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    906

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    みかつる&🍯🌰の異世界パロ7話目。死にネタになる予定。何でも許せる方にだけ。
    違う名前で呼ばれたり、ご都合・捏造設定が多々ありますので、苦手な方はご注意ください。とにかく書いてる本人だけが楽しい小話です。
    今回はみかつるのターン。怒涛の中二病設定にご注意ください💦

    fairy tale 7『貞坊が行方不明、だって?』
    『鶴さん、ごめん。僕がついていながら…』
    『光忠。あんたの怪我だってひどい』
    『そんなことになるはずはない。作戦は夜戦だっただろう?遠征先は快晴で、大成功を収めてきたんじゃないのかい?』
    『国永、おちつけ』
    『鶴さん。言い訳にしかならなくて恰好悪いんだけど、僕らの遠征先は、すぐ横の貞ちゃんすら見失うくらいの土砂降りだったよ』



    渡された書類をめくりながら、鶴丸国永は驚きの声を上げた。
    「どういうことだ、長谷部。坊たち、こんな近くの街にいるのかい」
    「俺が知るか。奴らはかれこれひと月ばかり、その街に居ついている。さすがに研究所のライブラリアンが向かったようだぞ」
    「うへぇ。あっちの長谷部、怒ってるんじゃないのか」
    「怒っているだろうな。お前に」
    長谷部の言葉に、鶴丸はぎょっとした表情で顔を上げる。
    「なんでそうなるんだ」
    「明らかに燭台切との打ち合わせ不足だろう。早々に国境を出ていれば、後始末も楽なものを」
    眉間に皺を寄せたまま話すのは長谷部の常だ。この男はどうにも堅苦しい。
    「あれだけの喧嘩をしたのにな。光坊はやはり優しすぎる」
    鶴丸も眉を寄せる。長谷部とは対照的に口元は淡く笑んでいる。嬉しさ半分、悔しさ半分、といった感情だろうか。
    「伽羅坊を連れて逃げろ、と言ったつもりだったんだがなぁ」
    「太鼓鐘を失って、お前まで見捨てるような男ではなかろう」
    貞宗の名を出され、鶴丸の顔が曇った。
    戦略上手の鶴丸の唯一の誤算。それは貞宗が行方不明になったことだった。
    「そういうお前は?きちんと手入れしているんだろうな。まだ在庫はあるのか?」
    痛いところを突かれ、鶴丸はさらに押し黙った。その様子を見て、長谷部はますます眉間の皺を濃くする。
    「記録は嘘をつかんぞ」
    鶴丸はへらりと笑って話を逸らそうとした。
    「貞坊、ほんとに見つからないのかい。坊は力もあるし、そう簡単にやられるような子じゃないんだぜ」
    「どちらにも言えることだがな、もう一度言う。記録は嘘をつかん。お前が一番知っているだろう。だから、」
    神経質そうに言った長谷部が、はぐらかされた話題に尚も言及しようとしたところで、急に言葉を切った。不思議に思った鶴丸が口を開こうとすると、すっと手で鶴丸を制する。
    「?」
    「面倒なことは御免を蒙るんだがな」
    長谷部の深いため息の理由を問う前に、部屋の扉が大きな音を立てて開け放たれた。
    「三日月、きみどうして」
    現れたのは、今日は帰らないと言った三日月だった。鶴丸と長谷部の姿を映した瞳は、凍てつく月を宿すかの如くに冴えている。
    「誰だ、この男は。どこから手引きした」
    鶴丸の耳朶を震わせる声が常よりだいぶ低い。と、認識した途端、一瞬で近づいた三日月に鶴丸は首元を掴まれ吊り上げられていた。
    「………っ!」
    ギリギリと首元が締まる。持っていた書類の束がバサリと散っていく。ぐぅ、と音を鳴らすのは己の喉だ。
    「男の悋気は醜いぞ。三日月宗近 」
    「!」
    一連の動きを、さして動ずることもなく見ていた長谷部の一言で、三日月の怒気はそちらに向かう。
    「み、かづき」
