喫茶店パロ　序文　各駅停車だけが停まる駅で降りる。比較的チェーンの飲食店が並ぶ西口は大学や図書館があり、バスターミナルやタクシー乗り場がある東口は個人経営の飲食店や会社の事務所が建ち並んでいる。月極の駐輪場とスーパーは北口、高架下パーキングに一番近いのは南口だ。
　そんな素朴な駅の西口か北口を出て、花屋の角を曲がり三ブロック。車一台が通れる幅の一方通行道路に面したところに、ブラックボードのメニューボードが置いてあるのが目に留まるだろう。
　木枠はローズウッド。ボードには白いチョークでその日その時間の看板メニューがイラストと共に描かれ、ラミネート加工されたドリンクメニューがその左端でぱたぱたと風に揺れている。
　たくさんの花が咲いた植木鉢に囲まれた喫茶店は、なかなか入るのに勇気がいるかもしれない。ローズウッドの重厚な扉に「ＯＰＥＮ」と札がかけられていても。壁に空いた窓からは古き良き喫茶店といった様子の室内が見えるだろう。もしかするとお喋りに興じる地元のご婦人たちが見えるかもしれない。
　勇気を決して、扉の取っ手を掴んで引く。カランと薄いベルの音が頭上からして、まず感じるのはコーヒーの匂いだ。
　アンティーク調のレジスター、織物のカーテン、黒い金属板を丸めたような傘立て。壁際の棚にはたくさんの本が並び、カウンターにはその日の新聞が何部か重ねて置かれている。
　見回すように左側を向けば、店の奥も見えるだろう。四人がけのテーブル席、二人がけのテーブル席、並ぶカウンター席。テーブルにはそれぞれ一輪挿しが置かれ、異なる花が彩りを添えている。奥まった席にはソファー席もあり、全体的にローズウッドやチェスナットの落ち着いた木材の調度品で揃えられている。
（もしあなたが窓から覗いた時に他のお客さんの姿を見ていたなら、楽しそうに談笑する声が聞こえてくることだろう。）
　雰囲気のいい店だ。コーヒーの匂いが落ち着く。店の中は明るすぎず、だからといって暗すぎもせず、穴場なのだろう、賑わいは窮屈でもなく、だからといって寂しさをおぼえるほどでもない。
「お待たせしました」
　そこまで見たあたりで、カウンターの奥、おそらくはキッチンのあるところから声が聞こえ、人が姿を現すだろう。
　エプロンをつけた、いかにも店員といった様子の金髪の男は、輝かんばかりの笑顔を惜しげも無く浮かべ、手のひらで店内を示す。
「ボンジュール、ようこそ。お好きな席へどうぞ！ ゆっくりしていっておくれ」

　朝六時から夜六時まで、定休日は木曜日。朝は十一時までモーニングサービス、ランチはそれから三時まで、ラストオーダーは夕方五時。駅から徒歩十分、駐車場･駐輪場なし、全席禁煙。
　喫茶店アイ･シー･ユーは今日も朗らかに営業している。