For you -brown-「コナンくん、お帰り」
「ただいま、今日はそんなにお客さん多くなさそうだね」
　学校から帰ってくるとポアロの前で安室さんに声を掛けられた。箒とちりとりを持ったその姿に、暗に昨日までの盛況ぶりとの違いを指摘すれば「うん、さすがに今日はね」と肩を竦められる。元々客の入りが悪いわけではないのだが、なんと言っても昨日はバレンタインデー。チョコレートやハート型を用いた限定メニューに加え、甘いマスクと人当たりの良さ、おまけに料理上手という三拍子そろったこの男の集客力は凄まじく、平日だというのに大量の女性客で満員御礼、店の外にも終日長い行列が出来るほどであった。
　しかしそんな賑わいも昨日限り。普段通りに戻ったポアロに心なしかほっとしていると、おもむろに安室が近づいてくる。
「そうだ。はい、これ」
　そう言ってエプロンのポケットから取り出したのは、金色のビニールタイで口を纏められた青くて不透明なビニール袋。
「え、と……、これは？」
「チョコだよ。昨日来てくれたお客さんに配ってたんだけど、作り過ぎたみたいで余っちゃって。君、昨日は来てなかっただろ？ 良かったら貰ってくれないかな」
「いいの？ ありがとう」
　そう、常連としてはあそこまで混んでいる日にわざわざ行く気にもならず、昨日は来店を控えたのだが。あれだけ客が来ても余るって、一体どれだけの量を作っていたのだろうか？
　そんなことを考えながら帰宅し、早速おやつ代わりに食べようかとビニタイを解いて袋を覗き込んだ俺は——一瞬固まってしまった。見間違いかと思い皿にカラカラと出してみるが、間違いでもなんでもないようだ。別に仕上がりが不格好だとか粒が割れてしまっているとか、そういったことではない。寧ろこれ以上ないほど綺麗に形作られ、表面もつるつると滑らかに仕上げられている。問題なのはその形状で、多角形の継ぎ目まで再現されたサッカーボールに俺が普段身に付けている蝶ネクタイ、鹿撃ち帽を被りパイプを咥えたシルエット……、探偵バッジ型のものまである。誰がどう見たって不特定多数の客のために作ったものでないのは明らかだった。——ったく、余り物だなんて嘘つかなくてもチョコぐらい貰うのに。もしかして俺がお返しとか考えなくてもいいように気を遣ってくれたのだろうか。
　そうして暫く茶色の塊を眺めながら思考を巡らせていたがこれといった答えは出そうもなく、美味しそうな見た目に誘われて取りあえず一粒口に含んでみる。
　――カリッ。
　噛んだ瞬間、鼻に抜けるカカオの香りとほろ苦さ。よくバレンタインの催事で売っているもののように甘すぎないことから、材料となるチョコの配合も自分の好みを踏まえたものであることが容易に分かる。と同時に、その味と口の中でとろける舌触りの良さが何とも癖になり、もう一粒、また一粒と口に運んでしまい、あっという間に全て食べきってしまった。