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    乙麻呂

    @otomaro777

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    乙麻呂

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    思いついた、双玄で明儀が初めての女相任務に至る話です。【三巻までの内容を前提にしています】
    何だかんだ絆されてしまう明儀が見たい………!

    きっかけとなし崩し明儀が『地師』として上天庭に在籍するようになり、何度目かの秋が訪れた。


    「やあ、明兄!」
    自分の殿のような気軽さで地師殿、それも主たる明儀の執務室へと勝手に入って来る奴がいた。
    最早“何時もの事”なので、明儀は読んでいた書簡から目を離す事すらしない。
    顔を見なくても分かる。
    緑の袍に白地の上衣を羽織り、軽やかな言動で明儀に付き纏う青年。

    風師青玄こと、師青玄だ。

    …………風水ニ師に近付く為に地師と成ったのは確かだが、風師にやたらと懐かれたのは予想外だった。
    師無渡は思い浮かべるだけで腑が煮え繰り返る程憎らしいが、師青玄はそこまで憎めないでいる現状も、どうにも釈然としない。
    そんな複雑な心境の明儀の前で、師青玄は執務室のドアを閉めるなりパチンと指を鳴らした。
    室内にふわりと風が吹き、次の瞬間その様相が変わる。
    女相となった師青玄は、その場で一回転して自身の格好を確認すると、満足げに頷いた。
    「あー、やっぱりこっちの方がしっくり来る」
    明儀はそちらを見もしない。
    『何でお前はわざわざ地師殿で女相になるんだ?』と問う気にもならない程、毎度の事だからだ。
    しかし、師青玄はそれがつまらないようで、風師扇を揺らしながら明儀の隣に立った。
    「もう、明兄てば少しくらいこっちを見てくれても良いでしょ?」
    「見てどうするんだ」
    書簡を読みながら煩わしげに返事をすれば、師青玄はむぅと口を曲げた。
    パシッと手の平に扇子を打ち付け、「まったく、つまらないんだから」とボヤく。
    つまらなくて結構だ。明儀は、師青玄の女相になど微塵も興味が無い。

    まぁ、師無渡に少しばかり面影が似た師青玄の本来の容姿にじゃれつかれるくらいなら、女相の方が明儀にとってもほんの僅かにマシだ。

    明儀にとって、師青玄の女相とはその程度の意味しか持たない。
    暫くして、ようやく明儀が書簡から顔を上げると、不貞腐れた顔の師青玄がこちらをジトリと見ていた。
    「……………何だよ、その目は。仕方ないでしょ?風水殿で女相になったら、哥が煩いんだから」
    一応、少しは思うところがあったのか、勝手に弁明し始める。
    明儀は素っ気なく言った。
    「別に、何も言って無いだろ」
    「いーや、言ってた。目が言ってた!明兄、意外と目が雄弁なんだから!」
    明儀は、答える代わりにハッと小さく嘲笑した。


    本当に癪だが、そう悪い気はしないのは事実だった。
    師青玄は何かと言うと、地師殿に来て女相をとりたがる。
    師無渡は師青玄が女相をとるのを嫌がるので、風水殿では女相に成れないからだ。
    お陰で、明儀が上天庭に居る間は、師無渡の側よりも明儀の側にいる事の方がずっと多い。
    その事実にほんの少し、胸がすく。

    しかし、そんな胸中など微塵も見せず、明儀は口を開く。
    「邪魔をするなら帰れ」
    すげなく追い返そうとすると、師青玄はとんでも無いとばかりにきゃんきゃん騒ぎ出す。
    「もう、すぐそう言う意地悪言うんだから!明兄は私が来て嬉しくないの?」
    「呼んでないからな」
    「呼ばなくても来るのが親友でしょう?」
    「呼んでも無いのに来るのは“悪友”だ」
    いや、そもそも自分達は“友”ですら無い。
    辛辣な言い方に眉を寄せた師青玄だったが、それでもようやく会話が成り立ったのが嬉しいのか、すぐにその美貌に悪戯ぽい笑みを浮かべた。
    「まぁ、いいや。それに今日は、ちゃんと大事な用事があって来たんだ」
    「ならそれを先に言え」
    嘆息した明儀の肩に手を置き、麗しい女の顔をした師青玄はにこりと笑った。
    「霊文に任務を任されたんだ。一緒に行こう!」
    「………………………」
    即座に「断る」と言わなかっただけ、明儀は“優しい”だろう。
    「そんなに難しい任務なのか?」
    武神では無い師青玄に、霊文が危険な任務を寄越すとは思えないが、神官の任務には妖魔鬼怪の存在が付いて回る。安全な任務など存在しない。
    明儀の問いに、師青玄はふふっと笑った。
    「ただの情報収集だよ。でも、一緒に行ったら楽しいと思わない?女相でさ」
    「断る」
    普段の淡白な言動からは考えられない程、力強い声が出た。
    絶対にしないと言う意志に満ち溢れた声だった。
    世間では風師娘娘と呼ばれ祀られる師青玄が、女相を気に入っているのは勝手だ。しかし、他の神官に強請って良い物では無い。
    師青玄は椅子に座ったままの明儀の首に背後から腕を回し、甘えるように言った。
    「ねぇ、明兄。二人でやった方が効率良いよ?それに明兄は頭が良いから、手伝ってくれたらすごく助かるんだけどな」
    「手伝わないとは言って無い。が、女相は断る」
    師青玄は予想外とばかりに目を丸くした。
    「何で?」
    「何でもクソもあるか」
    鬼として、分身を女の皮で作るのとは訳が違う。
    本尊の性別を変えようと思わないのは、神官も鬼も一緒だろう。
    普通、こんなにあからさまに拒絶されれば諦める。
    しかし、こう言う横暴さは流石憎き水横天の弟だ。師青玄は折れなかった。
    「そんな即答しなくても良いでしょ?明兄の女相は絶対美しいって前から思ってたんだから!この風師青玄が太鼓判を押すよ!」
    「お前は俺をそんな目で見てたのか?」
    明儀はゾッと師青玄を見返した。
    師青玄は悪びれもせずに、こてんと首を傾げる。
    「そりゃ、気になるでしょう?だって、明兄はすごく綺麗な顔をしてるんだから」
    褒められてるんだろうが、ちっとも嬉しく無い。
    明儀は師青玄を睨み付けた。
    「女相を強要するなら、お前の任務など手伝わない」
    「強要してないでしょ?ただ、誘ってるだけじゃないか」
    「誘い方を考えろ」
    それから暫く押し問答をしていたが、ちぇっと舌打ちしつつもようやく師青玄が引く姿勢を見せた。
    「はぁ、明兄の女相、見たかったのにな」
    心底残念そうな表情をしながらも渋々と引き下がる師青玄に、明儀は少し溜飲が下がる。
    「ほら、さっさと終わらせるぞ」
    立ち上がった明儀に、師青玄は笑みを浮かべた。
    この切り替えの早さも師青玄の美徳なのだろう。
    「そうだね、美男美女の組み合わせって言うのも悪く無い」
    そう言って、師青玄は明儀の腕にじゃれついて来た。


