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    ー月猫ー

    @tn_193

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    ー月猫ー

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    ツイッターにて行われた❄🌸のぶらねろです。全部繋げてみましたー。
    すのう、ほわいと、しゃいろっく、オリジナル設定その他もろもろ、色々な感じです。

    二人一緒に永遠に。「ほらこれ」
    「──は?」
    渡されたのはモコモコしている、もう見るからに触り心地が良さそうなもの。
    丁寧に折りたたまれているそれがコートだと分かったのは、フードがあったからだ。
    「やるよ」
    「え、なんで」
    当たり前のように言うブラッドリーに、ネロは顔を顰める。

    ここは冬の国と春の国の境にある小さな原っぱ。
    そよそよと吹く風はほんの少し冷たくて、けれどそこに生える草花は心地よい温度だと身体を揺らす。
    寒さが苦手なネロだが、ここはお気に入りの場所だった。
    自分の身を置く春の国の暖かさが嫌いなわけではないが、自分には似合わないと思っている節があり、境であるこの場所こそが自分に合っていると思っている。
    ────この冬の住人に会うまでは。

    自分とは逆の季節の国にいるブラッドリーと出会ったのは偶然だった。
    いつものようにここでのんびりリスと遊んでいると、向こうからブラッドリーがやって来た。
    驚いたのはお互いで、『なんだお前』と警戒したのは言うまでもない。
    しかし敵意がないのは気付いていたし、ただたまたま出会ってしまっただけ。それを分かっていたからこそ、そのままその日ブラッドリーは舌打ちをして帰ったのだろう。
    冬の住人を見るのは初めてだった。
    反対の季節の相手に対して嫌悪しているというほどではないが、仲良く出来ないだろうというのが暗黙のルール。
    (あそこ、気に入ってんだけどな)
    また出会ったら面倒だとネロは思うも、やはりずっと春の国にいると苦しくて、数日後にまたその場へと行った。
    また出会ってしまったら、そのまま踵返せばいい──そう思っていたのに。

    「寒いのは苦手だって言ってただろ?」
    「だからってこんな……お前、どうして俺に構うんだよ」
    「あ?誰をどう構おうが俺様の勝手だろうが」
    ブラッドリーは「ほら」とネロにコートを押し付けた。
    白いそれを汚してはマズイと、反射でそれを手に取ってしまう。
    本当にこいつに会ってから、自分は振り回されてばかりだ。

    再度ネロがここに来たとき、そこにブラッドリーはいた。
    大胆に、大の字に眠っていたのだ。
    『……は?』
    この男はまた自分と出会う危惧はなかったのだろうか。
    それともいても何も問題がないと思っているのか。
    それはそれで何となくバカにされている気がして腹が立つ。
    いっそ草で鼻をくすぐってやろうかと思ったのだが。
    『ん……お、やっと来たな』
    『……!!』
    パチリと目を覚ました彼は、こちらを見るなり勢い良く上半身を持ち上げ、『もう来ねぇのかと思ったぜ』と笑った。
    『お前、名前は?』
    『ネロ、だけど……』
    勢いで答えると相手は自分の名前を確認するかのように小さく呟き、それから自身の名を名乗った。
    『俺様はブラッドリーだ。よろしくな』
    差し出された手を取ると、少しだけ彼はひんやりしていた。

    「俺、もうあんたと会わないって言ったよな?」
    「おう。俺の傍にいると寒いからだろ?」
    ネロの問いかけに頷くブラッドリー。
    何故か『また話そうぜ』と次の約束を取り付けられたのが名前を知ったその日だった。それからずるずるこうやって数日に一回、顔を合わせ、一緒に他愛ない話をしている。

    この場所は好きだった。ブラッドリーと会うのも嫌いじゃなかった。でも、だからこそブラッドリーと関わりたくなかった。
    自分に春の国は似合わない。彼といるとそれを改めて強く思うのだ。
    隣に座った彼から感じる、心地よい冷たさ。
    実は自分は冬の国の方が似合っているのではないかと勘違いしそうになる。
    冬の国に行ったところで居場所なんてない。でも春の国にもいられない。
    この境であるここが好きだったのに、まるでここで自分は迷子になっているような気分になってしまったのだ。
    だからブラッドリーに言った。
    もうあんたとは会わない、と。

    「俺の身体が冷たいのはどうしようも出来ねぇからな。それならネロがコートを着ればいいじゃねぇか」
    「いや、えっと……」
    そうじゃない。それは適当な言い訳で、ただあんたとはもう会いたくないと遠回しに言っているのだ。
    ブラッドリーと出会ってから間もないが、彼が意外と頭の回転が早く、変に察することに長けているのは知っている。そんな彼がこちらの考えに気付かないわけがない。
    「…………」
    白いコートはふわふわで気持ちいい。しかしだからといってこれを受け取るわけにはいかないと、ネロは口を開いては閉じ、何か言わないといけないと焦るも、何も言葉が出てこない。
    するとそんなネロを見ていたブラッドリーが呆れたように溜息をついて、こちらの頭をガシガシと撫でた。
    「ちょっ、おい!」
    「お前が俺にもう会いたくないことは分かってる」
    「っ…………」
    「でもお前は別に俺を嫌ってる訳じゃねぇってこともな」
    「ならよ」とブラッドリーはまるで春に咲く花のようにふんわりと微笑んだ。
    「一緒にいたっていいじゃねぇか」
    ギュッと胸の奥が苦しくなる。
    「ネロ、本当はどうしたいんだ?」
    「俺、は……」
    コートを抱きしめ、視線を泳がせた。それでもブラッドリーは黙って言葉を待ってくれる。
    「あんたといると、苦しい。俺、春の国の住人なのに、冬の国のあんたの傍が、心地いい……から」
    言いながら何故か頬が熱くなったネロは、白いモコモコに顔を埋めた。
    恥ずかしい。別に何か意味を込めた言葉じゃないけど、何故かすごく恥ずかしい。
    するとブラッドリーはそんなネロの前髪を掬い、額を撫でた。
    ひんやりして気持ちがいい。
    「なら一緒にいていいじゃねぇか。春の国が苦しいなら、冬の国に来ればいい。その為にコートを用意したもんだしな」
    「は?」
    「どんなものであろうと、俺様は気に入ったものを手放したりしねぇよ」
    「いや……は?」
    なんだ?どういうことだ?
    理解しているけれど、受け入れられない。
    どういう意味でその言葉を吐いているのか。
    「んじゃ、今日は俺の国に行こうぜ」
    「えっ、いや、だから!」
    「コートはお前用に作ったんだ。着ておけば冬の国でも寒くねぇだろ」
    「でも!俺、春の国の住人だし!」
    「ネーロ」
    ブラッドリーは顔を覗き込み、困ったように笑った。
    「国なんて関係ねぇ。コートを贈ったその意味を考えろ」
    「…………っ」
    「はは!真っ赤な顔!」
    ネロが抱きしめるコートを取り、ブラッドリーはそれを広げて勝手に着せていく。
    「うん。似合ってる」
    満足そうに頷いて、そのまま手を握って歩き出す。
    その方向は冬の国だ。
    春の国の住人が冬の国に行っていいものなかのかネロは知らない。
    問題にならないのか。寒さに耐えられるのか。でも────
    「ブラッド」
    「ん?」
    ネロは握られた手を握り返す。
    初めて、呼べと言われた愛称で呼ぶ。
    「責任、取れよ」
    居場所なんてない。そう思っていたのに、いつの間にか彼の存在が自分の居場所になってしまった。
    冬の国に留まるつもりはない。でも、ブラッドリーの傍にはいたいと素直に願う。
    「おうよ」
    彼はニッ!っと笑い、言った。
    「城にお前の部屋ももう準備してあんだよ実は」
    「…………は?」

