書き殴り、ほとんど説明もなく次の単元に進む教師。それを当たり前に受け入れて、彼らの望むままに知識だけを得る。
    ・・・くだらない。
    ノートに走らせている鉛筆の芯がカキンと音を立てて折れる。右手でそれを払い、新しいものに変えた。しかし、筆箱の中にある絵を描くため歪な形に削られた鉛筆がちらりと見えて、集中力を削がれてしまう。
    絵が描きたいなぁ・・・
    「あと1分」
    望みをかき消すように聞こえた野太い声に。慌てて黒板を凝視して、また無心に手を動かした。

    待ちに待った放課後、一目散に教室を出て、美術室に駆け込んだ。ここは自分が自分でいられる場所だ。
    誰もいない薄暗い教室の中、イーゼルを準備室から抱えてくると定位置に置く。そして、その前に椅子をセットし、描きかけの絵をイーゼルに乗せて固定した。
    そっとキャンパスに触れる。
    何度も何度も書き直して、ようやくこの絵に色を乗せた。もうすぐ完成するはずだ。
    スッと息を吐いて、絵と相対した瞬間、ガラリと引き戸を開ける音がして、慌てて振り返る。
    「すまない。驚かせてしまったかな?」
    教室の入り口からこちらへ歩いてくるその人は、それこそ美しいを体現したような男であった。
    身の丈は同級生たちよりも少しだけ高く、長い栗色の髪。瞳の色も同じように榛色をしていて、人間離れしている。そして、その人の顔は今まで見たどんな人よりも整っていて、気品すら感じられる。
    驚きのまま固まっている姿に、大丈夫かい?と心配そうに彼は首を傾げながら、此方の顔を覗き込んだ。
    「あ、その、不審者に見える?でも違うんだ。この教室で絵を描いているなんて珍しくて、それで、つい声を掛けてしまったんだ」
    あたふたとした彼の着ている制服は、知っているものではなかった。
    「・・・転校生?」
    「え?」
    声を出すと、彼は美しい大きな瞳をこれでもないほど大きく広げてこちらを見た。
    「そうなんだ。最近、転校してきたばかりで、この学校を探検してたんだけど、ここを見つけた。君の描いている絵・・・すごくいいね」
    彼の視線が自分より後ろの絵に移っていることが分かり、今度はこちらが慌ててしまう。
    「へたくそな絵。あまり見ないで」
    「そんなことはない。とても綺麗だよ」
    絵よりもよほど美しい横顔で彼は微笑む。
    「ありがとう」
    なんだかとても久しぶりに人と話したと思う。
    「君はいつもここにいるの?」
    「・・・部活の時間は」
    「そうなんだ。また、君に会いに来てもいいかな?」
    「どうして?」
    「この絵はとても素敵だ」
    また見たいと彼は本当に嬉しそうに笑う。
    「でも、これはまだ・・・」
    「完成していないの?」
    その言葉に頷く。
    「・・・し、あげを、先輩がしてくれる・・・って」
    「そう。それはとても楽しみだね」
    また、彼の言葉に頷いた。
    そう、先輩が仕上げをしてくれると約束していた。今日も先輩は来なかった。最近会っていない。どうしたんだろう?
    急に不安になり、目の前の彼を見上げた。
    「・・・大丈夫」
    耳なじみのいい声に、不思議と不安感が消えてゆく。
    「また来るから、それまでいい子にしていて」
    優しい微笑みが眩しくて、私は目を閉じた。

    ・・・私?


    「兄さん!」
    校舎を出て、校門の近くまで来た謝憐に三郎は走り寄ってきた。
    見慣れた本尊ではなく小花の姿をしている彼は、謝憐と同じ様に制服に身を包み、年相応の高校生になりきっている。
    「なにも君までそんな姿にならなくても」
    困ったように眉毛を下げた。
    「どうして?似合わない?」
    「いいや、すごく似合ってるよ!とても可愛い!」
    ブンブンと首を横に振って謝憐は否定した。
    事実、小花の皮は年の頃は15、6。白いシャツに茶色のブレザー、スラックスは濃い紺色のチェック柄で、洗練されている。そして鬼王たる朱はネクタイの色になり、差し色としての役目を果たしており、正直に言って、食べてしまいたいほど可愛いのだ。
    すると、三郎は嬉しそうに目を細めて、彼の腕に自分の腕を絡めると耳元で囁く。
    「兄さんもとっても可愛い」
    「さ、三郎!」
    「ねぇ、この姿で・・・」
    「こらっ!」
    真っ赤になって謝憐は腕を振りほどく。
    「今は任務中!」
    そういうことは任務が終わってからだと、コホンと咳ばらいをし、少し乱れたブレザーの襟を直した。
    そう、謝憐は任務中なのだ。なぜ彼らが高校生の振りをして学校に潜入しているのかと言えば、それは熱心な信者からの祈りがあったからだ。天界の第一武神である太子殿下への祈願は膨大だ。しかし、その広い信仰の一つ一つに彼は耳を傾け、必要があればその地に赴き、願いを成就させている。
    「・・・それって任務が終わったら、三郎とこの姿で遊んでくれるってこと?」
    年下の恋人は悪びれない。どうせ答えなんて分かっているくせに。恨めしい視線を送ると、三郎は少しだけ肩を竦めて、ごめんなさいと口にした
    「分かればよろしい」
    まるで教師のようなセリフを言って、謝憐は学校を後にした。



