にじみ出るそれ、隠せてない。 たまに、どんな顔をしたらいいのか分からなくなる。
隠しているんですよね? 俺は何も知らない態でいたらいいんですよね?
フォローする必要はないんですよね――――いや、それは必要かもしれない。
いつの日にか嬉しそうに彼は言っていた。
『にじみ出てるか?』と。
彼らの繋がり、縁、絆。
今はもうそんなこと聞かれなくても俺は頷いてしまう。
どれだけ隠そうとしていたって、それはにじみ出ていると。
東と北の合同任務だった。
魔物の討伐依頼。いつもなら渋る北の国の魔法使いも無事集合し、二つの国の魔法使いたちは一緒に任務地へと移動した。
『アルシム』の呪文一つ、数歩歩くだけで済んだそれだが、如何せん繋いだ場所が悪すぎた。
「おいミスラ! 普通少し離れたところに繋げろよ!」
「はぁ? この方が手っ取り早いでしょう」
「突然巣のド真ん中とか、最悪」
扉をくぐった先は討伐目標の魔物の巣だったのだ。
確かに手っ取り早い。近くの村の住民に被害が出ていると依頼書には書いてあったし、早急に手を打つ必要があっただろう。しかしこれはあまりに急過ぎる。
「ヒース、シノ、僕の後ろにいなさい」
戦闘慣れしている北の国の魔法使いとは違う、慎重な東の国の魔法使いにとって、この状況は良くないだろう。だからと言って巣の外に一度逃げるという選択肢はない。魔物に囲まれてしまっているからだ。
「せーのっ、≪ノスコムニア≫!!」
まだ陽は高い――巣の中にいるため太陽は見えないけれど、絵になっていない最年長の双子が東の国の魔法使いと俺を守るよう、白いベールの結界で包み込む。
「まったく。ミスラちゃんには困ったものじゃ」
「すまんの。あとで説教しておくから、今は許してやってくれ」
苦笑するスノウとホワイトに俺は「いえ」と首を振った。その間も魔獣のうなり声が耳に響く。
「こうやって任務に来てくれるだけで十分です。空間移動も使ってくれましたし」
そう返すと二人は「よい子じゃ賢者ちゃん」と泣き真似をしながら頷く。それに溜息をついたのはファウストとネロだ。
「取り敢えずこの結界の中にいれば安心だ。ここから魔物の動きを確認してから僕たちもサポートという形で戦闘に加わろう」
「ま、このまま北の連中に任せても大丈夫そうだけどさ」
魔道具を出すどころかポケットに手を納め始めるネロに、ファウストは眼鏡を押し上げながら再び溜息を吐き出した。
結界の外を改めて見れば、北の国で名をはせる三人は魔法舎にいるよりも生き生きとした表情で、魔物の相手をしている。
白い狼のような頭に角が生え、身体は馬のようなのに二足歩行も可能。砂煙を上げながら駆けるそれは速いのに、前足を持ち上げれば屈強な腕を振り回す。<大いなる厄災>の影響もあるのだろうけれど、その姿はケンタウロスを連想させた。
視界に入っている魔物はざっと十数匹。だが奥からどんどん数を増やしていく。
脅威は狩るべきだろうけれど、根絶やしにするわけにもいかない。
「適当な数まで減らしたら隙を見てここから出よう」
どうやらファウストも同じことを危惧していたらしい。その言葉にどこかホっとし、「そうですね」と返そうとすれば。
「このままじゃ手柄が全部北の連中に取られる」
シノの声が聞こえ、振り返る。見えた姿は大きな鎌を持ってベールの結界から出て行く背中だ。
「シノ!」
「待てシノ!」
ヒースとファウストが手を伸ばす。しかし服の裾はひらりと踊って逃げていく。
近くにいた魔物が待っていましたとばかりに腕を持ち上げ振り下げる。それにヒースの悲鳴のような声が響くが、シノは軽々とそれを避けて跳躍。角を掴んで重心にし、クルンと回転しながら大鎌を振った。
「っ――――」
太い首に突き刺さり、重たい動作で切り落とす。立派な筋肉で守られているため、簡単には切れないのだろう。
