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    転生現パロ【大鶯】※鶯丸が女子ですのでご注意ください。
    年齢・性別操作・勝手に家族・同位体複数出現、となんでもありの世界線のお話です。
    何読んでも許せる方、よろしければどうぞ💦

    池田少年の懊悩「来年まで休館……だと……!」
    少年の叫びは秋晴れの空へと吸い込まれた。

    ー東京 丸の内ー
    上背のある少年が一人立ち尽くしていた。
    目的地であった博物館は生憎休館中であった。下調べの甘さに舌打ちする。
    遠路はるばるやって来た東京で、こんな憂き目に合うとは。

    池田包平は兵庫県に住む中学3年生だ。上背があり、声も大きいことから、友人たちは『大包平』と親しみを込めて呼ぶ。
    事業家として成功を収めている偉大な父、おっとりした優しい母に育てられ、実直で正義感に満ちた性分に育った。
    大包平の人生の転機は6歳の頃に遡る。年の離れた妹の誕生に家中大喜びのなか、生まれた妹の顔を見て、思わず口を突いて出たのは聞きなれない言葉だった。
    「は せべ……?」
    「どうしたのお兄ちゃん?くぅちゃんよ」
    初めての兄妹に戸惑っていると思ったのか、母は柔らかく笑顔を浮かべ、兄となった包平少年にそっと赤子を抱かせてくれた。
    国重と名付けられた妹の顔を見て出た言葉に答えをくれる者はなかった。自らの呟きも可愛い妹の世話をしていく日々ですっかり忘れ去った1年後、今度は弟が生まれた。
    「頼りにしてるわよ、お兄ちゃん。ね、ひろくん」
    母の言葉と共に弟と対面した包平少年は、今度こそ瞠目した。
    「おお…くり から……」
    絞り出すように一言発して昏倒した長男に、池田夫妻は大いに慌てた。
    三日三晩高熱を出して寝込んだあと、脳内には生まれてから7年間の『池田 包平』としての記憶とは別に、『刀剣男士 大包平』という別人の記憶の部屋ができあがっていた。

    鍛錬と戦闘に明け暮れる日々。厳しい局面は多かったが、仲間と共に暮らした本丸での生活は思いのほか穏やかだった。ただ、長きにわたった戦の勝敗がどうなったのか、蘇った記憶だけでは図れなかった。そんな記憶を揺蕩うと、折々で思い出されたのは同じ刀派の鶯色の恋刀のことだった。幾たびも肩を並べ戦に出た掴みどころのない太刀は、刀剣男士であった大包平にとって何にも代え難い存在であった。

    会いたい。

    包平少年がそう思い至ることに、異を唱えるものはなにもなかった。

    記憶が蘇った包平少年は刀剣に関する書物を読み漁った。行ける範囲の博物館・美術館へは、強請って連れて行ってもらった。
    突然の変化に両親は驚いたが、長男が己の事業の一環でもある文化財とその保護について興味を持ったとを、父はたいそう喜んだ。

    それから8年ー
    高校進学を機に大包平は上京することを決断した。どんな小さな機会も逃さぬためだ。手に入る資料を漁り、行ける博物館を訪ねた結果、前世での本体である刀にまみえる機会は思っていたより少ないことを知った。まして『太刀 鶯丸』はお上に献上された刀剣だ。衆目に触れることは皆無と言っていい。大包平が知り得た中で、最後に博物館に展示されたのは、己が生まれる10年も前の話だった。悔しさを滲ませ拳を握っても時は戻らない。それでも、展示されることがあれば手がかりが掴めるかもしれない。可能性は0ではない。そしてそれがあるとしたら、この東京の地でなのだ。
    今日の上京は、父の出張に同行し、春からの住まいを内覧するためだった。午前中は打合せがあるんだが、と息子の待ち時間を心配する父をよそに、これは好機と、かつてはお上のものであった文化財が展示されている博物館を訪ねた。が、改装休館。見事に空振りだった。