    実は彼が冬の国の王子で、コート以外にも沢山のものをネロに贈ることを、この時のネロはまだ知らない。


    「寒くねぇか?」
    「……なぁ、それ何回聞くんだ?」
    春の国の住人であるネロに、冬の国の住人であるブラッドリー。
    そのブラッドリーの部屋に初めて遊びに来たネロに、ブラッドリーは何度も先程の質問を繰り返していた。
    「いや、お前寒いの苦手だっつってたからよ」
    「そうだけど、お前がくれた白いコートのおかげて寒くないってさっきも言ったよな」
    「まぁな」
    ブラッドリーはネロの返事に少しだけ肩を揺らし、ソファに座りながら脚を組み直した。
    その横でネロはブラッドリーが入れてくれた温かい紅茶のカップを持ち、少しずつ飲んでいる。

    確かに冬の国とは真逆の春の国の住人なのだから、寒いのは苦手だし、こんな冷たい空気なんて初めて経験した。
    けれど彼がくれたコートは何かの魔力でも込めて作られたのか、ネロを寒さから守ってくれているし、温かい紅茶まで用意してくれたのだ。
    至れり尽くせりである。
    それなのに、ブラッドリーは「寒くないか?」と、何度も聞く。

    「そんなに心配してくれなくても、寒かったら言うよ」
    「……ほんとかよ」
    「まぁ、確かにここまでしてくれて寒いって言うのは申し訳なく感じるけどさ」
    まだ湯気が出ている紅茶に口をつける。
    少し苦いそれは、茶葉をお湯につけ過ぎていることが分かる──ということは、あまり自分で用意しないブラッドリーがわざわざ淹れてくれたというわけだ。
    自然と頬が緩んでしまう。
    「ここまでしてくれてるからこそ、ちゃんと伝えるよ。俺が我慢して風邪とか引いたら、あんた、めちゃくちゃ怒りそうだしな」
    「そら当たり前だ」
    ブラッドリーはソファの背もたれに腕を置いて答える。その腕はネロの背もたれに掛かっているので、なんだが抱きしめられているかのような感覚になり、少しだけ動揺する。
    (いや、なに意識してんだ俺っ)
    春の国と冬の国の境では、彼に膝枕をしたこともあるのに、こんなことでなぜ今更動揺する。
    (いや、でもその時はこう、ただの知り合いだったし)
    けれど別に今も特段互いの好意を口にしたことはない。
    ならばあの頃と関係は何も変わらないだろう。それでもこの、一緒に居られるように贈られた白いコートを着てしまえば、ただの知り合いなんかじゃない。
    恥ずかしいやら、嬉しいやら、気まずいやらでモンモンとすれば、ブラッドリーは下からネロの顔を覗き込み、また言った。
    「もしかして寒くなったのか?」
    「…………」
    悩んでいたものが、その言葉で脳から押し出される。
    ここは恥ずかしがっている場合ではない。
    ネロは大きく溜息をついて「だからさぁ」と、少し怒気を含ませて言った。
    「寒くねぇって!寒かったら伝えるって言ったばっかだよな!?そんなに心配すんならここに連れて来なければいいじゃねぇか!」
    「…………っ」
    ネロの言葉にブラッドリーは一瞬ハッとしたような顔をし、だが次の瞬間にはムスっと唇を尖らせた。
    「連れてきてぇから、連れてきた」
    「ならドッシリ構えてろよ。あんたらしくねぇだろ」
    「……まぁ、そうだけどよ」
    唇を尖らせたまま、ソファの背もたれに背を預ける。その横顔を目線で追いかければ、彼は天井を見つめて言った。
    「もし寒くてここに居たくないって言われたら、どれだけ俺様が最強でもどうすることも出来ねぇ。冬の国の寒さは冬そのものだからな。その寒さを変えちまったら冬の国じゃなくなる」
    それは決して許されねぇ、とブラッドリーは言う。そして彼もチラリと目線をこちらに寄越して言った。
    「ここに居ても大丈夫って思って欲しいんだよ。てめぇがここに……俺の傍から離れねぇようにしてぇ。その為なら、多少鬱陶しがられようが、過保護と言われようが、俺は何度だって確認する」
    「…………」
    絡み合った視線。ネロはブラッドリーの言った言葉にポカンとするも、理解した瞬間、ボボボボ!っと頬が熱くなるのを感じ、顔ごと彼から逸らした。
    「っ、ば、ばかじゃねぇのっ」
    「だよなぁ?冬の国の住人、しかも王子のくせして、頭に春が来てるみてぇだよ」
    くつくつと笑うブラッドリーに、ネロは勘弁してくれと、苦しい胸を押さえる。
    何度か深呼吸して、残りの紅茶を一気に飲み干せば、そのままグルっと向きを変え、どこか自嘲的に笑っていた唇に己の唇を押し付けた。
    一、二、三と頭の中でカウントし、そっと唇を剥がす。
    今度はブラッドリーがポカンとした顔でこちらを見ていた。
    「た、とえ寒くても、俺はあんたの傍にいるよ。だって……寒かったらどうにかしようとしてくれんだろ?」
    触れた唇はほんのり冷たかった。
    唇に触れたのは初めてだったけれど、その手が冷たいことは知っていたから、別段驚かないし、苦でもない。
    むしろ──
    「もしそれでも寒かったら別の方法を考えるし、あんたに怒られるかもしれないけど、それでも俺はあんたの傍にいることを選ぶよ」
    「ネロ……」
    ブラッドリーは驚いた表情のまま身体を起こし、そっとこちらの頬に手を伸ばす。
    熱くなっている状態の頬なのは見れば分かるだろうに、少し躊躇ってから、優しく触れた。
    「──きもちいい、ブラッド」
    ネロはその手に擦り寄り、素直にそう言えば、彼は嬉しそうに破顔し、そしてまた言った。
    「寒く、ねぇか?」
    「…………ははっ」
    ネロが笑うと、ブラッドリーも小さく笑う。
    きっと慣れるまで彼の過保護は変わらないに違いない。
    たまに嫌気はさすだろうけれど、何度でも答えてやろう。

