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    tojo_game

    @tojo_game

    イベントの展示品を置いておく場所です。

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    サ部Webオンリーの展示品
    卒業後のトレルク

    martyrdom 物が後追いをすることがあるのだという。
     それはたとえば愛用の品であったり、身に着けていたものであったり、時には飼っていたペットにもあるそうだが、何か通じるものがあるのか、持ち主や飼い主が亡くなると、まるでその死を悼むかのように壊れることがある。前日まで何もおかしなところがなかったものですら、まるで自ら命を放棄したかのように。

    「研究の場においては、その人の持つ魔力が関係しているとか、ただ偶然だとか、いろいろ言われているようだけれどね。長く使っているということはそれだけ耐久度も減っているだろうから同じタイミングで偶然壊れただけだという説も、魔力が浸透して本体に加わったダメージがそちらに伝わったという説も、どちらも間違いではないとされている」

     トレイにそれを教えた男は、「とてもロマンに溢れた考えだ」と笑っていた。

    「東方においては、長く使った物には魂が宿ると言われている。私たちからするとあまり馴染みのない発想だが、それでも海を隔てた遠い地でも同じようなことがあって、同じように観測され、同じように解釈を向けられている。それが私にはとても尊い物に思えるんだよ」
    「へぇ。俺からすると、物が身代わりに、っていうことのほうがよく聞く展開な気がするよ。実際そういう魔法もあるよな?」
    「ウィ、身代わりの魔法はあるね。そういう魔道具もポピュラーな物だ」

     それから懐かしい授業の思い出話をいくらかしたが、それは本当に他愛もない話で、トレイはその時何についての思い出話をしたのか覚えていない。部活でのトンチキな実験も、友人関係の面白おかしい出来事も、副寮長としての苦労話も、共有できるものが多すぎてどれを何度いつ話したかなんて覚えていられないのだ。
     随分とその話が好きなんだな、と言った記憶はわずかにある。トレイのその言葉に彼はいつものように……どこか含みのある、狩人として獲物を見ている時のような……笑みを浮かべて、好きだよと返したことも覚えている。

    「後追いであれ、身代わりであれ、それは無機物にも愛があるということだろう?」

     愛は好きだ、と歌うように大袈裟な身振り手振りをあわせて言った言葉はいつも通りの詩的な言動の一部だ。普通の人であればキザに捉えられるそれも、彼が言うととても自然に聞こえるというのは慣れだろうか。

    「はは、お前らしいな」
     トレイがそう言うと、彼はとても楽しそうに笑った。


    「……どっちの話もされたもんだから、どっちか判別つかなくて困ったよ」
    「あははっ、それは申し訳ないことをしてしまったね!」

     困り切っているという感情に染まりきった声色でそう言ったトレイに、ベッドの上で上体を起こしているルークは快活に笑った。一切申し訳なさの感じられない謝罪ではあったが、トレイの方も本気で謝罪や反省を求める気はないのでどうでもいいことだった。持ってきたフルーツでいっぱいのカゴをベッドサイドのテーブルに置けばお礼とともに手が伸びて、真っ赤な林檎がひとつ取り出される。それを顔の前に寄せて香りを楽しむ様子に、トレイはあらためてまじまじと彼を見た。

    「にしても、お前が怪我するなんて珍しいな。大抵のことは先に気付いて対処できるだろうに」

     ルークの声の調子こそ普段どおりだが、今見えるだけで頭やパジャマの襟から覗く胸元には包帯が巻かれているし、左手には太いギプスを嵌めて三角巾で吊っている。これだけの大怪我を負っている姿というのは初めて見たかもしれない。嘆きの島から帰って来た時も疲弊こそしていたが、怪我も打ち身や擦過傷程度だった。
     あの時は何があったのか伝え聞くことしか出来なかったが、部活で傷の回復によく効く魔法薬を作る手伝いをしたので、トレイの記憶にもよく残っている。あの時はヴィルが老人のようになっていたのをマレウスが治してやったり、リドルが白髪になったりしていたので、トレイとしては珍しく当事者の一人であるルークにあれこれと問い詰めたのだった。
     トレイの指摘にルークはどこか居心地が悪そうな顔をして林檎を布団の上に置いた。曲線を指でなぞるのは単純に気を紛らわせたいからだろう。

