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    seeds_season

    @seeds_season

    ただいまmhyk小説(メインはミス晶♂・全年齢)がしがし書いてます

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    seeds_season

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    ミス晶♂SS。楽しく酔っ払えるお茶を飲んだ晶くんのお話。

    おねだり「ミスラ、早く寝ましょう。俺、もう待ちきれないです」
     潤んだ瞳で見つめられて、森から戻ってきたばかりのミスラはぽかんと口を開け、手にしていた呪術の材料を床にぶちまけた。
    「――は?」

     事の発端は、ルチルが賢者に贈ったお茶だった。

    「じゃじゃーん! 賢者様にお土産です!」
     軽快な効果音と共にルチルが差し出したのは、素朴な草花が描かれたお茶の缶。
     今日は南の魔法使い達総出で、王都の復興作業に赴いていたはずだから、きっと帰りがけに市場で買い求めてきたのだろう。
    「ありがとうございます、ルチル。これは……ハーブティーですか?」
    「はい。しかも賢者様に打ってつけのお茶ですよ」
     とびきりの笑顔で、ルチルはラベルに書かれた効能書きを読んでくれた。
    「まるでお酒を飲んだみたいに、陽気に酔っ払えるお茶なんです!」


     煮出した茶葉を冷まし、氷を入れたグラスに注ぐ。鮮やかな薄緑色は緑茶に似ているが、立ちのぼる香りはミントやレモングラスのように爽やかだ。
    「すみませんネロ、キッチンを使わせてもらって」
    「いや、構わねえよ。もう片付けは済んでるし、夕飯の支度まではまだ時間があるからな」
     キッチンで休憩していたネロも巻き込んでしまったが、彼もこのお茶は初めて見たらしい。
    「ほほう、これが噂の『酔蜜茶』じゃな」
    「どんな風に酔わせてくれるのか、楽しみじゃのう!」
     談話室に居合わせたスノウとホワイトも加わって、五人でグラスを手に取る。ネロが群青レモンの輪切りを添えてくれたので、見た目はまるでお洒落なカクテルだ。
    「それでは乾杯しましょうか!」
    「何に乾杯するんだ?」
    「そうですねえ。今日という良き日に、でしょうか」
    「うむ。良き日に乾杯じゃ!」
     かんぱーい、と陽気な声が響き渡る。
    「おお、甘い!」
    「まるでデザートワインのようじゃ」
     真っ先に口をつけたスノウとホワイトが、嬉しそうに目を細めた。
    「本当だ。もっとハーブティーみたいな味を想像してました」
     見た目から想像した味とは随分違うが、お茶だと思わずノンアルコール飲料だと思って飲めば、納得してしまうような味わいだ。
    「へえ、面白いな。酒精は感じないのに、確かに酒っぽい」
    「でしょう? でも味だけじゃないんです。このお茶の凄いところは、ちゃんと『酔える』ところなんですよ!」
     さあさあ遠慮せずに飲んでください、とおかわりを注いで回るルチル。その勢いに押されるように、一杯二杯とグラスを重ねていくうちに、場の雰囲気はどんどん朗らかになっていった。
    「きゃっきゃ! なんだか楽しいのう、ホワイト!」
