歯科医師のアム白くて形の良い歯が綺麗に並んでいる。
まるで学生時代の教科書に出てくるような理想の歯並び。ピンク色の歯茎には張りがあり、問診票にあった年齢を全く感じさせない。口内の粘膜も、赤さも湿り気も完璧でとても綺麗だ。定期的に丁寧にメンテナンスをしている様子が見てとれる。もうこれ以上やる事も無さそうなほどに手入れの行き届いた口内と白い歯をチェックした。「ふぅ」一息ついてから顔全体を見た。美しい歯列とそれを支える整った骨格。『綺麗だな』素直にそう思った。そんな事を思っていたせいで、検診の手が止まってから、少し間が空いてから咳払いをして「終わりましたよ。うがいをどうぞ」と彼の目元に置いたガーゼを取りながらアムロは言った。
うがいの終わった彼と向き合い
「アズナブルさん。こんな事を僕が言うのもどうかなと思うのですが、あなたのメンテナンスは完璧です。当院で出来ることは何もありません。なので今やっていらっしゃる事をそのまま継続されたらいいと思います。なので次回の予約なども必要ないかと」そう伝えた。
医師としてやる事が何もない。それは正直な感想であり、アムロが彼に出来る唯一のアドバイスであった。ただほんの少し、もう彼の綺麗な口内を見る事は出来ないかと思うと残念ではあった。
「そのメンテナンスを君にお願いしたい」
うがいを済ませたシャア・アズナブルはそう言った。
「え、でも今通っていらっしゃる所があるんじゃ?」
「君にお願いしたい」
質問に答えるつもりはなさそうなきっぱりとした口調でそう言い切られると、「そうですか」としか言えなくなった。ただアムロは、またこの整った口元とその中を覗けると思うと嬉しくなった。
「では次回は三ヶ月後に。予約は受付からどうぞ」そう、伝えたはずの彼は一週間後にやってきた。
「アズナブルさん。予約は三ヶ月後とお伝えしたつもりでしたが」
「歯科が好きなもので」
この人との会話は少し調子が狂う、アムロはそう思いながら考えるのが面倒になって「そうですか」と一言だけ返し、仕事に集中する事にした。
改めて見ると、骨格だけでなくその他の顔の造形も美しかった。ガーゼを置くときにはまつ毛の長さに見惚れたし、閉じた口元には形の良い唇に気がついた。
「大きく口を開けてください」
アムロの声が聞こえてから彼の形の良い唇が開かれ、白い歯と口内の粘膜とが見えた。
歯科の日々の治療やメンテナンスは綺麗なものばかりではない中で、やはり彼の口内の美しさを見ると心が癒される。仕事の楽しさややりがいを思い出させてもらえる。こうやって自分の元へ来てくれる間はこの美しさを守りたいと、アムロは思った。
薄いラテックスグローブ越しにふと体温を感じる。当たり前といえば当たり前なのだが、普段は何も気にならないはずの温かさが妙に恥ずかしくなった。柔らかくてあたたかい粘膜、少し乾燥した唇。仕事中に今まで感じたことのない行き場のない感覚に驚いて、思わず手を引いてしまい、検診用の先の尖った器具がほんの少し彼の唇に当たった。
「……っ」
乾燥していたせいもあってか、唇が少し切れて出血している。思わず目元のガーゼを取り、すぐに謝罪をした。
それから唇の血を拭き取り慌ててワセリンを塗った。気が動転していたせいで、手袋を外してしまっていた。
『やってしまった』血の気が引くのがわかる。
「アズナブルさん!すみません!素手であなたの唇に!」
頭の中では、何をやっているんだ俺は!と自分を罵倒している。