『とある六人がたまたま集っただけの話』とある団子屋に、一人の男が訪れた。
若侍と言った風体で、腰には刀を帯びている。
団子屋の店員である小母さんは、細身で色白の青年の姿に「あら…」と小さく感嘆を漏らし、頬を赤らめた。
青年は愛想良く言った。
「失礼、空いてますか?」
「ごめんなさいね、店の中は人がいっぱいで。軒先でよければ」
「構いません」
まだ寒風の吹く季節だが、青年は寒さに身を震わせる事も無く外の縁台へと向かう。
その目が軽く見開かれた。既に先客がいたのだ。
客もこちらに気付くと、太い眉を僅かに上げた。厳しい顔付きで人を寄せ付けない空気を纏っていたが、色白の男は臆した様子も無く声をかける。
「隣、よろしいですか?」
「……ああ」
厳しい男は唸るように言うと、手に持っていた団子に噛みついた。
すぐに、色白の青年の元にも熱い茶と団子が運ばれてくる。
湯呑みで冷えた指先を温めながら、青年はほぅと息を吐いた。
ここは領境に繋がる街道に程近い為、関所を通過する人々が行き交うのが見えた。
チラリと隣の男を伺うが、こちらを見ようとはしない。
彼もどこぞの城に使える侍なのか、色白の青年と似た格好をしていた。
隣に座った人間と世間話をする気など毛頭無いようだ。
色白の青年も、気にせず団子を食べ始める。
目も合わせなければ会話もしないまま暫く休んでいた二人だったが、ふと同時に顔を上げた。
同時に溌剌とした声がする。
「おばちゃん!団子ふた皿!あとお茶も!」
また二人、年若い青年がやって来た。
荷運びの格好をした二人は、注文をすると縁台へ回り込み、目を丸くする。
荷運びの姿をした、見るからにガタイの良い二人だ。
一人は長身で細面であり、傘の下に見える両の頬に深い傷がある寡黙そうな男。
もう一人はいかにも快活そうな男で、後ろで束ねた黒い癖毛がボサッと膨らんでいた。
快活な方が、人懐こい笑顔で声をかけて来た。
「これはお侍さん方。ここで出会ったのも何かの縁です。お隣に座ってもよろしいですか?」
寡黙な方も小さく会釈する。
厳しい顔の侍はチラリと視線を寄越したのみで、色白の青年が快く応じた。
「ええ、どうぞ」
「どうも、ありがとうございます」
二人はどさりと背負子を下ろすと、縁台に座った。
中の荷が何か知らないが、少々不安になる置き方だった。少なくとも、もし自分ならば、この男に荷は預けないと思うような。
「いやぁ、この“関所”を抜けるのに時間が掛かって。お侍さん達は?二人揃って………どこぞのお城から?」
「コイツとは“他人”だ」
厳しい侍が低い声で言った。
「あれ、そうなの?…じゃなくて、そうなんですか」
馴れ馴れしく笑う青年を横目で睨み、厳しい侍はまたそっぽを向く。
「貴方達は二人で隣の領から?」
色白の青年の問いに、寡黙な男がこくりと頷き、快活な男がまた口を開く。
「そうなんですよ。コイツ…………“長太”とは昔からの付き合いで」
グフッと変な音がした。
厳しい顔の男が喉に団子を詰まらせかけており、厚い胸板を苦しげにドンドンと叩いていた。
快活な男は一瞬にやりと笑うと、わざとらしく首を傾げる。
「何ですか?人の名前を聞いて笑うなんて変なお侍さんだなぁ。なぁ“長太”」
「………そうだな、“小平次”」
寡黙な方が、もそりと呟く。
「……………ッッ」
今度は色白の青年がお茶を吹き出しそうになって顔を顰めた。
「あれ、私達の名前がどうかしましたか?」
「いや…………」
口元を拭いながら色白の青年が口を開いた。
「ちょっと………知り合いと名前が似ていた物で」
「へぇ、どんな知り合いなんだろうな?なぁ、“長太”」
「きっとお前みたいに元気いっぱいだ。“小平次”」
気やすい仲なのだろう、笑い合う………片方は無表情だが……………二人を横目に、厳しい侍が団子の串を噛みながら唸った。
「こんなのが二人もいたら恐ろしくて敵わん」
「ん?何か言ったか?お侍さん」
「口には気を付けろ」
「はいはい、失礼しました」
“小平次”が微塵も悪びれずに謝罪する。
