「あっ…もう終わっちゃった」
地に落ちた小さな花火の成れの果て。その行方を切なげに見つめて、少女は目をぱちりと瞬かせた。
幼い頃はもう少し長かった気がしたのに。それだけ私が大人になってしまったということなのだろうか。
人知れず時の流れを感じてしまい、ふぅとひとつ溜息をついた。
真夏の夜の縁側。線香花火の柔らかな光が夜闇の境目を暈すように、弟子とその師を照らしている。
「どんな花火もそうだけど、線香花火は一際儚く感じるよね」
隣りに並んで座っている少女の顔をちらりとみて、穏やかな面持ちでウツシが答えた。
そうしている間にも、ウツシの手元の火花もふるふると輪郭を震わせて、燃え尽きる間際、激しく小さな花を咲かせて散り落ちた。
「命、みたい」
ぽつりと少女が呟いた。
「…そうだね」
それに静かにウツシが返す。
二人の足元を照らしていた頼りない光が消え、しばし沈黙が流れる。
なんだかしんみりしてしまったな、とウツシが話題を変えようと少女に向き合うと、それを遮るように少女が口を開いた。
「…こんなふうに花火みたいに、人間としてもハンターとしても盛りの今に、一番綺麗な姿を誰かの、それこそ一等好きな人の記憶に残したまま散ることができるのなら、それもまた幸せなのかもしれませんね」
なんて。
言葉にしたあと、はっとして、途端に後悔が襲ってくる。自分は教官の前でなんと心無いことを言ったのだと、少女は胸の真ん中がぎゅうっと苦しくなった。
気まずくなり誤魔化してしまおうと、へらりと下手くそな笑いを浮かべてウツシの顔を見る。また馬鹿なことを言ってこの子は!と、ぷんぷん怒っていつものように許してくれるだろう。
けれど、そんな甘い考えはすぐさま掻き消えた。
ウツシは目を見開いて酷く驚いた顔をしていたかと思えば、すぐに泣きそうに眉根をぎゅうと歪めて。弟子の細肩をその大きな手で掴むと己の胸元へと引き寄せた。
「愛弟子、なんてことを言うんだ!そんなことしてみろ、俺は、俺は許さないぞ!!絶対に許さない…!…死んだって、許さない…そんなことさせないから……絶対に……」
痛いほどに少女の身体を抱きしめて、激しく捲し立てたかと思えば、言葉後が弱々しくなってゆく。切なげに耳元で囁かれて、少女は本当になんてことを言ってしまったのだと改めて後悔した。
「教官、ごめんなさい。本当に、ただの例え話です。万が一にも無いですから。なんだか感傷的になっちゃって…本当にごめんなさい…」
少女はウツシの腕の中で身じろぎして、ようやっと師の背に己の腕をまわす。そっと触れたその背中は、ひどく熱くて、小さく震えていた。
そうして互いの鼓動と体温を分け合ったままどれほど経っただろうか。ほんの数秒か、もっと長い時間だったのかもしれない。ようやっとウツシがその口を開いた。
「…もしも、もしもの話だ」
「はい」
「愛弟子、君ががそうしたのならば、俺はね」
「…はい」
「俺は、君の一番綺麗な姿を目に焼き付けたまま、今生を捨てて君の後を追うよ。君の手を引いて、一緒に地獄の底に落ちてやる。
どれだけ泣いても、嫌がっても、暴れても、絶対に離してやらないから」
覚悟しておいてね、と。
耳元にべっとりと擦りつけるようにウツシが低く熱い声で囁いて、少女の肩口に顔埋める。
心臓がバクバクと、酷く高鳴って苦しい。少女はそれが恐怖からなのか興奮からなのかも、もはや分からなかった。それでも頬を赤く染めあげて、己に擦り寄る師の身体を優しく抱きしめた。
風も絶えた夏の夜闇に溶けこむほど、二つの影がひたすら寄り添い合う。互いの身体に染みた煙火の香りが、薄く漂っていた。