他人の平和「ハッピーバー……イ トゥー……
……ピーバー…スデイ ………ィア ……」
子どもが数人と落ち着いた大人の声が途切れ途切れに流れてくる。無邪気に笑う他人の声は落ち着く。
カップの底に一センチほど残ったコーヒーを飲み干して受信機のスイッチを切った。
「日課は終了かい?」
読んでいた本をぱたんと閉じたシャアが言った。
「日課か、まぁ毎日同じことをやっていたらそれは日課だな。今日は何処かの誰かの誕生日祝いだったよ」
「それは良かった。他に情報は?」
「ないよ」
昨日は何処かのレストランの厨房の音が延々と流れて、肉を焼く音や食器を洗う音が心地良かった。
たまに夫婦喧嘩の聞くに耐えないものもあるけれど、そんな時はトグルスイッチを人差し指でパチンだ。
情報収集という名目で行う、盗聴行為。趣味が悪いと言われても仕方がない。人恋しいのかと言われたらそういう訳ではない。
ただ人々が過ごす平穏を少し分けてもらっているのだ。そう、あれで良かったと心を慰めるために。そうしながら僕は、僕らにはなかった青春や家族との時間を受信機越しに聴きながら、夢想するのだ。
シャアには言わない。そんなものが慰めにはなるなんて彼には到底理解できないだろうから。
もし彼がそれを知れば僕が望む平穏を現実のものにしようと行動を起こそうとするだろう。
あなたが安穏と過ごす、暇を持て余して僕を求めて、意味のない夜更かしをしたり、朝寝坊をしたり、あなたが特別な誰かではなく、ただのその辺にいる人間としてただ生きているのが僕の望むこと。