「この団子屋は、その“知り合い”が勧めてくれたんだ」
色白の青年の言葉に、“小平次”は驚いた顔を見せた。
「へぇ、私もコイツが行きたいって言うから来たんですよ。余程有名な店なんだなぁ」
そんな事を話しているうちに、二人の分も団子と茶が運ばれて来た。
団子を頬張った“小平次”がふと顔を上げ、面白そうな声を上げた。
「おっ?」
他の三人もそれぞれ同じ方向へ目を向ける。
街道から外れた雑木林がガサガサと揺れ、一人の男が出て来た。
いや、その背にもう一人居る。
行商人の服に身を包んだ男が、薄汚れた白い山伏姿の男を背負っていた。
「ほら、街道に出た………ぞ………」
背負った山伏に話しかけていた行商人の男は、団子屋の縁台に並んで座る男達を目にしてぽかんとした。
「えっと………これはどう言う集まりで?」
侍や荷運びが仲良く並んで座るこの一団を前に、どう言う態度を取れば良いのか決めあぐねているようだった。
男の背に負われた山伏姿の男も、顔を上げて目を丸くする。
“小平次”が満面の笑顔で言った。
「どこの誰だか知らんが、ここで会ったのも何かの縁だ!一緒に団子を食わないか?」
行商人と山伏は目を瞬き、笑みを浮かべた。
「それは良い。それじゃあ私達も、ちと混ぜてもらいやしょうか」
「そうだね」
「おばちゃーん!団子と茶、あと二人分追加でよろしく!あと私達も長居しそうだから、全部で六皿、お茶付きで!」
“小平次”が店の奥に向かって注文をする。ついでに、勝手に四人分の団子と茶まで追加した。
行商人は、縁台の前で背負っていた山伏を下ろした。
「ありがとう」
山伏姿の男は愛嬌のある笑みを浮かべて礼を言うと、片足ながら安定して立った。
片足は捻挫でもしたのか、白い布で固定されている。
よく見れば、白い山伏装束は至る所が破れて泥で汚れていた。
縁台に座る四人はそれを見て、口々に言う。
「狸の巣に足を突っ込んだか?」
「いや、草鞋が切れたんじゃないか?」
「……………濡れた葉を踏んで滑った」
「足元の地面が崩れたんだろ」
「不運予想しないでよぉ」
山伏はとほほ、と肩を落とす。
その肩を叩き、行商人が笑いかけた。
「まぁまぁ、気を取り直してご相伴に預かりましょうよ」
「うん」
「いや待て、奢るとは言って無いぞ?」
男の言葉に何かを感じ、厳しい侍が唸る。
行商人の男はにこぉと笑った。
「またまたぁ、まさか“ご立派”な“お侍さま”が、こんなしがない行商や山伏や荷運びにたかったりはしないでしょう?」
「それもそうだな!」
「ご馳走さま」
「え、いいんですか?」
「ありがとうございます。お優しい“お侍さん”」
四人が次々に礼を述べ、色白の青年も涼しい顔で頷いた。
「確かに。ここは侍殿が男を見せるべきだ。ありがたく馳走になろう」
「お前も“侍”だろうが!?」
厳しい侍が声を荒げた。並の神経の人間は竦み上がってしまいそうな威圧感があったが、色白の青年は眉ひとつ動かさない。
「いえいえ、私は仕える主も持たない流れ者。それに引き換え、貴方のその貫禄溢れる姿。さぞかし名のある殿に長年仕える身とお見受けしますが」
最後の方は、口元がピクピクと震えていた。他の四人も笑いを堪えているのが丸わかりの神妙な表情で同意する。
「確かに並の貫禄じゃない」
「さぞ腕も立つに違いない」
「戦は負け知らずの鬼将軍と言っても通じるぞ」
「財布も落としてしまったから助かりますお侍様」
「流石お偉いお侍様。懐はさぞかし広いんでしょうね。私の知り合いの某会計委員長なんてケチでケチで」
「叩き斬るぞお前ら。特にそこの行商人」
厳しい顔を更に顰め、侍は腰の刀を鳴らした。
五人は顔色も変えず、飄々としている。
厳しい侍は尚も何かを言いたそうだったが、団子と茶が人数分運ばれて来たのでムスッとしつつも大人しく黙り込んだ。
山伏と行商人も縁台に座る。
左から厳しい侍、色白の青年、“小平次”、“長太”、山伏、行商人の順で並んだ。
ぎゅうぎゅうで到底他人同士では耐えられない密着の仕方だったが、不思議な事に見た目に反して窮屈な空気は無かった。