    「寒くねぇよ、ブラッド」



    「えっと……?」
    ネロはブラッドリーに手を引かれ、彼の部屋の奥にあった扉に立たされる。なんの部屋なのか全く分からないネロに、ブラッドリーはどこか嬉しそうな顔をしてそれを開いた。
    その先には────
    「ここは?」
    「お前の部屋だ」
    「……は?」
    ブラッドリーの部屋の白い壁とは違い、立派な樹で出来ていて、床にラグがひかれているが、見る限りその床も同じもので出来ているようだ。
    奥には大きなベッドが1つ。手前にテーブル、クローゼットもある。
    よく見ればあちこちには春の国のように花の装飾がされており、優しげな色合いは部屋を柔らかく包んでいた。いや、それは見た目からだけではない。本当にこの部屋は温かい。
    「この国には千年樹っつーもんがあって、それは冬でも雪を被らず、凍えることもない。ここでは生命を意味する温かさを纏ってるんだ」
    固まったままのネロの手を取り、その壁に手を当てさせる。するとその樹自身がほんのり熱をもっていた。
    「切ってあるのに……」
    「あぁ。理由はよく分かんねぇんだけどよ、祝福の魔法が掛けられるからだと言われてる」
    ブラッドリーは優しく続けた。
    「千年樹っつーのは、ここ冬の国では王族で生まれた奴に必ず1つ苗を贈られる。その時にそんときの国王が祝福の魔法を掛けんだよ」
    「……え、待て、これはじゃあ」
    まさかと口を開くと、彼は太陽のようにニカッと笑い、「おうよ!」と頷いた。
    「俺様の千年樹を切って作った部屋だ。ここはこの城の中で一番日当たりが良くて暖かいし、この千年樹のおかげで、春の国ほどではねぇけどお前には過ごしやすいところだと思う」
    「いやっ、ちょっと待て、あんた、そんな大事なっ!!」
    「はぁ?別に大事でもねぇだろ」
    たかが樹だし、とブラッドリーは笑う。
    どこかたかが樹だと、ネロは頭を抱えたくなった。
    王族にだけ贈られる千年樹なんて、宝以外の何物でもない。こんなよく分からない相手に切って使うだなんてどうかしている。
    「いいんだよ。どうせ生やしっぱなしになるもんだ。それなら大事な相手に使う方が樹だって嬉しいだろうよ」
    「あんた……ほんと……なんでこんな部屋つくった……」
    こちらの気持ちを読んだように言うが、本当にそんな簡単なことではない筈だ。両手で顔を押さえて呟くように言うと、少しムッとした声で返してくる。
    「てめぇが俺の傍にいられるようにだろーが」
    「一緒に暮らすとでもいうのかよ」
    「おう。ったりめーだろ」
    「…………」
    待て。どうして一緒に住むことになっている?いや、そういえば冬の国に連れて来られる前に部屋を用意してあるって言っていたな?
    でもそれが一緒に住むことだなんて!
    「俺、帰る」
    「あ?」
    「春の国に帰る」
    自分には春の国は似合わないと思っていたのに、帰るという言葉がすんなり出た。
    けれど今はそれに感動している場合じゃない。
    「なんでだよっ!」
    「なんでだよじゃねぇ!大事な樹をこんな簡単に切りやがって!俺なんかに勿体ねぇことすんな!」
    「あぁ!?お前だから切ったんだろうが!」
    それに!とブラッドリーは噛み付く。
    「俺から離れないってさっき言ってたじゃねぇか!なんだよっ、この部屋が気に入らなかったのかよ!」
    「そういうことじゃねぇ!そういうことじゃねぇけどっ、でもっ!」
    拳を握り、宙を切り裂く。
    もうどうしたらいいのだろう。この感情を、この部屋を、この男をどうしたらいいのだろう。
    別にこの部屋が嫌な訳では無い。ブラッドリーと一緒に住みたくない訳でも無い。でも、自分なんかの為に大事なものを使って欲しくない。
    それだけブラッドリーがこちらを想ってくれているのだとしても、手放しに喜ぶことが出来ない。
    (もう、訳分かんねぇ……)
    ネロが唇を噛み締めれば、ブラッドリーが大きく溜息をつき、自身の髪の毛をガシガシと掻いた。
    「泣くなよ」
    「泣いてねぇ」
    「泣いてんだろうが」
    再度溜息をついたかと思えば、彼はゆっくりとネロの身体を抱きしめた。
    温かいこの部屋だと、尚更彼のひんやりした体温が気持ちいい。
    押し返すことも出来ずに、彼の肩口に顔を埋める。
    ふんわりと香る匂いは春の花のように甘いものではなく、どこか冷たい空気の静寂さを纏うもの。それは彼が冬の国の住人であることを教えてくれる。
    彼の体温が心地いいと思うように、この香りも胸を満たしてくれる。
    それが嬉しくて切なくて、より混乱させた──自分は一体どうしたいのだろう。
    頬を伝う涙をそのまま彼の肩口で拭えば、まるで子供をあやす様にポンポンと背中を叩かれた。
    「嫌だったか」
    「…………」
    「嬉しくなかったか」
    「嬉しくないって言ったら、嘘になる」
    「ならどうして泣く」
    「……分かんねぇ」
    ズズっと鼻を啜ると、またブラッドリーの匂いがして、再び涙が零れる。
    「あんたは俺なんかにここまでする必要はねぇ」
    「それを決めるのは俺だ」
    「でも」
    「ネロ」
    彼は強く名前を呼び、肩を掴んで顔を上げさせる。
    絡まった視線は真面目で、どこまでも真摯だった。
    「俺がしたいからした。お前と一緒にいたいからだ。お前はそれが迷惑か?」
    「…………」
    無言のまま首を横に振る。
    「なら受け取れ。俺のために受け取ってくれ。てめぇが何かを気にする必要なんかねぇ。ただ、俺のことだけ想ってろ」
    「……暴君だな」
    「はは!今更だろ」
    ブラッドリーは手を伸ばし、零れた涙を親指で拭って笑った。
    「ネロ、お前は俺のもんだ」
    そしてゆっくりと唇が近づく。それに自然と瞼が降り、受け止めた。
    少しだけ触れて、離れて、また重なる。
    感触を確かめるように食まれて、そしてまるでマーキングするかのように音を立てて離れた。
    「一緒にいろ、ネロ」
    「……ばーか」
    顔を赤くして精一杯言葉を返せば、コツンと額が重なって、二人一緒に笑い合った。



