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    ちせとはる(左右不定)/ 匋依 / 箱▷https://odaibako.net/u/hrlayvV

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    はるちせはる/お題箱にいただいた『香水を相手に付ける』ふたり/いただいたお題が天才なので、是非見てください……。▷ https://twitter.com/hrlayvv/status/1518136919133401088?s=21&t=GTvbxCp6nif78BHQkqKqDg

    ##ちせとはる

    鼻腔をくすぐる残香について アウターのポケットに入れてあるキーケースを取り出して、智生は目前の扉の鍵を開けた。
     あまり意識したことはないけれど、用事が済んだあとに帰る先は、自名義で借りているフラットよりこの場所を選ぶ頻度の方が多いような気はしているのだ。昔は飼い主を待つ忠犬ぶって、家主である相棒の帰りを律儀に扉の前で待っていたりもしたけれど、見かねた相棒が呆れた風を滲ませながら部屋の合鍵を渡してくれたので、こうして堂々と家主不在の部屋を堪能することが出来るようになった。
     つくづく、甘い男だな、と思う。本人にその自覚が一欠片も存在しないところも含めて。
     脱いだスニーカーは、彼のブーツの横に並べて置く。玄関から部屋の奥へ繋がる廊下を歩きながらアウターも脱いで、そのままリビングへ向かった。
    「(……相変わらず、何もないな)」
    『男の一人暮らし』らしく殺風景な部屋を見渡し、今更な感想をぽつりと頭の奥に思い浮かべる。あるいは、家主である『辰宮晴臣らしい』という表現の方が正しいのかもしれない、この場合。
     テレビに向かい合うように置かれたソファに身体を沈め、録画してある映画でも観るかとローテーブルの上のリモコンに手を伸ばし、――ふと、リモコンの横に見慣れない小瓶が並んでいることに気付いて、思わず手を止めた。
     有名なブランド名が記された黒い小瓶は殺風景なリビングの中にうまく馴染めず、そこだけぼんやりりと浮いているような違和感がある。
    「(……香水……? こんなの持ってたっけ)」
     はて、と首を傾けた智生は、けれど次の瞬間には「まあ、良いか」と思い直し、最初の目的の通りにテレビのリモコンを手に取った。ひとの趣味が変わることは往々にしてあることだ。あるいは、誰かからのプレゼントなのかもしれないし。どちらにせよ、智生の興味の対象にはなり得ない。
     視線を正面に戻した智生はテレビの電源を入れ、外付けのハードディスクのデータを呼び起こした。録画一覧を眺めながら、リモコンを操作してそれらしいタイトルを探し始める。
     結局、擦り切れるくらい何度も再放送されている(そして、智生自身も何度も観直している)ような王道なものを選んで、再生ボタンを押した。――相棒が帰宅するまでの時間を潰すことだけが目的なら、きっとこのくらいが丁度良いはずだから。

     液晶の向こうで『アンディ』が図書係に配置換えをされた頃、玄関の奥からガチャリと鍵の回される音がした。テレビから視線を外し、顔を動かして智生はそちらへ顔を向ける。ようやく家主が帰宅したらしい。
     玄関に置いてあるスニーカーから部屋に智生がいることに気付いていたであろう晴臣は、リビングに姿を現し、ちらりとこちらを一瞥してから、淡々と「飯は」と、それだけを口にする。
    「食べた」
    「……ん」
     短い返事を残して、晴臣はそのままキッチンへと姿を消した。きっと、ふたり分のコーヒーを入れにいったのだ。――日常的に繰り返されるふたりきりのやり取りを、いつものように、今日も正しくなぞっていく。晴臣と過ごすそういう時間たちを智生はすっかり気に入ってしまっていた。柄にもなく『手放したくないな』と思うくらいには。
     しばらくしてリビングへ戻ってきた晴臣は、智生の予想通り、コーヒーの入ったマグカップをふたつ手に持っていた。ローテーブルにマグカップを置き、そのまま智生の隣に腰を下ろす。
     ――瞬間、ふわりと甘い香りが智生の鼻腔を優しくくすぐった。
    「……? 香水変えた?」
     嗅いだことのない匂いを纏う彼に、智生は素直に思ったことを口にする。それと同時に、ローテーブルに置かれていた小瓶の存在を思い出した。無意識に、智生の視線はつつとそちらへ移される。
    「ああ。貰ったから」
    「誰に?」
    「……いつもの子」
     言いながらマグカップを手に取った晴臣は、白い陶器にくちびるをぴたりとつけた。顔を上げ、そんな彼の横顔に視線を向ける。――なるほど、とようやく合点がいったのだ。部屋の中に馴染まない小瓶の正体は、彼の熱心なファンからのプレゼントだったらしい。無表情で無愛想で、お世辞にもコミュニケーションが得意とは言えない彼は、けれど、そうやって他人からの『愛』をきちんと受け止める律儀さを持っている。それが武雷管の音楽を好きだと言ってくれる相手なら、尚更。
    「……真面目だねえ」
    「うるさい」
     鬱陶しそうに言葉を落とし、テレビに視線を向けたまま晴臣はちいさく息を吐く。そんな彼を眺めているうちに、智生の中にむくりと子どものような悪戯心が頭を擡げ、途端に全身を満たし始める。じいっと彼の横顔を見つめながらふわりと相貌を崩した智生は、晴臣、と甘えを滲ませて彼の名前を口にした。
    「気に入ったから、俺にも付けて」
     言葉の意味を理解したらしい晴臣は、ゆったりとした動作で智生の方へ視線を向ける。もっと嫌そうな顔をするかと思ったけれど、予想に反して、彼は特に気にする風もなく智生の『わがまま』を受け入れたようだった。
     持っていたマグカップをローテーブルの上に戻し、晴臣は香水の小瓶を手に取った。慣れた手付きで蓋を外し、左手首の内側に透明な液体をシュッと吹きかける。座る向きをすこしだけ変えてこちらに向き直った彼は、自身の左手を智生の方へ伸ばす。やわらかい金糸を指で避け、そのまま、香水で濡れた左手首で無防備になった智生の首をさらりとなぞった。――途端、彼が纏うものと同じ甘さで全身を包まれる。
     ふ、とくちびるの端を持ち上げた彼は、香水を付けたばかりの智生の首元にそっと顔を寄せて、ちいさく息を吸う。主人に甘える仔犬のように。
    「どう?」
     満足そうな表情を浮かべているくせに、晴臣は智生の言葉に何の返事も寄越さない。ふたたびソファに深く腰掛け直し、そのまま、視線をテレビの方へと戻してしまった。
    「これ、俺も使って良い?」
     晴臣のために香水を選んだのであろう『彼女』に対して申し訳なさを覚えなくもないけれど、それを改める殊勝な気持ちは、それこそ一欠片だって持ち合わせていない。そして、智生がそれを望むことを晴臣自身も最初からわかっていたはずだった。
     ――言うなれば、子どもじみた独占欲を抱えているのだ、お互いに。
    「……好きにしろ」
     彼の口から零された望み通りの言葉に、智生は喉の奥でくつりと笑いを噛み殺した。
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