Overture ——プツッ。
十一月八日、昼の十二時半を過ぎた頃。薄暗い部屋でテレビを眺めていた男はハッと我に返ると苦々しげな表情でリモコンの電源ボタンを押し、言葉を吐き捨てた。
「全く、一課も爆処も子供に何てことをさせているんだ!」
彼は何故こんなにも怒っているのか。それを説明するには少々時間を戻さねばならない。
警察車両が爆発したとの一報が入ったのは昨夜のこと。それもただの事故ではなく、二件の更なる爆破が予告された連続爆破事件だという。これだけでもかなりの一大事だが、更に許せないのはこの凶悪な事件を企てた爆弾魔が三年前と七年前にも同様の爆破事件を起こし、相次いでこの男、——降谷の友人を二人も奪った人物だということだ。無論、こんな報告を受けては現役の警察官である降谷自身も捜査に加わり何としても犯人を挙げたいところであるが、公安に属する彼は現在とある組織に潜入しているため、表立って活動するわけにもいかずやむなくテレビ中継で事件の行方を見守っていた。
午前中に東都タワーで小さな爆発が起きてからの中継によると、タワー内には予告時間直前まで警察官と少年が取り残されていた。しかし依然として爆弾が解体されただのタイマーが止まっただのという情報はなかったようで、リポーターを含め現地にいた人々も、ただひたすらタイムリミットである正午を待つのみであった。
——そして迎えた予告時間。結論から言うと、爆発は起こらなかった。その後すぐに爆弾は解体されたという情報が入り心底ほっとしたのも束の間、続いて聞こえてきたリポーターの「爆弾を解体したのは取り残されていた少年」という言葉に驚愕した降谷は、何よりもそれから暫くして映し出されたその少年の姿に呆然とすると同時に、込み上げる怒りを抑えきれなかったのだ。「少年が爆弾を解体した」と言うのでてっきり高校〜大学生ぐらいの年齢を想像していたのだが、出てきたのはまだ小学校低学年ほどであろう、本当に幼い子供だったのだから。
斯くして、彼は冒頭の台詞を発するに至ったのである。
側に警察官がいながらあんな小さな子に爆弾を解体させるなんて——。二つの爆弾が無事解体され、犯人も七年間の逃亡を終えようやくお縄となったあの日から一ヶ月後。潜入捜査も一旦落ち着き多少自由に動けるようになった降谷は、未だに信じられないどころかもはや許せない心境に動かされ、あの事件で少年と一緒に閉じ込められていた高木巡査部長について本来の職場である警察庁で調べ始めていた。
「なるほど、あの子は毛利小五郎のもとに身を寄せているのか」
高木の関わった事件を調べていくと、最近急にメディアで取り上げられるようになった私立探偵の名がやたらと出てくる。どうやら毛利も元々は刑事で、探偵になる前は高木の上司である目暮警部の部下だったらしい。そしてその毛利宅に居候しているのが件の少年、江戸川コナンなのである。毛利と暮らしているからかコナンの名前も数々の捜査資料に記載されており、高木とは普段から頻繁に顔を合わせる間柄のようだ。また、中には毛利が関わっていない事件も少なからずあり、コナンの一言がきっかけで解決へと向かったものや、彼の言動で被害が未然に防がれたものも複数ある模様……。どうもこの江戸川コナンという子供はなかなか、いやかなり聡い気がしてならない。だがそうは言っても——。
「改めて資料を読めば読むほど、状況からしてあの子が解体するしかなかったようだけれど……。だからと言って小学一年生にさせることではないよなぁ」
事情は理解したもののどうしても納得しきれない、と頭をガシガシと掻く降谷であった。
――そんな彼が紆余曲折を経てコナンと出会い、互いに事件に巻き込み合うようになるのは、また別のお話。