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    ー月猫ー

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    ー月猫ー

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    なんとなく、なカイオエ。
    2周年のあと。

    かわいそうだと思った。(まぁ、全部僕のせいなんだけどね )
    オーエンは大きい木の枝に座りながら、目を閉じる。
    瞼の下にあるのは自分の瞳。そしてもうひとつ、向日葵のような色をしている、生まれたての魔法使いのそれだ。
    元々そこに当たり前に存在していた瞳は彼、カインに埋め込まれている。
    そのせいで、厄災によって魂に傷を負ったというのに、因縁の相手だけが何もせずとも姿が見えるのだ。

    かわいそう。
    本当にかわいそう。
    顔も合わせたくないだろうに、その視界に嫌でも映ってしまう。

    そう思いながらも、いい気味だとオーエンは笑った。
    そんな嫌がらせが出来るのが、なぜか嬉しくて、愉しくて、肩にとまっている小鳥と一緒に歌でもうたいたくなるのだ。
    けれど、最近は何かがおかしい。

    「あ、オーエン そこにいたのか」

    木の下から聞こえきた声。
    傍にいることは気配で知っていた。でも声を掛けてくるなんて、この騎士はとち狂っているのではないだろうか。
    オーエンは無視し、小鳥に頬ずりをする。
    しかしカインは再び声を掛けてきた。

    「さっき食堂から甘い匂いがしたぞ」

    もしかしたらネロが菓子を焼いたのかもしれない。
    そう続けたカインに、オーエンは眉をひそめる。小鳥がピィと鳴くのを聞きながら口を開いた。

    「それがなに?」
    「ん?」

    カインは笑顔のまま首を傾ける気配。
    それが今は恐ろしいと本気でオーエンは思う。

    「なんでそれを僕に言うの?」
    「だって好きだろ、甘いもの」
    「だからって因縁の相手に話し掛けてくるとか、お前ってほんとなんなの?向日葵なの?」
    「向日葵?」

    突然なんの話だと言わんばかりの声音に、オーエンはチッと舌打ちをした。
    本当にこの男は何なのだ。

    「騎士様は自分の元の瞳の色も忘れちゃったわけ?」

    嘲る声で、相手を歌うように罵る。
    言葉の呪いで縛って苦しめ、それが最高の魔力を生み出す。そしてそれを自分の糧とするのが、本来の北の魔法使い、オーエンなのだ。

    「まるで蟻が踏まれるように簡単に潰れちゃって、お前を尊敬してた奴らもガッカリしただろうね。あぁ、魔法使いだってこともバレちゃって、嫌われたんだった。あはは、可哀想な騎士様」

    そう、彼はかわいそう。

    「でもそれは全部僕のせいなの?隠して、騙していたのはだぁれ?僕じゃない。お前でしょ?僕は本当のことを暴いただけ。その瞳を奪われたのだって、騎士様が弱いから。ほら、ぜぇんぶお前のせいなんだよ」

    風がふく。
    いつもの白い帽子が飛ぶのを知りながらもそれをおさえることはしない。
    それが今まで真っ赤に染まることだって、当たり前にあったから別に構わないのだ。
    しかし«グラディアス・プロセーラ»と、弱々しい魔力を感じたと同時に、どこかへ飛んでいこうとしていた帽子が自分の元ではなく、呪文を唱えた彼の手元へと吸い込まれていく。
    その姿をオーエンは無意識に目で追えば、カインがまるで壊れ物でも扱うかのような優しい手つきで受け止めたのを見てしまった。

    「…………」

    視線が合う。
    向日葵みたいな瞳が細くなって、開かれた唇は「オーエン」と名前を紡いだ。

    「────相変わらずお前は困った奴だな」

    帽子を撫でる手。
    その手がいま、どれくらい温かいのか、オーエンは知らない。
    それなのにきっと彼の体温は火傷するほど熱いのだろう。
    そんなことを思ってしまった自分に嫌気がさすのに、まるで囚われてしまったかのように動けない。

    「オーエン」
    「っ……」

    呼ばれた名前にビクリと身体が震えた。
    片方の腕が帽子から離れてオーエンを手招く。

    「一緒に食堂に行かないか?」
    「────」

    小鳥がピィィ!と高い声で鳴いて飛び去った。
    それを気にする魔法使いはここにおらず、風の音と同じ扱い。いや、もしかしたら耳に届いてすらいないのかもしれない。
    オーエンは見開いていた目を戻し、小さく首を横に振る。だがそんなことは知らないとでも言うかのようにカインは誘う手を戻さない。

    「…………」

    言葉を呪いとして扱う魔法使いが聞いて呆れる。
    オーエンは何も言えず、また首を振るのに彼はその笑顔を崩さない。
    そしてまた呼ぶのだ。

    「オーエン」
    「っ────」

    あぁ、どうして。
    どうして。

    フワリと浮く身体。
    呪文の声は聞こえないのに、帽子と同じように吸い込まれる。
    撫でるように頬に触れた手は、想像以上に熱くて、それなのに火傷をすることなんかなくて。

    「一緒に行こう、オーエン」

    あぁ、かわいそう。
    かわいそうに。

    なにかが、
    誰かが、
    そう言った気がした。
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