《眠れない夜は君に会いたい》[if]樹×遊夜「樹さん、今日も長い時間ありがとうございました」
パソコンのウィンドウを幾つか閉じながら、遊夜はヘッドセットの向こうにほほ笑みかける。カメラは繋いでいないが、向こうに生きている人間が居ると思うと、つい動作も付けて発言をしてしまう。
「気にしなくていいよ、俺もやりたいこと進めてただけだし」
一方の通話口、樹は先程まで格闘していた課題のテキストを幾つかまとめる。少し時間はかかったが、とりあえず、許容範囲内の時間に終わらせることが出来たので、よしとした。
「ふふ、このまま寝れそう……ふぁ……」
「どうする? もう通話切る?」
「もうちょっと……ふや……もしもししましょう? 樹さんの声、いっぱい聞く……」
「そう(……今日もこのまま寝ちゃうんだろうな)」
数秒後には寝る体勢に入っている遊夜の姿が、樹には安易に想像ができた。実際に遊夜はパソコンのモニターの前で机の上に突っ伏して、そのまま瞼を閉じていたので、このまま眠ってしまいそうだ。
「樹さん……」
「うん?」
「……ん……ぅ」
「遊夜? 寝たの?」
「寝てない……起きてまひゅ……よ」
その後も遊夜は単語のようなものをぽつぽつと喋った。しかし、うまく呂律が回っていないのか、口元が腕か服に覆われているのか、樹には上手く聞き取れない。
「ねぇ、ベッドに入ってる? ……って、今日はパソコンからインしてたんだっけ。遊夜、起きて。せめて椅子から降りて。ベッドで寝て」
「……すー……すー……」
「こんなにわかりやすい寝息あるの……」
遊夜の規則正しい呼吸音だけが樹の耳元に届く。
「んッ……」
「はぁ……今は通話越しだからいいけど、そんなに無防備にしたら、ダメだよ」
通話口に問いかける気持ちで声を発してみるが、相変わらず明確な返事はない。きっといつも通り、このまま通話を切り、次の日の朝になれば、トークアプリには謝罪のメッセージが沢山届いていることだろう。
「あのね、無防備な好きな子を、何も思わない訳無いでしょ。そんな可愛い寝息まで。はぁ……起きてたらちゃんと聞いててね、遊夜──好きだよ」
「んッッッ!」
樹のイヤホンから一度に色々な音が聞こえた。ドサッという重い音からカシャンと軽い音やカランカランと甲高い音、おまけにバラバラと何かが散らばる音もする。
「何??」
「あぅ……痛い……いっ、樹さん……ッ!」
「あれ、もしかしてほんとに起きてた?」
まぁ、たまに起きてることもあったし、悪びれる様子もなく問いかけるが、向こうからは「うぅ」と喉を鳴らす可愛らしい声が聞こえるだけだった。
樹の想像ではこの声の時には恥ずかしそうに顔を赤くし、目を潤ませているのだが、現実もまさにその通りで、椅子に座り直した遊夜は口元を手で覆い、通話ソフトの樹のアイコンをじっと見つめていた。
「ずるい……そういうのはちゃんと起きてる時に言ってほしいのに……ぼくだって……樹さんのこと、すきだもん……」
「知ってる」
「あぅ……」
樹が満足そうに答えると、遊夜はどんどんと顔の露出面積を狭めていく。樹が直接見ている訳でもないのに、どうしてか、恥ずかしさは抑えられない。
「可愛い、遊夜。照れてる?」
「だって……うゅ……あんまり可愛いって言わないでくださいよぅ……」
「どうして? さっき『そういうのは』起きてる時にって言ったよ(まぁ、遊夜は結局ずっと起きてたんだけど……)」
「いじわる……だって……好きだって、可愛いって言われたら……うぅっ……樹さんに、会いたくなっちゃうから。今日はもうおやすみなさいの時間なのに」
「っ……! もう、また明日学校で会えるでしょう? だからちゃんと寝れるね?」
可愛い声で可愛いことを言ってくれるものだ。そりゃあこのまま会えるものなら、抱きしめるくらいはしてやれただろう。
「……樹さんの声、聞きながら寝たいです」
「わかったから。ベッドに入って、スマホに切り替えておいで」
「はい……!」
素直な返事とともに樹のイヤホンからは退室のチャイムが鳴る。イヤホンはつけたまま、明日の授業で必要な教科書をカバンにしまっていると、入室のチャイムが鳴り、ふわふわとした遊夜の声が聞こえた。
「樹さん! ふふ……大好き。このまま夢で、あえたらいいのにな」