    鶴丸の声に、意識が再び正面を向く。華奢な体躯。折れそうな首。ゆっくりと三日月の腕をつかむ鶴丸の手は小さい。三日月は瞬きもせずその一挙手一投足を見つめていた。
    「きみ、とりあえず…吊り上げるの、やめっ…くれないか」
    何とか言葉にすると、鶴丸は右の口角だけを上げて笑った。
    三日月の手から力が抜け、鶴丸はようやく地に足を付ける。ケホリ、と咳をすると、自分を見つめ続ける深縹色の月を見上げ、おどけた調子で言った。
    「俺、一応華奢で儚げな美少年なんだが」
    「…すまぬ」
    鶴丸から視線を外し詫びを述べた横顔は、ひどく心許ない様子だった。
    こんな三日月は初めて見る。一体どうしたというのだろうか。
    「俺は戻るぞ、鶴丸」
    鶴丸の手元から散った書類の束を拾い集め終えると、長谷部はため息とともに吐き出すように言った。
    「えぇぇ。この修羅場みたいなところできみ、そりゃないだろ」
    鶴丸と長谷部の気安いやり取りに、ちりり、と三日月の心が焼ける。この感情をどう言葉にすればよいのか。三日月自身にもわからなかった。
    「ならばどうする。怪しい者ではありません。で、素直に引き下がる相手でもあるまい」
    なおも続く三日月を蚊帳の外に出したやり取りを、ぼんやりと見ていた三日月だったが、不意に鶴丸が近づきその顔を覗き込んだので、三日月は思わず眼を見開いた。
    「三日月。きみ、帝にはしょっちゅう会ってそうなのに、政府の〈記録係:ライブラリアン〉には会ったことがないんだな」
    鶴丸の言葉を驚きとともに動き出した頭が噛み砕く。
    〈記録係:ライブラリアン〉ー帝の元にはこの国の歴史を正確に伝える役目を負った者がいる。古より帝国に仕え、その記録は帝にさえ塗り替えることは叶わない。
    「こやつが?」
    先ほどから不機嫌そうな男の顔を見る。想像していた以上に若い。代替わりした、という話は聞いていないはずだ。三日月は思考を巡らせた。
    長谷部は渋面を作り、
    「俺は『鶴丸国永』の〈記録係:ライブラリアン〉だ」
    不本意ながらな、と言い捨てた。
    三日月の頭にひとつ疑問が浮かぶ。
    「〈記録係:ライブラリアン〉とは、国や機関に付くものではないのか。俺が知るのは、他に研究所くらいしかないんだが」
    「貴様の認識は正しい。人間に付くなど、異例中の異例だ」
    長谷部の言葉を鶴丸が繋ぐ。
    「むかし色々あって、契約せざるを得なくてな。彼は長谷部だ」
    名を呼ばれ、憮然としながらも、軽く頭を下げた長谷部だった。
    「で、どうしたんだ?きみ今夜は戻らないって出かけただろ?」
    改めて問われた三日月は、自らの行動を反芻したのか、再び迷子のこどもの様な顔をした。
    「お前の…」
    真っ直ぐに見つめ返してくる鶴丸を見る。
    「お前の、その姿…俺のせいだと」
    三日月の言葉を聞いた鶴丸の反応は意外なものだった。
    「あぁ、それか。もういいんだ。きみに責を負わせたいわけじゃない。
    きみだって今日まで知らなかったんだろう?」
    まるで些末なことの詫びを受けるが如くの、鶴丸の軽い言い草に三日月は戸惑う。
    「お前は、知っていたのか」
    「あぁ。まぁ、な」
    三日月の問いに鶴丸は目線を逸らす。視線の先には長谷部がいた。
    目が合った長谷部といえば、何か言葉を発すでもなく、本日何度目かわからない、小さなため息をついただけだった。
    「最近こんなのばっかだな。こういう驚きは好かんのだが。荒唐無稽な話を聞く気はあるかい?三日月」
    鶴丸は改めて三日月に向き直って言った。
    その眼に幾許かの迷いと不安を読み取った三日月は、大きく頷く。
    「お前のもたらす驚きとやらは、落差が激しいからな。受けて立とう」
    そんな三日月の言葉に、意表を突かれ、鶴丸は目を丸くした。そうして次の瞬間、屈託なく笑った。出会ってから三日月が見てきたどの笑顔とも異なり、見た目通りの少年姿に似合いの、含みのない笑顔だった。