    「うむ、とても気分が良いのう、スノウ! 思わず踊り出したくなってしまうほどじゃ!」
     手を取り合い、その場でくるくると回り始めたスノウとホワイトは、廊下を通りかかったラスティカの姿を認めて、大きく手を振った。
    「ラスティカ! ちょうど良いところに」
    「音楽を頼みたいのじゃ!」
    「ご指名とあらば喜んで。どんな音楽をご所望ですか?」
    「とびきり陽気なやつじゃ!」
    「とびきり楽しいやつじゃ!」
     ラスティカの奏でる軽やかな円舞曲に合わせ、二人が空中でダンスを始めれば、楽の音に惹かれてやって来たらしいムルとクロエまで加わって、まるで談話室が舞踏会の会場に様変わりしたようだ。
    「ねえ、これって何の集まりなの?」
    「わっかんなーい! でも、たーのしーい!」
     茶を飲んでいるわけでもないのにハイテンションな二人は、流石は西の魔法使いといったところか。
    「はは、双子先生があんなにはしゃぐなんてな。こんな面白いお茶なら先生にも飲ませてみようぜ」
     いつになく上機嫌なネロがファウストを呼びに行き、それを聞いたルチルが「じゃあ私はフィガロ先生を呼んできます!」と出ていって、ソファーには晶一人が取り残された。
    「いってらっしゃーい!」
     ぶんぶんと手を振って二人を見送り、もう何杯目かも分からなくなった『酔蜜茶』を飲み干す。
    (こういう酔い方なら楽しいかも)
     酒に弱いため、極力飲酒を控えている晶だが、不可抗力で飲んでしまったことは何度かある。そのたびに記憶は飛ぶわ、翌日は酷い二日酔いに苦しめられるわで、正直なところ酒には良い思い出がない。
     とはいえ、酒の席が嫌いなわけではないし、酒に酔って楽しそうにしている人達を見ていると、そこに同じテンションで入っていけないことに一抹の寂しさを覚えたりもする。
     しかし、このお茶なら記憶もしっかりしたまま、ただ気分がほぐれて陽気になるだけだ。二日酔いなどの症状もないそうだから、安心して何杯でも飲める。
    (シャイロックに頼んで、バーのメニューに加えてもらおうかな……)
     そんなことを考えながら、宙を舞う魔法使い達に惜しみない歓声と拍手を送っていたところ、踊り疲れたらしいクロエと別れたムルが、ひょいと宙返りして目の前にやって来た。
    「賢者様! 賢者様も踊ろう!」
     ばっと突き出された手を躊躇いなく掴んで、えへへとソファーから立ち上がる。
    「喜んで! ムル」
    「ひゃっほう! 今日の賢者様はノリノリだね!」
     繋いだ手をぐいと引いて空中に踊り出すムル。魔法の力で浮遊することにも随分慣れた晶だったが、それでも「うわあ!」と悲鳴を上げてムルの手にしがみつき、ムルはそんな晶を楽しそうにぶんぶんと振り回しながら、でたらめなダンスを踊る。
    「賢者様、楽しそう。俺まで嬉しくなっちゃう」
     晶と交代するようにソファーに沈んだクロエが呟けば、ちょうど戻ってきたルチルがうんうん、と笑顔で頷いた。
    「ふふ。賢者様がはしゃいでいらっしゃるところが見られるなんて、『酔蜜茶』に感謝ですね」
    「そうか、賢者様はお酒が飲めないんだったね。確かにこれならちょうどいいかもしれないな」
     ルチルに連れられてやってきたフィガロは、差し出されたグラスを受け取って「ただし」と続ける。
    「あまり飲み過ぎると眠くなっちゃうから、気をつけないといけないよ」
