雨ふり龍の子明日はおでかけだからね。と、優しい言葉を胸に、今日を楽しみにして眠りについたのに…
空は生憎の雨模様で、ちいさな大倶利伽羅の心をどんよりと重くした。
しかし、大倶利伽羅の心が重いのは、何も天気のせいだけではなかった。
「もう、鶴さん!!なんでそんな趣味悪いの!」
普段柔らかく笑顔を見せてくれる光忠が叫んでいる。相手は鶴丸だ。
「なんだ、光坊。この鶴さんの選択が不服かい。」
いつもならのらりくらりと、相手の感情を受け流す鶴丸には珍しく、不敵な笑みを浮かべるそれは、まるで刀の切っ先だ。
二人はかれこれ半時、こんなやり取りを繰り返している。
「だから、伽羅ちゃんにはこれが一番似合うってば!」
「いやいや、こりゃ驚いた。光坊は伽羅坊に似合うものがなんにもわかってないとはな。」
この調子である。
大倶利伽羅はもう一度ため息をつく。
今日は珍しく予定がない休日で、たまには、と皆で出掛ける予定だった。だが、起き抜けに庭をしっとりと濡らす雨に気づき、雨具が必要だということになったのだ。
鶴丸は光忠に指を突きつけて宣う。
「だいたいなんだそれは。ブランドのダブルコラボ?金を出して着飾れば良いというものでもあるまいに。」
光忠が大倶利伽羅のために用意していたのは、有名アウトドアブランドが、これまた有名な動物園と共同で売り出した、レインポンチョだった。
「そんな緑一色の持ってる鶴さんに言われたくないよ。全く、ずんだじゃないんだからね」
片や鶴丸が手にしているのは、鮮やかな緑の雨合羽。どうやらアオガエルを模しているようで、フードの部分に目と思われる飾りがある。
両者とも、いつか大倶利伽羅に着せようと購入していたようで、譲る気はないようである。
「全く騒々しい。なんの騒ぎだ。」
「長谷部…」
集合時間を過ぎても現れないことに痺れを切らし、へし切長谷部が大倶利伽羅たちの部屋までやってきた。
「雨だからじゅんびをしている。」
大倶利伽羅は長谷部に気づくことなく、言い合う二振りを横目に答えた。
「準備って、お前合羽も持っていないのか。仕方のない奴だな。これを着ろ。」
そう言って長谷部が手渡したものを見て、大倶利伽羅は眉を顰める。
「あずきいろ…」
それは小豆色の背中に灰色のラインが入った、上下の合羽だった。
「あ!聞いてよ長谷部くん。鶴さんたらさ…って何そのダサい合羽」
「こいつは…いやひどいな。」
「なんだ。黒田は皆これだ。」
何がおかしい。とその表情が語るが、伊達を司る男たちには到底受け入れられないようだ。
「いまどき田舎の中学生だって、もっと可愛い合羽着てるよ!」
長谷部も加わり、三者三様にいかに自分の雨具が最善かを語り始めてしまった。
「なんだか派手に失礼な物言いだったなぁ、みっちゃんは。」
「貞。」
完全に蚊帳の外になった大倶利伽羅は、縁側に座り込み、どうしたものかと考えあぐねていたが、太鼓鐘貞宗を見つけて顔をあげた。
「みんな大人げねえなぁ。伽羅にはこれな。」
そう言って渡されたのは−
「きょうりゅうのかさ…」
翳っていた大倶利伽羅の瞳がきらりと輝く。
「伽羅、こないだ恐竜の絵本読んでただろ。俺のセンスで選んでみた!」
貞宗は、今日は見えない太陽のような満面の笑みを浮かべて言った。
「おれは今日、このかさででかける。」
スッと立ち上がり、なおも白熱して言い合う大人たちを見据え、大倶利伽羅は静かにそう言った。
「光忠と鶴丸が選んだのは、また今度着る。長谷部のはいらない。おれは行くぞ。お前らは好きに出ればいい。」
そう告げると踵を返して、部屋を後にした。すぐに貞宗が続く。
「伽羅にだって好みがあるんだから、押しつけはよくないぜ!」
貞宗の言葉に、ハッとした顔した3人も、慌てて2人を追いかける。
「ごめん、鶴さん。僕格好悪かったね。」
「いや俺の方こそすまん。」
「お前たちが謝るのは大倶利伽羅にだろう。待て、あいつ俺の雨合羽はいらないだと?」
「「そのセンスは伊達には耐え難い。」」
雨は降り続いている。
ちいさな大倶利伽羅は、ようやく浮き上がってきた心を躍らせ、傘を開いた。