    「私としても不覚をとったと自省しているところさ。美しい物に気をとられて、浮かれてしまっていてね。真横から突っ込んできた魔獣に気付いたはいいものの、私が避けたら延長線上にある遺跡の重要な壁画が損傷すると気付いてしまって、避けるのも迎撃するのも間に合わずこの体たらくさ」
    「あァ……お前は一回集中すると長いからな。まぁ、結局魔獣も退治できてその壁画も守れたんだろ?」
    「ウィ、それはもちろん!」

     ばっちりさ、とピースサインつきで言うルークにはいはいと苦笑して、スツールに腰かけたトレイは布団の上の林檎を取るとマジカルペンを振っていくつかに切り分ける。これぐらいは慣れたことだ。カゴに一緒に入れていた紙皿を取り出して切り分けた林檎を乗せ、お行儀は悪いが二人きりでいる時ならいいだろうと手で一つ摘まむ。ルークも差し出された皿から一つ手で取って口に運んだ。

    「んん、セボン! みずみずしいね~♪」
    「怒るぞ」
    「おっと、パードン。あれはぶどうだったね」
    「ルーク」

     じとりとした目を向けるが、ルークは先程のように謝罪するつもりが毛頭なさそうな軽い謝罪を口にするだけだった。ため息を吐いて林檎を一口。爽やかな甘みが美味い。馴染みの青果店で買ってきた物だが、やはりあそこの店員の目利きは本物だ。他の果物も期待が出来る。帰りに寄って何かしら良さげな物を買って帰ることを決める。

    「それにしても、本当に驚いたよ。ルークが俺の家に置いていったカップあるだろ、あれが突然割れたもんだから」
    「ふふ、パードン。今回は身代わりだったようだね。もしくはあのカップが私の左腕の骨の後追いをしたかのどちらかだ」
    「お前は右手でカップを持つじゃないか」
    「離れている方がよく見えるというものさ。まぁ、身代わりの方かという直感だけはあるかな」

     そう言いつつルークは早くも二切れ目の林檎に手を伸ばしている。食欲があるようで何よりだ。左腕の骨折こそ派手な怪我だが、元々鍛えている上に頑強な体をしているので、ルークからすればまだ軽傷な方なのかもしれない。入院したという連絡も本人から来たし。

    「どちらにせよ、そのカップには敬意を払わなくては。掃除の手間をかけさせてしまうね、パードン、トレイくん」
    「別に、それぐらいはするさ。他の食器は無事だし、元々割れる時粉々になりにくい材質だったからな。掃除もそれほど手間じゃない」

     大きめな破片を袋に拾って、あとは軽く掃き掃除をして比較的細かな破片を集めたが、それも指先をうっかり怪我しないためであって、拾おうと思えばすべて道具を使わずとも事足りる程度のものだった。以前別の皿を割った時は掃除機を三回かけたので、それに比べるとずっと簡単だ。

    「搬送先が俺のいる王国の病院で良かったな。気軽に来られる距離でこちらとしても有難い。一時間の見舞いのために六時間飛行機に乗るとかだったらビデオ通話で済ませてもらうところだったよ」
    「そうなっていたら私も見舞いを断っていたさ。キミが近いから頼らせてもらおうと連絡したんだ、薔薇の騎士」
    「頼ってもらえるのは嬉しいんだが、その呼び方はやめてくれ、ルーク」

