《姫はじめ ver.梅セイ》 昨日までの十二月。師走とはよく言ったもので、年末は暁春先輩とも連絡がつきにくいほど忙しかった。
今日から三日休みをやるからゆっくりしたまえ、と、スピネル先輩に言われた僕と梅先輩は、慌ただしい日々を忘れ、自宅のコタツでのんびり過ごしていた。
「もう、二日ですね。先輩」
「うん、そうだね〜」
「本当に今年は実家に帰らないんですか?」
「お正月は何もしちゃダメなんだよ」
「……はい(もう二日なんだけど、な)」
大晦日に移動を……と、思っても二人とも十二月三十一日の日付が変わるギリギリまで働いていたのだ。疲れ果てた僕たちは、そのまま自宅に転がり込んで、気が付いたら元旦は寝て過ごしていた。
やっと動きだしたのは一月一日の午後六時。兄さん達からトークアプリに色々届いていたので、適当にスタンプを返しつつ、もう遅いからと梅先輩と一緒に作っておいたおせちをつついた。
そしてまた深夜まで録画しておいたテレビをみて、疲れて寝た後、今に至る。
「テレビ、久しぶりにゆっくり見たね」
「あまり興味ある番組もないんですけどね。先輩とコタツでゆっくり過ごすのは嫌いじゃないです」
「そっか、うん。……こうやってゆっくり出来るのも明日で終わりかぁ」
「人生で最後の休暇みたいにしみじみと言わないでくださいよ……確かに死にかけたこともありますけどね?」
「そんなつもりはなかったんだけどな?」
先輩はおかしいなといったふうに頭をわしゃわしゃと掻き乱す。学生の頃よりも短くなったその髪は、分け目が変わったくらいで、大きく乱れることはなかった。
「ふふ、すみません。冗談ですよ」
先輩は気にしていなかっただろうが、くすくすと喉を鳴らしながら、梅先輩の髪の分け目を元のように整える。
思えば、学生時代に先輩と出会って、ここまで長く一緒に過ごせるなんて考えてもみなかった。先輩を恋愛的な意味で好きになって、そりゃあずっと一緒がいいなとは思っていたし、身体を繋げることも考えたことはあった。けれど、進学と同時に環境は変わるもので、先輩もあっという間に離れていってしまうと、心のどこかで思っていたのだ。
「先輩」
「なぁに、セイくん」
最近仕事続きで見れていなかった、先輩の優しい笑顔にドキドキする。長く一緒に住んでいても、見慣れない表情があるのだと驚く。もっと先輩の色んな表情を沢山見たい。そう思って、ある単語を思い出した。
「先輩、……ひめはじめって知ってますか?」
「姫はじめ……ん、知ってるよ!」
意外な反応に、年甲斐もなく目を輝かせてしまった。いけない、繕うことが出来そうにない。
「えっあぅ、えっ、せ、先輩知ってる、ん……です、か? 自分で聞いておいてアレなんですけど……」
「ううん、そんなに変かな……?」
「い、いえ、先輩はそういうことに疎いものだと思って……」
「失礼な! そのくらい知ってるよ!」
「うう、すみません……」
先輩が、ぷんぷんと効果音が出そうな顔をしている。先輩のそういうところが好きなんだなぁ、と思う。
「ほら、アレでしょう? えーっと、新年に初めて──」
「は、初めて……?」
「──そう、お米を炊くんだよね!」
「……はい?」
想像していた言葉でないと、こんなにも頭に入ってこないものなのか。いや、これは僕が悪いのだ。梅先輩も大人になって、そういう単語にも興味を持ち始めたのだと思い込んだ、僕が悪いのだ。
「う、うう、はい、そうですそうです、ご飯炊きたては美味しいですよね、僕はもう味わかんないですけど……」
「えっ……ごめん……」
「お風呂入ってきますね……代謝がなくても流石に少し埃っぽい気がしますので……」
「う、うん……行ってらっしゃい」
このあと僕がお風呂に入っている間に、梅先輩が「ひめはじめ」をググったらしく、一瞬の大きな声と、ソファから転がり落ちる音が聞こえた。