    「えっ、そうなんですか?」
    「お茶なのに眠くなるなんて変なの――って、あっ! 賢者様! 大丈夫!?」
     クロエの声に顔を上げれば、ムルに勢いよくターンさせられた晶が、シャンデリアに引っかかって目を回していた。
    「ありゃー、賢者様、お目々ぐるぐるだね」
     ふらふらの晶を興味深そうに観察しはじめるムルに、やれやれと立ち上がるフィガロ。
    「ムル! 賢者様をこっちに寄越して」
    「はいはーい!」
     ふわふわと宙を漂ってきた晶を難なく受け止めたフィガロは、優しくソファーに座らせながら「ごめんね、ちょっと触るよ」と断りを入れて上着を脱がせ、ネクタイと襟元を緩めてやった。
    「大丈夫、賢者様? 気持ち悪くなってない?」
    「はあい。目は回ってますけど、大丈夫ですう」
     だいぶ口調がよれているが、見たところ顔色も青くなっていないし、吐き気などもなさそうだ。頬が赤くて息が荒いのは『酔蜜茶』の効能というより、急に体を動かしたせいだろう。
    「ちょっと休んだ方がいいよ。はい、お茶をどうぞ」
    「ありがとうございます、フィガロ」
     両手でグラスを受け取り、ごくごくと飲み干す。よほど喉が渇いていたのだろう、そのまま一気にグラスを空けた晶は、幸せそうにぷはー、と息を吐いた。
    「楽しそうだね、賢者様」
     いつも、どこか遠慮がちに佇んでいる彼が、今日はパーティーの主役のように全力ではしゃいでいる。思えば、彼がこのように年相応の顔を見せてくれたことなど、今まで何度あっただろう。
    「はい! 何だか、すごく心が軽くって。なんて言うのかなあ、胸の奥の扉が、ぱあって全開になったみたいで。今なら何でも言えちゃいそうです」
     そんなことを真顔で言ってくるあたり、相当に『酔っ払って』いるらしい。酒の力を借りられない晶にとって、この『酔蜜茶』は良い気分転換アイテムになりそうだ。――使い方を間違えなければ、の話だが。
    「あー……賢者様、結構飲んだでしょ?」
    「えへへ。美味しくて、つい。でも、全然頭も痛くならないし、気持ち悪くもないです! なんだか体がぽかぽかしてるけど……あとなんか……すごい……眠くなってきた……」
     まるで遊び疲れた幼児のように、急速に言葉の勢いがなくなっていく。これこそが『酔蜜茶』唯一の難点――急激な眠気の症状だ。
    「まあ、賢者様。おねむですか?」
     寝室へお連れしましょうか、と手を伸ばすルチルに、ごしごしと目を擦りながらも「いいえ」と首を振る晶。
    「一人で寝たら、だめなので……。ミスラを……探さないと……」
    「?」
     その言葉に、三人は揃って首を傾げた。
    「ミスラさん、ですか?」
    「呼びました?」
     唐突に響く気怠げな声。ばっと振り返ると、中途半端に開いたままの扉の向こうで、赤毛の魔法使いが訝しげにこちらを窺っていた。
    「騒がしいと思ったら、あなた方ですか。真っ昼間から一体何をやっているんです?」
     朝から近くの森に出かけていたミスラは、ちょうど魔法舎に戻ってきたところらしい。白衣の裾は泥だらけで、手には木の根や動物の骨など、呪術に使う材料らしきものを大量に抱えている。
    「ミスラ!」
     唐突にソファーから立ち上がった晶に、ミスラは鮮やかな瞳を瞬かせた。
    「賢者様? そんなところで何を――」