    長くなる、と言われ三日月はソファに座す。向かいに鶴丸が座ると、長谷部は当然のごとく、その背後にすっと立った。
    「世界記憶、ってものがあると言ったら、きみは信じるかい」
    鶴丸の目線は床を見ている。
    「俺が五条博士に引き取られたのは、この見た目と神童と呼ばれたその知能にあった」
    「既に三条の御大から人工的に『御使い』を作ることを依頼されていた五条博士は、引き取った俺に翼を生やすために、実験・投薬を繰り返した。
    そこまではきみも知っての通りだろう。研究記録は逐一三条に提出されていたはずだ」
    三日月が頷く。三条の機密事項は成人の折に一通り目を通している。
    「俺は小さい頃から不思議な夢をみることが多くてな。迷い込むそこが夢ではなく、実在するが特異なところだって気づいたのは、研究所に来る前さ。4、5歳のこどもの頃だ。そこはたくさんの本が整然と並ぶ、途方もない広さの図書館に見えた。あの頃の俺は、知識というものに貪欲でな。思うがままに図書館の本を読み漁った。おっと。本の中身については聞きっこなしだぜ」
    おどける鶴丸だが、どこからも笑いの声は生まれない。
    「数多の本はこの世界における『過去・現在・未来』の記憶だった。それが『アカシックレコード』と呼ばれるもので、時の権力者たちが喉から手が出るほど欲しがるものだと知ったのは、研究所に来てからさ。『御使い』ってのは、『アカシックレコード』に触れることができる存在の通称だそうだ。建国神話レベルの話だがな」
    「博士が気づいたときには遅かった。皮肉だな。御使いを人工的に作ろうとして、俺に翼を生やした結果、俺はレコードが読めなくなったのさ」
    三日月は微動だにせず鶴丸の言葉に聞き入っていた。
    「そこから先は、既に話した通り。〈ヴァイス〉は一度も死ぬことなく、今ここにいる」
    鶴丸が笑う。先ほど三日月を驚かせた笑みではない。何度も見た、諦めの滲む食えない笑顔だ。
    「信じるも信じないも、きみ次第さ。そういうわけで、俺はきみの発言によって自分が研究所に来ることになることも、光坊の両親が人為的な事故で亡くなることも知っていた」
    話を聞きながら浮かんだ疑問を、三日月は率直に問うた。
    「お前は、この先のことも知っているのか」
    鶴丸は大きく肩をすくめた。
    「記憶力はいい方だがな。あんなもん、覚えておく必要があるとは思えんのさ」
    「そもそも、未来なんて知ってしまったら驚きが足りない。人生には驚きが必要なのさ。予想しうる出来事だけじゃ、心が先に死んでいく。まぁ、読んだかどうかと聞かれれば、読んだぜ?だが、すべてが書かれたあの記録を覚えておくなんて、到底無理な話さ」
    思ってもいなかった事実に、三日月はその後の言葉を綴ることができなかった。同時に、鶴丸の瞳に見え隠れする諦めの色の理由が分かった気がした。
    長谷部はそんな三日月の様子を、鶴丸が話をしている間、検分するかのようにジッと見据えていた。
    「お前は本当に物事を面倒にする天才だ」
    長谷部は今夜何度目とも知れぬ深いため息を吐く。言われた鶴丸は、またいつものへらりとした笑みを浮かべるだけだった。
    「もういいだろう。俺は失礼する。それと手入れの件、次はごまかされんぞ」
    そう言い残すと、今度こそ長谷部は闇に溶けた。
    部屋には三日月と鶴丸が残された。
    沈黙が部屋を支配する。窓から見えていた月はもう見えない。
    「…なぁ、あやつは恋人か…?」
    しばらくして零れた三日月の一言に、鶴丸は口をあんぐりと開けた。
    「はぁ⁉最初に聞くことがそれかい?長谷部はそんなんじゃないさ。きみ、話聞いてなかったのか?」
    三日月はどうしてしまったのだろうか。どこをどうしたら、思考回路がそこに辿り着くというのだ。研究所の破天荒な面々のおかげで、あさってな言動には慣れていると自負のある鶴丸だが、これは予想外であった。
    「だいたい恋人って、一緒に寝たり抱き合ったり、せ、接吻したりする間柄だろう」
    今度は三日月の表情が抜け落ちる番だった。この男、顔を赤らめて何を言い出すのだ。年齢は23と言っていたはずだ。その反応、お前は思春期の少年か。いや、見た目だけならば間違いなく少年なのだが。
    「そんな存在いないさ。今も昔も。これからも、な」
    鶴丸は噛み締めるように言葉を紡ぐ。
    「俺は見た目が白いだけで、腹の内は真っ黒さ。うちの坊たちみたいに、純粋に誰かを好きになるには、色んなことを知りすぎた」
    凪いだ表情でそう告げ、再び黙り込んだ。