    ほんのり温かい部屋は、優しくネロとブラッドリーを包み込み、まるでここの部屋だけ別世界に切り離されたような感覚になる。
    この部屋の奥にあったベッドに腰を掛けたのはどうしてだったろう。
    「ん……」
    唇と唇を触れ合わせ、こちらを食べるかのように食まれるも、噛みちぎることはせず、優しく優しく離れていく。
    それを何度も何度も繰り返して、舌がそっと唇の間を割って入ってきたかと思えば、こちらを誘うかのようにするりと彼の口へと戻ってしまう。
    本能なのか反射的になのか。それとももっとと本心がねだっているのか。
    ネロはそのブラッドリーの舌を追いかけようとして、けれど彼の唇、舌、歯に当たるとサッと退散してしまう。
    するとまるでそれを叱るように、もしくはおいでと誘うように、ちゅっと音を立ててまた食まれるのだから、恥ずかしくてたまらない。
    二人で並んでベッドの端に座って、シーツの上に手を重ねた状態なのに、なぜかもう片方の手は居心地悪そうに動いてしまう。
    どうしたいのだろう。この手は。
    いや、そもそもこんなにキスをしているのはどうしてだっけ?
    いや、キスをするのに理由は必要か?好き合っているのならばキスをしたっておかしくない。
    おかしくないけれど────
    「ふ、ぅ……んっ」
    ぼんやりとした頭でなんとか思考を回していたというのに、次はそれを叱るかのように下唇を強く噛まれた。
    じんとした鈍い痛みが残り、しかしその後にすぐ優しく上唇を舐めるから、痛いのか気持ちいのか、怒っているのか優しいのか、よく分からなくなってくる。
    「ん……ん……」
    このままこんなことをしていていいのだろうか。いや、そんなこと考えていたらまた唇を噛まれてしまう。
    行き場に困っていた手が、自分の胸元をギュッと握りしめた。
    胸が苦しいわけでもない。まぁ少しは息苦しいけれど、このままキスしていたい。いやでも、そんな、こんな────
    「んっ」
    そっと胸元を握った手に、ブラッドリーの手が重なった。
    驚いて目を開けると、そこには熟れた瞳を細めていた彼と目が合う。
    それに驚いたというか、恥ずかしかったネロは身体を引いて思わずキスを解けば、重なっていた手、その二つが離れてこちらの身体を抱きしめた。
    「わっ!」
    そしてフワリと抱き上げられたかと思えば、いつの間にかブラッドリーの膝の上で横向きに座らされていた。
    「ちょ、ブラッドっ、んん……っ」
    こちらの制止は聞かんとばかりにまた唇が重なり、舌がネロの口の中へ。ぬるりと内側を舐め、くすぐるように上顎を刺激し、ひくんと揺れたこちらの身体を愛おしむかのように、背中からうなじにかけて撫でられた。
    「ふっ、ぅんっ」
    それだけなのに、ぞくぞくとした快感が這い上がる。
    パチンと音がしたかと思えば、もらった白いコートの前が開いていて、そこから襟の間、ネロの首をするりと触れた。
    「やっ」
    些細なものなのに、どうして身体がこんなに震えるのか。
    両手を今度はブラッドリーの胸元に置いて小さく押した。
    はぁ、と熱い吐息がぶつかり合ったかと思えば、そのまま触れられた首筋に柔らかい感触が。それが唇だと気付いたのは、キスと同じような濡れた音が聞こえたからだ。
    「ま、って、ブラッドっ、ちょ、待てって!」
    「待たねぇ」
    「やっ、だって!」
    それは『嫌だ』なのか、それとも『いや、だって』という言葉なのか、ネロ自身も分からない。分からないけれど、このまま流されてはいけないとフルフル頭を横に振った。
    「こんなっ、急にっ……」
    「急じゃねぇ。俺様からしたらやっと、だ」
    「でも、でもっ」
    「大丈夫だ、ネロ」
    チリっとした痛みが首筋を襲い、「んっ」と表情を歪める。唇のように噛まれたのだろうか。
    顔を上げたブラッドリーは、ネロの唇に触れるだけのキスをし、「大丈夫」ともう一度言った。
    「優しくする。そりゃまぁ、痛いこともあるかもしんねぇけど、大事にする。お前はめいいっぱい俺様に可愛がられてればいいんだよ」
    細められた瞳に、ネロの顔が映り込む。どんな表情をしているのかまでは見えないけれど、きっと頬は真っ赤になっているだろう。
    (俺っ、ブラッドリーに抱かれるのか!?)
    もう会うつもりがなかった相手に突然コートを贈られて、そしてそのまま今日初めて冬の国に来て、そしたらまさかの部屋もすでに用意されていて、まさかのそのまま抱かれてしまう?怒号の展開だろう!
    「よ、よくない!」
    ネロはブラッドリーの頬を両手で挟んで「ダメだ!」と吠えた。
    「い、いきなりこんなっ、全部突然でっ、そんなのっ、よくない!」
    「なんだよ、部屋の次はキスが嫌だってか?」
    「ち、ちがう!」
    首を横に振ったら彼は「ならいいじゃねぇか」とまた唇を寄せてくる。それをネロは顔を押しやってガードした。
    「よくねぇんだよ!俺の気持ちも考えろ!」
    「お前の気持ちを汲んでたら、俺がてめぇに触れられるまで千年以上経っちまうだろーが!」
    「そっ、そんなことねぇよ!」
    「なら千年も今も何も変わらねぇじゃねぇか!」
    「いやそこは違うだろ!」
    先ほどまでの甘さはどこに行ったのかと言わんばかりに互いを睨み合い、ぐぐぐと喉を唸らせた。
    「……これからてめぇはここに住むんだ。俺と同じ世界で生きて、時間を共有して、抱きしめ合って、愛し合うんだよ」
    「あっ、あいし……っ」
    愛し合うだなんて、直接的じゃないけれど、気持ちとしては直接的な言葉に、ネロはあわあわと瞬きを繰り返し、ブラッドリーの膝から降りようとしたけれど、がっしりと身体を抱きしめられていて逃げられない。
    「逃げんなネロ。俺様に愛されたかりゃにゃあ、てめぇは思う存分、俺様に甘やかされて愛されて溺れちまえ」

