《きみのなまえ》 仁巳+怜くん「香月くん、ちょっといいかい」
ホームルームが終わり、皆が机から教科書や筆記用具をカバンに仕舞い始める。僕も皆と同じようにしたいところではあるが、今日出された課題の応用問題が分からず、目の前の背中をつつく。白いパーカーが少し揺れた。
「あれ、どうしたの?」
振り返った香月くんはいつも通りの笑顔で、可愛らしい口元から八重歯が覗く。僕は教科書を片手に、話を続けようと少し身を乗り出す。
「あのね、香月くん。今日の──」
「怜でいいよ」
「す、うぇ?」
唐突な前方からの提案に驚いて、素っ頓狂な声が出た。咄嗟の対応は苦手ではないが、思考の範囲外の出来事はさすがに、一瞬でも考える時間が欲しい。
「唐突だね?」
「いやぁ……今更だけど、香月くんって呼ばれるのちょっと照れるなぁと改めて思って」
「おや、そうなのか」
香月くんは少し目を逸らして笑う。僕が普段は名前で呼ばれることが少なくて、どこかくすぐったい気持ちもあるのと似ているのかもしれない。
「うん、みんな名前で呼ぶし。それにおれからだけ仁巳くんって呼んでるのも変かなぁって」
「ふむ……じゃあ、お言葉に甘えようかな」
ふわふわと笑う目の前の彼に、まったく悪い気はしない。むしろ好意的に提案をして来てくれているのだから、応えないわけにはいかないな。
「怜くん」
今までと違う音の響きに、なんだか嬉しくなる。友好が深まるというのは、なんと素晴らしい事だろうか。
「うん? どうしたの?」
「……ふふ。いや、ね。本題に戻すのだけれど、今日出た数学の応用問題で少し分からないところがあってね、怜くんが良ければ教えてもらえないかな」
「お、数学なら任せて!」
「ありがとう! ここのグラフなのだけれど……」
一度限りの関係も少なくはない僕にとって、毎日顔を合わせて挨拶や会話のできるクラスの友人は、とても貴重な存在だ。改めてそう思わせてくれた怜くんには、本当に感謝するしかない。
これからもキミが笑顔で居られるよう……あぁ、でもそれは、おそらく僕の役目ではないのだけれどね。