    考え事をしながら皇居周りを闇雲に歩いた結果、大包平は見知らぬ場所に行きついてしまった。初めての東京での単独行動で軽はずみだった。己の行動を顧みて反省する。打合せがあると、東京駅で別れた父との待ち合わせは13時だ。時刻を確認すればまもなく11時だった。小一時間も歩いていたのか。随分と思考の深みに嵌っていたようだ。
    「どこなんだ、ここは…」
    きょろきょろと辺りを見回すと、交差点の表示に『神楽坂下』とあった。
    駅を探して東京駅に戻るか……
    見慣れない場所だが、交差点の先には地元でも見かける緑のコーヒーチェーンやファーストフード店が見えた。東京も日本だ。臆することはない。
    そう自分を奮い立たせると、大包平は交差点を渡り緩やかな坂を上り始めた。実を言えば、目指すと決めた駅は直進した交差点を右折すればすぐ発見できたのだが、前しか見ていなかった大包平は気づくことがなかった。
    そしてこの判断は、彼の運命を大きく変える。

    「だから、どこなんだここは…」
    本日二度目の嘆きである。
    やはり、大通りと思しき道を真っ直ぐ突き進むべきだったのだろうか。
    勘に頼って数回道を曲がってみた結果、大包平がいるのは石畳の敷かれた小道だった。喧噪から離れたため雰囲気は良いが、この先に駅があるようにはとても思えない。
    次の角でもう一度曲がるか。目線の先に開けている道にはそこそこの人通りがあるように見えた。足早に歩きついた通りはやはり広い。オープンカフェが数軒並び、昼時に差し掛かってきたためかどの店も活気に溢れていた。
    年の離れた妹なら大喜びする場所だろうと大包平は独り言ちる。そんなことを思ったところで、目の前のカフェに、ちょうど妹と同じような年頃の小学生を見つけた。
    地元では制服を着ている小学生などあまり見かけることはないが、ランドセルを膝に抱え、黒のセーラー服に赤いリボンと古風な出で立ちに、ベロア地のハイバック型帽子を被った小さな頭が、お行儀よく二つ並んでオープンスペースに座っていた。
    国重には無理だな……まだ落ち着きのない8歳には、こんなお洒落な雰囲気は敷居が高いだろう。そう苦笑した時、少女たちの会話が聞こえてきてしまった。
    「まったく、準備に抜かりがないな、きみは」
    「当たり前だ。大包平だぞ。明日の学校はお休みの許可も取ったし、入館時間は9時30分を購入済だ」
    年相応の、鈴の鳴るような可愛らしい声だった。だが、その会話に自分の名前、いや前世の自分が出てきたことに、大包平は驚きが隠せなかった。
    さすが都会の小学生は違うな……博物館に行こうなどと、小学校低学年くらいの女児がそんな話題に花を咲かせていることに妙に感心してしまう。
    「会期中、一体何度足を運ぶつもりだい?」
    「細かいことを気にしないなら、泊まり込みたいくらいだが」
    「それは…さすがにきみのご両親でも許さないんじゃないか?いや、そもそもトーハクに泊まるって、きみ…お友達の家じゃあないんだぜ?」
    小鳥の囀りのように、少女たちは忙しなく言葉を紡ぐ。不思議と耳に心地よい声音の会話を、なんとはなしに拾っていた大包平の感心は直後に驚嘆に変わる。
    「現実に会うことなんてどうせ叶わないんだ。本体くらい、好きなだけ観察したって罰は当たらんだろう」
    大包平に近い通り側に座る少女が、諦めを滲ませた声で言った。
    耳を疑わざるを得なかった。あの子どもたちは何の話をしている?
    『本体』だと?大包平はその場に縫い止められたように動けない。『大包平』を観察するのが趣味だったのは誰だ?
    左隣に座ったもう一人の少女が驚きの声を上げる。
    「おっと。待つのが得意だったきみは何処に行ったんだ?」
    声をかけられた少女は口を噤む。ゆっくりと俯いた拍子に帽子の隙間から、さらりと三つ編みがこぼれる。それはそれは艶やかな鶯色だった。
    まさか。そんな都合の良い偶然なんぞあるわけがない。そう思っても、心の奥底から湧き上がる衝動が大包平の口からその名を引き出した。
    「うぐいすまる…?」
    しん、と周囲の空気が凪いだ。大包平は時が止まったかのような錯覚を覚える。
    三つ編みの少女はピクリとも動かない。
