夏にしては涼しい夜のこと。
廊下に出ると軍服姿の男が一人、月を眺めていた。彼は私の存在に気づくと慣れた所作で軍式の敬礼をし、私もそれに対して腰を折った。記憶と寸分違わぬ美しさに喉元がつきりと痛んだが、私は久方ぶりで、と声をかけ、何食わぬ顔をする。
彼の方も固く結ばれた口の端を緩め、暫くの再会を懐かしんでいるようだった。
『こんな夜更けに相すみません。明日──いえ、今日。息子がこちらにお世話になるらしく、ご挨拶をと思いまして」
「──御子息が、ですか」
『ええ。どうも、御令息に修行をつけていただくのだとか』
「空却に?」
『我々は親子共々、縁が深いようですね』
「……ええ」
月明かりに照らされた微笑は、漠然とした希望を抱く青年にも、世を理を知り尽くした老人にも見えた。
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