病院は嫌いだ。
キツい消毒液の匂いだとか、歩くとキュッキュッって鳴る床だとか。あと、やけに廊下が薄暗い時もあるし出来るだけ静かにしていなきゃいけないところも。病気じゃないならなるべく行きたくねぇなと思っている。
それでもわざわざこうして来ているのは朝陽から様子見てきて〜と頼まれたからで、教えて貰った病室のプレートを確認する。綺麗な字で書いてあったし間違いない。
あ、とりあえずノックしとくか。回数の決まりなんて分からないからここは適当だ。
「よぉ樹」
「……いらっしゃい」
ガラガラと引き戸を開けると夕日が少し差し込んできてベッドから静かにしろと言いたげな視線と声が飛んでくる。
「これ朝陽から荷物な」
「……ありがとうございます」
久しぶりに見た樹はあちこち包帯だらけだしいつもに比べたら声も張れていないけれど思ってたよりは元気そうだ。
「お前、これが青斗だったら寝たフリでやり過ごす気だったろ」
「…………別に、そんな事ないですよ」
「嘘つけ、青斗がお見舞いに行ったら寝てたからまた別の日にしますって言ってたぞ。何回も」
「…………」
流石に回数は盛ったけどわざとそう言うと気まずそうに顔を逸らされる。図星か。
「っはぁ〜〜〜〜〜〜」
そもそもなんで樹が病院にいるか、だ。
ちょっと前、声福ポイントを盗んでた上に組織から裏切りの疑いを掛けられた樹が俺達の前から居なくなった。
裏切ってないと信じてあちこち探して見つけた時には既にボロボロで死にかけだったし正直なところ俺にも詳しいことは分からない。
ただ最初に見つけたらしいのが青斗だったからその後が大変で、ひとまず病院まで運ぼうとしても樹から離れたがらなかったし精神的に負担がかかったのか途中別人格になったりした。
なのに目覚めた樹は何となく青斗だけを避けているっぽいのがどうにも分からない。
ひとまずベッドの近くに簡易的な椅子を見つけて座る。
「あのさ。青斗と何かあったのか?」
「…………」
「だんまりかよ。お前が居なくなってからどれだけ青斗が心配してたか……」
「……私の事、許さなくてもいいです。なんなら気が済むまで殴って頂いて構いませんよ」
「は??」
何をいきなり急に。と睨んでしまう。
「今までの信頼などを考えるならばそれぐらいされても致し方ない立場にありますから」
「……全然わかんねえんだけど」
「今回の事で貴方が1番私に対して怒っているのでは?」
「それは……」
確かにそうだった。他のみんなは動揺もしていたけど割りと落ち着いていた気がするし本人の話聞かなきゃ分からないよね、みたいな考えだったから。
「それで貴方の気が済むのであれば構いませんよ」
薄ら笑いすらしている樹に少しムカつきながらうーん、と考える。裏切りだのなんだのは驚いたし怒りもある、けど別に殴りたい訳じゃないし。
「まぁ殴るとしたら……お前の怪我が治ってからだし、お前を信じてた青斗の分だからな」
「!」
「あいつは優しいから好きなだけ殴っていいって言っても絶対やらないだろうしなー、俺が代わりにやってやる。それならいいぜ」
俺は青斗の兄貴分みたいなもんだしな。と考えて答えると薄ら笑いが消えて困ったみたいな顔で樹が笑う。
「……そう、ですね。ははっ、貴方はそういう人ですね」
そんな風に笑った樹を初めてみたので動揺する。
「なっ、んだよ、一応いま怪我人の怪我増やす訳にはいかねぇだろ」
「ふふ……気遣いありがとうございます」
そうこうしていると遠くから面会時間の終わりを知らせるチャイムが聞こえる。そろそろ帰らないといけない時間だ。
「じゃあそろそろ帰るわ」
「白鷹さん。……ありがとうございます、来てくれて」
「あ?仲間の心配して来たんだから大した事じゃねぇよ。それに早く戻ってきて貰わないと1日1食は飯が朝陽が作ったカレーになるからさ、待ってるぜ」
「そう、ですか……それは皆さん困りますね」
「だろー?」
「あ……その、ちゃんと話さないといけないとは思ってますし……青斗に、次はちゃんと起きてますからって伝えて貰えますか……?」
「ん。わかった」
手を振ってガラガラと引き戸を引く。文句を言われそうだったので入って来た時よりは静かに開け閉め出来たはずだ。
歩くとキュッキュと鳴る床も行きほど気にならなかったし早く帰ろうと病院を後にした。