まおりつ/あんスタ 前日から喉の痛みがあった。倦怠感と軽い咳。早めに寝たが翌日は頭痛で起き上がれなかった。
喉は熱を持ち、気管が狭まってひゅうひゅうと音を立てた。暑いのに寒気がする。体温計を見るとやはり発熱していた。喉の風邪は高熱が出やすい。けれども、薬を飲めば大丈夫。そう自分に言い聞かせ、布団にくるまり目を閉じた。
人の世話をすることが得意だ。だから自分の面倒も見ることが出来る。
一人でも大丈夫——真緒はおまじないのように口の中で唱えた。
――溺れる夢を見た。
何度息を吸っても吸っても酸素が肺に取り込まれることはなく。ただひたすらに水を飲んだ。錆びついた、鉄臭い味がする。不快で吐き気を催した。
知らずに呼吸を止めていたらしい。目を覚ました瞬間、思いきり息を吸い、それが引き金となって激しい咳が出た。痰が絡まって、窒息するんじゃないかという恐怖に襲われた。
部屋は静かだった。誰もいないのだから当然だ。
自分は独りでも大丈夫。幼いころから一人でなんでもできた。
けれども何かがこみあげてきて、当てどもなく手を伸ばす。
それを誰かが掴んだ。真緒は驚いて目をぱっと見開いた。
「りっちゃん……?」
「りっちゃんだよぉ」
ベッドの横で、真緒の手を握った凛月が笑っていた。
「熱いねぇ、かわいそうに」
凛月は、逆の手で真緒の頬を撫でた。冷たい手だった。まるで血が通っていないのかと思うほど。けれども今は、それが心地よかった。真緒はゆっくりとまばたきをした。眼球が熱を持っていて、涙が滲んだ。
「薬は? 飲んだ?」
問われ、真緒は枕元の時計を見た。もう夕方に近い時刻だった。一日中眠っていたらしい。首を横に振ると、凛月は優しく手をほどいて立ち上がった。
「何かおなかに入れよっか」
そう言って出て行く幼馴染の背中をぼうっと見つめていた。彼が戻ってくるまで、真緒は浅い呼吸を繰り返しながら、自分の鼓動に耳を澄ませていた。どくどくと速い血脈の音は、真緒にめまいのような心地悪さをもたらせた。
戻ってきた凛月は、湯気を立てる椀を持っていた。お盆に載せたそれをテーブルの上に置く。中身はどうやら粥らしい。真緒は心底びっくりした。
「お前が作ったのか……?」
「そうだよ」
あっためただけだけどねぇ――そう言って、凛月は真緒の身体を支えて起こした。優しく、甲斐甲斐しい手つきだった。
「いつもと立場が逆だね」
凛月は嬉しそうに目を細めた。背に添えられた凛月の手が、汗に濡れた寝間着を肌に押しつけた。
「食べたら着替えようね、ま~くん」
「うん……」
凛月は椅子をベッドの脇に寄せて座ると、お盆ごと粥を膝の上に載せた。当然のようにそれをスプーンですくって、ふうふうと息をかける。
「はい、あーん」
卵が絡んだやわらかい米の粒が見えた。それはとても美味しそうだったのに、不思議と真緒の背中には鳥肌が立った。
「変なものが入ってるって思ってる?」
ぎくり、と真緒は固まった。
なぜか凛月は嬉しそうだった。悪戯を企む子供のように口元をむずむずさせ、スプーンを突き出す。
「愛情しか入ってないよぉ」