    どのくらいの時が経ったのか。黙り込んだ鶴丸に何かを問い質すでもなく、三日月も沈黙を守っていた。
    「寝るぞ」
    唐突に三日月が声を発した。その言葉に最もだと鶴丸も頷く。
    「あぁ、おやすみ。慌てて帰ってくることなかったのに、悪かったな。おつかれさん」
    そう言ってあてがわれている部屋に引っ込もうとする鶴丸を、三日月は抱え上げた。
    「ちょ、きみなにす…」
    「寝るぞ」
    有無を言わさぬ深縹色の瞳に見据えられ、鶴丸は口を噤んだ。
    そのまま三日月の寝室に移動する。
    「なぁ。そんなに力尽くだと背中が痛いんだが」
    文句を言う声をまるっと無視して、三日月は寝台に鶴丸を降ろす。少年の姿をしたこの男は、一体いくつの驚きでできているのか。翼がなくたって、とても目の届かないところになんてやれやしないではないか。
    中身は真っ黒だと言う真っ白な彼をしっかりと抱きこむと、三日月自身も真っ白な寝具にくるまれて寝転んだ。
    しばしの間、もぞもぞとぎこちない動きを見せた白い鳥は、閉じ込められた籠から出ることは叶わないと悟ると、観念したようでおとなしくなり、やがて静かに寝息を立てた。
    眠る鶴丸を見ながら、三日月は千々に乱れた思考を整理しようと試みたが、糸口は見つからず、ほどなくして自分も眠りに落ちた。