    師青玄と言う奴は、気さくで人懐こい。
    男相でも女相でも構わず、肩を組んだり、腕に抱きついてきたりする。
    その接触に、恐ろしい程に他意は無い事を、明儀は知っていた。


    明儀の腕に、むにゅりとした暖かい感触があった。
    「……………」
    押し付けるなと指摘するのも何だか悔しくて、明儀は無表情を装う。
    そんな明儀の腕に抱き付いたまま、師青玄は上機嫌に言う。
    「ほら、そうと決まれば早く行こう!ついでに、美味しい茶屋に入ろう!」
    女相の師青玄と男相の明儀では、身長差がそれなりにある。
    師青玄の上目遣いから、明儀は思わず顔を背けた。
    ああ、クソ、認めてやる。
    師青玄の女相は、容姿で言ったら間違いなく上等の部類だ。
    生を終えた身であろうと、それに恥も外聞も無くじゃれつかれて、何とも思わない程無感情では無い。
    柔らかい肌と子どものような高い体温。そして、やたらと饅頭が食べたくなる感触。
    血の通う体ならば、男特有の生理現象が起きるのは必然だろう。
    俺は悪く無い。無神経なコイツが悪い。


    腕の中で突如変わった感触に、師青玄が目を丸くした。
    その表情が喜色に染まる。
    「明兄!やっぱり付き合ってくれるんだね!」
    頬を染め目を煌めかせる師青玄から顔を背け、明儀は少し高くなった声で吐き捨てた。
    「お前がしつこいからだ」
    しかし師青玄はまともに聞いていない。頭の先から足先まで、女相となった明儀を見ると歓声を上げた。
    「やったぁ!やっぱり明兄は女相も最高にイケてるよ!!」
    さらに強く抱きつかれ、明儀は嘆息した。
    満更でも無いのが、本当に癪だ。


    「……………その代わり、私が『地師』だと言う事は絶対に言うなよ」


    『地師娘娘』なんて呼び名が付くのだけは死んでも御免被る。



    ◆◇◆◇


    さて、それから数年。地道な努力の甲斐があって、明儀の地師としての地位も確固たるものとなった頃。


    地師殿には、相も変わらず師青玄が女相姿で入り浸っていた。
    明儀は単独の任務で仙京を離れている事が多く、たまに戻ると、師青玄が会わなかった期間の話をしにわざわざ訪れるのだ。
    勿論、師青玄には師青玄の任務があり、時には他の神官と組む事もある。
    それでも、女相に付き合ったのは明儀ただ一人だと言う。
    当然だろう。
    適当に聞き流す明儀を相手に、師青玄は酒を飲みながら上機嫌に話す。
    今回の相手は、南陽将軍だったらしい。風を操る風師青玄と、弓を操る南陽将軍。遠距離から鬼を討つには妥当な組み合わせだ。
    「でさ、南陽将軍てば、胸が当たった瞬間すごい勢いで飛びずさってさ」
    包子を黙々と食べながら聞き流していた明儀の動きが止まった。
    師青玄は構わず口を尖らせてみせる。
    「ほんと、失礼だと思わない?南陽将軍て硬派だとは思ってたけど、少しは………」
    「……………るのは……」
    明儀は心底不本意そうに唸った。
    「………その格好で共に任務にあたるのは、俺だけにしろ」
    師青玄は驚いたように目をぱちくりとさせ、そして綻ぶような笑顔を浮かべた。
    「いいよ。女相を一緒にしてくれる人との方が断然良いからね!」
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