「はぁ………生き返る」
冷え切った指先を湯呑みで温め、山伏が溜息を吐く。
そして、熱い茶を口に含んだその時、“小平次”が忘れていたとばかりに声を上げた。
「そう言えば自己紹介をして無かったな!私は“小平次”。こっちは“長太”。隣の領地から荷を運んで来た!」
ブ、と茶を吹いたのは山伏か、隣で同じように茶に口を付けていた行商人の男か。
「ゲホ、ゲホ、ゲホ…………な、何て………?」
「何だ?何故どいつもコイツも名前を聞いただけで咽せるんだろうなぁ?“長太”」
「失礼だ」
にやにやと視線を交わす二人を涙目で見やり、山伏はゼェゼェと呼吸をする。
その背を行商人が摩り、ようやく落ち着くと、山伏はコホンと咳払いをした。
「失礼した。じゃあ、僕は…………山伏の“伊三郎”?かな?」
「俺は行商人の“留作”か」
山伏達が真顔で自己紹介すると、今度はそれまでにまにまと二人の反応を見ていた四人が息を詰まらせた。
「い、伊三郎…………!留作!」
色の白い顔を紅潮させてヒィヒィと押し殺した笑いを漏らす若侍の横で、厳しい顔の侍が鬼気迫った顔をする。
「それは改名した方が良いぞ」
「“三郎”の何が不満だ!?お前………貴方様はどうなんですかねぇ?もしかして“文蔵”とか言うお名前ではありませんか?お侍様」
食ってかかる“留作”に、“文蔵”以外の四人は声も出ない程笑い転げた。
「ヒィ」
「ちょ、まて………それは“もんぞう”なのか?“ぶんぞう”なのか?」
「もんぞうは………酷い…………改名すべきはお前の方だ」
「み、皆、な、名前を笑うのはやっぱり…………だ………あはははは、だ、駄目だ」
「“もんぞう”でも“ぶんぞう”でも無い!!お前はお似合いだな、“留作”!如何にもそんな顔じゃないか!?」
「では私は“仙次郎”か………」
色白の青年が、呟いて眉根を寄せた。
「ダサいが、“文蔵”よりはマシか」
「お前…………っ!!」
“文蔵”がいきり立つ。
すかさず、“伊三郎”と“小平次”が笑いながら宥めに入った。
「まぁまぁ」
「どぅどぅ、お侍さん、後生ですからどうか抑えてください」
「ここで騒ぎを起こしたら、関所を抜けた意味が無くなる」
もそりと“長太”も言った。
「全く、お前らは…………」
厳しい顔の男侍は深呼吸をして何とか気持ちを抑える。
六人は、それぞれ茶と団子を頬張り始めた。
すっかり打ち解けた空気になった六人の間では、自然と世間話が始まる。
「それで、皆さんは何故こちらに?」
最初に口を開いたのは“伊三郎”だった。
山伏姿の人当たりの良い青年は、誰もが気が緩ませ自身の事を気軽に話してしまう空気があった。
「おう、私達は荷を運んで来たんだ!あっちよりこっちの方がよく売れるからな!」
そう言って、“小平次”が背負子を軽くたたく。
「そう雑に扱って、本当に売れるのか?」
“文次郎”が呆れ顔で言う。“小平次”はあははと快活に笑い飛ばした。
「まぁ、そう簡単に壊れるものではないですから」
“仙次郎”は意味ありげに目を細める。
「確かに、多少の事では壊れなさそうだ。…………先程貴方が荷を下ろした時、微かに金属音がしましたから」
最後は殆ど音にならない程の小さな声だった。
“小平次”も一瞬目を細め、すぐに害の無い笑みを浮かべる。
「さぁ、何の事やら。金属なんてお高い物、私のようなしがない庶民には早々手に入りませんから。でも、荷の包みが甘くなっているのかも知れません。ご指摘ありがとうございます」
まぁ、こんな音を聞き咎める奴は常人ではないだろうがな、と言葉を伴わない声が“聞こえ”た。
面白がるような“小平次”を横目で見やり、“長太”が小さく肩を竦める。
次に口を開いたのは“留作”だった。
「俺は普段は更に向こうの海沿いで魚を売ってるんですがね。近頃の情勢じゃ、碌に漁れなくて。出稼ぎです」
「ああ、僕も通りました。噂では、どこぞのお殿様が船を差し押さえてしまって、漁に行けないとか」
“伊三郎”も頷く。そっぽを向きながらも、意識はこちらに向けていた“留蔵”が眉を上げた。
