まおりつ/あんスタ 朝、待ち合わせの約束通りに幼馴染が姿を現すことはなく、結局家まで迎えに行くのが習慣になった。電話をかけながら家を出て、まだパジャマ姿の彼の朝食を急かし、着替えを手伝ってやる。
けれども今朝はいつもより酷い。全くつながらない電話の呼び出し音を聞きながら、真緒は勝手に凛月の家に上がり込んだ。嫌な予感は的中する。凛月は、ベッドの中ですやすやと寝息を立てていた。
「おい、凛月。まだ寝てるのか?」
真緒は焦って彼を揺り動かした。朝食を食べる時間はもうない。最低限、着替えさせて、顔を洗わせて——それでギリギリ間に合うかどうかだ。
「ん、んん……」
真緒の焦りを知らず、凛月はのんびりとした呻き声をあげ、ゆっくりと目を開いた。
「ま〜くん、おはよ……いい朝だね……♪」
「ああ、そうだな!」
真緒は早口で怒鳴り、クローゼットを上げて制服を取り出した。シャツにブレザー、ネクタイ——ベッドに向かって次々と投げるが、凛月はそれらを片っ端から床に落としてしまう。
「今日はもういいよぉ。眠いから寝る……おやすみ、ま〜くん」
「ダメだって! また留年したらどうするんだよ。一緒に卒業できなくなるぞ」
「えー。じゃあ、ま〜くんが起こしてくれたら起きるぅ……」
「——ああ、もう!」
凛月はベッドの上で、抱っこをせがむように両腕を差し出した。真緒はそんな甘えたの幼馴染を抱き上げようとし——そして逆に、腕を引っ張られてベッドの上に倒れ込んだ。
「うわ!!」
「えへへ、捕まえた」
凛月は真緒を強く抱きしめ、嬉しそうに言った。真緒は手足をバタつかせて逃れようとするが、ガッチリと掴まれて離れない。
「離せってば! 時間がないんだぞ」
「やーだ」
「……お前って、意外と力強いよな」
「うわ、なんでそんなこと言うの」
途端に顔をしかめ、凛月はパッと拘束を解いた。
真緒は大きくため息をついた。もうどうせ始業には間に合わない。そう思うと急ぐ気も失せ、ごろりと凛月の横に寝そべる。
凛月は嬉しそうに目を細め、真緒の顔を覗き込んだ。
「いいじゃん、もう学校なんて行っても仕方ないんだからさ」
「なんでそうなるんだ……」
「知らないの? ま〜くん。今日は地球滅亡の日なんだよ。あともう少しでみーんな死んじゃって、生き残るのは俺たちだけなの。だからいまさら学校なんて行っても意味ないんだよ」
「どうして俺たちだけ助かるんだよ」
「さあ、愛の力じゃない?」
可笑しそうに凛月は笑った。真緒の頬に手を伸ばす。
「ま〜くん、疲れてるでしょ」
いつもより青白い肌に指を滑らせる。凛月の指摘は当たっていた。ライブの準備に生徒会の仕事、多忙を極める生活は、まず真緒の睡眠時間から削ってゆく。
「そうだな……でも、半分くらいはお前のせいだぞ」
「嬉しい。そんなに俺のこと大事なんだね」
真緒は意地悪く言ったが、凛月は指を組んで目を輝かせた。
「俺もま〜くんのことが世界で一番大事。だから今日はさ、一緒に休んじゃお?」
凛月は常に、どんなことでも二人の話題に集約し、自分の都合のいいように解釈してしまう。
「……そうだな」
彼のそんなところに呆れながらも、救われることもある。真緒は頷くと、凛月を抱き寄せた。
「えっ?」
自分から誘ったくせに、凛月は目を丸くして顔を赤くした。その反応に満足して、真緒は目を閉じた。
このまま眠って、起きたら何もなくなった世界に二人きりで取り残されている。それも悪くないな——そう思ってしまったのだ。