だがシノはやってやったとヒースに向かって口角を上げ、また跳躍し、別の魔物へと乗り移っていく。
「先生!」
どうしよう、とヒースはファウストを見たが、その声に応えたのはネロだった。
「ったく。あとで説教してくれよ、先生」
ポケットから手を出し、その身の周りにカトラリーがずらりと囲む。
「勿論。君も気をつけて」
「あいよ」
姿勢を低くし、ネロは駆け出した。
その反対側にドン! と音が響く。どうやら魔物が結界を破ろうとぶつかってきたようだ。
「ほほほ、生意気なものじゃ」
「我らの結界が貴様らごときに壊せるわけがなかろう」
クスクスと笑う双子だったけれど、不安な表情のヒース。
自分たちを守るスノウとホワイトを疑うことはないけれど、それでも俺も恐怖を覚えてしまう。
「ヒース!」
そんな俺たちを守るように、シノが魔物の前に立った。
「シノっ」
ヒースが手を伸ばす。結界の中に引き入れようとしたのだろう。だがそれを引き留めたのはファウストだ。
「危険だ!」
「でも!」
悲鳴のようなそれはシノに届いているのか分からない。
彼はまた駆けてくる魔物の脚に鎌を引っかけ転ばせる。重たい音を立てながら倒れた相手の首を奪わんと再び鎌を振り上げた――――が、別の方向から伸びてきた腕にシノの大鎌が弾き飛ばされる。
「あ!」
無防備になった彼に、容赦なく角が向かってきた。それは一本どころではない。他の魔物もシノに狙いを定めたようだ。
このままでは角に串刺しにされてしまうだろう。
ヒースが手を伸ばし、今度こそ悲鳴が上がろうとしたところで、静かにその声が落ちてきた。
「ブラッド」
――――ネロだ。
シノの身体が持ち上がる。
目にもとまらぬ速さで魔物の隙間を縫って近づき、ネロはシノを抱えたのだ。そしてもう一人。
「おうよ」
ネロの頭上に、箒に立って乗ったブラッドリーが長銃を構えていた。
「≪アドノポテンスム≫!」
複数の音が響く。
ネロとシノに一番近くにいた魔物の角が砕け、刺さることなくネロは跳躍した。その先でブラッドリーの箒に掴まり、ぶら下がった状態で呪文を唱える。
「≪アドノディスオムニス≫!」
元よりも大きくなったカトラリーが数個まとまり、風車のようにクルクル回りながら魔物の首を狩り取っている。いつもよりも輝きが帯びている魔道具は、もしかしたらブラッドリーの強化魔法がかかっているのかもしれない。
「・・・・・・・・・・・・」
深く息を吐いたヒースに、ファウストが背中を撫でる。
シノを抱えたままのネロを結界に送り届けるようにブラッドリーが下りてきた。
「ブラッドリー! ありがとうございます!」
スノウの後ろにネロは降り立ち、シノも地面に足をつける。それを見守りながら礼を言えば、ブラッドリーはニッと笑い、またふわりと結界の外へ。
「威勢がいいのは悪かねぇ。挑むのもな。だが自分の強さは過信したらダメだぜ小せぇの」
「生き残れるか計算しとけ」と自身の頭を人差し指でさす。それを見ながらシノは唇を噛み締め、俯いた。
「来いよネロ。応じてやったんだ、今度はてめぇが手伝う番だぜ」
頭を指していた指をネロに向け、手のひらを上に、ちょいちょいと動かす。ネロは溜息をついた。
「俺いなくても余裕だろ」
「勝利の仕方ってあんだろ? 気持ちよく戦いたいんだよ」
「骨が折れるね、東の飯屋なのにさ」
「はは! 東の飯屋じゃ味わえないスリルと興奮を教えてやるよ!」
「いらねぇよ。ったく」
言いながらもどこか楽しそうに一歩、ベールの外に出る。ブラッドリーが上から手を伸ばせばネロはまた軽く跳躍し、その手を取る。
箒へと引き上げられれば、ブラッドリーの後ろに立ち、彼の肩に肘を置いて笑い合いながら飛んで行った。
「き、気をつけて!」
俺はそう声を掛けたけれど、もう二人の姿は見えない。