    あぁ、やはり自分の勘違いだったか。大包平は自嘲する。東京に来たからと、何でもあの太刀と結びつけるのは早計だ。刀が好きな子どもを見かけるなんて、ままあることだ。これまで訪ねた博物館でも経験したではないか。
    苦笑して踵を返す。父との約束の時間までに戻らねば。一度連絡を入れておこう。そういえば、スマホを持たされていたのもすっかり忘れていた。
    ボディバッグの中にあるスマホを取り出すため、背中からバッグを回そうと腕をかけた時だった。
    「っおい!きみ!」
    背後から焦った声が響く。先ほどの少女たちの一方の声だ。
    何事かと振り返った大包平の目の前にあったのは、ふわりと宙に飛び上がっている少女の姿だった。呆気に取られていると、少女の体はバランスを崩して傾ぐ。
    「………っ!」
    思わず体が動いて、大包平は少女に手を伸ばす。盛大に尻餅をついたものの、なんとか小さな体を受け止めた。傍らでハイバックの帽子がくるりと回って地に落ちる。
    「こ…っの馬鹿者が!危ないだろう!怪我でもしたらどうする!!」
    持ち前の大きな声で少女を叱り飛ばす。
    先ほどまで少女のいた場所では、連れの少女がこちらを見て立ち尽くしている。通りと店を仕切っていた植え込みを飛び越えようとしたものの、身長と足の長さが足りなかったのだろう。足を引っかけてそのまま転倒しかけたのだと状況を把握した。
    腕の中の少女は俯いたまま微動だにしない。
    「……おい。大丈夫か?」
    ぺた。
    己のそれより随分小さい掌が、大包平の腹筋に触れた。
    「……っおい!何をしている⁉」
    ぺたぺたぺた。突然のことに慌てふためく大包平をよそに、少女の掌は、腹・胸・肩と徐々に這い上がり、終いには大包平の頬を両手で挟んだ。
    ようやく少女と目が合う。大きく見開かれているため、ペリドットのような両眼は陽光を目いっぱいに取り込んで煌めいていた。大包平は眩しいものを見るかのように微かに目を細める。露になった髪は、やはり艶やかな鶯色だ。小さな唇は薄紅にほんのりと色づいているが、今はぽかんと開いたままだ。記憶にある姿よりはるかに幼く軽い。だが間違いない。鶯丸だ。
    「……お」
    「お?」
    しばし凝視されたあと、ようやく少女の唇から言葉がこぼれた。鸚鵡返しに答えると、再び少女は押し黙る。大包平は辛抱強く次の言葉を待った。少女の掌は未だ大包平の頬から離れない。
    「…ぉ………ら」
    少女の口の中で溶けた言葉を拾おうと、大包平は全神経を集中させる。軽く頭を振った少女は息を整えると確かめるように呟いた。
    「おお かね ひら」
    この声に呼ばれると、こんなにも己の名が馴染むものなのだろうか。大包平は逸る気持ちを悟られないよう努めて平静を装い、頬から小さな両手をそっと外して目の前に持ってくる。少女の言葉に大きく頷きながら返事をした。
    「ああ、俺だ。久しいな、鶯丸」
    名を呼べば少女も同じ心持ちなのか、鮮やかな瞳がさらに輝きを増す。白磁の頬にほんのり赤みがさすのが見えた気がしたが、すぐに俯いてしまったため、よくわからなかった。
    目の前に来たそのちいさな頭を撫ぜようと、繋いだ手を離そうとするが、硬く握られ叶わない。それどころか、ちいさな両肩が微かに震え始める。
    まさか、泣いているのか。
    「おいっ、鶯丸?」
    ぎょっとした大包平は、思わず手を振りほどき、少女を抱え立ち上がる。
    急な視界の上昇に少女はきょとんとした眼で大包平を見ていた。見下ろす瞳は少々潤んでいるが、泣いているわけではなかったので、大包平は安堵のため息をついた。
    「これはこれは」
    聞き覚えのある声が大包平の耳を打つ。目の前からではない。背後からだ。思いもよらない状況に大包平の思考が止まった。鶯丸を抱きかかえたまま、声のした方へゆっくりと振り向く。
    そこにはもう一人の少女のもとに歩み寄る人影があった。
    「おっと。着いてたのか」
    一連のやりとりを見守っていた少女が振り返り声をかける。
    「細かい状況は後で聞くとして。娘を離せ。未成年者略取の現行犯でよいか?」
    現れたのは、まさに大包平の知る姿の鶯丸だった。