    それはまるで雪のようだ。
    全てをまっさらに埋めてしまう、空から舞う雪。
    何があったって、それらはそのまま積もってしまう。
    何もなくなった雪景色。それは砂漠とも変わらないというのに、凍てついた空気に輝くダイヤモンドダスト。白い息を吐いた先は銀世界で、静寂を司るそれは全てを己で埋めて自分の世界を作り上げた。

    「なんで、そんなに───」
    無意識にそこまで口にして、ハッと唇を閉じる。
    しかしブラッドリーは何を続けるのか分かっているようで、小さく笑ってから「なんでだろうなぁ?」とこちらの頬を撫でた。
    ほんのり冷たい、優しい手。
    「冬の国と春の国の境でてめぇを見つけた時、お前はあの樹の下で眠ってた」
    「え?」
    「実はお前が俺に気付く前に、俺はお前のこと、随分前から見てたんだよ」
    何度も来ては眠ったり、リスと遊んだり、花を愛でたり。ここに一人で遊びに来るなんて変なやつだと思っていた。
    「でもよ、てめぇの目はいつだって寂しそうだった」
    ひとりぼっちなのだと春の風が泣く。しかし揺れる花はそれが安心なのだと笑っていて、ブラッドリーはずっとずっと、彼を見ていた。
    「一目惚れもあったんだろうが、お前の繊細な心に惹かれた。話をしてみれば案外強くて、尚更傍にいて見ていたいと思った。自分の感情に敏すぎるくせに、大事なことは見逃すバカを、守ってやりたいと思ったんだ」
    情けねぇよなぁ、とブラッドリーは笑う。
    「余裕なんてハナからねぇ。ずっとずっと想ってたんだ。それこそ千年樹なんてどうでもよくなるくらい。んでやっと抱きしめられる、我慢せずに愛せるようになったんだから、大人しく愛されてろ」

    彼の瞳。表情。溢れんばかりの愛。
    それらを受け止めて、自分は本当に春の国の存在なんだなぁと思った。
    胸が熱い。春が来たみたいに、頬が熱を帯びる。
    今なら蕾を開かせることも出来る気がした。

    「それでも、一旦俺は春の国に戻るよ」
    ネロがそう言うとブラッドリーがまた口を開こうとしたのを、唇で止めた。
    ちゅ、と音を立てて離れれば、ブラッドリーも熱い息を吐く。
    「お前も着いてくればいい。一緒にいるなら、冬の国でも春の国でもどっちでもいいだろ?それに、これからこっちで暮らすなら、それなりの準備とか、挨拶とかさせてくれよ」
    「…………」
    こちらの言葉に、ブラッドリーは無言でこちらを穴が空くほど見つめてくる。
    何を想っているのかは分からない。でもネロは小さく笑って言った。
    「これからはずっとお前のものなんだから、それくらい許せよな」
    もう一度、唇を重ねる。
    するとブラッドリーは大きく溜息をついて、「もっかい」と首を傾けた。
    「お前からキスしろ。俺がいいって言うまで」
    「……それこそ千年掛かりそうだけど」
    「うるせぇ。ちゃんと俺にキス出来たら春の国に付き合ってやる」
    「やれやれだな」
    そう溜息をつきながらも、ネロは苦笑しながらブラッドリーの首に腕を回した。
    「仰せのままに、あなたさま」


    「ん、ブラッ、ドっ」
    長く続く口付けに、ついにネロは彼の胸板を押した。
    「春の国、行くっつったろ」
    「……まだいいじゃねぇか」
    「やっ、ダメだ」
    まだ唇を寄せてくるブラッドリーに、ネロは慌ててその口を両手で押さえる。
    「これ以上されたら、えと、唇!痛い!」
    頬を赤くしながら言った言葉に嘘偽りはない。本当に唇はじんじんするし、このままでは腫れてしまうだろう。けれど、じんじんするのはそこだけではない──なんて言ったら、きっとこのまま押し倒されてしまうだろうから、絶対に教えてはいけない。
    ブラッドリーはしばらくネロをじっと見つめ、それから大きく溜息をついてこちらの手を引き剥がした。
    「わぁった。わぁったよ。春の国にさっさと行くぞ」
    そう言い、取った手に口付けを1つ落とす。そういうさり気なく触れてくるのだからキザったらしい。
    それでも春の国に行ってくれるようで、ネロを膝から起き上がらせ、一緒に立ち上がった。
    そのまま歩き出すのかと思いきや、また手を繋がれる。
    「…………」
    それにネロは心がむず痒くなるも、彼は至って当然のように振る舞うため、何も言わずにブラッドリーの部屋、否、ネロの部屋とブラッドリーの部屋を後にした。

