30秒の沈黙も与えられない/杉白杉元が俺を指差していかにも迷惑そうに、
「ただのお荷物だよ」
と聞かれたやつに答えるたびに、俺はいつも通り情けない顔をして、杉元と横にいるアシリパさんに顔と鳴き声で訴える。
だけど二人はいつものこと、としれっと先に歩き出し仲良く何かを話している背中を無表情で見つめると、頭の後ろに手を組んでぶらりぶらりと歩き出した。
三人でいる時は、特にそう。俺のことを蔑ろにしながら説明をする杉元には、実際その通りだから全く気にしていない。
俺は「脱獄王」であって、アシリパさんのように狩猟に長けているわけでもないし、杉本のように戦闘能力が高いわけでもない。
だから蔑ろな説明に怒る理由はない。
だけどさぁ。
「白石、あれは第七師団の奴らだ。後を追いかけるぞ」
二人っきりになった瞬間、お荷物と言って蔑ろにしているのに、やけに俺を頼るってどう言うこと?役に立たない俺を頼ってくれるのは嬉しいけどさ、分かってるよな、俺は戦闘はできねーぞ。
「俺戦えねーんだぞ、分かってるのか」
「その時は俺が戦う!だからついて来い」
そこまで言うならついていくけどさ。
追いかけて行った第七師団の兵士は結局見失ってしまった。横で杉元はやけに怒っているが、仕方ないだろ!
俺が途中通りすがりの犬に、なぜか足を噛まれてしまい、離そうとしたら転けてしまい、頭を噛まれ騒いでいるうちに流石の杉元も見失ってしまったらしい。
「なんっでお前はいっつもそうなんだよ!」
怒鳴られたってわかる訳もない。なぜかいつもそうなるってお前だって知ってるくせに。
「しらねぇよ!ったく、俺ばっか怒るなよ、お前だってあの犬追い払えなかったじゃねーか」
「お前が暴れるからどうしようもなかったんだ」
ブツクサ言ってる杉元の横顔を見ると、さっきまでまるでアシリパちゃんを見ているかのような眼差しは消え、役立たずの俺を見る眼差しに変わっている。
「悪かったな」
思わずこぼれた謝罪の言葉。俺自身驚くほど低い声に、杉元の眼差しがこちらを向いた。
「どうした白石。怪我したところが痛いのか?帰ったらアシリパさんに熊の油を塗ってもらおう」
杉元の眼差しからは怒りが消え、心配する声と共に瞳が少し揺らいだ。
お前って結局なんなの。
思わず出かかった声を飲み込んだ。俺は役立たずだって思ってんじゃねぇのかよ。だから他の奴らには迷惑そうに説明するってのに、二人っきりになるとこれだ。
お前の中の俺の評価は一体どっちだ。
「そんなの塗らなくっても傷は浅いから洗えばすぐ治るさ」
努めて明るく言えば、杉元の眉が少し下がった。
「お前が言うならいいけどよ」
その後に続く言葉はなんだ。お前は一体何が言いたいんだよ。
杉元のよく変わる表情を見ているのが嫌になり、視線を逸らした。そうすればもう話しかけてこない気がした。
いや、願望かもしれない。せめて三十秒、三十秒でいいから黙っててくれ。
そうしたら俺はまたいつもの、捉えどころがなくて飄々とした「脱獄王白石由竹」に戻れる。
後十秒、それだけあれば脱獄王に戻れたのに。
「俺はお前が心配なんだ、白石」
本心の分からない杉元の言葉に顔が歪みそうになり、慌てて懐から飴を取り出すと口に含んだ。
いつもは蕩けそうなほど甘い飴も、今は何も味がしなかった。