    空腹を感じて、三日月は目を覚ました。
    朝餉の時間にしても早い刻だ。そういえば、昨夜はまともな食事をしていなかったと気づく。
    腕の中では白い鳥が変わらず寝息を立てている。ただそれだけのことが、ひどく嬉しい自分に苦笑した。昨夜自覚したその感情を認めざるを得ない。
    微かな動きが伝播したのか、鶴丸が身じろぐ。
    「…ぉはよ、ぅ…」
    未だ夢と現の狭間をたゆたう鶴丸に、三日月は穏やかな笑顔を向けた。
    「おはよう、つる。腹が減ってしまった」
    はっはっはっは、と笑う三日月を見つめる鶴丸の瞳が、徐々に焦点を結ぶ。覚醒はしたようだが、動きは緩慢で起き上がる気配はない。
    「きみ、朝から元気だな…」
    「そういうお前は低血圧か?寝起きが悪かったのは意外だ」
    そっと前髪をかきあげてやる。鶴丸が拒否せぬのをよいことに、柔らかなその手触りを堪能していたそのときー
    部屋の入口の方から、なにやら言い合う声が響き渡った。
    お待ちください!さすがに失礼です!
    慌てる声は石切丸のものだ。
    「あにさま。こちらにいらっしゃるのでしょう?」
    寝室の扉のすぐ向こうから聞こえたのは、腹違いの弟のものだった。勝手に部屋に踏み込み、寝室の扉の前にて仁王立ちか。朝から面倒なことよ。三日月は大仰にため息を吐いた。
    鶴丸に「起き上がらずともよい」とだけ伝えると、三日月は寝台からゆらりと立ち上がると扉に近づき、ゆっくりと開いた。
    「小狐丸。こんな時間から何の用だ」
    2つ違いの弟は、幼いころから何かと三日月について回る。側室腹の謀かと思えば、どうやら敵対心ではなく純粋に尊敬の念の表れらしい。自身も優秀なくせに、三条を継ぐのは三日月だと信じて疑わない。そういうところが厄介な存在であった。
    「最近、職務がおろそかと伺いましてな」
    兄の顔を見ると、小狐丸はまるで邪気のない笑顔でそう言った。
    「そうでもないぞ。昨夜も父上の急な呼び出しで疲れておる」
    面倒この上ない。もう一度独り言ちる。
    「三条の継嗣ともあろうお方が、出自も知れぬ愛人にうつつを抜かして居ると聞いては、黙っておれますまい」
    「愛人なんぞおらぬが?」
    三日月が大仰にため息をついて答えると、小狐丸は「ではあれは?」と三日月の肩越しに、扉の向こうを指した。
    三日月が視線だけ振り返ると、鶴丸は寝台から降り跪いていた。頭には布を深く被っている。果たして小狐丸からその顔が見えたのかはわからない。
    「無礼をお詫び申し上げます。昨晩私が体調を崩したために、三条の嗣君にはご面倒をおかけしました」
    まるで別人のような声音で、鶴丸が弁明し、三日月は体ごと振り返る。
    「口の利き方はまずまずですが、顔も見せないとは。随分な教育をされたお家柄のようですね」
    小狐丸の侮蔑を含んだ声に、鶴丸は一瞬の逡巡の後、ゆっくりとフードをはずす。
    現れた鶴丸に表情はない。そこには何の感情もうかがえなかった。ただ凛と、小狐丸を見据えて動かない。
    予想外だったのは小狐丸の反応だった。
    「ご、じょう…?」
    声に動揺が見える。この弟には珍しい。五条と言ったか?三日月は事の成り行きを見守る。
    「いいえ。人違いですよ、三条の若君」
    鶴丸は目を伏せて頭を下げた
    「そうですね。失礼した。旧知の友によく似ておったもので」
    ぎこちなく笑みを浮かべた小狐丸は、先ほどまでの勢いもなく、そこから黙り込んだ。
    同じく様子を見守っていた石切丸が、小狐丸に退室を促しながら三日月に声をかけた。
    「伽が必要なのでしたら手配いたしますが?どこの雑種とも知れぬ鳥ではなく、血統書つきを」
    珍しく剣呑とした石切丸の物言いに、三日月の柳眉が上がる。
    「そのようなものが欲しいなどと、言うた覚えはないんだが。お前たちはいつでも、俺の欲しがらないものばかり与えたがる」
    怒気交じりに笑う三日月の声音に、小狐丸も石切丸も過ぎた物言いだったと思い至る。結局、彼らが従うと決めているのは三日月宗近に他ならないのだ。不興を買うのは彼らの本意ではない。
    「小狐丸」
    「は」
    「俺は燭台切を追うのでな。不在の間、お前が父上をお助けせよ」
    有無を言わさぬ命令に、小狐丸は諾とだけ答えると、踵を返して石切丸とともに部屋を後にした。