    冬の国の城は春の国の城とは違い、色とりどりな花や草を飾ったりなどは一切なく、白く冷たい壁で覆われている。
    雪で作られているかのようなそれだが、外よりは寒くなく、そして氷柱なども美しい。
    春の国とは違うものだとずっと思っていたが、美しさの種類が違うだけで、同じものなんだとネロは何となく思った。

    「ブラッドリー、そこにおったか」
    ──ふと手を繋いでいる相手の名前が呼ばれ、振り返る。するとそこには双子の子供がいた。
    そういえばいま冬の国を統一しているのは双子の王だと聞いている。しかし姿はまだ幼いそれにネロは戸惑っていると、双子はこちらを見て「ほっほっほ」と笑った。
    「そなたが春の国のネロじゃな?」
    「ブラッドリーから話は聞いておる」
    双子は優しく微笑み、小さく丁寧にお辞儀をし、名を名乗った。
    「我はスノウ。この国を統一する王の片割れじゃ」
    「我はホワイト。スノウの片割れで、王の座に位置する」
    「あっ、えと、突然すみません、何も断りなく来てしまって」
    やはり双子の王らしい彼らに慌てて頭を下げる。
    よくよく考えればブラッドリーに着いてきた時点で王に挨拶をすべきだったと唇を噛み締めるど、双子は「よいよい」と同じ動作で手を振った。
    「前々からブラッドリーから気に入った奴をここに住ませると聞いておったからの。ここで何か取引などをするならば許可が必要じゃが、そういうわけではないのじゃろう?」
    「滅多に城に近付かなかったブラッドリーがここに身を置くどころか、仕事もちゃんとするようになったのじゃから、そなたが来てくれて我らは大変助かっておる」
    双子がそう言うと、ブラッドリーは表情を歪める。
    「あー、うっせぇよクソジジイ。俺は今からこいつと一緒に春の国に行ってくる」
    「ちょ、ブラッドっ」
    王にはきちんと挨拶しなければいけないと、歩き出したブラッドリーを引き留めようとすれば、スノウが「これこれブラッドリーちゃん!」と頬を膨らませた。
    「これから会議の予定じゃろ!」
    「オーエンとミスラもようやく顔を出したのじゃ。ちゃんと出でもらわないと困るぞ!」
    ホワイトはタタッ!と駆け出し、ブラッドリーとは反対のネロの手を掴む。その手も少しひんやりとしていて、彼もここの住人であることを教えてくれた。
    「おい!てめぇがネロに触んな!」
    「ほぉ、千年樹を切った時点で特別な相手なのだとは思っていたが、本当に彼が好きなのじゃな」
    次はスノウもこちらに来て、ブラッドリーと繋いでいる手の方の腕に絡まる。
    「我らがネロを春の国まで連れて行こう」
    「そなたは会議に出るのじゃ」
    そうしないと、と双子は顔を見合わせてからブラッドリーに笑いかけた。
    「「一緒に住むの、反対しちゃうもんねー!」」
    「こんのクソジジイどもがっ!!」
    キャッキャッと楽しそうなスノウとホワイト。その双子に牙を向けるように苛立つブラッドリーに、ネロは「まぁまぁ」と肩を揺らした。
    「ブラッドはちゃんと会議に出て来いよ。俺はさっき言ったように春の国で準備してくるからさ」
    「…………」
    こちらの言葉にムスッとした表情で彼は見てくる。
    まるで子供が拗ねたようなそれに、小さく笑ってネロは言った。
    「向こうの整理が出来たら、ちゃんとこっち来るから。仕事して待っててくれよ」
    「……もうお前の住むところはここだ」
    ブラッドリーは低い声で言い、双子の手をネロから払って両手を握った。
    「来るだけじゃなくて、帰って来るんだ──分かったな?」
    「……うん」
    「んじゃあ、これ」
    小さく頷くと、ブラッドリーはネロの左手を取って手の甲を撫でる。すると気付けばそこに青と緑色が絡み合い、真ん中にルビーレッドとイエローの宝石が輝く指輪が薬指に嵌っていた。
    「俺のもんっつー証だ」
    「えっと……」
    左手の薬指に指輪なんて。
    ネロは顔を真っ赤にさせ、どう反応したらいいか困っていたため、止める前に額に口付けられてしまった。
    「おい!」
    「ちゃんと俺のところに帰って来るんだぞ」
    「……っ、分かったよ」
    「おし」
    ブラッドリーはぐしゃぐしゃと掻き混ぜるようにネロの頭を撫でて、彼一人で歩き出す。
    「おいクソジジイども、ネロのこと頼んだぞ」
    「はーい」
    「ブラッドリーちゃんもそのニヤけた面を引き締めるのじゃぞ」
    「うっせぇよ」
    そのまま階段を上がっていき、姿が見えなくなったところでネロは王に勢いよく頭を下げた。
    「す、すみません!色々!」
    何から謝ればいいものか。もっとちゃんと考えるべきだった。
    迂闊な行動に反省すれば、やはり双子はなんて事ないと笑う。
    「まさかここまであのブラッドリーちゃんが心を許すとはねー」
    「嬉しいのぉ、楽しいのぉ!」
    ネロを中央にした状態でまた左右に手を繋ぎ、ゆっくりと歩き出した。
    「いや、でも本当にすみません……」
    「そなたが謝る必要なんてないのじゃ」
    「むしろ我らは感謝しておる」
    スノウとホワイトは困ったように眉を寄せながらも、どこか嬉しそうに話してくれた。
    「先程言った通りブラッドリーは滅多に城に近付かない男での。山で狼と暮らしているような奴じゃった」
    「それなのに突然城に来たかと思えば、千年樹を切って部屋を作ると言い出しての。何があったのか聞く前に行動に移すのはあやつの悪い癖じゃが、あんなに生き生きとしたブラッドリーを見るのは初めてじゃった」
    双子は振り返り「ネロや」と視線をこちらに合わせる。
    「我らはそなたに感謝しておる」
    「どうかあの男をこれからも宜しく頼むぞ」
    「まぁ、なにか嫌なことされたらぶっ飛ばしていいしー!」と物騒なことを言われつつも、ネロは左手の薬指に生まれた違和感に幸福を覚えながら、「こちらこそ」とはにかんだ。
    「宜しくお願いします」


