汝、凍てつくことなかれ 闇にあってさらに昏い、それは悪性吸血鬼が蔓延る夜のこと。
遠きイギリスより、危険度の高い吸血鬼がシンヨコに襲来したという。懇意にしている現代の退治人は、街中に放たれた黒い影と格闘しながら、巻き込まれた人々や弱い吸血鬼を公民館に誘導してバリケードを張っていた。
家主が居ぬ間の、ただの買い出しのつもりで街を訪れ、その騒動に巻き込まれたクラージィも同じく。
「此処、危ない、逃げろ」
身振り手振りで、クラージィに伝えてくれた赤き退治人。ロナルドに対して、かつては悪魔祓いであった男は自ら助力をかってでた。
「これでも、腕に覚えはあるんだ」
放浪期間中にやせ衰えた、けれど今は筋肉が戻りつつある男は。最近、少しだけ操れるようになった氷の力を、杭の形で顕現させて握り締める。鋭利な武器を生成したクラージィに、ロナルドは「おぉ……、」と目を見張ったのだったが。
「馬鹿───、貴方に何かあったら、保護者が五月蠅いんですよ!!!」
隣に居たドラルクは、険しい顔をしてクラージィを諫めた。眦を吊り上げて、その細い腕でクラージィの服を掴む。200年の月日を超えた、数奇な知人の言葉に、クラージィは少しだけ困った顔をした。
「保護者……、ノースディンか、」
200年の眠りから覚めたクラージィを養ってくれている、自分を吸血鬼として転化させた親にあたる存在。彼ならば今、古き血の吸血鬼が集う会合に出かけていて留守にしていた。
突然呼び出されたと、渋面を作りながらも、出かけて行ったノースディンの『親』は。たしかに、クラージィに対して「良い子にしているように」と言いおいていった気がする。
けれど……、クラージィは俯いたものの、すぐに決意を宿した貌でドラルクを見た。
「いいや、彼ならばきっと、吸血鬼らしく闘う私を、喜んでくれる気がする」
普段は、真綿で包まれるように扱われているとしても。自分は、ただの、か弱い雛鳥ではないのだと。
認められたいと、そう思ったのかもしれない。尊敬すべきヒトに、吸血鬼としての自分を示したかったのかもしれない。
なにより、困った人を放っておくのは、自分らしくない。
竜の一族と呼ばれる彼らは、そんな、真っすぐな目をした魂にめっぽう弱かった。
ドラルクは片手で顔を覆い、それから大袈裟に溜息をついて。
「……、危なかったら、ちゃんと逃げるんですよ……」
「───、ありがとう、……、では、参る!」
「あっ、速っ!!」
風を切るように駆けていく、クラージィの良く先からは確かに敵性吸血鬼の気配がした。その身に流れる血が一流であり、かつて狩人であった肉体もまた一級品。これは確かに、なかなかの戦力になるかもしれないと……、思いつつも。
「よし、俺も……!!」
「待て若造、────、あぁもうヒゲヒゲめ!!」
同じく駆けだそうとしているロナルドを呼び止めて、ドラルクは懐からスマートフォンを取り出すと、電話帳から普段は決して選ばない番号を呼び出すのだった。