    オープンスペースでは人の目があるからと、現れた鶯丸に連れてこられたのは、店内の個室だった。案内してくれた店員と親し気に二言三言ことばを交わして何かをオーダーしたようだ。
    まもなく芳しい香りとともに、焼き立てのプチパン、大包平には聞き取れなかった、長い横文字名のサラダが給仕によって運ばれてきた。
    個室の奥の席に追いやられるように座った大包平は、異性に囲まれる、という人生最大の危機に直面していた。
    左隣に少女姿の鶯丸、鶯丸のさらに左に座るのは鶴丸だ。「覚えてるかい?俺のこと」と笑いながら名乗った少女はやはり小さかったが、在りし日の面影を色濃く残していた。そして己の向かいには、少女の母だと名乗った、鶯丸と瓜二つの女性が真意の掴めない笑顔で座す。
    自分の略歴と少女を抱き上げる羽目になった顛末の一部始終を澱むことなく伝えると、正面の鶯丸は笑顔のまま、
    「状況は理解した」
    と答えた。
    あらぬ疑いは晴れたか、と安堵の息を吐こうとした大包平だったが、
    「で、娘をどこに連れ去ろうとした?」
    続く言葉に「ぐぅ」と、吐こうとした息が詰まる。
    「理解していないし、する気がないよな、これ」
    ひとつ向こうの椅子で鶴丸がため息をつく。
    大包平の隣に座る鶯丸もこくんと無言で頷いた。
    「うちの娘は可愛いだろう。不届きな輩が後を絶たなくてな。目的はなんだ」
    「……」
    淡々とした言葉に大包平は二の句が継げない。彼は実直な少年で、駆け引きは苦手だ。まして、前世の恋人に瓜二つの大人に追及され、混乱する思考回路では何も言えなかった。
    鶯丸が二人いるのは、理解した。そして、本能的に「自分の」鶯丸が左隣に座る少女だということも確信している。そして自分はこの鶯丸をかれこれ7年以上探していたのだ。だが、それをどう伝えれば目の前の大人に理解してもらえるだろうか。そもそもこれは転生、と思っていたが間違いないだろうか。前世で会ったなどと言えば、思春期特有のアレか……と一蹴されてしまうに違いない。
    正面の鶯丸を見据えたまま思案していると、くい、と左袖が引かれた。見れば隣に座っていた鶯丸が責めるような視線を送っていた。
    「どうした?腹でも減ったか?」
    大包平は小皿に給仕されていた小ぶりなパンを一口大に千切ると、当たり前のように鶯丸の口元に持っていく。思わずぱくりと口を開けた鶯丸だったが、咀嚼しながらもじっとりとした視線は直らない。
    「さっきから母のことばかり見てる」
    「は?話をしている相手を見るのは当然のことだろう」
    冷静にならねばと大包平は茶に手を伸ばす。
    「母は美しいだろう?」
    「……そうだな」
    唐突に少女に言われ、肯定する。目の前の鶯丸は確かに美しい。だが、大包平には左隣のちいさな鶯丸が何よりも愛らしく映っていた。残念ながら、思春期の彼にはそれを言葉にする余裕も術もなかったが。
    「母が好きか」
    「はぁ??」
    着地点の見えない話に大包平の疑問の声だけが大きく響く。
    鶯丸はしばし母を眺めた後、おもむろに自分の胸元に両手を当てた。じっと手元を見つめたかと思うと、上目遣いに大包平を仰ぎ言った。
    「小さい鶯ではだめか?」
    こてん、と悲しそうに小首をかしげた鶯丸を見て、大包平は飲んでいたお茶を詰まらせた。心の中で叫ぶ。どこの話をしているのだ、どこの!
    「あの母を見る限り、将来は有望だと思うんだが」
    「だめではないし、俺はそんなことを気にしてはいない!!」
    「そうか」
    どことなくホッとした様子の鶯丸を気遣う余裕も大包平にはない。思春期には少々酷な話題である。無論、どこからも助け舟はない。
    「子どもがそんなことを気にするな!……お前、何歳だ?」
    言いながら、大包平は目の前の少女に年齢を聞いていなかったことに気づいた。随分小さく見えるがどれほどの年の差だろうか。
    「10歳だが?小4だから高学年だぞ。お前と5歳しか違わない。自分より小さいものをなんでも一緒くたに扱うのはよくないな」
    「それでも、だ!!」
    考えを見透かされたような気分になり、血気盛んに力の限り声を張り上げる。怒鳴られた鶯丸はといえば、納得したのか呆れたのか、小さく嘆息すると、正面の母に向き直った。
    「きみら、相変わらずだなぁ」
    呆れつつも楽しげな声が鶯丸の向こうから響く。鶴丸だ。
    「……お前たちは長い付き合いなのか」
    場に馴染む鶴丸の姿にふと疑問が沸いて、大包平は尋ねた。
    「あぁ。入学からの付き合いだから4年目だな」
    「そうか」
    「何の因果かは知らんが、俺も鶯丸も今世では評判の美少女さ。他にも何人か見知った顔がうちの学校にいる。転生ってやつだな。驚きだろ?」
    鶴丸が愉快そうに言葉を続ける。
    「きみはどうやら『記憶持ち』のようだな。程度の差はあれ、ここにいるメンツはみんな同じさ。運がよかったな。紙一重で不審者だぜ、きみ」
    『不審者』の濡れ衣を着せられかけていたのは由々しき事態だが、鶴丸の『記憶持ち』の一言で大包平に光明が差した。
    鶴丸とのやりとりをテーブルの向かいからのんびりと眺めていた、母親の鶯丸に改めて姿勢を正して向かう。