だがきっと大丈夫だろう――――別の部分は大丈夫じゃないけれど。そんな仲良く遊びに行くように飛んで行っていいんですか? と聞いたところで答える魔法使いはここにいない。
「シノ! 怪我は!?」
シノに駆け寄ったヒース。その顔は真っ青だ。しかし顔色が悪いのはヒースだけではない。
シノ自身も恐怖を覚えたのだろう。額に汗が浮いている。
「・・・・・・・・・・・・」
そんな彼にファウストは無言で近寄り、パン! と頬を叩いた。それに声を上げる者はいなかった。
「シノ、そこで休んでいなさい」
話しはそれからだと暗に告げ、そしてこの戦闘には加わるなと冷たく、音にせずに言った。
「ヒースは僕が教える通りに。巣から出る道を作る。結界から出る必要はないから安心しなさい」
「はい」
ファウストに言われたヒースは立ち上がり、シノから離れる。
一部始終を見ていた双子は優しく目を細め、けれど声を掛けることなく二人で寄り添い合っている。
悔しそうに瞳を揺らしているシノに何か声を掛けるべきか迷ったけれど、俺は拳を作り首を横に振る。そしてファウストとヒースに近寄り、「俺でも何か手伝えますか?」と声を掛けた。
きっと今はシノに声を掛けるべきではない。
本当は無事を確認したいだろう彼らが黙っているのだ。そしていま一番悔しくて辛い重いをしているのはシノ自身だ。
自分の力が足りなくて打ちのめされる気持ちはよく分かる。この世界で俺も何度も経験しているから。
だから声を掛けたくて、だからこそ声を掛けてはいけない。
負けない彼だと分かっているけれど、心の中でそっと『一緒に強くなりましょう』と呟いた。
それからしばらく経ったあと、無事に巣から抜け出すことに成功した。
減った魔物の数とタイミング、それらをファウストが見計らい、外へ出たのだ。
それはそれで大変だったけれど、それ以上にまだ戦闘をやめない北の彼らを止める方が大変だった。
根絶やしにしてはいけないことを理解していたブラッドリーとネロは早々に手を引いてくれたが、ミスラとオーエンは魔道具を仕舞うことはせず、それどころか魔物は飽きたと言って、二人その場で殺し合いを初めてしまう始末。
『やめるのじゃ二人とも! 場所を考えて!』
『ここで殺し合ったら巣も魔物も巻き込まれてしまう!』
スノウとホワイトが先ほどとは逆に魔物を守るよう結界を張る羽目になった。
力業で止めるにはオズがいないし、言葉巧みに説得する西の魔法使いもいない。
俺もなんとか出来ないかと叫び続けて――――とある一言でその殺し合いはあっけなく終結した。
『お二人とも! 白い服が真っ黒ですよー!』
巣の中で暴れているのだ。砂や何やらが衣服を汚していた、気がする。
もう何でも有りだと叫んでいたが、まさかこの言葉で止まってくれるとは。個性豊かな魔法使いということか。
兎にも角にも、事後報告になってしまうが、魔物討伐の依頼をしてきた村へ向かうことにした。箒で飛ぶほどの距離では無いため、ゆっくり歩きながら。
巣は森にあったようで、しばらく木々が生い茂る道を進んでいく。
魔法使いたちに疲れた様子はないが、戦闘が終わったばかりだ。歩かせるのも申し訳ないと思っていれば、「ブラッドリー、ネロ」と呼ぶ声が聞こえた。
声の正体は俺の後ろ、最後を歩いていたシノだ。
「ん?」
「あ?」
ファウストとヒースの会話を聞きながら歩いていたネロと、その後ろを歩いていたブラッドリーが足を止め振り返る。
北の国の魔法使い四人は気にした様子もなく、東の国の二人は振り返りつつも先に歩いて行く。それはきっと気遣いだ。
俺もいない方がいいかと思ったが、再び歩き出す前にシノは口を開いた。
「さっきは助かった。手間を掛けさせて悪かった」
「・・・・・・・・・・・・」
ブラッドリーとネロは顔を見合わせ、ブラッドリーは肩を揺らす。まるで何かを促すように。
