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    五夏SS
    一年時の付き合う前の五→夏
    髪飾りをプレゼントする五と、ミミナナと暮らしてからも貰った髪飾りを着けてる夏の話。
    離反してても両想いを目指しました。

    #五夏
    GoGe

    君がくれたもの陽が昇る時間は日に日に短くなり、秋の終わりから冬への移ろいを感じさせる。連日の冷え込みを好機と見て、俺は絶賛片想い中の友人である夏油傑を食事に誘った。
    「ラーメン食いに行かね?」と言えば二つ返事で乗ってくれて、今現在、カウンター席に二人並んでラーメンの完成を待つに至っている。

    傑を誘ったのは飯を食うためだけじゃない。渡したいものがあるからだ。そのブツが手元にあることを確かめるため、ズボンのポケットに手を突っ込んで中をまさぐる。
    ポケットを探った指先に当たる、冷たい金属の感触。落としていないと安堵したのも束の間、いよいよコレを隣に座る相手へ渡さなければならない緊張感が高まっていく。
    どのタイミングで、どう声をかけて渡すのがベストなのか。脳内でシミュレーションを繰り返してみたが、逆に心音がバクバクと鳴り響いて正解へと辿り着けなくなっていた。

    「やっぱりさぁ、来年の交流会、Mステみたいに階段から登場させてもらえないかな?京都の学長ならあのテーマ曲、完コピできると思うんだよ。…悟、聞いてる?」
    「聞いてる聞いてる。何歌う?オレンジレンジ?」
    「それだと人数足りないだろ」
    「じゃあB'zとか?」
    「硝子を入れれば三人だろ」
    「三人か〜…昔のポルノは?」
    「いいね。それでいこう」

    そつなく会話をこなしてほっとしたのと同時に、注文していたラーメンが出来上がり、二人分の丼が目の前に置かれた。
    冷えた体に沁み渡るであろうご馳走を前に、あの傑が年相応に目を輝かせている。普段のすまし面とのギャップに心臓を掴まれた気がして、鼓動を忙しなく刻みながら見入ってしまう。
    おしぼりで手を拭き、正面の抽斗から割り箸を取り、小気味良い音を立てて割り箸を二つに分け、箸の先端をスープに浸す。その瞬間、漸く本来の目的を思い出した。

    「傑!ストップ!」
    端で摘んで掬い上げた麺を口に入れようとしたタイミングで止めてしまったが、傑は律儀に手を止めてくれた。俺を睨む視線は極寒の如き冷たさだが。
    「……何?」
    「前髪、ラーメン食う時邪魔だろ?留めてやるからこっち向いて」
    麺を戻して箸も置き、体ごと俺と向かい合ってくれる。その素直さにまた愛しさを募らせながら、忍ばせておいたプレゼント…もといヘアピンで傑の前髪を留めた。
    「もういいかい?」
    「うん、オッケー!」
    再び丼に向き直ると、今度こそ待ち侘びたラーメンを啜り、満足気に胃袋へ収めていく。見かけによらず豪快に食うよなぁと胸の内で呟きながら、俺も冷めないうちにと掻き込んだ。

    ***

    「ありがとう、悟。これ、返すよ」
    店から出てすぐに、傑は髪から外したヘアピンを俺に返そうとした。
    「いらねぇよ。それ、傑にやる」
    「いいのかい?彼女のために買ったものだと思ったんだけど」
    「ちげーよ!彼女なんか居ねぇって知ってるだろ」
    「じゃあ何でこんなもの持ってるんだい?」

    しくった。
    うっかり口を滑らせた俺に、答えを言わせようとじっと見つめてくる、片想いの相手。その眼差しは余裕を湛え、唇は緩く弧を描き、愉しげな笑みを象っている。
    女たらしで人たらしのこいつが気づかないわけが無かった。観念して正直に打ち明ける。
    「オマエに使ってほしいから買ったんだよ、それ」
    「ふぅん。私のために選んでくれたんだ?」
    傑は街灯の下で立ち止まり、夜空向けてヘアピンをかざした。
    銀色に光る針のような髪留めに、ついでのように取り付けられたプラスチックの丸い飾り。ちゃちな安物だが、まん丸な水色が目に留まり、傑に身につけてほしいと強く望んだ。
    「ありがとう。…大事に使わせてもらうよ」
    眺めていたヘアピンを自分のポケットに仕舞い、再び歩き出す。受け取ってもらえたことに胸を撫で下ろし、隣に並び立って足を進めた。

    初めて自分から好きになった相手なんだ、傑は。その相手に自分で選んだプレゼントを身につけてもらえると思うと、小さな子どもみたいに胸が躍った。
    あの水色を、俺の眼に似た飾りを、いつまでも大事にしてくれますように。口には出せない独占欲に近い想いを抱きながら、今はまだ友人として、彼と肩を組んで帰り道を歩いて行った。

    ******

    大人用のラーメンどんぶり一つに、子ども用のどんぶり二つ。ラーメン屋台とそれを引く中年の絵が描かれたパッケージから取り出した粉末スープの素。丼の底にスープの素を振りかけて湯を注ぐ。
    みそ味のスープの海に茹でた袋麺を投入し、できたての野菜炒めを上に乗せる。にんじん、とうもろこし、アスパラガスの彩りに、透き通るまで炒めた玉葱の芳ばしい香り。
    お腹を空かせた少女たちの食欲は限界まで駆り立てられ、腹の虫を鳴かせながら食い入るように丼の中身を見つめている。
    「もう少しだけ待ってね。最後の仕上げがあるから」
    冷蔵庫から取り出したバターを1cmほどの厚さに切り分け、丼に一つずつ落としていく。炒めた玉葱と、味噌と、バターの混ざり合う香りは、美々子と菜々子の表情を恍惚と蕩けさせた。

    「できあがり、と…じゃあ二人とも、手を合わせて」
    「「はいっ!」」
    「いただきます」
    「「いただきます!!」」
    気合の入った食前のあいさつを済ませるやいなや、普段の仕草からは想像できない猛烈な勢いでラーメンを掻き込んでいった。
    「咽せないように気をつけるんだよ」
    昔の自分を見ているようで恥ずかしいような、微笑ましいような、生暖かい気持ちを抱きながらヘアピンで前髪を留める。

    「夏油様、汁物食べる時はいつも髪止めてるよね」
    「それも、いつも同じヘアピンで」
    勢いよく食して空腹が落ち着いたのか、手を止めて私の方をじっと見つめてくる。
    「ああ、気に入ってるんだ、これ。…このまん丸な水色が綺麗でね」
    「ほんとだ、キレー!どこで買ったの?」
    「いや。貰い物だよ」
    「…元カノの?」
    「ちょっと!美々子!」
    「あははは!違うよ。これはね」

    寒空の下、蛍光灯の光でも美しく透き通っていた、鮮やかな水色。悟の瞳を縁取る宝珠を思わせるそれを、一目で気に入った。
    己と同じ色を持つ髪飾りを贈り、身につけろと暗に望む彼の、幼稚で一途な想いが嬉しかった。

    「…初めて自分から好きになった人がくれた、大切なものなんだ」

    二人分の同じ想いを篭められた髪飾りは、その事実を伝える術など持つはずもなく、室内灯に照らされて透き通った水色を輝かせていた。
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