    部屋の扉が遠くで閉まる音が聞こえると、鶴丸が緊張を解いたのがわかった。立ち上がりひとつ伸びをすると、ぽすん、と寝台に腰を掛ける。対峙するのは負担だったろう。三日月の周囲で、最も癖のある二人だ。
    「あやつらがすまぬ。お前のことを貶めた」
    鶴丸の元に足を運びながら、三日月は詫びを述べた。
    「ん?まぁ当然だろうさ。大事な身内のそばに得体の知れない輩がいたら、誰だってそうだろ。俺だって坊たちの傍に変なのがいたらそうする」
    こんなことはなんでもない。言外にそう告げて、鶴丸は笑った。
    三日月は先程のやりとりで、気になったある疑問を鶴丸に投げてみる。
    「小狐丸はお前を知っておるのか」
    「ん?あぁ…」
    至極面倒そうな面持ちで、鶴丸はぽそりと答えた。
    「研究所に来たばかりの頃、五条博士に連れられて何度か三条に行ったことがある。研究経過の確認だろうさ。小狐丸殿は、同い年だからと遊び相手をさせられた」
    「挑まれた算術の勝負で、こっぴどく打ち負かしてしまってな。以来、呼ばれることはなくなった」
    ははっと乾いた笑いが鶴丸から漏れた。
    「おまえは隠し事ばかりだな。」
    己が預かり知らぬところで、鶴丸と小狐丸に面識があったことが面白くない。対して鶴丸はどこ吹く風だ。
    「別に隠してないさ。聞かれてないなら答えようがないだろう」
    「ならば聞かれたことには答えるのか」
    食い気味に言う三日月を、鶴丸はのらりくらりと躱そうとする。
    「まぁ、答えられる範囲でならな」
    「お前は何を隠しておる」
    「何も」
    「昨日の〈記録係:ライブラリアン〉はお前の何を憂いていたのだ」
    「さてね。ああ見えて長谷部は慎重派だからな。無用なことだろう」
    埒が明かない。禅問答ではないのだ。三日月は鶴丸が食いつく餌を撒くことにした。
    「帝は〈シュヴァルツ〉を捕獲しろと言っておるぞ」
    「駄目だ!そんなことは俺が許さない!」
    予想通り、身内の事となると感情の振り幅が大きくなった。
    「お前に何ができる。研究所は跡形もない。五条博士は行方不明。燭台切の居場所なら既に把握しておる。〈シュヴァルツ〉もそこだな」
    ギリッ、と歯を食いしばる音が聞こえた。鶴丸も痛いほど自覚している。己の無力さを。たかだか風を起こせるような能力が何の役に立つのだ。
    何も言えず、ただ己を睨む鶴丸を静かに見つめていた三日月だったが、思い至って話の矛先を変えた。
    「俺はお前を好いておるよ」
    鶴丸の瞳は揺らがない。
    「唐突だな。勘違いさ。そもそもこんな短期間で何がわかる。きみは毛色の変わった俺が珍しいだけで、すぐ飽きるさ」
    「俺を利用すればいい。暗躍は得意でな。後ろ盾として利用するにはもってこいだぞ、俺は」
    「だめだ」
    間髪入れずに拒絶される。
    「なぜ」
    「…俺にはきみに返せるものがない」
    「好いておると言ったろう。見返りなど求めぬ」
    一度想いを告げたことで三日月は開き直ったのか、引くことを知らぬこどものように食い下がる。
    「きみはしつこいな。三日月」
    観念したのかと三日月の瞳に勝利の色が浮かんだが、続いた言葉にそれはすぐに消え失せた。
    「特別に教えてやるよ。俺はな、もうじき死ぬのさ」
    冗談を言っている顔ではなかった。
    「いくらなんでもそんな嘘は、」
    「嘘じゃない。五条博士にしか作れぬ薬の在庫が切れるんだ」
    諦めの滲む笑みの理由はこれか。
    「そうしたら、おわりだ」
    殊更『おわり』を強調し、鶴丸はいつもの笑みを浮かべた。
    「だから、きみは俺のことなんて好きにならなくてー」
    言い終わる前に視界が揺らいだ。前降れなく動いた深縹色の月に、寝台に縫い留められる。
    見開いた黄玉の瞳で、鶴丸はただコマ送りのように進む情景を見ることしかできなかった。視界を三日月で埋めつくされ、唇に柔い感触が重なる。続いて自分より少々低めの体温を感じた。接吻されているのだ。と思い至ったところで、ようやく抵抗を試みたがもう遅い。
    のしかかる相手は鶴丸よりも大きい。初めて成長しない身体に心の内で悪態をついた。頭上で一つにまとめられた両手。角度を変えて啄まれる唇。
    「つる…」
    聞こえた声音に心が乱される。
    やめてくれ。そんな風に俺を呼ぶな。
    「何度でも言う。好きだ。信じないだろうがなぁ。お前に惚れてしまったのだ」
    びくり、と知らず鶴丸の肩が震えた。驚きはもうたくさんだ。
    「だから、」
    「ふむ。お前は意地っ張りだし、せっかくの提案も全く聞かぬ。よし、俺はお前の恋人を名乗ることにしたぞ」
    「はぁ⁉きみ勝手に何言ってるんだ?」
    狸だ。先ほどまでのあのしおらしい態度は何だったのだ。
    「一緒に寝たり抱き合ったり、接吻したりする間柄、と言ったのは鶴の方だぞ?ならば俺たちは恋人だな」
    「違っ!」
    目まぐるしく出会ってからの三日月との時間を思い出す。楽しいなどと、欠片でも思った己が許せなかった。
    三日月の腕の中で鶴丸が藻掻く。
    いやだ、いやだいやだ。俺にはもう何もいらないんだ。余計な荷物を増やさないでくれ。
    「燭台切に会うぞ。あやつにも確かめなければならぬことがある」
    暴れる鶴丸をもう一度抱きすくめ、顎を掬う。再び重ねられた唇は、先ほどよりも熱を帯びていた。強く引き結んだ唇のあわいに、三日月の舌先が割り入る。間近に見る月の瞳に射すくめられた鶴丸は動けない。