     上気した頬。潤んだ瞳。
     緩められた襟元から覗く華奢な首筋は、ほのかに赤い。

    「ミスラ、早く寝ましょう。俺、もう待ちきれないです」
    「――は?」
     手にしていた呪術の材料を床にぶちまけたことにも気づかない様子で、ぽかんと立ち尽くすミスラ。
     そんな彼に、晶はなおも畳みかける。
    「ほら、早く行きましょう。あなたがいないと、俺は眠れないんです」
    「きゃー! 賢者ちゃん、積極的ぃ!」
    「きゃー! なんて情熱的なお誘いじゃろう!」
     楽しそうな悲鳴が空中から響いて、それでようやく凍り付いていた場の空気が解けた。
    「あなた……酔ってますね?」
     がし、と肩を掴み、少し腰を屈めて顔を覗き込む。星空を閉じ込めたような瞳は、今はまるで夜の海のように揺蕩たゆたい、少しも定まらない。
    「お酒じゃないので大丈夫です! でもすごく眠くて。だから一緒に寝ましょう、ミスラ」
    「なんでそうなるんですか?」
    「すみませんミスラさん。この『酔蜜茶』を賢者様に勧めたんですけど、飲み過ぎると急激に眠くなる効果があるみたいなんです」
     慌てて説明するルチルの、その手に握られたグラスを一瞥して、はあと溜息を吐く。
    「またあなたは、そうやって軽率に騒動の種を持ち込む……」
    「すみません……お酒が飲めない賢者様に、『楽しく酔っ払う』体験をしていただきたくて」
     しゅん、と肩を落とすルチルに、まあまあとフィガロが割って入った。
    「悪いものじゃないから問題ないよ。少し眠れば酔いも醒めて、二日酔いもなし。まあ……賢者様はちょっと飲み過ぎたみたいだから、もしかしたら朝まで寝ちゃうかもしれないけど」
     ここのところ忙しかったみたいだし、むしろちょうどいいんじゃない? と笑うフィガロに、そういうことではなくて、と頭を掻きむしる。
    「あなたは、俺がいなくても眠れるでしょう」
     賢者の力がないと眠れないのはミスラの方であって、賢者自身はいくらでも一人で眠れるはずなのに。
    「だって、俺が先に寝ちゃったら、ミスラが眠れなくなるじゃないですか」
    「今は眠くないので問題ありません。どのみち、これから呪術に使う道具を作るので、二、三日は部屋に籠もりますから。あなたの手は必要ありませ――」
    「俺と道具と、どっちが大事なんですかあー!」
     いきなり泣き始めた晶に、ミスラだけでなくその場にいた魔法使い全員がぎょっと目を剥いた。
    「……何を言い出したんです、この人」
    「あー……悪酔いしてるんだと思うよ、これ」
     よしよし、と晶の頭を撫でながら、思わず苦笑を漏らすフィガロ。
    「こういう時は『そんなこと言わせてごめんね』って優しく抱きしめるのが模範解答らしいよ。ほら、やってみて」
    「はあ? なんで俺がそんなことしなきゃならないんです」
    「ほんとだよねえ。なんで俺を選んでくれないかなあ。お望みなら、いくらでも添い寝してあげるのに」
     しくしく泣き続けている晶の肩にそっと腕を回し、その耳元で「ねえ、俺じゃ駄目?」と囁くフィガロに、いつの間にかソファーに戻ってきた双子がげんなりと肩をすくめる。
    「うっわあ。この流れで籠絡ムーブとはのう」
    「引くわー。ドン引きだわー」
    「そこの人達、黙っててください。今いいところなんだから」
    「な、何がいいところなのかな?」
    「うーん、弱っている心につけ込むには、かな?」
    「――馬鹿馬鹿しい」
     目の前で繰り広げられる茶番劇を一刀両断し、興味ないとばかりに踵を返そうとしたミスラだったが、翻る白衣の裾をぐいと引かれて、仕方なく足を止めた。
    「何ですか。まだ俺に用が――」
    「うう、眠いですミスラ。もう限界……」

     困り果てた子供のように見上げてくる、その切なげな表情かお
     お願いです、と繰り返すその甘い響きが、まるで稲妻のように体中を駆け巡る。

    「俺を寝かせて、ミスラ」

     照れも、恥じらいも。打算も、駆け引きもなく。ただただ真っ直ぐに。
     こんな風に請われたら――どうすればいいのだろう?