    「信じてもらえるかわからんが、俺はこの鶯丸を探していた。こいつに害を成すつもりはない。会った傍から何を、と思うかもしれんが…し、幸せにしてやりたいと思う」
    必死に絞り出して伝えたのは、まごうことなき本心だった。
    左隣の小さな頭がピクリと反応し、大包平を見上げる。大包平は少女の視線を受けながら、さらに言葉を繋ぐ。
    「攫うつもりも、ない。いや、将来的には……攫う……ことになるのか」
    先々のことを見据え、尻すぼみになった大包平の言葉に、静かに聞いていた少女の母は満足そうに頷いた。
    「全く。大包平というのはやはり真っ直ぐだな」
    訳知り顔の母鶯丸の言い方になんとなく引っかかりを覚える。だが、ひとまずこの母の許しは得られたようで、大包平はほぅと息を吐いた。
    正面の鶯丸がちらりと手元のスマートフォンに視線を移す。画面を確認すると、もう一度大包平を見て言った。
    「腹が減っただろう。腹ごしらえといこうじゃないか。もうすぐ夫も来る」
    「……ああ」
    「父が?今日は商談だと言っていなかったか?」
    母の言葉に少女は驚く。母鶯は、悪戯が成功したような笑顔だ。
    「そう。急いでこちらに向かっているそうだ」
    母子のやりとりを聞きながら、大包平に疑問が浮かぶ。そういえば鶯丸の父とはどんなやつなんだ。目の前の鶯丸の夫、ということだが……
    なんとなく「大包平」以外の男の番になった鶯丸、という形容に違和感を覚え、寂寥の念が湧く。思わず隣の鶯丸に尋ねた。
    「鶯丸、お前の父とは一体……」
    言い終える前にノックと共に個室の扉が開いた。
    「お連れ様がお見えです」
    給仕に案内されて一人の男性が足を踏み入れる。磨かれたオクスフォードシューズにダークトーンのスーツが長身に映える。その佇まいは威風堂々としたものだ。
    「ようやく来たか……だが娘はやらん!!」
    開口一番そう叫び、部屋に現れたのは大包平だった。椅子にしっかり座っていた大包平は、思わず立ち上がる。
    「……な……俺……?」
    「ふん、一緒にするな小童。小笠原包平だ。娘よ、帰るぞ」
    現れた大包平は少年包平の驚愕を無視し、その横に座る鶯丸に声をかける。
    「父。俺は帰らない」
    「なっ!お前攫われかけたんだろう!」
    娘の拒絶など予想もしていなかったといわんばかりの表情で、個室にまたもや大声が響き渡る。見かねた母鶯丸が夫を呼ぶ。
    「大包平。落ち着け」
    「もとはと言えばお前の連絡のせいだろう!」
    細君にそう言うと、ズイッとスマホ画面を見せつける。
    『身元不明の大包平に連れ去られそうだ』
    トーク画面にはそんなテキストと、カフェの入口で大包平が鶯丸を抱き上げた写真が表示されていた。
    「母よ……」
    娘に呆れた視線を送られながら、母である鶯丸はにこやかに返す。
    「仕事そっちのけで飛んでくると思ったんだが、予想通り、いや予想以上の速さだ」
    ふふ、と笑うと、改めて娘に声をかける。
    「待った甲斐があったな、娘よ。お前の大包平もいい男だ」
    かけられた言葉に少女が無言で頷くのを見て、大包平は頬が熱くなるのを認識した。「いい男」なんて言葉、言われたことはなかった。
    「やっぱり母のことが好きか」
    赤面する大包平に気づいた少女が拗ねた顔で詰め寄る。
    「だから違うと言っているだろう」
    「子どもだと思ってうまくごまかそうとしても無駄だぞ。お前の言い訳くらいお見通しだ」
    なおも少女が言い募る。大包平は遠い記憶でこの姿をよく知っていた。日頃から鷹揚な鶯丸だったが、少しだけ早口で饒舌な時はたいてい己を軽んじているのだ。
    「鶯丸」
    椅子に座り直し、少女と目線を合わせる。
    「鶯。俺はお前を探していたんだ。嘘じゃない」
    ペリドットの双玉が僅かに揺らぐ。
    「お前の母は、あの大包平の鶯丸だろう。それくらいわかるぞ」
    「がっかりしただろ、俺に」
    大包平の言葉に被せるように、鶯丸が言い返す。
    「おかしなことを言う。お前にがっかりしたことなんてないが?」
    大包平の瞳には嘘の色などどこにも見えない。
    「ちいさいし、女だ」
    「見ればわかる。大した問題でもない」
    鶯丸はおずおずと問う。
    「お前は……俺で良いのか……」
    「愚問だな。俺の鶯はお前だろう」
    自信に満ち溢れた声音で間髪入れずに返された。
    「そうか……」
    グイッと左袖を引かれた。先程より勢いがあり、大包平は僅かにバランスを崩す。
    頬に柔らかな感触を感じたのはほんの一瞬だった。
    バッと距離を取ったものの、呆気にとられハクハクと口を開閉するだけで大包平は何も言葉を発せない。拗ねていたはずの少女は涼しい顔でその様子を見ると、にんまりと笑顔を見せた。
    「さすが俺の娘だな」
    娘を楽し気に見やる母鶯丸の横で、開いた口が塞がらない有り様だった父大包平はといえば、いち早く正気を取り戻すと大音量で叫んだ。
    「…貴様っ!……万死に値するぞ!!」
    「それ、きみのセリフじゃないだろー」
    高みの見物を決め込んだ鶴丸が冷静に突っ込みを入れたところで、タイミングを測ったかのようにランチのメイン料理が運ばれてきた。

