伝染思慕便箋(仮)学舎の少年少女は、果たして好奇心を抑えることができるのか。
#2
本日もいつも通り、グラスレーのリモート会議に参加して、授業を受けて、寮長の仕事をこなす。俺の日常とは、まあ割と多忙。
「今日の確認事項は以上だ。見回りは私が行う」
サビーナにはいつも助けられている。こういうのを右腕だとか敏腕だとか、そういう風に表すのだろう。自分自身も養父のそれであらんと努力してきたのだから。
とりあえず堅い話題もここまで。今日は早く寝たいな。
「それで、シャディク。来客g」
「お、シャディク先輩~お疲れ様でぇす」
……来るの早過ぎないか。サビーナが伝えきる前に来客ーーセセリアが現れた。
「どうしたんだい、ブリオンは門限ギリギリじゃないのか」
「大丈夫ッスよ~ロウジがかっ飛ばしてくれるんで」
なんというか、ロウジが責任を負っているような気がするが。
「で、何か用かな」
「大したものじゃないスけど。はい、これ」
渡されたのは小さく畳まれた紙片。メモ用紙くらいの大きさに見えるが、身に覚えは無い。
「あれ?シャディク先輩なら知ってるかなって思ったんスけど」
まあ、こういった旧歴の文化は地球由来であることが多い。宇宙に進出した人類には縁遠くなったけれど。
「いや、知らないな。代わりに他の人に尋ねておこうか」
「助かる~。んじゃヨロシク」
相変わらず誰に対しても気軽そうなので、ほんの少しの羨望が零れそうになった。
さて、どうしようか。こういう類は中身を確認しないのがマナーだと言えるが。誰のものか特定したければ確認して届けようとする者も出てくるだろう。
セセリアは言動からすれば意外ではあったが中身について言及しなかった。彼女だってこの学園では上級位の教育を施されたのだろう。
とりあえず、ラウンジにあったのなら決闘委員会のメンバーをあたってみるのが良さそう、かな?
今日のところは早く寝たいので、紙片をそっと指に挟んで自室へと撤退した。
早朝、いつもよりなぜか早く目が覚めた。かと言って二度寝する気にもなれず、身支度だけいつもの手際で始めていく。部屋中右往左往していたら、ふと昨夜渡された紙片が目に映る。……ドレッサーの近くに置いたらドライヤー中に吹き飛びそうだったので慌てて捕まえた。
不可抗力だと言いたい。
藍色がかった黒のインクで書かれた「remember」が視界に入ってしまった。
所謂ラブレターってやつか。今時珍しいというか。生徒にはメッセージ機能のある端末があるし、匿名で送りたいなら学籍番号宛にDMを飛ばせばいいだけだ。まあ、書いた人は奥ゆかしいほうが好みだったりするのかな。
俺にはそういう勇気もないし、言ったところで叶うこともない。……相手から一方的に押し付けられることは多々あるけれど。結局、薄っぺらの好意や小難しい信用だけで生きているから。
「面白い人も居るもんだよね」
「何だ急に。授業中に話しかけるな」
ついつい座学の時間に感想を述べたくなった。隣の席のラウダが苛立ちをフルバーストしていてもっと面白い。
「残念」
適当に肩を上げておけば、再び隣からため息が聞こえた。
「さっきから何だ。ニヤニヤしながら講義を聴く奴め」
「俺は元からこういう顔だけど?そっちこそ四六時中ムスッとして大変じゃない?」
わざとらしく二ッと笑うとラウダは益々眉を寄せていく。堅物真面目の血をよく体現する子だなと思った。そうこうしている間に自習時間を宣言され、教師は退室した。こうなればもはや教室は煩くなること必至だろう。
ふと、斜め後ろから手袋のはまった細い手が伸びてきた。
「これ、シャディク宛にと」
渡されたのはラッピングされた菓子の詰め合わせ。よくある光景だ。中身は既製品だろうし、ただの下心に過ぎない。
「ありがとうサビーナ。渡してくれた子にもお礼しないとね」
やり取りをじっと見つめたラウダがふいに目を背ける。気に入らないなら見なくていいのに。
「僕はそんなことに現を抜かす暇はない。失礼するよ」
そう言って出ていこうとするものだから、ちょっとの悪戯心がムクリと首をもたげた。
「あーそうそう、これあげるよ」
ラウダの左手は髪に伸びていないので空だ。それを捕まえて例の紙片を握らせた。
「良いことあるかもよ?」
「余計なお世話だ」
そういう割にはしっかり受け取って貰えたので、こちらとしては大成功といったところ。さて、どんな反応をするのだろうか。
(つづく)