    「だぁー!くそっ!」
    会議室だったそこにブラッドリーはフワリと降り立ち、視線を周りに向けることもなくパチンと指を鳴らせば、崩れていた壁や天井がみるみるうちに直っていく。
    「クソじじいども、こんくらい直してくれといてもいいじゃねぇか」
    舌打ちをしながらも、ズカズカと大股での歩きを止めない。
    自分の魔法で直したドアを蹴るように開け進んでいくと、もう我慢ならないというように走り出した。

    現冬の国の王、双子の彼らにネロを送らせてから、三日経っていた。
    あのあと会議に行くとそこには兄が二人、ミスラとオーエンがいた。
    ここにこうやって三人が集まるのはいつぶりだろう。
    確かに双子が重要視するのも分かる。だがこちらはさっさと済ませてネロの元へ向かいたいブラッドリーは、適当にイスに座り、兄らと簡単かつ端的に議題を口にする。
    しかし会話が続いたのは両方の指ですむくらいで、その後は殺し合いへと発展した。
    別に不思議なことはない。普段三人各々が好き勝手に生きていて、時折出会えば本気で殺し合う。
    仲が悪いのかどうかは分からないが、仲が良くないのは確かだ。
    どちらかといえば、オーエンとミスラが魔法で会議室を壊し、そのまま寒空の下で、呪文を唱える。
    面倒なことになったとブラッドリーは溜息をつき、もうこのまま去ってしまおうと背中を向ければ、「へぇー、逃げるんだブラッドリー」と二番目の兄、オーエンが肩に腕を回してきた。
    もうこうなってしまえば自分も身を守るために魔法を唱えなければ。
    ブラッドリーは面倒くせぇとゆっくり目を閉じる。瞼の裏で笑うネロの姿を思い描き、次に目を開いたときには《アドノポテンスム》と長銃でオーエンの頭を撃った。
    ──で、終わったのがその三日後の今日である。
    ネロはちゃんとあの部屋にいるだろうか。もしかしたら放っておかれたことに怒り、春の国にまた行ってしまったかもしれない。
    「クソっ!」
    部屋に走って向かっていれば、遠くからこちらの名を呼ぶ声が聞こえた。が、それを無視して行き着いたドアを思い切り開いた。
    「ネロ!」
    しかしそこに思い描いていた彼はおらず、奥の部屋も開けてみたが、そこもものの抜け殻だった。
    「こらブラッドリー、我らを無視するでない!」
    開いたままのドアの前にスノウとホワイトが立って溜息をつく。
    「ネロはどこだ」
    低く呻くように聞いた。
    我ながら余裕がない。だが格好つけたところで今更だろう。
    しかしそんなブラッドリーを見ても彼らは笑うことなく、「まだ春の国じゃ」と首を横に振った。
    「ネロを春の国まで送ったあと、そこの現王であるシャイロックから文が届いての」
    ホワイトがパチンと指を鳴らすと、ブラッドリーの目の前にふんわりと花の香りがする手紙が現れた。
    素早くそれを読み、その内容に顔を歪める。
    彼の言うことはこうだ。

    ────ネロが嫁にいくとのことなので、春の国で祭りを行うこととなりました。
    こちらの国の祭りは三日間行われるため、そちらの国へ行くのは少々遅れます。

    「…………」
    嫁に行くと書かれたことには素直に喜びを覚える。しかしネロがそんな事を言うだろうか。
    きっと冬の国に住むとしか伝えていないのに、察しのいい王様が彼は嫁に行くのだと理解し、祭りを行うことを決めたに違いない。
    祭りを行うほどだ。祝われたネロはこちらの国に戻らないという選択肢は潰れただろう。しかし、もし未練が残ってしまったら?
    こちらの国に住みたくない。
    ブラッドリーの傍に戻りたくない。
    そんなことを考えてしまったら──そう思うと腹が立つと同時に、胸が苦しくなる。
    (ぜってぇ連れ戻す)
    ブラッドリーは「おい双子」と声を掛けた。
    「これから俺も春の国に行ってくる」
    「帰って来るまで待てんかのぉ?」
    「待てねぇ」
    つーかよ、と続ける。
    「オーエンとミスラが暴れた時点でてめぇらが止めに来るのが当たり前だろ。なにサボってるんだよ」
    「ほっほっほ、我らはもう老体だからの」
    「次期王の座に誰が相応しいかも見極めていたんじゃ」
    ニッコリと微笑む双子の言葉は何となく胡散臭い。だがそこを気にしている時間が勿体ない。
    「そーかよ。んじゃ、俺は行くぜ」
    ブラッドリーはマントを翻し、歩き出す。
    「こらブラッドリー」
    「ちょっと待つんじゃ」
    スノウ、ホワイトに声を掛けられ、「なんだよこっちは急いでんだよ」と首だけで振り返ると、双子は目を細め、少しだけ冷たい視線を向けながら言った。
    「問題を起こすでないぞ」
    「春の国はそなたの国ではない」
    「少しでも何かあれば、血気盛んな者が多いこの国はいつ戦争を始めるか分からん」
    「そこをちゃんと理解してから行くのじゃぞ」
    いつもよりも落ち着いた、けれど王の威厳を持つ声。それにブラッドリーは「はっ!」と挑戦的に笑った。
    「はいはい、分かってんよ。心配しなさんな」
    前を向き直し、ひらりと腕を振った。
    「んじゃ、ちょっくら花嫁を返してもらいに行くわ」
    もう片方の手を前に出し、音もなく現れた箒を掴む。そして自室の窓を開け、飛び降りた。
    宙で手に持つそれを回転させて足を置く。そしてそのまま雪を避ける呪文を施し、春の国へと急いだ。

    「本当に分かっておるのかの」
    「まぁ、ブラッドリーちゃんだから」
    手を繋いで双子は部屋から出て行く。邪魔者はさっさと消えるべきだ。
    「「なんとかするじゃろう」」
    顔を見合わせて双子の王はキャッキャッと笑った。

