《或ル、掃除屋》マフィアパロ「お疲れ様でーす!」
青年は清掃用のカートを連れ、すれ違う駅員に笑顔で挨拶をする。長い足元を見れば上質そうな程よい光沢のスラックスと、上品な柔らかさのある革靴を見事に着こなしている。
しかしそこから彼の顔を拝もうと上へ視線を辿っていくと、大きめの淡いグリーンの作業着に、同じ色の帽子を深く被っている。髪は長いのか、帽子の中へねじ込まれていたが、端からは銀糸のような髪が流星の軌跡のようにパラパラとこぼれている。
「セイくん、おつかれ」
「駅長さん! 今日もお元気そうで何よりです」
「はは、いやぁ今日もお客さんが多くてね。あぁ“静寂が恋しいな”」
駅長が笑うと、セイの顔から表情が消え失せ、引き締まった。“仕事”の時間だ。先程まで笑っていた駅長もネクタイを正す。
「今日は“どちらまで”」
「南十五番通り、Ⅲ-F」
「承知しました! 行ってきます」
セイは先程の笑顔を顔面に貼り付け、駅長をその場に残してカートを戻すためにロッカールームへ向かった。
耳の裏に指を添わせると、隠すように取り付けられたイヤホンのボタンを入れる。
「さて、と。……先輩、聞こえてますか?」
『うん』
「こっちに来ますか? 先に行きますか?」
『近くにいるから、先に行くよ。Ⅲ-Fか……それなりに準備しておく』
「ありがとう先輩。なるべく急いでいきます」
『Buona fortuna.』
先輩と話しながらもあまり難しいミッションでないといいなぁ、とぼんやり考える。その間にロッカールームへたどり着いた。
黒い柄のモップだけを手元に残し、一通り掃除用具を棚に戻す。そのまま自分のロッカーをカードキーで開け、ジャケットと帽子を放り込む。
やぼったい作業着を取り払った中に着込まれていたのは、スラックスによく合う白いシャツと黒いベスト、そして黒いネクタイ。これが彼の“仕事着”なのだろう。黒に映える銀色の髪は、鎖骨ほどの長さで毛先が遊んでいる。
「今日も健やかな一日を! 静寂に祝福あれ!」
彼は今日も街の喧騒を、足音一つ立てずに往く。