するとネロは「あー」と口を開いた。
「謝るのはヒースと先生にだろ」
「でも二人にも迷惑掛けた」
「別にあれは迷惑じゃない。助けたくて助けたんだ」
そう言ったネロにパチパチと瞬きをするシノ。ネロの言いたいことが伝わってないようだ。ブラッドリーは溜息をついて頭を掻いている。呆れている様子だが、一体どちらに呆れているのだろうか。
「いや、だからその、手間かけて悪かったじゃなくてさ、こういう時はお礼でいいんだよ」
「お礼?」
「あぁ。助けてくれてありがとう、ってさ」
「・・・・・・・・・・・・」
ネロはどこか恥ずかしそうに頬を掻く。だがシノは「そうか」と小さく頷いてから再度二人の名前を呼んで。
「助けてくれてありがとう」
真っ直ぐそう言った。
ネロとブラッドリーは小さく笑って、「あぁ」と頷く。その姿はまさに大人と子供で、どこか微笑ましさを覚える。
再び歩き出した三人の後を俺もゆっくりついていけば、またシノは口を開いた。
「さっき二人の連携はすごかった。どうやったんだ? どこかで練習でもしたのか」
「え」
表情が固まったのはネロで、ブラッドリーは「お?」と嬉しそうにシノの肩に腕を回した。
「やっぱりすごかったか? 息ぴったりだったろ?」
「あぁ。いつ練習したんだ」
「ああいうのは練習して出来るようになるもんじゃねぇ。経験と信頼、それと長い――――」
「ブラッド、リー君!」
ネロは慌てて声を上げたが、ブラッドリーはそんなネロをニヤニヤしながら見ている。
「どうしたよ、東の飯屋」
「いや、な、なんか適当なこと言ってるなーって思っ、て・・・・・・」
「どういうことだ? ブラッドリーは何か嘘を言ってるのか?」
「嘘なんてついてねぇよ、俺は」
「どっちかっつーと」と続ける彼に、「てめ!」とネロは一歩踏み出す。しかしその足は伸びていた木の根に引っかかり、「おわ!」と倒れそうになった。
「ネロ!」
それにいち早く反応して抱き留めたのはブラッドリーだ。
抱きしめ合うような形になった状態で、彼は焦った顔で深く息を吐いた。
「あっぶねぇなあ」
「悪ぃ」
「てめぇはほんと、そういう抜けたとこ直んねぇな」
「今のは誰のせいだよ」
「へーへー、俺のせいだな」
二人は体勢を立て直し、そのまま一緒に歩いて行く。
その様子を見るからに、シノのことはもう頭になさそうだ。二人の世界という感じになってしまっている。
「・・・・・・・・・・・・」
「えーっと、シノ」
そんな二人の背中を見ながら足を止めているシノに声を掛ければ、シノは不思議そうな声で言った。
「あのとき、ブラッドリーもネロも焦った様子なんてなかった」
「え?」
「俺が刺し殺されそうになっても揺るがないのに、ネロが転びそうになっただけで、ブラッドリーは慌てるんだな」
「まぁ気持ちは分かる」と幼き魔法使いは頷く。
「ヒースが転びそうになったら、俺も焦る」
「・・・・・・・・・・・・」
「どうした?」
当たり前に言われた言葉がどれほどのものか、きっと本人は気付いていないのだろう。いや、本能的に気付いているが、それを理解していないといった方が正しいのかもしれない。
「置いていかれるぞ、賢者」
「・・・・・・あの、シノ」
「なんだ」
「今の話しは、俺と二人だけの秘密にしてください」
フォローは必要なのか。
必要ない――――いや、必要だ。
「なぜだ」
「えーっと・・・・・・」
いつの日にか嬉しそうに彼は言っていた。
『にじみ出てるか?』と。
彼らの繋がり、縁、絆。
今はもうそんなこと聞かれなくても俺は頷いてしまう。
「俺が秘密にしておきたいんです」
どれだけ隠そうとしていたって、それはにじみ出ていると。
俺はにっこり笑みを作りながらあの二人の背中を見つめ、心の中で大きく溜息をついた。