    ────春の国では。
    (ブラッド、怒ってねぇかな)
    大きな樹の下で、楽しそうに踊る同じ国の彼らを見ながら小さく溜息を吐く。
    王の話では先方に伝えたらしいけれど、それを良しとするだろうか。
    しかしブラッドリーからの返事も無ければ、迎えに来る様子もない。
    そろそろ主役である自分が抜けても問題なさそうだが、一抹の不安に動けないでいる。
    もしかしたら今頃、正気に戻って一緒に住むことをやめたのかもしれない。
    それともどこかで何か彼の機嫌を損ねて、ガッカリして、嫌われたかもしれない。
    「…………」
    ただの憶測に過ぎないのに、ネロは唇を噛めしめ、勝手に潤み始める目を何度か瞬きをしてそれらを散らす。
    どちらにしろ、今日で祭りも終わりだ。明日には静かで穏やかな国に戻るだろう。
    だがもし、もうお前なんかいらないと言われたら?自分はどこに帰ればいいのか。
    (あーあ)
    どこまでも卑屈な自分に嫌気がさすけれど、もう自分の居場所が彼の隣りだと思った証拠で、少しくすぐったくて、でもチリっと胸の痛みを覚える。
    「ブラッド……」
    小さく名前を呼ぶ。
    「俺、もういらない?」
    「ンでそういう考えになってんだよ」
    ──瞬間、頭に重みを感じた。
    慌てて首を回せば、そこにはずっと考えていたブラッドリーの姿があった。
    「ブ、ブラッドっ!」
    「ったく。目を離せばすぐこれだ」
    「な、何でここに!」
    あわあわしながら聞けば、「迎えに来た」と言われる。
    「あ、心配しなくても、ちゃあんと正門から入ったぜ。春の国の王にも挨拶をしておいた」
    「えっ」
    彼の言葉に王であるシャイロックを見れば、向こうも気付いたようで、軽く手を振られた。
    「おら、あの部屋に帰るぞ」
    ブラッドリーはネロの腕を掴んで立ち上がらせる。
    その力強さに抵抗する気はないが、どうしても不安が消えない。
    ネロは「なぁブラッド」と俯いて小さく囁くように名前を呼んだ。
    「あ?」
    「その、俺、本当にあんたの傍にいていいのか?」
    「……は?」
    さっきから何を言ってやがる、と眉間に皺を寄せたが、それを無視してネロは続けた。
    「ほら、部屋とか用意してくれたけどさ、一緒にいたら気が変わったとかあるだろ?」
    「…………」
    「思ってた奴じゃなかったとか、やっぱり面倒くさい奴だとかさ、そういうの遠慮なく言ってくれていいからさ」
    話す声は震えていないだろうか。
    言いながら泣いてしまいそうになるなんて、本当に面倒くさい自分だ。
    泣いたらブラッドリーを困らせてしまうのに。
    「……ネロ」
    名前を呼ばれ、突然片手を取られる。それにビクリと震えた。
    掴まれた左手をそっと撫でる。そこには彼からもらった指輪が嵌っている。
    そのまま、まるでエスコートするかのように優しく腕を引かれ、歩いていく。
    「ちょ、そっちは!」
    進む先は、ここの住民が楽しそうに踊っている中央だ。
    初めてこの祭りを見たといえど、それくらい気付く筈だ。
    「ブラッドっ」
    小さな抵抗は止めるに至らず、結局踊っていた彼らをすり抜け、そのど真ん中で、ブラッドリーは振り返ってネロと向かい合う。
    他の皆が気付いたのだろう。
    踊るのをやめて、こちらに注目した。
    (やばい、恥ずかしいっ!)
    ネロは手を振りほどいて逃げたかったが、「ネロ」と名前を呼びながら彼は片膝をついた。
    「はっ?」
    「俺は、お前を愛してる」
    下から真剣な瞳で言われ、一瞬にして顔が真っ赤になる。
    そこで盛り上がったり、揶揄する声はせず、まるで時が止まったかのような静寂に包まれた。
    「お前にも同じ大きさの愛を返して欲しいなんて思っていない。お前はお前の中での精一杯をくれるから」
    左手をすくい上げるように取り、彼が嵌めた指輪に口付ける。
    「ネロ、俺と結婚して欲しい。ずっと永遠に傍にいて欲しい」
    「ブラッド……」
    「愛してる、ネロ。どうか一緒に生きてくれ」
    どこまでも真摯で、恥ずかしさや嬉しさやらで頭がパンクしそうだ。
    しかしほんの少し、瞳に見えた不安に、ネロはゆっくり深呼吸をして答えた。
    「俺も、あんたと生きていきたい」
    でも、と少しだけ苦笑した。
    「俺って面倒くさい奴だから、あんたを困らせることもあると思う。その時はちゃんと言って欲しい。頑張ってなおすから」
    触れられている左手でブラッドリーの手を握った。
    「これからも、よろしくお願いします」
    身を屈ませ、彼の頬をもう片方の手のひらで撫でる。そしてそっと唇にキスをした。
    するとブラッドリーは一瞬ぽかんとしてから、嬉しそうに立ち上がって、ネロのことを両手で持ち上げた。
    「ちょっ、うわ!」
    「はは!てめぇがどんな難解な性格してるかはもう知ってるっつの。そこも含めててめぇが好きなんだよ」
    抱き上げたまま、ブラッドリーは鼻を擦り合わせて「好きだ、ネロ」と甘く言って、今度は彼から口付けた。
    「愛してる」
    「……俺も、愛してる」
    ぎゅうと抱きしめ合うと、先程まで静かにしていた周りが、パチパチと拍手をしてくれた。
    それもやっぱり恥ずかしいけれど、ネロは笑って彼の首元に顔を埋め、そしてブラッドリーにしか聞こえない声で囁いた。
    「帰ろ?ブラッド」
    「お前なぁ……」
    「んっ」
    顔を上げさせられ、またキスされる。そしてブラッドリーは色っぽい瞳をこちらに向けた。
    「溶けるほど、愛して、甘やかしてやんぜ?」
    「手加減、してくれると助かる……」
    「はは!煽ったのはてめぇだかんな」
    そう言ってブラッドリーはネロを横抱きに直す。自然とネロの腕は彼の首に回り、くっついた。
    「んじゃ、こいつはいただいていくぜ!」
    大きな声で宣言し、走り出す。

    そのまま二人は、喧嘩をしながらも仲良く暮らしたのだった──
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