    春告鳥との再会から巻き起こる嵐は、まだ始まったばかり。
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    DONEちゅきこさんの【Dom/Subユニバース】『COLORS』シリーズ設定の獅子王×加州SSです。本編メインカプは🍯🌰ですが、こちらは🌰の高校の先輩獅子王くんと🍯さんの同僚加州くんの話。
    チラチラ本編のネタばれアリ。また、D/S初心者の勝手な解釈がてんこ盛りの何でも許せる方向けの極みですので、自衛お願いたします。

    ちゅきこさん、いつもありがとうございます✨
    カサナル、ココロ「痛っ・・・!」
    思わす体がこわばったのは、恋人にも伝わっただろう。
    幾度目になるかわからぬお泊りの夜。
    獅子王は今夜こそは、と内心期待をかけて、加州清光の家へ足を踏み入れた。

    一目惚れから始まった交際はそろそろ半年になる。
    お互い、いい大人だ。もう一段階踏み込んだ関係になっても何も問題はない。そう思っていた。

    何の予定もない週末を控えた金曜日。獅子王は意気揚々と加州のマンションに現れた。手土産にデパ地下のデリでつまみを買ってきた。加州が好きだと言っていたブラッスリーのバゲットは、獅子王の会社からここまでの道のりにあるので、毎週立ち寄ってしまう。
    出迎えた加州が用意した、青江にもらったというチーズをバゲットに合わせ、加州が最近気に入っているという蜂蜜ワインを相伴に預かる。こっくりとした味わいもいいが、やっぱビールが一番だ!と宣うと、呆れたような、それでいて優しさのにじみ出る笑みを浮かべる加州。いつもと変わらない夜だった。
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