     戸惑いに瞳を揺らすミスラの目の前で、まるで糸が切れた操り人形のように、がくんとくずおれる晶。
    「うわっ……ちょっと、こんなところで寝ないでくださいよ」
     咄嗟に腕を伸ばし、その華奢な体を抱き留めたミスラは、腕の中ですやすやと寝息を立てる晶に、はあと溜息を漏らした。
    「何なんですか、この人は……」
     誰もが恐れおののく北の魔法使いに寝かしつけをせびり、あまつさえその腕に抱かれて幸せそうに眠りこけるなんて、一体どういう神経をしているのだろう。
    「はあ……賢者様、情熱的だったね」
     頬を押さえて呟くクロエに、双子がにんまりと口の端を引き上げた。
    「気づいたかの? 賢者ちゃんの台詞」
    「あれは全部、ミスラが賢者に対して言っている言葉じゃよ」
    「はあ? 俺がいつあんなことを言ったんです」
     ムッとして振り返るミスラに、双子達は顔を見合わせて、信じられないとばかりに肩をすくめる。
    「うっそお」
    「自覚なし?」
    「だから――」
    「言われてみれば……その通りかも」
     そう呟いたのはクロエで、ミスラにぎろりと睨まれて冷や汗を掻きながらも、直近の記憶を遡ってみせる。
    「だって昨日の夜は確か――『賢者様、いつになったらその仕事は終わるんです? 俺の寝かしつけと書類、どっちが大事なんですか』って迫ってたよね」
    「私が聞いたのは『賢者様、早く行きますよ。俺を待たせないでください』ですね」
    「僕は『あなたがいないと俺は眠れないんですよ。分かってるでしょう?』に感動しました」
     あちこちから飛び出る証言の数々に、頬を掻くミスラ。
    「……確かに、そんなことを言ったかもしれません」
    「言ったかも、じゃないからね!」
    「我ら、ばっちり聞いとるから!」
     晶がさらりと受け流しているせいか、周囲もさほど気に留めていなかったが、その言葉の数々はあまりにも情熱的で。
     しかもそれを発しているのは、黙っていても色気が滲み出るような美丈夫なのだ。事情を知らなければ、熱烈なおねだりにしか聞こえないだろう。
    「賢者ちゃんも耳タコなんじゃよ」
    「だからこそ、無意識に同じ台詞が出たんじゃろう」
     それが晶の口から飛び出た瞬間、とんでもない破壊力をもたらすことになるとは、きっと当人も思っていなかっただろうけれど。
    「……それで、俺は一体どうすればいいんですか」
     晶を抱え、途方に暮れたような顔をするミスラに、フィガロがやれやれと首を振った。
    「やることなんてひとつだろ」
    「フィガロちゃん、もうちょっとオブラートに包んで?」
    「その言い方は教育上良くないんじゃよ」
    「ちょっと、何を想像したんですか。変な方向に持っていかないでくださいよ」
     冷ややかに釘を刺し、わざとらしく涙ぐむ双子を横目に、笑顔で言い放つ。
    「お前がいつもやってもらっていることをやればいいんだよ。賢者様を部屋に運んで、ちゃんと寝かしつけてこい」
    「はあ……仕方ないな」
     すっかり眠り込んでいる晶を抱き上げ、立ち上がろうとする。その振動で少しだけ目を覚ましたらしい晶が、何やらムニャムニャ呟きながら白衣の襟元をぎゅっと掴んできたので、その腕を取り上げて首に回してやった。その方が安定すると思っただけなのだが、なぜか双子がキャアキャアと声を上げている。
    (鬱陶しいな……)
     いつもなら咄嗟に攻撃しているところだが、今は両手が塞がっているし、何よりそんなことをしたら晶が起きてしまう。そう思うと、無益な戦いを繰り広げる気にはならなかった。
    「それでは、失礼します」
     律儀にそう挨拶して談話室から出て行こうとした矢先、開けっぱなしの扉の向こうから怒声が轟いた。
    「誰だ、こんなところに妙なものをばら撒いたのは!」
     声の主はファウストで、どうやら先ほどミスラが取り落とした大量の材料のことを言っているらしい。
    「ああ、ちょうど良かった。ファウスト、それを預っておいてください。慎重に取り扱ってくださいよ」
    「はあ!? なんで僕が――」
     現れたミスラに文句を言いかけて、その腕の中で眠る人物の存在に気づいたファウストは、まず隣にいたネロを、そして談話室の中から身振り手振りで何かを伝えようとしているルチルとクロエを一瞥し――大体の状況を把握して、はあと肩を落とした。
    「……分かったよ。あとで取りに来てくれ」
    「はい。それでは」
     言いたいことだけ言って、スタスタとその場をあとにするミスラ。
     あっという間に遠ざかっていく背中を見つめていたファウストとネロは、その姿が曲がり角に消えたところで、無意識に止めていたらしい息をどっと吐いた。
    「……なんだったんだ、あれは」
    「俺が聞きたいよ。でもまあ――」
     大事そうに抱え込まれて、ちらりとしか見えなかった寝顔を思い返し、くすりと笑うネロ。
    「賢者さんが幸せそうなら、何でもいいんじゃないか」
    「……まあ、そうだな」
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