良い店に当たったもんだな。
ウィスキーグラスの氷を見つめながら、天国獄は薄く笑みを浮かべた。
この店、Port harborは足を踏み入れたときから好感が持てる店だった。
内装は新しさも古臭さも感じられない、洗礼されたデザインのもので統一されているし、店の雰囲気も上品過ぎず、かと言って品位が欠けているわけでもない。
“肩に力が入らない程度に洒落ている店”
そんな印象だ。
アイラウィスキーも生ハムも上質で文句なしに美味い。店主は付かず離れずの距離感で接してくる。静謐な場所だ。
これだけでお子ちゃま達を中華街へ送り出し、わざわざ裏路地まで足を運んだ甲斐があったってもんだな。
内心満足気に笑い、グラスに残ったアンバーの液体をクッと煽った。
2杯目を頼んでからポツポツと勘定をする客が出てきて、ウィスキーグラスが溶けかけた氷だけになる頃には自分と店主の2人だけ。
チラと時計を見るが、閉店までまだ時間がありそうだ。ヨコハマの夜は長い。この後も来店する奴はいるだろう。
空却と十四がホテルに戻るにもまだ時間があることだし、ここはもう一杯頼むか。
テーブルを拭いている店主に声を掛けようと口を開くと、重たげな蝶番の音が誰かの入店を知らせた。
「ただいま帰りました」
「おかえりなさい」
ただいま、と、おかえりなさい、ということは従業員か。店主は忙しそうだし、注文を頼むのはこっちにしよう。
そう思い顔を向けると従業員であろう青年はきょとんとし、一拍遅れて「天国さん? 」と呟いた。
「……申し訳ないが、どこで会ったかな?」
見た顔では、ある。自分は絶対に知っている。話したこともある。ただ、どうにも思い出せない。印象に残りにくい顔という訳でもないのに、何故だろうか。
「昼間お世話になった、えっと、オルタナティブラップバトル-リベンジ-でDJを務めた……」
「ああ、君か。すまない。雰囲気が随分違うから一瞬誰か分からなかった」
なるほど、服装か。分からないはずだ。
昼間はDJ然とした若者らしい格好だったが、今は違う。丁寧にアイロン掛けされた襟付きのシャツと黒のスラックスに黒のベストという、かなり落ち着いた印象を与える出で立ちだ。はっきり言って、とてもDJをしているようには見えない。
本人も自覚しているのか「でしょうね」と笑っていた。
「ここではバイトでもしてるのか? 」
「手伝いです」
「手伝い? 」
「はい。自分は色々な経験を積みたくて、アミリアさんにお手伝いさせてもらってるんです」