    「ねぇ、居なくなったんだって」
    「だれが?」
    「わかんない」
    「昔からうちの学校、行方不明者がいるって」
    「そんなのどこにでもいるじゃん」
    「そうだよ。大して珍しいことでもない」
    「そっか」
    「どうせ家出とかでしょ」

    謝憐が校内を歩いていると、そんな会話が耳に入った。
    悠久の時を生きる神官でも、最近の時代の移り変わりには目を見張るものがある。昔に比べて豊になった反面、不便になったこともある。
    夜でも昼の様に明るくなり、人は夜も働くようになった。牛や馬は減り、自動車や電車が人や物を運ぶ。人の価値観は様変わりし、信仰は金の下に堕ちた。
    そして、それでも神や鬼は消えないのは、誰もが心の奥に秘めているからだ。自らの神と鬼を・・・
    「さて、そろそろだな」
    一人ごちると、謝憐は新しい校舎を出て、校庭に沿って少し歩く。すると、古びた校舎が姿を現した。解体作業が途中で止まった校舎は、埃と汚れが酷く廃墟と化している。
    コンクリートにまで生えた草を踏みながら、謝憐はその廃墟の二階に上がり、取れかかっているプレートを見上げた。
    美術室
    腕に巻いた白綾が少し怯えたように腕を絞めた。
    「大丈夫だ」
    宥めるように震える若邪を優しく撫でると、教室の引き戸に手を掛けた。
    ガラリと音を立ててドアが開く。すると、中には昨日ここで出会った少女が今日も絵を描いていた。



    目が覚めると、授業は終わっていた。どうやら珍しく居眠りをしてしまっていたらしい。
    荷物を持つと、美術室へ歩く。
    部室に着くといつものように、イーゼルを準備室から抱えて、定位置に置く。そして、その前に椅子をセットし、描きかけの絵をイーゼルに乗せて固定する。
    すると、ガラリと音を立ててあの人がやってきた。
    「やぁ」
    ぺこりと頭を下げる。
    本当にまた来た。物好きな人だ。
    「絵は好き」
    彼は横へやってきて、私の絵を見ながら尋ねた。
    「・・・たぶん」
    「多分か。そうか」
    でも、と続ける。
    「君の絵はとても綺麗だね」
    「・・・絵の描き方は、先輩に習いました。先輩は親切に絵を教えてくれて・・・この絵の題材も先輩が大好きな神様なんです」
    「そうなんだね」
    彼は悲しそうな顔をして、一歩壁側に下がる。
    「・・・この絵を完成させよう」
    「先輩は来ないのに、どうやって?」
    首を傾げた。
    すると、彼は私をまっすぐ見て言った。
    「来るよ」



    美術室のドアが開き、男子生徒が入ってくる。
    「せ、んぱい?」
    「絵の仕上げをしよう」
    一言そう言って、音もなく先輩は筆を持って私の絵の前に立った。
    「・・・中々上手く描けている。仕上げをするんだろ」
    「はい」
    先輩は丁寧に私の絵を直しては、新たな色を置いていく。色彩の花が一気に咲き乱れるように、生き生きとした色遣いだ。
    「こっちは、こうして」
    「はい」
    筆がのる。こんなに楽しいのはいつ以来だろう?



    気が付いたら黄昏時を過ぎて、闇が教室を支配していた。先輩の髪と同じ闇色?
    「こ、れで・・・終わり?」
    キャンパスに美しい赤をのせると、絵は完成した。
    剣と花を手に持ち、慈悲の笑みを浮かべる神様。
    「やっと、描けた・・・」
    嬉しくて、キャンパスを置いたイーゼルに抱きついた。
    「この絵、先輩に・・・卒表されても、あなたに神の加護がありますように」
    先輩は少し驚き、何かを言おうとして口を噤んだ。
    「・・・そうだったんだね」
    声は違う方から聞こえた。
    あの美しい彼が、悲しそうな顔でこちらを見ている。
    「・・・あなたは」
    「私は謝憐。その絵の花冠武神だ・・・君に大切な話がある」
    神様だからこんなに美しくて、優しいの?