     いつもの苦言を口にしても三切れ目の林檎がルークの口に入るだけだった。トレイはしょうがないなと笑って、もう一切れ自分もつまむ。うん、美味い。

    「まぁなんだ、着替えがいるとか色々あったらいつでも連絡してくれ。今は店も繁忙期じゃないから、お使いならそれなりに出来るよ」
    「あぁ助かるよ、メルシー! やはり持つべきものは友だね!」

     ぱっと片手を広げたルークは一瞬眉をぴくりと動かすとそっと静かに姿勢を戻した。さすがにその動作にはどこかしらが痛んだらしい。安静になと釘を刺して、紙皿の林檎を差し出す。

    「怪我してるんだから、今はしっかり休め。看護師さんを困らせるなよ」
    「ウィ、ウィ、肝に銘じるとも」

     ルークは笑って林檎を取る。返事ばっかりいいのにいざという時行動を伴わないのがこの友人だとトレイは長い付き合いでそれなりに知っていた。しかしまぁ、怪我をしている時に動き回らないというのは本能の成分が多めのルークでも分かるだろうし、大丈夫だろう。見舞客であるトレイに苦言が向けられるわけでもない。


     最初の見舞いは様子を見に来た看護師によって一時間足らずで終わり、トレイは一人で家まで帰ってきた。途中青果店に寄っておすすめの果物をいくつか買うことも、勿論忘れずに。
     家を出た時は外からの陽が入って明るかった自室も、今は日がほとんど沈んでしまっているせいで薄暗い。荷物を置いて電気をつけて、トレイは自分の机の上を見た。

     普段はノートやレシピが広げられているそこには今汚れてもいい使い捨てのまな板シートと、その上に半端に修復されたカップの成れの果てがある。トレイの家にしょっちゅう来るルークが数年前に持ち込み、そのまま置いていった彼用のカップだ。
     白地に書かれた青い素朴な花の模様のカップは、今その図面のあちこちに金色の線が走っている。金継ぎという割れた食器を繋げて隙間を埋めてまた使えるようにする技術をもとに、以前錬金術で使ってなんとなく捨てないでいた鉱石を砕き、立体パズルをするように破片を繋ぎ合わせていた途中で連絡が来て、中途半端なところで止まっていた修復だ。
     トレイはスイーツ作りの芸術点の高さについては自信があるが、こういった芸術品に関しては一切自信がない。そもそもそういう分野はルークの担当で、部活で何かする時も任せきりだった。金継ぎされた食器が芸術品としても愛でられるという話は聞いたが、トレイにはそれほど実感するような美でもない。
     それでもこのカップを修復していたのは、ルークが素人のトレイが作った物でも褒めたたえるだろうこと、それから「なんとなく」。

    「……まぁ、これはもういいな」

     汚れと傷防止のために敷いていたまな板シートを破片ごと丸め、適当なビニール袋に詰めて口を縛る。これは燃えないゴミか。あとで燃えないゴミ用のゴミ箱に持っていこうと机のそばに置く。

    「新しいのはまた買いに行けばいいな。快復祝いにって言えばルークも断らないだろ……」

     鉱石を保管していた瓶の中に戻し、棚の方へと持っていく。脳内のルークが「勿体ない」と落胆の声を上げる。途中までしていたのだから、そのまま修復してしまえばよかっただろうに。不格好? とんでもない! とても素晴らしい世界で一つだけのカップだよ。そう言うだろうと簡単に予想がついて、トレイは小さく笑う。
     しかし、まぁ。

    「あのカップが本当に身代わりになったなら、二度目はないだろ」

     物にも魂が宿ると言うなら、このカップは既に死骸だ。もう役目は終えてしまった。

    「いざという時、それで身代わりにならなかったら困るからな」

     ことん。瓶を元あった場所に戻し、しまい忘れがないことを確認するとビニール袋を手にして部屋を出る。階下から妹が兄を呼ぶ声がして、トレイはそれに声を張って返事をしながら、後ろ手に扉を閉めた。
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