「そこの山伏は、山では無く海から来たのか」
「ええ、少し気になる噂を耳にしたもので。それに僕は施しを求める者が居れば、山でも海でも何処へでも行きますから。見識も広まりますし」
「それでそこの行商人と遇ったのか」
「はい、偶然に」
にこりと“伊蔵”が頷く。純朴そうで、底の見えない笑みだ。
その目が、“仙次郎”に移った。
「そちらの若侍様は、どうしてここに?」
“仙次郎”は目を瞬き、何でも無い口調で答えた。
「ああ、私は今は特定の主に仕えていない身だからな。用心棒をして日銭を稼ぎながら旅をしている。今回の“雇い主”がこちらの領内に用事があった、それだけだよ」
「そちらの偉そうな方のお侍様は?」
“留作”が問いかけた。へりくだったと見せかけて、食ってかかるような口調だ。
“文蔵”は不快げに眉を寄せて“留作”を睨み、鼻を鳴らした。
「そう気安く話せるか」
「あー、もしかして、へまをしでかしてお殿様に城を追われたとかですか?」
「ちょっと、“留作”」
ヘラヘラと笑う“留作”の態度に、“伊三郎”が慌てて小声で嗜めた。
“文蔵”は頬を引き攣らせながら剣呑に笑う。
「へまなどするか。お前じゃあるまいし」
「へぇ?お侍様とは初めて会った筈ですがねぇ」
「でもここらは平和で良いですよね。皆がここに集まる理由も分かります」
“伊蔵”がわざとらしいまでの明るい声で割って入った。
すぐに“小平次”と“長太”が同意する。
「そうだな!何よりこんな美味い団子がある!」
「甘い物には良い人が集まる」
「そうだな。知人が勧めるだけはある。………………私の帰りを待つ奴らの為に、せめて団子を土産にしようかと思っていたが………」
そこで、“仙次郎”は言葉を途切らせた。
“伊三郎”がくすくすと笑う。
「ああ、僕も同じ事考えてました」
「同じく!」
「ああ」
「へぇ、お前の帰りを待つ奴ってのはどんな奴だ?」
“文蔵”が頬杖を付いてにまりとした。その顔を見返して、“仙次郎”は思案する素振りを見せる。
「そうだな。食事もまともに摂らない、頑固で愚直な馬鹿だが、あれで意外と甘いものが好きな、可愛いやつだよ」
思わず顔を逸らしたのは、“文蔵”以外の四人だった。
何故か俯いて肩を震わせる四人に対し、“留蔵”だけは目を見開いて唖然としていた。
その顔が赤く染まる。
「ん?何故お前が反応するんだ?“文蔵”。私の知り合いの話だぞ?」
“仙次郎”に指摘され、“文蔵”はますます顔を赤くすると、思い切り顔を背けた。
「わかっている!」
それから他愛も無い話に花を咲かせ、すっかり打ち解けた六人だったが、やがて順に別れを告げて店を後にした。
“偶然”にも、その行く方向は皆同じであった。
最後に店を出たのは“伊三郎”と“留作”で、足を捻った“伊三郎”に合わせる形で二人はゆったりと進み、来た時も通った雑木林へと入って行った。
他に人は居ない。
二人は示し合わせたように、ふと道から外れて林の奥へと分け入った。
木々に囲まれ薄暗い林の奥には、人影があった。
「来たきた!」
「遅いぞお前ら」
“小平次”と“文蔵”だった。
近くには“長太”と“仙次郎”も居る。
しかし、その姿は侍でも荷運びでも無かった。
町人らしいごくありふれた格好をした四人に、“伊三郎”と“留作”も気やすく応じる。
「お待たせ!」
「そこまで待って無いだろうが。せっかちだな」
言いながら、二人も山伏と行商人の衣装を素早く脱ぎ始める。
側で、快活な青年が笑った。
「本当に偶然だったな!まさかこんな所に全員集まるとは!」
「そもそも、課題は違えど同じ戦の裏を探っていた。かち合うのも道理だ」
「だが、よりにもよって団子屋で…」
「よく言う。真っ先に入っていた奴が」
「煩い。お前と大して変わらないだろう?仙蔵」
「そうだな、“留蔵”」
にやにやと呼びかけられ、留三郎は不愉快そうに顔を顰めた。
「大体、勝手に変な名をつけるな!俺は名乗って無いぞ!?」
「私に怒るな。最初に言い出したのは小平太と長次だぞ」
「いい名前だろ」