    宙ぶらりんのおいかけっこはおしまいだ。

    呼吸すら奪われるような口づけの合間に、無慈悲な言葉が聞こえた気がした。




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    906

    DONEちゅきこさんの【Dom/Subユニバース】『COLORS』シリーズ設定の獅子王×加州SSです。本編メインカプは🍯🌰ですが、こちらは🌰の高校の先輩獅子王くんと🍯さんの同僚加州くんの話。
    チラチラ本編のネタばれアリ。また、D/S初心者の勝手な解釈がてんこ盛りの何でも許せる方向けの極みですので、自衛お願いたします。

    ちゅきこさん、いつもありがとうございます✨
    カサナル、ココロ「痛っ・・・!」
    思わす体がこわばったのは、恋人にも伝わっただろう。
    幾度目になるかわからぬお泊りの夜。
    獅子王は今夜こそは、と内心期待をかけて、加州清光の家へ足を踏み入れた。

    一目惚れから始まった交際はそろそろ半年になる。
    お互い、いい大人だ。もう一段階踏み込んだ関係になっても何も問題はない。そう思っていた。

    何の予定もない週末を控えた金曜日。獅子王は意気揚々と加州のマンションに現れた。手土産にデパ地下のデリでつまみを買ってきた。加州が好きだと言っていたブラッスリーのバゲットは、獅子王の会社からここまでの道のりにあるので、毎週立ち寄ってしまう。
    出迎えた加州が用意した、青江にもらったというチーズをバゲットに合わせ、加州が最近気に入っているという蜂蜜ワインを相伴に預かる。こっくりとした味わいもいいが、やっぱビールが一番だ!と宣うと、呆れたような、それでいて優しさのにじみ出る笑みを浮かべる加州。いつもと変わらない夜だった。
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