    困惑した顔をしたまま、彼女は頷いた。
    これから、彼女に事実を伝えなければならない。
    「何から話したらいいのだろう・・・そうだな。私はある敬虔な信者の祈りを聞いたんだ。その人は60年前に起こったある事件のことをずっと心残りにしていた」
    正確には62年前にこの美術室で絵を描いていた少女が忽然と姿を消した。そして、30年前に老朽化した校舎を取り壊すことが決まったが、取り壊し工事で事故が多発し、現在も取り壊しが進められず、廃墟と化したのだ。
    60年前、彼女の身に何が起こったのかは分からないが、少女が一人美術室に居たのには理由があった。彼女は人を待っていた。絵を教えてくれる2学年上の先輩美術部員。なかなか周囲とうまく話せない彼女は、絵に夢中になった。
    その日、先輩部員は数日前から約束していた絵の仕上げをしようと、美術室に彼女を待たせていた。しかし、その日に限って授業の後、補講があり、すべてを終えて急いで美術室に向かったが、そこには彼女の姿は無かった。
    その時は、痺れを切らして先に帰宅したのだと思った。だから、そのまま探しもせずに自分も帰路に着いた。
    彼女はどこかで苦しんでいたかもしれない。助けられたかもしれない。それなのに、自分は何も考えずに帰ってしまった。そのことをずっと悔やみ、信仰する太子殿下に彼女の魂が平穏であることを祈り続けた。
    「でも、それからもこの学校では生徒が行方不明になることが続いた。彼はこのことが君と関連しているんじゃないか。君を助けて欲しいと最期に願ったんだ」
    「そして太子殿下はその願いを聞き入れて、ここまで来た」
    彼女の横にいた黒髪の少年は、目尻に紅をさした美しい顔に変わっていく。
    「・・・彼女の中から出ろ」
    尊大に命ずるも、彼女の中にいる何かはじっと動かない。
    「いい度胸だ。無理やり捻り出される方がいいとは・・・」
    「三郎」
    謝憐は花城を諫める。
    「・・・・少し気になることがあるんだ」
    「気になること?」
    謝憐のそばに寄る花城とは反対に、謝憐は彼女に近づいた。
    「・・・普通鬼に体を乗っ取られると、意識までも鬼の支配下に置かれるはずだ。でも、君の意識は乗っ取られた状態ではなかった」
    「鬼が彼女の振りをしているのかも」
    「その可能性はある。だが、そんなことをして何の得がある?廃墟になった旧校舎の美術室に誰が行く?行方不明の生徒たちはみんな美術室に?」
    「確かに。さすが兄さん」
    「揶揄わないで」
    苦笑いをすると、謝憐は彼女に向き直る。
    「鬼は君だろ」
    「・・・・・・・・」
    コクンと頷いた。
    「どうしてこんなことを?」
    「よく、思い出せない・・・思い出したくない」
    鬼は首を横に振る。なぜ自分が鬼になったのか思い出すには自分が閉ざした記憶の蓋をこじ開けなければならない。しかし、その蓋は強固で、無理やり開けようものなら自分が自分ではなくなり本性を曝すことになるだろう。
    「分かった・・・」
    「兄さん!」
    仕方がないと息を吐いた謝憐に、花城は声を上げる。
    「時間はかかるかもしれないが、霊峰で供養しよう。昔のつらい思い出を今更思い出させるのは忍びない」
    自身の過去と重ね、謝憐は彼女を保護し、成仏させることに決めた。
    「殿下がそう仰るなら」
    彼の決めたことに自分は従うだけだと、花城は身を引いた。
    「ありがとう」
    鬼の少女は謝憐に従い、天界へと送られる。
    金色に包まれながら、彼女は泣いていた。それは、現世への未練と悲しみからなのか、無間地獄からの解放からなのか。謝憐には分からなかった。


    「ねぇ、兄さん、奴が天界で手に負えなくなったら、鬼市へ寄こすと良い」
    花城は彼女の描いた花冠武神の絵を手に取り、謝憐に渡した。
    「君がそこまで言うなんて珍しい」
    鬼王に師事し、鬼界で絵師として活躍するなんて面白いではないか。ただでさえ、鬼王は芸術の神としても信仰されている。
    「太子殿下の絵以外は描かせても構わない」
    「え?私を描くのではないの?」
    彼女の花冠武神はとても美しく描かれているではないか。
    「えぇ、この三界であなたを私ほど上手く描ける奴はいないから、あなたを描くのはいつでも私です」
    いつの間にか少年姿から、本尊に戻っていた花城は白魚の手をそっと取ると、その指先に口づける。
    「その姿もあとで描いてもいいでしょうか?」
    「なっ!?」
    ブレザー姿の謝憐を鬼王は愛おしそうに見つめる。
    その熱すぎる視線になんだか急に恥ずかしくなってきて、身を縮こまらせた。
    「それに、この姿で三郎と遊んでくれる約束忘れてないよね?」
    「へ・・・」
    変幻自在に今度は小花姿になり、謝憐と同じ制服姿になった絶境鬼王は、楽しそうに賽子を投げた。
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