「もそ……」
「ほら、長次もこう言ってる!」
「いやどう言ってるんだ?」
「ああ、やっぱり小平太が言い出したのかぁ」
他の四人同様、常の服になった伊作が会話に加わって来た。
留三郎も着替え終わり、六人は一緒に歩き始める。
小平太が思い切り腕を上に伸ばして大声で言った。
「あー、早く学園に帰って体を動かしたいな!」
「たった今実習を終えたばかりで良く言うよ。体力馬鹿が」
仙蔵が嘆息する。小平太は口を尖らせた。
「だって、全然手応え無かったからさぁ。なぁ、長次?」
「もそ……ああ」
「つまり戦いはしたんだな?」
文次郎が指摘する。だから『ろ組』は二人で一つの実習課題だったのだろう。
留三郎もボヤく。
「俺なんか、潜入と偵察だったから全然物足りないぜ」
「そんなの俺だって同じだ」
文次郎も眉根を寄せた。
「やれやれ、どいつもコイツも」
「まぁ、皆怪我も無く無事終わって良かったよ」
仙蔵の言葉に同調するのは、足を固定し僅かに引きずっている伊作だ。
仙蔵の目が伊作の足に向いた。
「お前はどうしたんだ?その足は」
伊作は頬を掻いて苦笑した。
「実習自体は無事終わったんだよ?ただ、山を通ってたら薬草を見付けて…」
その段階で、すでに何と無く先の展開が読めた四人が遠い目をする。
顛末を知っている留三郎は何とも言えない顔をしていた。
「薬草を摘んだは良いけど不運にも草鞋が切れて、直そうとしたら枝に引っ掛かって風呂敷が破れて、薬草が溢れ落ちて………」
拾おうとしたら、草鞋が切れてたので足がもつれて転んで、転んだ拍子に狸の巣穴か何かに足を突っ込んで、しかもこの前の雨で濡れた葉がそこら中に落ちてた為に滑り……………
「さっきの予想全部じゃないか」
誰かが唖然と呟く。
とにかく、聞き慣れた悲鳴をこれまた幸運なのか不運なのか、偶然近くを通っていた留三郎が聞きつけた。
六年と言う月日、不運を共にしてきた賜物である。
『賜物』と称して良いのか分からないが。
ひっくり返っていた伊作を引っ張り起こし、足を手当てし、あの団子屋まで悪路をおぶって来たのだ。
「ここに、三人も体力があり余ってるのが三人もいるんだ。学園までおぶって貰えば良い」
「おお、伊作の一人や二人、いけいけどんどーん!と背負って走るぜ!」
「鍛錬にはなるな」
「同室の俺に任せろ!」
仙蔵の言葉にすかさず名乗りを上げる小平太、文次郎、留三郎の三人に、伊作はぶんぶんと首を振る。
「いや、背負わなくて良いよ!自分で歩ける!」
その肩を長次が叩いた。
「無理はいけない」
「無理じゃないってば!」
実習と言う名の忍務もやり遂げ、あとは忍術学園へ帰還するのみである。
六人の間に漂う空気からすっかり緊張感が抜け、年相応の姿でじゃれ合い始めた。
「………………思ったんだが」
ポツリと、仙蔵が口を開いた。
「今後別人に扮する時、私達は知人と言う前提にしなければあっという間に嘘が露呈してしまうんじゃないか?」
五人は仙蔵を見て、それから互いに顔を見合わせた。
「…………………確かに」
「うっかり話しかけてしまいそうだ!」
「設定を予め考えておくべきだな」
「はっ、文次郎は嘘が下手だもんな」
「何だと!?お前に言われたくは無い!!」
すかさず互いの胸倉を掴んで睨み合う文次郎と留三郎の間に割って入り、伊作が嘆息する。
「確かに、咄嗟に他人のフリって僕達には難易度高いかもね」
面白かったけどね、と付け足すと、他の五人も思わず口元が緩むのを感じた。
「やるなら、“同郷”くらいの設定か?」
「それだとイマイチ関係の近さが見えずらいな」
「兄弟設定の方が面白いぞ!」
「面白さなど求めるな!無理があり過ぎるだろう!?」
「いや、案外いけるんじゃないか?」
「誰が長兄だよ」
「もそ………」
「“もちろん私だ”って長次が言ってるぞ!」
「普通に“友人”じゃ駄目なのか?」
わいわい騒ぎ始める仲間たちを見つめ、仙蔵は小さく笑った。
「まぁ、“幼馴染”くらいが妥当だろうな」
「ああ、成る程」
伊作も頷くと、仲間達を見て目を細めた。